第十四話:新たな仕事
ルシアンは、ライラにオーギュスト・グランヴィル侯爵の闇の全貌を開示した。
オーギュスト侯爵は、表向きは「王国の監査役」を名乗る清廉な貴族だが、その実態は、王室御用達の商会を利用した大規模な横領と、海賊との闇の貿易によって私腹を肥やす、最も狡猾な裏切り者だった。
「オーギュストは、『正義の仮面』を被り、私を『暴君』として糾弾しようと画策している。彼が倒れれば、私の政治的地位は揺るぎないものとなる。そして、君には、彼が隠した海賊との裏帳簿を見つけ、法廷で論理的に彼を崩壊させるという、最も重要な役目がある」
ルシアンは、ライラの知性を、彼の王国建設のための設計図として扱った。
「私が君に託すのは、公爵家の全ての情報ネットワーク、そしてミラベルとエミールを含む、私の最も優秀な手足だ。彼らを意のままに使い、この腐敗を根絶せよ」
ライラは、ルシアンが差し出した分厚い機密文書を受け取り、その重さを確かめた。
「承知いたしました。ルシアン様の道具として、その任務を最も効率的に遂行いたします」
彼女にとって、これは「恩義の返済」と「知性の検証」という、二重の目的を果たす、新たな「仕事」だった。
ライラ、公爵家を動かす
翌日から、ライラはルシアンから与えられた権限を使い、公爵家の裏の組織を動かし始めた。
彼女は、情報統括官であるミラベルと共に、オーギュスト侯爵の闇の貿易ルートの収支予測を徹夜で分析した。さらに、護衛騎士団長であるエミールを伴い、帳簿の証拠が隠されている可能性のある港や王都外の倉庫を、極秘裏に視察し始めた。
ライラの無駄のない指示と、論理的な判断力は、ミラベルやエミールといった公爵家のエリートたちを驚かせた。彼女の指示は、感情や推測に基づいたものではなく、全てが緻密なデータと法的な論理に裏打ちされていたからだ。
「ライラ様は、まるで公爵様の知性そのもののようです。しかも、女性特有の細やかな視点で、公爵様が見逃されていた帳簿の小さな歪みまでも見抜かれる……」
ミラベルは、ライラへの純粋な尊敬の念をガブリエル執事に伝えた。
一方、ルシアンは、ライラの目覚ましい活躍に最大の満足を得る反面、極度の不満と非合理的な焦燥感に苛まれ始めていた。
(素晴らしい。彼女は私の最高の道具だ。オーギュストの崩壊は目前だ。……だが)
ルシアンの執務室の窓から見えるのは、公爵家の男性側近であるエミールと並んで、真剣に資料を読み込むライラの姿だった。
「エミールは、優秀な騎士団長だ。ミラベルもまた公爵家の柱。彼らと協力することは、最も合理的であると、頭では理解している」
ルシアンは、手にしていた書類を握りつぶしそうになるのを必死で耐えた。
「なぜだ、ライラ。君が、私以外の人間と、これほど親密で重要な時間を共有していることが……なぜ、これほどまでに非合理的で醜い感情を私に抱かせるのだ!」
彼は、ライラの「道具としての最高の献身」を、「私への愛情が足りない」という、矛盾した感情で受け取っていた。ライラの論理的な行動は、彼の非合理的な愛の飢餓を、さらに煽り立てる結果となっていたのだ。
(君は私に「道具」として仕えると誓った。ならば、その献身を、私以外の誰にも、一瞬たりとも分けてはならないのだ、ライラ)
ルシアンは、愛と支配欲がごちゃ混ぜになった、歪んだ試練を、密かにライラに課すことを決意した。
「君の『論理的な忠誠』が、私の非合理的な支配にどこまで耐えられるか、試させてもらうよ、我が愛しき悪女殿……」
オーギュストの裏で、ルシアンも動き出した瞬間だった。




