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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【5章 偽りの想念】
96/121

91: 会合

 

 先ず、ヴェラからの状況報告が行なわれた。

 ヴェラがここに居るということは、代わりを務められる人間が屋敷に残っていなくてはいけない。

 そんな人物はアーラとヴェラを除くと三人しかおらず、その中の一人に後事を託して来たことをヴェラは説明した。

 そして、突然の二人の登場……というよりヴェラの登場に動揺していたアーラのまるで言い訳のような状況説明が終わった頃には、既に外はどっぷりと深けていた。


 疲れもあるだろうと、今日の所は解散することになったが、二人が合流した事による問題が一つ残った。それは、合流したヴェラたちの泊まる部屋をどうするか、ということである。

 今日、この宿には一行の他に旅の商人達も宿泊しており、部屋は全て埋まっていた。

 なので二名は荷馬車で休むことになるのだが、当初の予定通りにいけば合流したサルバとヴェラが荷馬車行きということになる。

 ただ強行軍でアーラの後を追ってきたヴェラにそれをさせるのは不憫だということで、色々と揉めた結果。三人の部屋を女性陣に提供し、二人部屋をオーベールとリシャールが使う事で話は落ち着いた。


 そうして、馬房の前に停められている荷馬車に移動したグラストスだったが、自分を置いて行った事に不満を持っていたサルバに散々文句をぶちまけられ続け、心底疲れ果てていた。

 サルバは一通り不満を吐いたら気分がすっきりしたのか、それから呆れるくらいすんなりと眠りに落ちた。

 今は高鼾を掻いている。

 何か納得いかない思いは残ったが、ともかくようやく眠れる、とグラストスは安心した。

 しかし、その安堵も束の間。サルバの鼾が爆音と表現出来るほどの音量になっていき、とてもじゃないが眠るどころではなくなってしまった。


 グラストスは腹いせにサルバの鼻を摘み、口を押さえてみた。

 眠りに落ちながらも、何かおかしい事は感じているのか、サルバは眉間に皺を寄せる。

 まるで蚊を振り払うようにグラストスの手を払ったが、グラストスも負けじと直ぐに押さえ直す。サルバが払う。グラストスが押さえ直す。払う。押さえる。

 暫く、一進一退の攻防が繰り広げられた。


 程なくして、グラストスはこのやり取りの不毛さを悟った。

 確かに鼾は抑えられる。

 だが、まさかそんな体勢のまま、眠れる筈が無い。

 溢れんばかりの虚しさと敗北感の中、サルバの能天気な寝顔を見下ろして、グラストスは深々と溜息を吐いた。


 グラストスは仕方無しに、眠るのは一先ず諦めることにした。

 その辺を散歩して頭の中を鮮明にして、加えて身体を温めればその内眠気も促されるだろう。

 一瞬迷ったが、一応『ジェニファー』を持っていく事にする。荷馬車から抜け出ると、暗闇に包まれた通りに向かって歩き出した。


 灯りこそなかったが、空に雲がないのか月が明るい。

 月明かりに照らされた地面は、歩く事には不便しなさそうだった。


「……グラストス」


 宿屋の敷地を、後一歩で出るというところで、グラストスは背後から声を掛けられた。

 振り返ると、宿屋の入り口の扉の前に、小さな影がポツリと立っている。

 暗さの為姿形は見えなかったが、グラストスがその声を聞き間違うことはない。

「どうした? アーラ嬢。眠れないのか?」

「いや……お前の姿が見えたんでな」

「そうか」

 アーラはゆっくりとグラストスに近づいていく。

 どこか恐る恐る、という様子が感じられグラストスは内心首を傾げていた。


「それに……話したい事もあったから、な」

「何だ? 歯切れが悪いな。らしくない」

「む。私とてそういう時ぐらいある!」

 無遠慮なグラストスの言葉に、ついムキになって抗弁するが、アーラは直ぐに「違う違う」と首を振った。

 小さく息を吸い込むと、意を決したように口を開く。

「まだちゃんと言ってなかったと思ってな……その、この前は悪かった」


「は?」

 想定外の謝罪に、グラストスは間の抜けた顔をする。

「私が最悪の選択をせずに済んだのはお前のお陰だ。すまぬ。助かった」

「え、ええっと……」

 まさかアーラの口からそんな殊勝な言葉が発せられるとは思いもよらないグラストスは、突然の謝罪に混乱する。一体何に対しての詫びなのかが分からなかった。


 対して、それなりに勇気を出して言った台詞の意図を理解して貰えなかったアーラは、不満そうに顔を歪め、声量を上げて説明する。

「この前の森の件だ!」

「ああ……」

 ようやくグラストスはアーラが何を言いたいのかを把握した。しかし、どういう顔を作るべきか困って苦笑する。

「またその話題か」

「また?」

「いや。昼にオーベールにもその件についてな」

「どういうことだ?」

 少し躊躇ったが、家族ぐるみの付き合いのあるアーラなら話して大丈夫だろうと思い、グラストスは昼の内容について話して聞かせた。



「そうだったのか……」

 アーラはやはり初耳だったようだ。オーベールが子供達を守っていた事を聞くと、大いに感心したらしく何度も頷いていた。

 グラストスが全ての事情を話し終えると、アーラは真っ直ぐな目でグラストスを見据えて言った。

「ならば尚の事、私はお前に礼を言わねばならん」

「どうしてだ?」

「子供達を……子供達の心を救ったのは確かにドレイク殿だが、私を護ったのはお前だ。それにお前が私を止めたからこそ、子供達の心を救えたとも言える」

「拡大解釈しすぎだ」

 と、グラストスは首を振る。

「いや、間違いないぞ。少なくとも私の事は確かだ。何せ本人が言ってるのだからな」

「……なるほど」

 生真面目な顔で断言するアーラの様子がどこか愉快に感じられ、グラストスは思わず頬を緩めた。


「だから、そういうわけで助かったのだ」

「ああ」

 正直グラストス自身は、自分があの一件では殆ど役に立っていないという気持ちが強い。魔物を倒すのに一役買ったとは言え、その気になればドレイクは一人であの魔物を倒せるそうだからだ。

 だがアーラがそう思い込んでいるのであれば、それを敢えて訂正しようとも思わなかった。


 グラストスが礼を受け入れたことを悟ったのか、アーラは言葉を重ねる。

「また私が間違えそうになった時は、同じように指摘してくれると助かる」

 曇りの無い言葉だった。

 真実がどうであれ、まっすぐな気持ちを向けられる事は不愉快な事ではない。清々しささえ感じる。ただ一直線であるが故に、グラストスは何と答えるべきか、咄嗟に返答に迷った。

 僅かの間の後、グラストスは小さく息を吸い込む。

 アーラと同じ真摯な目でアーラの姿を捉えると、少し表情を崩して返答した。


「なら君の事を俺が見守る代わりに、俺のことは君が見張ってくれ」


 自分が間違えないとも限らないからな、と小さく言い添える。

「う、うむ。それなら対等だ」

 どこか上擦った声で、アーラは同意した。


 それ以来、パッタリと二人の会話は途切れる。

 想いを語り合った後で、素に返った二人が気恥ずかしさを覚えた為だ。

 そんな微妙な空気を払拭するように、アーラが大きな声で話題をかえた。

「そ、そういえば! 確認するのを忘れていたが、今日のお前達の成果はどうだったのだ?」

「あ、ああ。特に何も…………あ」

 グラストスも話しに乗り、答えを返そうとしたが、何かを思い出したように途中で固まる。

「ん、何だ? 何かあったのか?」

「あ、いや、悪い。大した事ではないんだが、今日別人に見間違えられたことを思い出してな」

 気にしないでくれ、とグラストスは誤魔化すように笑う。

 ただ、アーラは何か気になる所があったのか、若干目を細めて尋ね返した。

「……どういうことだ?」


「俺もよく分からないんだが、食堂の看板娘に何だか凄く怯えられてな……取り成しが大変だった。オーベールが居なければどうなっていたか……」

 食堂での事を思い返しながら、グラストスは苦々しい顔で説明する。

「お前に心当たりは無いのか?」

「ああ。全く」

「そうか……」

 それきり何か考え込むように、アーラは俯く。


 今の話に何か気に障る事があったのか、と勘違いしたグラストスは、空気を一変させるべく努めて明るく言った。

「大して気にしていなかったから気付かなかったが、よくよく考えたら、彼女が出会っていたのは、本当は俺の事だったのかもしれないな」

「…………」

「ああ、記憶を忘れる前の俺を知っていたんじゃ、って事だ。でも、前の自分があんなに怯えられるような事をしていたとは考えたくはないけどな」

「…………」

「そうだな。また誰かに同じ反応をされたら、今度はよく話を聞いてみることに――――」


「違う」

 アーラは断言する。


 あまりにキッパリとしていた為、グラストスはポカンと口を開けたまま固まる。

「それはお前ではない」

「ど……どうしたんだ? 急に」

「ともかく気にするな。そんなことより、薬の手掛かりを探すことに気を向けてくれ」

 アーラの様子は気になったが、恐らく質問しても回答は得られないだろう。

 根拠はないものの何となくそれを察したグラストスは、恐る恐る頷いた。

「あ、ああ、そうだな……分かったよ」

 確かに、今最も大事な事はそれである。

 自分の記憶などという不確かな事に、時間を使っている場合ではない。

 それに正直今更、という気持ちも強い。

 今記憶を取り戻しても、それが何か良い方向に進むとは、グラストス自身ですら思えなかった。


「…………ジェニファー」

 唐突にアーラは呟く。

 この暗さの中、俯き気味なので表情はよく見えない。

 ただ何となく、アーラの視線は自分の腰に下げられている剣に向けられているのではないか、という気がした。

 そういえば、呟いた名は剣の名前であったことを思い出す。

 グラストスは腰から剣を外すと、右手で持ち上げた。


「この剣のことか? 何かあるのか?」

 何気なく尋ねる。

 すると突然、暗闇の中でもはっきりと分かるくらい、アーラの表情が強張った。

「っ!?」

 アーラはグラストスを押しのけるようにして、宿屋の前の通りに出ていく。

 通りの真ん中で立ち止まると、周囲を忙しなく見回し始めた。

「ど、どうした急に?」

 グラストスの言葉が聞えていないのか、全く反応がない。

 暫く、周囲を探り続けていたアーラは、やがてピタリと動きを止めた。


「…………そうだったな」

 そう呟くと、どこか悲しげな視線をグラストスに向けた。

 ようやく会話の意志を感じて、グラストスは不安そうに尋ねる。

「アーラ嬢、どうした。何かあったのか?」

 だが、アーラはそれを遮るように、グラストスの名を呼ぶ。


 アーラは静かにグラストスの顔を見上げる。

 無言で見つめてくるその表情にはいつもの快活さは無く、簡単に折れそうな弱々しさが感じられた。

 グラストスは思わず眉を顰める。

 事情を問いたかったが今それをしてはいけない、そんな気がしてグラストスはアーラの言葉が紡がれるまでジッと待った。


 暫くの間の後、アーラは一つだけグラストスに頼みごとをした。

 やはり真意は分からなかったがグラストスはそれを了承し、二人の夜の会合は終わった。


 そうして、夜は静かに更けていく。

 


***



 翌日、アーラ、マリッタ、リシャールの三人の姿を、学校の正門前に見出す事が出来た。

 正面に仁王立ちしている意気軒昂なアーラとは対照的に、他の二人はどこか草臥れて見える。望んでここに居るわけではないようだ。


 そんなアーラ達の前に、昨日の門衛が近づいてくる。

 周囲にアーラ達以外の姿はない。嫌がおうにも門衛たちの注目を集めていたのだろう。

 門衛はアーラの前に立つと、胡乱気な目をアーラに向ける。

「……また来たんですか」

「何だ、悪いか?」

 明らかに歓迎していない門衛の様子に、アーラも不愉快そうに顔を顰める。


「ま、まぁまぁ、アーラ様。ともかくコニー先生を呼んでもらいましょうよ」

 慌ててリシャールが間に入り、アーラをとりなす。

「ふんっ、聞いての通りだ。コニー師を呼んで来てくれ」

「……仕方ありません。コニー先生にも言われてますから」

 コニーに頼まれていなかったら、絶対に通したくないというような口振りで、門衛は門の中に消えていった。



 暫くして、正門の脇の関係者用の通路の扉が開いた。内から、コニーが現れる。

 コニーはアーラ達の姿を見つけると、柔らかく微笑んだ。

「あ、おはようございます」

 リシャールが人懐っこさを発揮し、先に挨拶する。

「おはよう。今日も昨日と同じ面々のようね」

「ああ。三人だ。すまないが、よろしく頼む」

 アーラの目礼を受けながら、コニーは背後に立つマリッタに視線をやった。

「マリッタも……また来てくれたのね」

「ええ……まぁ……」

 とは言うものの、マリッタは明らかに自分は来たくなかった、という気配を醸し出している。

「…………」


「ではコニー師よ、案内を頼む」

「え? あ、そうね。行きましょうか。あ、それと今日はこっちを通ってね」

 そう言って、コニーは先行して関係者用の通路に入っていく。

「そうか、門が開くところを見たかったのだが、仕方ない」

 三人はコニーの後を追い、敷地の中に足を踏み入れた。


 学校の敷地の真ん中を通る通路を進み、学校の玄関まで辿り着く。

「やはり何度見ても大きいな」

「それはそうですよ、建物は縮んだりしませんから」

 学校の高さを昨日と同じように見上げながら、アーラとリシャールは再び感嘆する。

 そんな二人を微笑ましく眺めていたコニーは、ちらりと傍に立つマリッタに視線を移した。

 マリッタは無愛想な表情で、敷地内にある森の方を眺めている。

 

「……ねえ、ちょっと」

 コニーはマリッタへの視線を切ると、アーラに向き直り声を掛けた。

「ん? 何だ?」

「申し訳ないけれど、ちょっとここで待っていて貰っても良いかしら?」

 案内開始から待機を告げられるとは思っていなかったアーラは、出鼻を挫かれた気分だった。

 だが、こればかりはどうしようもない。コニーにも事情があるのだろう。そう思い直し、アーラは不承不承頷いた。

「それは、構わないが……」

「有難う。……マリッタ」

 アーラに礼を言うと、コニーは今度はしっかりとマリッタを見やり話しかけた。

 突然話を振られ、マリッタは訝しげにコニーに視線をやる。

「?」

「話があるの。ちょっと一緒に来てくれない?」

「…………」

 マリッタは答えない。

「大丈夫、そんなに時間は取らせないから」


「何だ、マリッタだけか?」

 アーラが、不思議そうに口を挟む。

 それが不満だという訳ではなく、急にどうしたのか、という素朴な疑問だった。

「ごめんなさい。人前でする話でもないから、ね」

「そうか。ならばマリッタよ。とっとと行って済ませてくるが良い」

 コニーの真意は理解していなかったが、ここで時間を取られ捜索時間が減るもの嫌だと考えたアーラは、マリッタに帯同を促す。


 そんなアーラをマリッタは嫌そうに見つめる。

 言いたいことはあったが、どうせアーラに言っても通じない。

 何より説明するのも面倒だと思ったのか、マリッタは深々と溜息を吐く。

「……はぁ。仕方ありません。少し行ってきます」

 マリッタの同意を得て、コニーは嬉しそうに微笑む。

「良かった。なら貴女達は少しここで待っていてね」

 そう言い残し、コニーはマリッタを連れて校舎の中に入っていった。


+++


「帰って来ませんねぇ」

 リシャールがこれで三回目になる台詞を吐く。


 玄関前だけあって、生徒の往来も激しい。

 学生服を着ていないアーラ達は、視線の的だった。すれ違う度にジロジロ見られており、居心地が良いとはとても言えなかった。

 皆どこか急いでいるようで、絡まれなかったのは幸いだったが。


「くそっ、もう待てんぞ!」

 アーラもリシャールの呟きの回数に比例するように、徐々に苛立ちを増していっていたが、遂に限界を迎えたようだ。

「あ、駄目ですよアーラ様ぁ。部外者だけで勝手にうろついてたら、摘み出されますよ」

「部外者だけでここに待たせておくのも、問題ではないのか?」

 アーラには珍しく、至極真面目なことを言う。

 ただ、リシャールも否定はしなかった。

「それは、僕もそう思いますけど……あっ、アーラ様」

 言葉の途中で、リシャールがアーラの背後を見やって、声を僅かに上擦らせる。

「ん? どうした?」

 アーラが後ろを振り返ると、そこには見慣れた女学生の姿があった。



「あれ? アーラ達じゃない」

「……おはようございます」

 二人はニッコリ微笑んでアーラ達の元に近づいてくる。

 どうやら寮から学校に向かう所だったらしい。


「オレリアにカリーヌか、丁度良い」

 知り合いに出会い、この状況から解放されると思ったアーラはホッとした様子で強張っていた顔を緩める。

「早いね。今日もやっぱり人探しするの?」

「そうだ。何か手掛かりを見つけるまでは続けるぞ」

「うへぇ……」

 アーラの決意を聞いて、リシャールがこっそり背後で呻く。


「あれ? 今日はマリッタは居ないの?」

「いや居るぞ。マリッタはコニー師に呼ばれて少し外しているだけだ」

「ふーん」

 マリッタが居る事を聞いて、カリーヌがホッと胸を撫で下ろしていた。


「でも、昨日あれだけ探して見つからなかったんだよ? やっぱりここには居ないんじゃない?」

「……それに残っているのは」

 貴族の生徒だけ。それも非協力的で、身分の高い連中である。

 探すにしても昨日以上の苦労が待ち受けているだろう。

 その様子が容易に浮かんだのか、オレリアとカリーヌは苦しそうな表情を浮かべる。


 二人の表情から想像の内容を悟り、アーラは手を開いてグイッと突き出す。

「まぁ待て、早合点するな。今日の対象は生徒ではない」

「え?」

「完全に失念していたが、今日は教師達を探ろうと思っている」


 それは今朝方、ヴェラに進言されて気づいた事だった。

 昨日は生徒だけに注視していたが、確かにここには生徒以外に教師という存在がいる。当然家族も居る筈で、『神の医師』が五十代という話が真であれば、寧ろ生徒よりも教師の方に可能性がある。

 どうも学校に娘がいるという話を聞いて、勝手に生徒だと決め付けてしまっていたようだった。


 その案に、オレリアも納得したようにパチンと両手を合わせた。

「先生達を? なるほど、確かにそこは盲点だったね」

「だろう? だからすまない。今日も案内を頼みたいのだが……」

 アーラはオレリアの賛同に力を得て、手伝いを願い出る。

 だが、二人は快諾せず、何か言いたそうに互いの顔を見合っている。

 やがて、オレリアが申し訳なさを前面に出して謝罪した。


「ごめんねアーラ。私達も手伝いたいのは山々なんだけど、今日は抜き打ちの検査があって手伝えないんだ。ホンとごめん」

「ご、ごめんなさい」

 カリーヌも深々と頭を下げる。

 乗りかかった船だったし、何より旧友マリッタの連れであるアーラの頼みである。

 二人は本当に手伝いたかったのだが、今日だけはどうしても拙かった。


 嫌がっている訳ではなく、本当に都合が悪いのだということを察し、アーラはすんなりと引き下がった。

「何と……それは残念だ」

「仕方ありませんよ。他の人を当たりましょう」

 リシャールも代わりを探すことを促す。

 ただ、オレリアの困惑した表情は消えなかった。


「ええ……と、今日は私達だけじゃなくて、他の生徒も同じで、案内を頼むのは無理だと思うよ」

 何か大事な用事があるらしい。

 それだけは分かったアーラは、悄然とする。

「そ、そうなのか……間が悪かったのか」

「大人しくコニー先生を待ちましょうよ」

「うむ……」

 初心に戻るではないが、そうする他無いだろうとアーラ達は諦める。


 だが、それにもオレリアは反応した。

「コニー先生? コニー先生に案内を頼んでるの?」

「あ、あの、コニー先生は今日も忙しい筈です……」

 二人の表情は晴れない。

「ぬ? そうなのか?」

「そんなこと言ってませんでしたけどねぇ」

 アーラとリシャールも困惑した表情を隠さない。

 どういうことだ、という言葉が顔に記されている。


 補足が必要だと感じたのか、オレリアが事情を説明する。

「本人に予定はないのかもしれないけど、多分生徒に引っ張りだこになるよ。分からないとことかの質問攻めにあうと思う。案内も満足にできないくらいに」

 オレリアの言葉に、アーラは渋い顔を作る。

「それは拙いな」

 アーラは途方にくれたように思案する。

 こんなことならヴェラも連れてくるんだった、と少しだけ後悔した。彼女なら何か良い対策を練れたに違いないからだ。

 ただ、今日ヴェラがこの場に居ない理由を作り出したのは、他でもないアーラである。つまり、無いものねだりに過ぎなかった。


「どうしたものか……」

 アーラが沈んでいるのを見て、オレリアはともかく適当に思いついた代案を上げる。

「た、例えばほら、手の空いている暇な先生に頼むとか……」

「心当たりありますか?」

「え、えっと……」

 言ってはみたものの、リシャールに無邪気に問い返され、オレリアは言葉に詰まる。


「急に言われても、そんな先生なんて…………居た!」

 オレリアは突然大きな声で叫ぶ。


「え?」

「オレリアちゃん?」

「どうした?」

 オレリアは三人の唖然とした顔を尻目に、ビシッとあらぬ方向を指差した。

 三人同時にオレリアの指先を見つめた後、指し示す方向へと徐々に視線を移していった。

 ずうっとその線は伸びていき、やがてその先に立つ存在へと繋がった。

 三人はその人物の顔を捉える。



「ほえぇ?」



 突然オレリアに指差され、ポカンと間の抜けた表情を浮かべているのは、昨日マリッタとエルネスタの喧嘩の仲裁に入ったエレーナだった。

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