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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【5章 偽りの想念】
97/121

92: 勧誘

 

 突然指差された理由が全く分かっていないのか、エレーナはちょこんと首を傾げている。

「エレーナちゃん。いい所に!」

 そんなエレーナを見ながら、オレリアがポンと手を合わせる。


「先生を『ちゃん』付けは駄目ですよぉ」

「まぁまぁ。それよりさ、今暇?」

 仮にも教師に向かっての発言ではないが、それについてはエレーナは特に言うべきこともないようだ。どうやら呼び名にだけ拘りがあるらしい。


 エレーナは四人の場所にテクテクと近づき、あっけらかんと返答する。

「ええ。暇ですよぉ」

「やっぱり! それなら良かった」

「ほええぇ?」

 エレーナは暇に違いないと、生徒に確信を持たれていた事に気付いていないのか。はたまた、それさえもどうでも良いのか、ただ不思議そうにポケーと口を開ける。


 無邪気とも言える教師の反応に頬を緩ませながら、オレリアはアーラ達を示す。

「いや、この娘達の案内を頼みたいと思って」

「いいですよぉ」

「即答! さすがエレーナちゃん。話が早いね」

「……じ、事情も聞かずに、いいんでしょうか……」

 カリーヌが苦笑いしながら呟く。

 とは言え、カリーヌもエレーナとの付き合いは短くはない。そう答えるであろうことは半ば分かっていた。


 当の本人は、

「先生を『ちゃん』付けは駄目ですよぉ。ちゃんと『先生』って呼んで下さぁい」

 と、やはりそこが重要らしい。

 両手を上に挙げてプンプンと怒っているが、背丈の低さと童顔であることが相まって、全く威圧感はない。


 オレリアはアーラに向き直る。

「と、いう訳で、案内してくれる人が見つかったよ」

「う、うむ。それは有り難いのだが……」

 アーラはエレーナを見つめる。

「ほええ?」

 眠たそうにも見えるトロンとした表情からすると、どう足掻いても頼りになりそうには見えない。アーラはハッキリと不安そうな表情を浮かべる。


《……アーラ様。この先生で大丈夫ですかね?》

 リシャールが、ひそひそと耳打ちする。

 失礼極まりない話だが、アーラは何も返答できなかった。

 ちらりとオレリアとカリーヌを見ると、二人はにこやかに頷いている。これで安心という表情である。頼りになるかは分からないが、善人である事は間違いないのだろう。


 アーラはそう思い直すと、

「では、エレーナ師よ。申し訳ないが案内をよろしく頼む」

 小さく一礼して、案内を頼んだ。

「ほええ!!」

 しかし何故か、エレーナは目をまん丸にして驚いていた。

「どうしたの?」

 オレリアが問えば、

「この娘。良い娘です!」

 エレーナはアーラの手を手に取り、ぶんぶんと上下に揺すリ始めた。瞳もキラキラと輝かせて、何やら感激している。

 どうやら教師扱いされている呼び方が、事の外嬉しかったらしい。


「…………」

 少し不安が強まったアーラだった。


 

***



 マリッタは校舎の二階の隅にある空き教室に案内されていた。

 生徒のものだろうか。どこからか人の声が聞えてくる。他の教室からも漏れた声が伝わってきているのだろう。

 それを認識できるぐらい、この教室は静粛としていた。


 ここに案内されてから、もう随分と時間が経っている。

 マリッタはアーラがそろそろ我慢の限界に達している頃だろうと察しており、気が気ではなかった。

 加えて、先程からずっと同じ答弁が繰り返えされている。

 マリッタは内心ウンザリし始めていた。


「お願いマリッタ。本気で考えて」

「……だから、興味ありませんって」

「駄目よ。貴女のような逸材がこのまま野で廃れていくのは、この学校……いいえ、この(パウルース)にとっても損失よ。仮にも教師である私が、そんな事見過ごせる筈がないわ」

 先程からコニーは、如何にマリッタが傑物な存在かを、必死に説い続けていた。


 凄い逸材だからこそ野放しにしておくのは勿体無い。絶対に然るべき場所で学んだほうが良く、それはこのパウルースではここ(学校)しかないこと――――

 つまり、コニーはマリッタに復学を要求しているのだった。


 マリッタは小さく溜息を吐く。

「……だから過大評価しすぎですよ」

「そんな事ない。その歳で中級魔法を使えるなんて子、そうそう居るものではないわ」

「知らないだけで、どこかには居ますよ」

「そうかもしれない。でも何処にいるのか分からない人より、今目の前に確実に居る人の方が重要よ」

 先程からこのやりとりの繰り返しである。如何にもっと凄い人がどこかにはいる筈だ、と説明しても通じない。

 いっそ大きなお世話だ、と言い放ってしまいたい気分だった。

 それをグッと堪えながら、マリッタは攻め方を返る事にした。


「……それに、アタシはもう十九です。戻って研究する時間なんてありませんよ」

 二十歳を越えると、学校に通える資格を失うことなる。

 つまりマリッタは、後1年も居られない。

 仮に復学したとしても、研究に掛ける時間は殆どなく、それでは卒業する事さえ難しいだろう。

 であれば、今復学する事に何の意味もない。わざわざ放校される為に入り直すようなものである。

 マリッタはそれを指摘しているのだった。


 ただ、それはマリッタが以前所属していた研究科に復学した時の話であり――――

「実技科であれば、貴女なら何の問題もないでしょう? 復学の際に実技科を選べば……」

 とコニーは主張する。

 確かに中級魔法を扱える者であれば、卒業前の試験も素通り状態であろう。

 なのでマリッタであれば、確実に卒業できる。

 ――――だが


「実技科に興味はありませんから」


 マリッタは本当に興味が無さそうな抑揚で言い切る。

「そ、そんなこと!」

 強い感情の為か、コニーは言葉を詰まらせる。

 中級魔法を身に付けておきながら、興味が無いなんてことはありえない。そうコニーは言いたかったのだろう。

 何せ一般的に、それを習得する前には、血反吐を吐くほどの修練が必要となる。

 興味が無ければとてもそんな努力をすることは出来ないだろうし、会得することはまず叶わない。

 コニーの言い分も間違いではなかった。


「どうしても研究科でないと駄目なの?」

「いいえ」

「じゃ、じゃあ!」

 コニーの顔が一瞬喜色で覆われる。

「勘違いしないで下さい。研究科にも興味はないってことです」

「え?」

「話はもう良いですか? 何を言われても、アタシが復学するなんて事はありえませんから」

 マリッタは一方的に言い切ると、じゃあこれで、とコニーに背を向けた。

 教室の扉に手を掛けた所で、背後からコニーが沈んだ声で尋ねてきた。

「……なら、どうして貴女はこの学校に入学したの?」


 コニーはジッとマリッタの背を見つめている。

 視線を感じながら、マリッタは振り返らずに答えた。

「…………それはアタシが聞きたいです」


 そのまま返事を待たず、マリッタは教室を出て行った。

 あとに残されたコニーは、ただ呆然と立ち竦んでいた。 



***



 簡単に自己紹介を済ませた後、アーラは今日の事情をエレーナに伝えた。

 人探しをしている事。教師達を対象としている事。

 説明中、エレーナは理解しているのかよく分からない相槌を打っており、アーラは不安で仕方がなかった。

 ただ、事情を全て聞き終えたエレーナは「任せて下さぁい」と、自信満々に了承していた。

 それを見届けると、また後で顔を出すと言い残し、オレリアとカリーヌは去っていった。


 今日は研究科の生徒達が進めている研究の、進捗報告を行う日なのである。

 昨日の夜、急遽通達のあったことで、抜き打ち以外の何ものでもない。

 もちろん、あくまで研究の進捗を知る為のもので、今現在の出来が最終的な評価に直結はしない。その事は生徒達も分かっている。だが、それでも手は抜き辛い。

 その為、研究科の生徒達の多くは、昨夜から泡を食って準備していたのだった。


「でも、本当にコニー先生を待たなくて良いんですか?」

「後で説明すればよいだろう。エレーナ師も居てくれてるのだからな」

「マリッタさんは?」

「そっちはコニー師が付いてるのだ。マリッタは心配ない」

 という事で、アーラ達は教師巡りを開始した。


+++


 どこから廻り始めるかは、エレーナに一任した。

 教師たちが何処にいるのかアーラ達には分からないので、そうするほかない。一抹の不安はあ残ったが。

 エレーナも何を考えているのか不明だが、何やら機嫌は良さそうである。子供のように大きく両手を振って先頭を歩いている。 

 見ているだけで何だか微笑ましく、アーラよりも年上の筈なのに、まるで幼子を見ているような気持ちにさせられる。早く『医師の娘』を見つけないと、という焦りが解されていくようだった。


 一行は校舎一階の西側の廊下を、真っ直ぐ西に向かって進んでいた。

 そちらには寮がある。エレーナはどうやら最初はそこを目指しているらしい。

 いきなり校舎外であることに疑問はあったが、アーラは何も言わずにエレーナの後ろを歩いていた。

 そして、その後ろからリシャールが続く。ただ、リシャールはどこか表情が硬く強張っている。様子が気になり、アーラは何故そんなに緊張しているのかを尋ねた。

「い、いえ……昨日の女の子達が居ないかが気になって……」

 昨日女生徒に追い回されたことが、リシャールの記憶に軽い恐怖を植えつけていたようだ。

 ただその事を知らないアーラは、意味がよく分からなかった。


 そうして、三人は寮の前に辿り着いた。

 寮は校舎と比較すると小さいものの、ビリザドのどの建物よりも大きいのは間違いない。

「ここから北にいきまーす」

 そう言うと、エリーナは体ごと北に向けた。

 リシャールが疑問を浮かべる。

「あれ? ここじゃないんですか?」

「ここは学生寮なのです。教員寮はあっちですぅ」

「ああ。コニー師がそんな事を言っていたな」

 いざ北に向かって進もうとしていた三人だったが、突然エレーナが別の方向を見つめる。


「あれぇ? なんでしょう?」

「ん? どうしたのだエレーナ師よ」

「あ、何かあっちの方に生徒がいっぱい集まってますね。何かあるんでしょうか?」

 玄関口から少し南に進んだところにある拓けた場所に、大勢の生徒が集まっていた。

 何の集会か、と尋ねようとしたアーラだったが、どうもそんな感じではないことに気付く。

「な、何だか喧嘩しているみたいですよ!?」

 リシャールが怖々言ったように、その集団の中からは怒声や罵声が聞えてくる。


「け、喧嘩はいけませんよぉ! 止めてきますぅ!」

 エレーナはハの字に眉を顰めると、集団に向かって駆け出した。

「やめましょうよぉ。危ないですよ」

 と、しきりに主張している逃げ腰のリシャールは放っておいて、アーラもエレーナの後を追った。



「喧嘩は駄目ですよぉ!!」

 エレーナは開口一番、生徒の輪の中に飛び込んでいく。

 だが、熱くなっていた生徒達にはエレーナの小柄な姿は目に入らなかったのか、一向に騒ぎが収まる気配が無い。

 それでもエレーナは諦めずに、呼びかけを続ける。

 しかし、奮闘虚しく生徒達の壁に弾き飛ばされ、コロコロと地面を転がった。

 直ぐに回転は収まったが、地面に倒れたままピクリとも動かない。


「エ、エレーナ師」

「はれぇ…………」

 アーラが慌てて駆け寄り、エレーナを助け起こす。しかし、完全に目を廻しており、回復には時間が掛かりそうだった。


「ちょ、ちょっと……これ以上は、近づかない方が良さそうですよ」

「ふむ……」

 生徒達の騒動は一向に収まる気配すら見せず、騒ぎはどんどん加熱していく。

 ここまで熱くなった生徒達に何を言っても無駄だろうと、アーラ達はエレーナを介抱しながら様子を探る事にした。


+++


 しばらく生徒達の怒鳴り合いを聞いていて、アーラにも何となく事情が分かってきた。

 どうやら揉め事の原因は、研究科の女子生徒の研究資料を、実技科の男子生徒が誤って魔法で燃やしてしまったことらしい。

 一応特訓中の事故であり、特に狙っての事ではないようだ。

 ただし、女子生徒は平民だったが、燃やした男子生徒は貴族のようで、それが更に問題を複雑にさせていた。

 平民同士、貴族同士ならば、まだ当人たちの問題だけだった。が、そこに身分の差も絡んできた。

 女子生徒が平民である事を察した男子生徒が、謝罪もせずに知らん振りを決め込んだのである。

 当の女子生徒は、カリーヌを彷彿とさせるもの静かそうな少女である。立場が弱く、大人しい女子生徒には何も言えなかったのだろう。


 そのまま女子生徒が泣き寝入りする事になるかに思われたが、偶々通りかかった別の平民の生徒が事情を聞くなり、原因の男子生徒に食って掛かり、騒動に気付いた他の生徒達が次々に参加して、これだけ騒ぎが大きくなったようだった。

 元々燻っていた貴族に対する不満が、一挙に噴出したのかもしれない。



「……アーラ様ぁ。もう行きませんか?」

 リシャールが生徒達を遠巻きに眺めながら、行動再開を提案する。

 アーラもそうしたかったが、肝心のエレーナはアーラにもたれ掛かるようにして、目を廻したままである。

「エレーナ師が目覚めるまではどうしようもない」

「はぁ。仕方ありませんねぇ」

 結局二人はすることもなく、ただ騒動を見やっていた。


 私闘に魔法を使う事は、校則で厳格に禁止されている。

 時折、激昂した生徒が魔法光で包まれるも、周囲の仲間の静止の声で何とか抑えていた。

 だがその反動なのか、魔法を使用する代わりに、血気盛んな男子生徒を中心としたつかみ合いに発展していった。

 そうなると、力の劣る女子生徒達はたちまち輪の外に追いやられていく。


「きゃっ」

 被害者の女子生徒が地面に倒れ込んでいた。

 少女は直ぐに起き上がろうとしているが、強く突き飛ばされた際に足を挫いたのか、なかなか立ち上がれないでいる。

 どうやら他の生徒達は興奮して気づいていないようだ。

 生徒の輪も乱雑に広がっている。そのままでいては他の生徒に踏まれてしまうかもしれない。そうなれば大怪我をしてしまう可能性だってありえる。

 傍から見ていたアーラ達だけは、それを捉えていた。


「あっ、あの人、危ないですよ」

「うむ。リシャール、助けに行って来い!」

「うええ!? は、はい」

 座り込んでいたリシャールは、アーラの命に慌てて立ち上がると、急いで少女の元に向かう。


 だが――――

「邪魔だ!」

 別の生徒に押しのけられ、リシャールはポーンと弾き飛ばされてしまった。

 再びアーラの元まで転がりながら戻ってくる。

「あいたたた……痛いです」

「何をしているのだ! やはりお前は頼りにならんな。私が行く!」

「あ、ああ! だ、駄目ですよアーラ様。危ないですよっ」

 リシャールの制止には耳を貸さず、アーラは勢いに任せて徐に立ち上がった。

 反動で振り落とされたエレーナが、地面に頭を打ち付ける。衝撃で目を覚ましたが、後頭部の痛みによって再び悶絶していた。


「あ! アーラ様。待ってください」

「うるさい! 止めるな!」

「いえ、でもほら」

 リシャールが女子生徒の方を指を差す。

 いつの間にか少女が他の女子生徒に助け起こされていた。

「大丈夫そうですよ?」


 アーラもその光景を視界に納める。

「おお。良かった。…………む? あれは確か」

「え? あ、ああ。マリッタさんの友人の人でしたよね。確かディアナさんって言いましたか」

 少女を救った女子生徒は、昨日出会ったディアナだった。

 ディアナは倒れた女子生徒を優しく助け起こして、何やら声を掛けている。

 これで一先ず安心。かに思われたが、


「あ、でも何かまた」

 リシャールの不安通り、助け起こされた女子生徒が再び貴族の生徒に口撃され始めていた。


 しかし、ディアナは少女を背に庇い、それから護ろうとしている。

 ディアナは特段大きな声を出していない為か、何を言っているのかアーラ達には聞えない。

 とはいえ、微笑を絶やさず、偉ぶるでもなく、興奮するでもなく、ごく自然に受け答えしているの様子は、アーラ達にも見てとれる。

 あの清楚な顔立ちからは想像できなかったが、胆力は相当にあるようだ。

 確かマリッタと仲が良かったという話だった。ならば、それも頷けるというものである。


 貴族連中もディアナには余り強くは言えないでいるようだった。

 思い返せば、昨日貴族達に絡まれた時もディアナだけは何も言われていない。

 優秀な生徒だとオレリアも言っていた。もしかしたら、学校でそれなりに目立つ存在なのかもしれない。そんな事をアーラは思っていた。



「何をしていらっしゃるの? 騒々しいですわよ」



 唐突に、凛とした声が割り込んできた。

 その声を聴いた瞬間に、それまで顔を真っ赤にして騒いでいた貴族の生徒達が、途端に鎮まりかえった。

 この場の全員が声の主に視線を送る。

 寮から校舎に向かう途中だったのだろう。校舎に向かう通路から逸れて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

(わたくし)は何をしていたのかと訊いています」 


 刃物のような鋭利さをもった口調で、その声の主は生徒達の中に歩み寄ってくる。

 誰一人答えられる者はおらず、生徒達はまるで道を開けるように二つに分かれていった。

 その中を悠然と歩いてきたのは、昨日アーラ達と揉めたエルネスタであった。


 エルネスタは生徒の輪の中心まで歩くと、静かに立ち止まる。

「誰か説明を」


「え、エルネスタ様。これは、その……この平民達が、我々に突然襲い掛かってきまして……」

「な、何を言うんだ。元はと言えば、ソイツがこの子の研究資料を燃やしたのが原因だろ!?」

 貴族の生徒が取り繕うように進言すれば、平民の生徒が唾を飛ばしながら否定する。

「何をこの平民が!」

「本当の事だろう!」

 再び熱くなリ始めた当事者達だったが、

「黙りなさい」

 エルネスタの一言でシンと黙り込んだ。



「す、凄いですねあの人」

 リシャールの称賛に、アーラは何とも言えない顔をする。

 ただ視線は逸らさずにジッと動向を観察していた。


「今日は私達にとって、それなりに重要な日である事は、皆さんご存知でしょう? そんな日に皆さんは何をしていらっしゃるのかしら?」

「で、ですが……」

「何か?」

 何か弁解的な事を言おうとした貴族の生徒を、エルネスタは一瞥する。

 特に凄んでいるわけではないが、見つめられた瞬間にその生徒は俯いて黙り込んでしまう。


「事情は分かりませんが、こんな所で油を売っている暇は無い筈でしょう?」

「は、はい……」

「ならば、お行きなさい」

 エルネスタのその一言で、貴族と思われる生徒達が散り散りにこの場を離れていった。

 残された平民の生徒達は、結局謝罪の言葉が得られなかったからか、悔しそうにしている。

 だが、エルネスタには何も言えないようで、程なく散っていった。

 ディアナの姿もいつの間にか見えない。

 被害者の少女と共にこの場を離れたのかもしれない。

 そして、最後にはエルネスタと、その少し離れた場所に居たアーラ達だけが残されていた。


「ほええ、強引に解散させちゃいましたね。凄いです! 格が違うって奴ですね!」

 リシャールは無邪気に称賛を続けていた。

 そんなリシャールの声が聞えたのか、エルネスタはアーラ達の方にチラリと視線を送った。

 一瞬だけアーラと目が合う。

 だが、エルネスタは僅かに視線を歪めただけで何も言わず、身を翻して校舎の方に消えていった。


「凄かったですねえ。他の人達が皆言う事を聞いたことからすると、きっと身分の高い貴族なんでしょうか? アーラ様はあの人の事知ってますか?」

 昨日の一悶着の場に居なかったリシャールは、にこやかに尋ねる。

 少し興奮している所をみれば、エルネスタは少年の目に格好よく映ったことが分かる。


 指摘されて昨日の記憶が蘇ってしまったのか、俄かに表情が硬くなったアーラに気付かずに、リシャールは続ける。

「ねえねえアーラ様。どうなんです? アーラ様とあの人、どっちが偉いんです?」

 少年は無邪気である。

 だが、その純粋さ故に、いつも過ちを多々起こす。


「アーラ様ぁ」

「…………」

 少年のにこやかな顔が、そうでない顔に変わるまで、それから幾ばくの時間も掛からなかった。

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