90: 回顧参
彼女は目立たなかった。
……いえ、それは正確じゃない。
正しく言い直すと…………そう。取り立てて目立つようなことはしなかった、という表現になる。
それはまるで、努めてそうしているかの如く。
でも、彼女はある意味では目立っていた。
矛盾しているようだけど、その表現がやっぱり正しい。
彼女は特に何もしてはいない。
成績は後ろから数えた方が早かったし、明るく社交的なわけでもなかった。
容姿は人並み以上に整っていたけれど、絶世の美女という程ではなかった。申し訳ないけれど。
だけど、彼女には『何か』ある、と思わせる何かがあった。
皆彼女を悪し様に言っていたけれど、それは裏を返せばそれだけ彼女の事が気になっていたということでもある。
本当に何もない人間を、誰が気にするだろうか。
ここに居る人間は、皆それほど暇ではない。
かく言う私も、最初は彼らと同じだった。
何故か気になる。
そんな思いを抱いたまま、何となく彼女を遠巻きに眺めていた。
そんなある日、ちょっとしたことから彼女との距離を縮める事になった。
すると次第に距離は狭まっていき、ふと気付けば、彼女の一番傍に居るのは私である、と断言できるほどに親しくなっていた。
周囲の人間に、私がどう映っていたのかは分からない。
だけど、私は正直優越感に似たような感情を抱いていた。
例えて言うならば、誰にも懐かない小動物が自分だけに懐いた、そんな時の感情に近い。
そうして、徐々に彼女と一緒に居る時間が増えていき、私を通して、少しずつだけれど彼女にも友人が出来ていった。
誓って、本心から私は嬉しかった。
彼女も仏頂面の表情は変わらないけれど、確かに喜んでいた。
少なくとも私はそう感じていた。
あの時までは。
だけど――――私は彼女の本性を知った。知ってしまった。
裏切りだった。
酷い裏切り。
更に、彼女が隠し続けていた事も知ってしまった。
劣等生どころじゃない。
彼女の資質は、私のそれを大きく凌駕していた。
いや、私だけでなく、ここに居る誰であっても彼女には敵わなかっただろう。
私がこの先十年、寝る間を惜しんで他のことを全て投げ打って、ようやく到達できるかどうかという領域に、彼女は既に達していたのだ。
その身体から溢れんばかりの才能を、必死に押し隠したまま。
落伍者を装って。皆を偽って。私を騙して。
彼女と居ると、とても楽しかった。
彼女が居る空間が、とても好きだった。
彼女がとても好きだった。
だから――――憎かった。
出来ることならば…………彼女の存在を、消したいほど。