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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【5章 偽りの想念】
88/121

83: 学校

 

「……本当に……マリッタなの?」 

 コニーは茫然自失としたまま、マリッタに問いかける。


 マリッタはその質問に対し、何と答えるべきか迷った。

 無論、コニーは盲目ではないし、今のが"人間は何故人間なのか"、などという哲学的な問いでないことは分かっている。

 ただ、マリッタは「はい。マリッタです」などと、答えるのが馬鹿らしかったのである。

 そんな事を考えていたからか、マリッタの口からは適当な相槌が漏れる。

「はぁ……」


 その返答を聞いて、どこか緊張を帯びていたコニーの表情は、ふっと柔らかさを取り戻す。

 まるで昔を懐かしむかのような笑みを浮かべる。

「ふふっ。その感じ……変わってないのね」

「え? ……ああ。そうでしょうか?」

 何の事かは分からなかったマリッタは、困惑した表情を見せた。


 そこに二人の様子を傍観していたアーラが近づいてくる。

「どうやら二人は知り合いのようだな。丁度良い」

 アーラは満足気に笑うと、簡単に自己紹介を済ませた後、マリッタが旧知であることをだし(・・・・)にして、何とか学校に入れるように取り計らってくれないかと、コニーに頼み込んだ。 

 合わせて事情も簡単に説明し、コニーの返答を待つ。


 コニーは暫く何かを考え込んでいたが、やがてにっこりと微笑んで頷いた。

「分かったわ。私の紹介と言うことで、手配します。だけど――――」

 自分は今から少し用事がある為、一刻程ここで待っていてくれないか、とコニーは申し訳無さそうに提案した。

 

 アーラとしては直ぐにでも中に入りたい所だったが、ゴネて入れなくなるよりはずっと良い。

 他に選択肢もないと判断し、コニーの提案に納得した。


 その後、直ぐにコニーはこの場を離れた。

 それを見送った一行は、コニーが戻るまでどうするかを話し合うことにした。

 恐らく今日はここで一泊することになる。

 この間に宿を探しておこうか、という案も出たが、結局下手に行動して行き違いになるよりはと、そのまま門の前で時間を潰す事になった。

 

+++


 待機中。

 基本的にジッとしているのが苦手なアーラは、早々にただ待機しているだけの状態に飽き、あちこち動き回り始めた。

 物珍しさからか、塀に沿って周囲を散策したり、塀によじ登ろうとしたり、門に近づきすぎて門番と言い合いになったり――――

 何だかんだ言いながら、待機時間を楽しんでいるようだった。


 そんなアーラを困ったように眺めていた、グラストスとオーベールは、門の前に腰を落ち着けていた。

 馬の世話をしたり、門番達と積極的に雑談をして、情報収集に努めていた。

 二人は最も効果的な時間の使い方をしていたと言えるだろう。 


 マリッタはただ一人、ずっと馬車の中に篭っていた。

 仮眠を取っていたのか、コニーが再び戻ってくるまで一歩も外に出ることはなかった。


 そして、リシャールは――――

 一刻近くが経過し、門前に戻ってきたコニーに介抱されるまで、ずっと地面に放置されたままだった…………。



***



「ごめんなさい。伝え忘れていたんだけど……」

 コニーが戻り、いざ中に入ろうとした一行は、それをコニー含め門番達に止められてしまった。

「当校の敷地内に入れる人間には、ある条件を満たしている必要が有るの」

 と、コニーは前置きしてから、理由を説明する。

 その条件とは、魔法使い(メイジ)であること、というものだった。



 この大陸では、メイジはそうでない者よりも優遇されるのが常である。

 騎士団然り、国の要職然り。

 それは遥か昔。人類が魔法の存在を発見して以来、ずっと続いている風習のようなものだった。


 そういった事が下地となったのだろう。

 魔法を使える者は、そうでない者よりも種として高次元に居る、と信じる者達も少なくなかった。

 魔法権威主義者、と呼ばれている者達である。


 辺境の土地ではそこまで顕著ではないものの、王都などではその主義を持つ者は多かった。

 その主張を持つ者は当然メイジである事が殆どで、しかも組織の中で上の方にいる人間が多かった。

 その為か、メイジしか入れない場所も、少なからず存在している。

 

 そして、ここは『魔法』学校である。

 メイジのみしか敷地内にしか入れないという決まりがあったとしても、この大陸に住まう者にとって何ら不思議な事ではない。

 ただし、その決まりが一時の訪問者にも適用されるという部分だけは、異常なことだった。


 そのような事情により、一行はメイジかどうかを検査する必要があった。

 ただそれは大袈裟なものではなく、コニーや門番の前で魔法を使ってみせることで証明できると言う。

 マリッタは既に証明されているので、対象はそれ以外の面々であった。



「そういう事なら、俺は外で待機していよう」

「残念ですが…………僕もです」

 グラストス、オーベールが早々に検査を辞退する。

 グラストスはメイジであるが、魔法を使えない。

 正確に言うと、披露してみせる事が出来ない。

 なので証明する手段としては自己申告しかなく、恐らくそれでは認められないという事は分かっていた。


 実はオーベールも、グラストスと同じだった。

 メイジの素養はあるものの、魔法の習得に努めてこなかった為、自分で使う事が出来ないのだ。

 別段、特に必要にかられる場面もなかったので、その事をオーベールは気にしたことはなかった。

 だが安死病治療への手掛かりの可能性を目の前にしながら、その調査を手伝えないという事実だけは無念であった。

 こんな事ならきちんと学んでおけば良かったと、オーベールは少し後悔が残った。

「……そうだな、分かった」

 二人の魔法事情を知るアーラは、神妙そうに頷いた。

 

 二人が辞退した為、検査対象はアーラと、リシャールに絞られる。

 リシャールはメイジであり、魔法の使用にもそれなりに慣れている。

「なら、最初は僕が披露しますね」

 そう言って、皆の前であっさりと火球を発生させて見せた。

「確認したわ。君は問題ないわね」

 コニーもリシャールの魔法を認めた。


「な、ならば、次は私か……」

 声を震わせながら、アーラは呟く。

 メイジであることは間違いないものの、アーラは未だ上手く魔法を使えない。

 果たして成功出来るだろうか、という不安はあった。


 ただ一度だけだが、完全に制御できた事もある。

 その時の境地に至れる事を願いながら、アーラは馬車内から取ってきた水の入った水筒を、目の前の地面に置く。

 周囲の目を受ける中、静かに集中を始めた。


 グラストス達の目は、心配一色に彩られている。

 特にマリッタは、弟子の成果発表の場でもある。妙な緊張感を抱かずにはいられなかった。

 そんな仲間達の期待と不安を一身に集めながら、アーラは魔法を使う。

 白色で覆われた身体が、淡く発光する。

 水筒の中の水が、口を通って外に浮かび――――


「どうだ、これで証明になったであろう!!」 


 空中に上がりきる前に、アーラは魔法を解いてしまった。

 そして、何故か自信満々に胸を張っている。


「え、ええ……メイジではあるようだし、問題はないのだけれど……」

 コニーも何と言っていいのか、分からないような顔で困惑している。

 メイジの審査の為には、特にどの程度の魔法を使えれば認めてよい、という基準は決められていない。

 もちろん入学する際にはそういった審査もあるが、今はあくまで一時的な滞在の為のものである。

 どの程度の魔法が使えれば良い、と判断するかは、審査する人に委ねられていた。

 ただコニーは、てっきり水球になるまでは制御するのかと思っていたので、多少肩透かしを食らった気分だった。


 少し考えて、躊躇いがちに何度か小さく頷く。とりあえず気にしない事にしたのだろう。

「じゃ、じゃあ、三人だけで良いのかしら? そちらの二人は、中に入らなくていいのね?」

 コニーの視線を受けて、グラストスとオーベールは情けない顔で笑う。

「俺達は魔法が使えないからな」

「そう…………え? 貴方は……」

 言葉を返したグラストスを、改めて見つめ直したコニーはそのままジッと凝視する。

 そして、小さく口を開いた状態で固まってしまう。


「何だ?」

 急に自分を見つめ出したコニーに、グラストスは訝しむように尋ねる。

 しかし、コニーは呆然とするだけで、何も答えない。

 そのまま暫く、グラストスを見続けていたコニーだったが、やがてふっと視線を緩めた。

「まさか、ね……」


 今の様子を何も説明をしようとせず、コニーはグラストスに問いかけた。

「……貴方、お名前は?」

「は? あ、ああ。俺は、グラストスと言う」

 何故急に名前を問われたのか分からなかったが、グラストスはとりあえず名前を答えた。

 『グラストス』とは、アーラに貰った仮の名だが、コニーに説明しても仕方がないと思い特にそれを伝えなかった。

「グラストス…………そう。有難う」

 コニーは何かに納得したように、微笑んで礼を言った。


 オーベールは今のやり取りについて、隣に立つアーラに尋ねる。

「何だったんでしょう?」

「…………」

 アーラは何も答えなかった。



「ごめんなさい。それじゃあ、中に案内するわ。三人はこちらに来てくれる? あ、剣は預けて来てね。中には持ち込めないから」

 コニーは気を取り直したように、門の前へと歩きながらアーラ達に穏やかに告げる。


「はーい。じゃあグラストスさん、オーベール様。僕は行って来ますね!」

 リシャールは笑顔で居残り組みの二人に挨拶すると、荷馬車へ駆けて行く。腰に提げていた剣を中に放り込むと、そのままの勢いでコニーのもとに向かった。

 その足の軽さから、リシャールは中に入るのを楽しみにしている様子が伺える。

 グラストスは苦笑しながら背中を見送った。

 

「アーラさん。申し訳ありませんが、僕の代わりに……お願いします」

 オーベールはアーラの目を逸らさず見つめて語りかける。

 対してアーラは、力強く応える。

「分かっている。安死病の手がかりは、私が必ず手に入れて見せる」

「お願いします」

「騒動を起こさないようにな」

「分かっている! お前達も後の事は頼むぞ」

 グラストスの心配に対して、語気を荒めながらもアーラは後事を託す。

 合わせて『エリザベス』を、オーベールに手渡す。

「はい。この先に村があるらしいですから、そこで宿を取っておくことにします」

 オーベールは剣を受け取り、大事そうに抱える。

 他の事は心配せずに調査に専念してくれ、という思いを込めて、オーベールは頷き返した。


「じゃあ、お願いします」

 準備が整ったのを見計らい、コニーは門番達に声を掛けた。

 門番達は二手に分かれ、門の両端に向かう。そこにある関係者出入り用の小さな扉を通って、扉の中に消えた。

「? あそこから入れるならば、我々もそこから入ればいいのではないか?」

「そうね。でも外部から来た人には、この正門をくぐって貰う、というのがここの昔からの風習なのよ」

「そうなのか。まあ、確かにこの大きな門を通ったほうが、それらしくはあるな」


 やがて中から何かを廻すような音が微かに聞えてくる。

 そして、その音にあわせて、ゆっくりと正門が開かれていく。

 人一人通れる程の隙間が出来た段階で、コニーは「大丈夫です!」と、中にいる門番達に向かって大きな声で呼びかけ、扉の開門の動きが止まった。


「行きましょうか」

 コニーは先導するように、門の中に消えた。

「はーい」

「うむ」

 リシャール、アーラとその後に続く。


「マリッタも、久しぶりの古巣を楽しんだら良い」

 一人、中に入る事を躊躇うように門の手前で立ち尽くしていたマリッタに、グラストスは明るく努めて言葉を掛けた。

「…………っさい」

 それに対して、マリッタは心底嫌そうに悪態を吐き捨てる。

 ただ言葉を発した事で覚悟が決まったのか、諦観の表情で門の隙間に身を滑らせていった。

 そして、全員の姿が見えなくなり――――再び門は閉じられた。



「……行ったな」

「そうですね…………皆さん。お願いします……」

 後に残されたグラストス達は、閉じられた門の先にいる筈のアーラ達を見つめるかのように、少しの間、門へと視線を送り続けていた。


 やがて、

「そろそろ俺達も行くか」

 グラストスが提案し、オーベールは未練を断ち切るように、にっこりと同意する。

 二人は再び外に出てきた門番達に別れを告げると、馬車に乗り込み、ゆっくりと村に向かって進み始めた。



***



「うわぁ……本当に、広いですねぇ」

「うむ……」

 門を抜けると、魔法学校の広大な敷地がはっきりと見てとれた。

 周囲の塀は門からどこまでも続いており、両端は遥か遠くに薄っすらと確認出来る。

 視線を右に移すと、草木の生えた平原の先に大きな池が視界に入り……。

 何と敷地の中には小さな森までも存在していることが分かった。


「あれは薬草や樹木の研究の為に、ここを設立した時に作られたのだそうよ。最初の頃は疎らに生えている位だったらしいのだけれど……今ではあの通りよ」 

 目を丸くしているアーラとリシャールに、コニーが説明する。

 もう一度森に視線をやって「なるほど」と頷くと、二人は今度は左の方に視線を移した。


 門から見て、敷地の左方向に広がっていたのは、整備された広大な地面だった。

「こっち側は、学生の訓練の為の場所よ。魔法の実践なんかは、やっぱり広い場所でないと危険だからね」

「なるほどーー」

 リシャールは物珍しげに頷く。

 確かに体を動かす為には、いいのかもしれない。


 同じく興味深そうに見つめた後、アーラは中央に視線を戻した。

「で、あれが学び舎だな?」

「そうよ。中央にあるのが校舎で、ここからじゃ分からないだろうけど、十字の形をしているわ」

「あっちにあるのは?」

 リシャールが校舎の左側に、離れて建っている建造物を指して尋ねた。

 校舎よりは多少小さいが、それでもビリザドに存在するどの建物よりも大きいだろう。

「あれは学生寮よ。ここは基本的に寮生だから。奥には教員寮もあるわ」

「皆さん、ここでずっと生活してるんですね?」

「ええ、その通りよ」


 リシャールは敷地を囲んでいる塀をグルリと眺め回した後、コニーを振り返った。

「他に出入り口らしいものは見当たらないんですけど、外に出る時はみんな正門から出るんですか?」

「いえ……ここの生徒は、卒業するまで外に出る事を認められてないの」

 淡々と話すコニーに、リシャールは目を丸くする。

「えっ!? ここから出られないんですか?」

「ええ。何か特別な事情でもない限り」

「それは……窮屈な事だな」

 アーラも眉を顰める。

 自分にはとても真似できない、と思っている表情である。


「ああ、だからこんなに敷地が広いんですね? 窮屈感を感じないように」

「それは関係ないと思うけど……でも、確かにこの広さが救いになっているのかもね」

 考えた事もない指摘だったが、意外に正しいのかもしれないと思いながら、コニーは頷いた。

「皆さん、それで納得してるんですか?」

「う~~ん。不満がないかどうかまでは分からないけど、特にそれが問題になった事はないわね」

「はぁ~~~~やっぱり、優秀な人達は違いますねぇ」

 リシャールは感嘆する。


 魔法学校に入学するのは、その大部分は貴族の子弟である。

 ただそれは貴族しか入学できない、という理由からではない。

 単にメイジの人口の比率は、貴族の方が高い傾向にあるからだった。

 なので、ここで学ぶ平民も少なからず居る。

 そして、ここに入る様な平民は、その誰もが人より能力の高い者達である、というのが外部の人間の共通認識であった。

 魔法学校の存在こそ知っていても、中に入った事があるという者は国の中でもごく少数の為、内情を知らない者が殆どなのだ。

 リシャールの認識もそうした噂程度の知識によって、いつの間にかすり込まれていた情報だった。


「……」

 マリッタは何か言いたげにしていたが、口を開く事はなかった。

 ただアーラはリシャールの言葉に納得するように頷く。

「私なら耐えられんな」

「でしょうねぇ」

 そのアーラ発言を聞いたリシャールも、はっきりと同意した。

「ああ…………ん?」

 アーラも更に頷き返したが、何か腑に落ちない顔で何かを考え込み――――

 やがて理由に至ったのか、激しく怒りを露にする。


「おい、リシャール。それは一体どういう意味だ? お前は私が堪え性が無いとでも言いたいのかっ!」

「へあっ!? いや、それはそのっ……って、アーラ様も自分で言った――」

「うるさい!!」

 リシャールは弁解の機すら与えられず、アーラに折檻された。

 そんな騒がしい二人をコニーは楽しげに見つめていたが、同行者であるマリッタは嘆きの入った顔で小さく首を振っていた。

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