第十三話:完璧な復讐
その日の夜、公爵邸の秘密の書斎。
予想通り、ルシアンは再びライラをここに誘った。今宵のワインは、勝利を記念する最高級のヴィンテージだ。
「さあ、ライラ。今日は心ゆくまで、この血のワインを味わおうじゃないか」
ルシアンは、グラスを掲げ、悪魔的な美しさで微笑んだ。彼の瞳は、ライラの知性の成功によって、昼間の法廷よりもさらに熱を帯びている。
「君は、私の期待通り、この国の歴史に残る完璧な復讐を成し遂げた。感情に溺れることなく、ただ論理と数字で敵を断罪する。まさに、私の創造した最高の悪女だ」
ライラはグラスを合わせ、静かに一口飲んだ。彼女の心には、達成感という名の合理的な満足が満ちていた。
「全て、ルシアン様のご指導と、貴方の権威あってのものです」
「フフッ。謙虚だね。だが、その謙虚さもまた、君の道具としての完成度を高めている。しかし、ライラ」
ルシアンは、ライラの顎をそっと持ち上げ、彼女のライラック色の瞳を覗き込んだ。
「君の復讐は終わった。この後、君はクレール伯爵家の財産と地位、そして私との公的な婚約者という、この国の頂点の地位を手に入れる」
ルシアンの声が、支配的な低音になる。
「さあ、答えてくれ。君の『論理的な目的』は、これで全て達成された。君は、この契約から手を引くか? それとも、私と共に、この闇の支配を続けるか?」
それは、ライラの忠誠を試す、ルシアンによる次のステップへの問いかけだった。復讐という名の鎖が解けた今、ライラが選ぶのは「自由な孤独」か、それとも「背徳的な共依存」か。
ライラは、手に持つグラスの深紅の液体を見つめ、静かに、そして冷徹な決意を口にした。
「私は私自身の残りの人生を対価としても足らないほどの恩義をルシアン様から受けました。この先はルシアン様の道具となり、貴方のためだけの道具として使っていただければと思っています」
それは、感情を排した、純粋な論理に基づく契約の継続宣言だった。彼女は、ルシアンの権威と知恵がなければ、これほどの復讐を成し遂げることは不可能であったと、計算的に理解している。そして、自己の存在価値を、「ルシアンの最も優秀な道具」という地位に見出したのだ。
ルシアンは、ライラのその言葉に、言葉にならないほどの歓喜を覚えた。
「愛している」という甘い言葉よりも、「道具となる」という論理的な献身こそが、彼が長年求めてきた最高の愛の証明だったからだ。
ルシアンは、ライラのグラスを持つ手からワインを静かに奪い、テーブルに置いた後、彼女の身体を熱狂的な力で抱きしめた。
「ああ、ライラ! まさに、完璧だ!」
彼の吐息は、熱く、ライラの耳元を焼いた。
「君は『恩義』という、最も逃れられない負債の概念で、私との関係を永遠に結びつけた。そして、君自身の知性の全てを、私だけの効用のために捧げると誓った!」
ルシアンは、彼女の首筋に顔を埋め、陶酔したように深く息を吸い込んだ。その背筋に、支配者としての絶対的な満足感が走る。
「君が選んだのは、自由でもなく、愛でもない。君は、『私に支配されること』を、君自身の最も合理的な生として選んだのだ。フフフ……素晴らしい!」
彼はライラを離し、その頬を優しく包み込んだ。瞳は、所有欲と歪んだ愛情でギラついている。
「ならば、ここからは君の番だ、ライラ。君は、私の最高の道具として、私の最も重要な目的のために働かなくてはならない」
ルシアンは、ワイングラスの向こうに見える王都の夜景を指差した。
「君の復讐が『終幕』ならば、私の野望は、今ようやく『序幕』だ。私の敵は、君が倒した小物とは比べ物にならない。私の地位を狙い、裏で不当な利益を上げている、『正義の仮面』を被った者たちだ」
ルシアンの薄水色の瞳が、冷たく輝く。
「ライラ。次なる戦いは、裏帳簿と、闇の貿易が絡む、この国最大の経済スキャンダルだ。その中心にいるのは、オーギュスト・グランヴィル侯爵」
ルシアンは、ライラの婚約者として、最も信頼する共犯者に、中ボスたる敵の名を告げた。
「君の知性と、私の権威が再び協調する。さあ、私のための、第二の復讐劇の準備を始めよう」
ライラのライラック色の瞳に、新たな課題への冷徹な探求心が宿る。彼女の道具としての人生は、今、新たな段階へと進んだのだった。




