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【完結】悪女の悪女の婚約者で結構です  作者: ましろゆきな
第一章:悪女の誕生と契約 

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第一話:追放と邂逅

 私、ライラ・クレール伯爵令嬢は本日をもって長年住み慣れたお屋敷を追い出された。


 何のことはない。当主夫妻である父母を事故でなくした未成年の一人娘が、貴族社会でよくある、親切な顔をした分家のお家乗っ取りにあっただけのことだ。


「ライラ、残念だけど、今のあなたにこの家を維持する能力がないから、私たちが責任をもって守ってあげるわ。あなたはしばらく、静養なさい」


 分家筋の従姉妹であるセシリア・クレールの、優しげで澱んだ見送りの言葉を思い出す。善良な顔をした彼女とその夫は、両親の死を口実に、数週間でこの家を乗っ取り、私の財産全てを合法的に奪い去った。


 私の荷物は小さな旅行鞄一つだけ。それ以外は、すべて「維持費」として彼らの懐に消えたことになっている。


 馬車が見えなくなるまで、私は振り返らず、ただ前を見つめていた。その顔に、悲しみや怒りの感情は一切浮かばない。私の表情筋は、動く必要がないときは動かない。感情は、無駄だからだ。


(奪われたものは、百倍にして取り戻します)


 脳内で冷静に計算する。現在の財力はゼロ。社会的地位は最下層。残された武器はこの頭脳と、時間をかけて知識を吸収する勤勉な能力のみ。


 それでは、これより、人生をかけた合理的な復讐劇を始めましょう。


 私は、誰も来ない王都の裏通りを、ただ真っ直ぐ歩き始めた。目的の場所――両親の死後、誰にも見つからないよう用意していた、貧しい下宿屋へと向かうためだ。


 だが、その道すがら、一台の黒曜石のように漆黒の馬車が、静かに私の隣に滑り込んできた。


 その馬車の窓がゆっくりと開き、中から極上の美貌を持つ青年が顔を覗かせる。


 プラチナブロンドの髪は月光のように冷たい輝きを放ち、その下で光る薄水色の瞳は、まるで凍り付いた湖の底のように、底知れぬ深さと冷たさを持っている。


 ヴァイス公爵、ルシアン・ヴァイス。


「君がライラ・クレール嬢だね。伯爵家を追い出された、無表情で冷徹な令嬢」


 彼の声は優雅だが、その瞳は私を獲物として見定めているかのように、熱を持たずに、しかし強い探究心に満ちていた。


「驚きなさい。君のその蜂蜜色の髪とライラック色の瞳は、最高の仮面だよ。だが、その裏に隠された感情のない、極めて効率的な『悪女の才能』。私はそれに心底惚れ込んだ」


 ルシアンは馬車から降り、私の小さな鞄を従者に持たせる。彼は私の顔を、まるで美術品のように見つめ、柔和な笑みを深くした。


「さあ、ライラ嬢。私と契約を交わさないか? 君の『悪』の才能を、私に提供するのだ。私が君を最高の悪女に育て上げよう。そして、君の復讐を、最高の芸術へと昇華させてあげる」


 彼は、私の無表情に一切動じることなく、私を招いた。


「私の退屈な人生を、君のその冷徹な知性で満たしてくれ。もちろん、君が望むものは全て与えよう。地位、権力、そして……復讐の完遂をね」


 私は、ルシアン・ヴァイスという男の底知れない闇を、瞬時に分析した。危険。しかし、私の目的を達成するために、これ以上ないほど強大で、合理的で、完璧な「道具」であると。


 私は、一切の躊躇なく、ルシアンの差し伸べられた手に、契約の証として自分の手を乗せた。


「ルシアン様。契約させていただきます。私は効率的な復讐を望んでいます。そして、貴方様には、永遠に退屈しない人生をお約束いたしましょう」


 私の顔に微かな笑みすら浮かばない。だが、ルシアンの薄水色の瞳だけは、私のその無表情な決意に、熱狂的な光を宿した。


 ルシアンは私の手を強く握りしめ、優雅に馬車へと導く。


「フフッ。ああ、素晴らしい! それでこそ、私の見込んだ悪女だ。さあ、ライラ。君のその悪の才能で、私の退屈な世界を壊しておくれ」


 私の人生をかけた復讐劇は、天才ヤンデレ公爵の支配という、最も背徳的で安全な場所から、今、幕を開けた。

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