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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【5章 偽りの想念】
86/121

81: 古巣

 

「おお。あれがそうか!」

「噂には聞いてましたけど、すっごく広いですねぇ」


 翌日、朝食を簡単に済ませた後、旅を再開した一行は、一刻ほど掛けてようやく学校の門前まで辿り着いていた。

 少し前から学校の敷地を囲っている高い塀がずっと視界に入っていたので、正門が近いことは皆分かっていたが、いざ目の前にすると、やっと、と言う思いを抱かずにはいられなかった。

 ずっと代わり映えのしない風景であったことが、大きな要因だったに違いない。

 

 御者台に身を乗り出すように顔を出していたアーラは、馬車が止まるなり、外に飛び出していった。

 根っからの行動派であるアーラにとって、退屈な旅路は耐えがたいものだったのだろう。

 そのまま門に向かって走っていく。

 その後に続くように、リシャールとオーベールも馬車を降りて、門に向かった。

 性質は異なるが、どちらの顔にも期待の色が浮かんでいる。

 その所為か門に向かう足は心なしか速い。


 グラストスは座りっぱなしだったことに疲労を感じていたので、御者台から地面に降り立つと、うん、と背筋を伸ばして体を解した。

「~~~~はぁ。流石にシンドイな」 

 大きく深呼吸してから心からの呟きを漏らした後、馬達を労わるようにポンポンと首筋を撫でると、グラストスは背後を振り返った。

「マリッタは行かないのか?」


 マリッタはバツの悪そうな表情で、門の方を眺めていた。

 グラストスの問いに、マリッタは振り払うように腕を振る。

「……うるさいわね。アンタも行ってきなさいよ」

「俺は馬車を見ておかないといけないしな」

「別に誰もいないじゃない」

 マリッタの言うとおり、この門前にいるのはグラストス達と門番だけである。他の人の姿はない。

 ここに放置していても、馬車を盗まれる心配などないだろう。


「まあ、確かにな」

「それでも心配なら馬車はアタシが見ておくから、アンタも行ってきな」

「はぁ、そう言うなら任せるが。古巣なんだろ? 懐かしくないのか?」

 グラストスは、マリッタのどこか不機嫌そうな顔を見ながら尋ねた。

 それに対してマリッタは、深い溜息を吐く。


「……アタシはここを二年未満で中退したのよ。卒業した訳でもないのに、そんな感慨ある訳ないじゃない。気まずいだけよ」

「そういうものか?」

「そうよ。アンタも記憶を思い出したら、きっと分かるわ」

 マリッタの言葉にはどこか棘がある。

 グラストスに対しての不満ではなかったが、自分が辞めた場所に来た気まずさからの苛立ちが、言葉を鋭利にさせていたのだった。

 これ以上何かを言うと怒りを買いそうだ、という事を悟ったグラストスは、「じゃあ、任せる」とマリッタに声を掛けると、アーラ達の所に向かった。



 学校の正門は分厚い木製のもので、人一人ではとても開けられそうにない程大きな扉である。

 まるで訪れる者を拒んでいるかのような印象も受ける。

 また門から続く塀は人間にはとても越えられそうにないほど高く、人の出入りは完全にこの正門で制御しているようだ。

 やはりパウルースに一つしかないというメイジの育成機関であるからには、人の出入りにはこのくらいの厳重さが必要なのだろうか。


 などと考えながら門を見上げていたグラストスは、先程から耳に入ってきている大声に意識を移した。

 前方を見ると、なにやら門番らしき男達とアーラが揉めている。

 その横で、何とかアーラの気を静めようとしているのだろう。リシャールが恐る恐る声を掛けているが、効果があるようには見えない。

 マリッタが拒否しており、ドレイクも居ない以上、アーラを止める役目を担うのは自分しかいない。

 グラストスは仕方なく覚悟を決めると、騒ぎの中心に近づいていった。

 


「何故だ! そんな決まりがあるとは聞いていないぞっ!」

「ですから、最近決められた規則なんですよ」

「では何か!? この学校を訪れる人間は、全員わざわざ王都まで足を運んでいるとでも言うのかっ!?」

 門番の男達は、受け答えをしている男を先頭に、まるでアーラの侵入を拒んでいるかのように門の前に立ち塞がっている。

 それらの門番達を睨みつけながら、アーラが怒鳴る。


 アーラも流石に素通り出来るとは思っていなかった。

 しかし、まさか一時の訪問の為に、王都まで手続きに行かないといけないという規則に、納得がいかなかったのである。

 「そういう決まりなら仕方ないですよ」と、宥めているリシャールの言葉は、アーラの耳には完全に入っていなかった。

 寧ろ少年を邪魔そうに押しのけながら、門番の言葉を待った。


「ないしは、関係者からの口利きでもあれば大丈夫です」

「それはどうすれば受けられるのだ?」

 一筋の光明でも見えたのか、アーラは怒りを静めて尋ねた。

「学校長か、または本校の教師の方々とお知り合いならば受けられるかと」

「ならば知り合いになるから、誰か教師をここに連れてきてくれ」

「それは出来ません」

「何故だ!?」

 提案するも即拒絶され、アーラは再び怒りの声を上げる。

 今にも飛び掛ってきそうなアーラに対して、応答している背後の門番達が警戒するように腰を落としている。いつアーラが襲ってきても、対処できるようにしているかの如く。


「多忙な教師の方々を、紹介も無い方の言葉などでお連れする事は出来ません」

「なら誰でも良い。教師に伝言を頼んでくれ」

「ですから、教師の方の迷惑となりますので、無理です」

「~~~~な、なら、私達の代わりに人探しを頼みたい。私達が入る訳ではない。それなら、構わぬだろう?」

 アーラは激昂しそうなところを寸前で堪え、代案を挙げる。

 しかし、門番の答えは明快だった。


「ここに通っている生徒の方々の情報を、どこの誰とも分からぬ方に、お教えする事は出来ません」

「では、どうしろと言うのだっ!!」

 アーラの怒号が周囲に響く。

「先程から申し上げていますように、王都で紹介状を手配して貰えます」

「ここから、このヴェネフィムから、王都まで行ってこいと言うのか!? 学校に入る手続きをする為だけにっ!?」

「規則ですから。もし、仮に貴女が公爵家のご息女であったとしても、手続きは踏んで頂かないとお通しする訳にはいきません」

「こ、この…………っ!!」

 アーラは怒りで、プルプルと震えている。

 拳を強く握り締めて、必死に殴りかかるのを堪えているように見える。


 一方、オーベールはアーラとは異なり、門番の門番としての意識の高さに感心していた。

 正直、最初は中に入れて貰えなかった場合は、自分の素性を告げようかとも思っていた。  

 権力を誇示するようで、オーベールとしては最も嫌いな振る舞いではあったが、今は事情が事情である。そういったことも致し方ない、と覚悟を決めていた。

 だがこの様子では幾ら出資者の身内とは言え、父バレーヌ侯爵の一筆でもない限り入る事は叶わないだろう。

 そんなことを考えていた為、オーベールはアーラを止めるのも忘れ、どうすれば良いか考えこんでしまっていた。


 なので、一人アーラを宥めようとしてるリシャールの声が、か細く発せられる。

「お、落ち着いて下さい。アーラ様」

「うるさい! これが落ち着いていられるかっ! 生徒の身内であっても中に入れないと言うのだぞ!? こんな馬鹿な話があるかっ!」

「落ち着け。そういう規則なんだ。門番に食って掛かってもしょうがないだろう?」

 アーラの元に辿り着いたグラストスが、暴発しようとしていたアーラの背後から近づき、その小さな肩を背後から押さえて言った。

 この瞬間、リシャールは露骨にホッとした様子を見せた。アーラを宥める役を押し付けられると考えたのか、自然を装ってグラストスの背後に回り込む。


 それから数回の問答を経て埒が明かない事を察したグラストスは、騒いでいるアーラを徐に脇に抱えあげた。

「何をする! 放せっ! 放さぬかっ!」

「落ち着け」

 ジタバタ暴れるアーラに、努めて冷静に声を掛けながら、門番達と距離を取るように移動した。

「グラストスッ! お前も邪魔をするのかっ!」

 少し離れた場所で下されるや否や、アーラは掴みかかるようにしてグラストスを罵倒する。

「熱くなりすぎだ。冷静になれ。思い出すんだ」

「何をだっ!!」

「忘れたのか? 俺達の中には、ここに通っていたことがある人間がいるだろう?」

 グラストスの落ち着きに引かれるように、アーラは冷静さを取り戻していき――――言葉の意味を悟ったのか、パァ、と表情を明るくする。


「そ、そうかっ、マリッタかっ!」

「マリッタがここに通っていたことを証明できれば、何とかなるんじゃないか?」

 導き出した答えを、グラストスは言葉でなぞる。

 マリッタは怒るだろうが、こうなってしまっては我慢して貰うしかない。


 アーラは思わずマリッタの方を見る。

 だが馬達の影に隠れているのか、姿は見えなかったようだ。

「よしっ、私が呼んでくる!」

 アーラは嬉々としてマリッタのところに走っていった。

 その元気に掛けていく後ろ姿を見ながら、その場に残った三人は疲れた顔を見合わせて肩を竦ませた。


 ほどなくして、アーラがマリッタの手を無理やりに引きながら戻ってきた。

「ちょっ、お嬢さん! 手を引っ張らないで下さいっ!」

「いいから、こっちだ!」

 恐らくグラストスやリシャールであれば、暴力を持って拒絶されていたに違いない。

 だが流石にアーラの手を無下に振り解く事はできなかったらしい。

 マリッタは拒絶の声を上げながらも、アーラに引かれるまま三人の元に連れてこられた。 


「分かりました! 分かりましたから、逃げませんから、手を離して下さい!」

「本当だな? ならば分かった」

 アーラはガッチリと掴んでいた手をマリッタの腕から放すと、再び門番達に近づいた。


「よく聞け。このマリッタは、数年前までここを学び舎としていたのだ。それならば、ここに入る事に問題ないであろう?」

 どこか自慢げに胸を張りながら、アーラが説明する。

 門番たちは、決まりの悪そうにそっぽを向いているマリッタを見つめた。

 その後に、真面目な顔で口を開いた。

「通っていたという証拠は?」

 至極当然の問いだった。


「証拠? 証拠…………」

 アーラは思わず考え込んだが、結局思いつかなかったらしい。

 マリッタに向き直って尋ねた。

「マリッタよ。何か証拠となるものは持っているか?」

「急に言われても、そんなものありませんよ」

 マリッタの回答は明快だった。

 今回のフォレスタ行きが決まった時に、『魔法学校』に行くことになろうとは誰一人として想像できなかった。

 魔法学校に纏わる持ち物など、持っていなくて当然である。


「それは分かっているが…………そこを何とかならぬか? 何でもいいのだ」

「無理です」

「ぐ、ぐむむ…………」

 マリッタの毅然とした回答に、アーラは思わず唸ってしまう。

 

 どうしたものかと考え込んだ時、それまで黙っていたオーベールが口を開いた。

「でしたら、どなたかマリッタさんの仲の良かった方を、お連れ頂くというのはどうでしょう? 生徒の方であれば、教師の方に迷惑を掛けることにはなりませんし。それにその方から教師の方に、言葉添え願えるかもしれません」

 その提案を聞いて、リシャールがパンと手を合わせる。

「確かにそうですね!」

 アーラも曇っていた表情を輝かせて、オーベールに頷き返した。

「なるほど、その通りだ! マリッタよ、誰でもいい、ここに通っていた頃の友人の名を教えてくれ」


 全員の期待の視線を一身に浴びていたマリッタは一人、他の面々とは反比例するように苦々しい表情を浮かべた。

「…………友人? ……………………」

 一応嫌々ながらも思い出そうとしているのか、虚空を見つめてジッと考え込む。

 周囲が固唾を呑んで見守る中、暫く考え込んだマリッタは、やがてポツリと呟いた。

「…………名前を、よく覚えてません」


「……は?」

 アーラは唖然とした表情で首を傾げる。

 他の面々も口には出さなかったが、皆同じ顔をしていた。

 それに対して、嘘か真か、憮然とした表情でマリッタは繰り返す。

「だから、覚えてないんですって」

「友人の名前をだぞ?」

「辞めてから、まだ数年なんだろ?」

 アーラとグラストスが思わず尋ね返す。

 だがマリッタは苦虫を潰したような顔で、「覚えてない」をもう一度繰り返した。

 なんと言えばいいのか、思わず皆黙り込んでしまう。


 実のところ、数名の名前がマリッタの脳裏には浮かんでいた。あくまで中に入りたくない一心での嘘であった。

 一年以上居て、誰の名前も出てこない。普通なら考えられないような話である。

 だがマリッタならばありえるかもしれない。アーラやグラストスは真面目に判断に迷っていた。


 そんな中、リシャールが憐憫の表情をマリッタに向けてしみじみと言った。

「マリッタさん…………」

「……何よ?」

「友達少なかったんですねぇ…………分かります」

「っ!!」

 瞬時に、マリッタの体が緑色で覆われた。


 リシャールはそれを見て悲鳴を上げる。

「ひっ!? どうして、魔法を使おうとしてるんですっ!?」

「……………………」

 しかし、マリッタは答えない。

 いつもであれば、リシャールはとっくに風で吹き飛ばされている筈である。

 だが怒りの気配を周囲に放ちながらも、マリッタは魔法を放とうとはしなかった。

 瞳を閉じ、こめかみをひくつかせながら、集中している。

 いつも以上の強力な魔法を放とうとしているのは明らかだった。


 それを悟り、リシャールは必死でアーラに助けを求める。

「マ、マリッタさんを止めてください!! アーラ様!!」

 アーラは何故マリッタが怒っているのか分からなかったが、とりあえずマリッタを宥める。

「ふむ……マリッタよ。事情はよく分からぬが、止めるが良い」

「…………」

 しかし、マリッタからの返答は無い。


「なるほど」

 アーラの経験上、こうなった時のマリッタは、アーラでも止めることは不可能だった。

 なので、怒りを治めるのに最適な提案をリシャールに告げた。

「リシャールよ。一度だけ我慢しろ」

「ふぇえええええ!? そんなっ、アーラ様!!」

「安心しろ。仮に大怪我をしたとしても、ここは魔法学校だ。回復魔法を使える人間が一人くらいはいるだろう」

「そんな、解決になってませんよっ!?」

 アーラは何故か胸を張って、ウンウン頷いている。


 これ以上アーラに助けを求めても無駄だと悟ったリシャールは、救いの目をオーベールに向ける。

「ごめんね。僕にはどうすることも…………」

 オーベールは申し訳無さそうに謝罪した。

「そんな~~~~」


 嘆きながらも、リシャールは最後の頼みの綱とばかりに、グラストスに視線を移す。

 グラストスは毅然とした態度で、はっきりと答えた。

「俺達を巻き込むな」

「ヒドイっ!! 僕達の仲じゃないですかっ!」

「どんな仲だ……それより、そんなことを言っている暇があったら、少しでも距離を取った方が身のためだと思うぞ」

「え?」


 グラストスの促しに、リシャールは恐る恐るマリッタに視線を向ける。

 見ると、マリッタの翳した手の前に、それと分かる緑色の塊が出来ていた。 

 リシャールは、それに見覚えがあった。

 盗賊団を壊滅させた時にマリッタが使用していた、えげつない魔法である。

 そうと気付くなり、悲鳴の声を一段と大きくする。


「や、止めてくださいっ! どうして怒るんですか! 僕が何をしたって言うんですっ!?」

「…………………」

 マリッタは答えない。

 異様な気迫に押され、リシャールは首を左右に振りながら後ずさり、懇願するように、マリッタに涙目を向ける。

「や、止めて! ただ僕は、マリッタさんに友達が居ないって、本当のことを――――」


突風(ブラスト)!!』


 マリッタの体から放たれた圧縮された空気の塊は、リシャールの手前の地面に着弾すると、盛大に爆発音を上げて地面を抉った。

 土砂はリシャールごと遥か天高くに巻き上がり――――容赦なく地面に降り注いだ。


 上空高くから地面に叩きつけられリシャールは、白目をむいて地面に仰向けに倒れている。

 ただ幸運にも、まだ息はあるようだった。

「……ちっ、しぶとい」

 マリッタが憎々しげに、気絶したリシャールを睨みつける。


「ふむ。流石はマリッタの魔法だな。威力が半端ではない」

 侯爵家のお嬢様(アーラ)は、マリッタの魔法を見て感心したように何度も頷いている。

「リシャール君……僕が不甲斐ないばかりに……」

 侯爵家の御曹司(オーベール)は、惨事を止められなかった事を一人悔やんでいた。

「哀れな……」

 残った記憶のない男(グラストス)は、意識のない少年(リシャール)に視線を送りながら、哀れな末路に涙した。

 


「今のは――――風の中級魔法!?」



 驚愕の表情で、マリッタの魔法によって開いた地面の大穴を見つめていた門番の男達の背後から、一際高い声が上がった。

 男しては高過ぎる声に違和感を覚え、グラストス達は声の発生源に視線を向ける。

 いつの間に現れたのか、肩ほどまでの赤茶の髪をした二十代後半くらいの年の頃の女性が立ち竦んでいた。

 優しそうな目が印象的な、美人と呼んで誰も否定できないだろう美貌の持ち主である。

 そんな女性の目は大きく見開かれ、信じられないものを見る様子で、地面に開けられた大穴を見つめていた。

 口元を手で覆っているが、その驚きまでは隠しきれていない。


「こ、これは、コニー先生」

 門番の一人が、現れた女性に呼びかける。

「これは、一体どういう状況なんです?」

「何と説明すればいいのか……」

 女性の問いに、門番たちは返答に困ったように言葉に詰まる。

 事情をよく分かっていない彼らからすれば、校内へ入れるように嘆願していた相手が、いきなり仲間内で争い出した、としか見えなかったのだ。

 答えようも無いだろう。


 そのままどうしたものかと門番が困っていると、その輪の中にアーラがズイッと割って入っていった。

「失礼。今、先生と、呼ばれているように聞えたのだが、貴女はここの教師であらせられるのか?」

「こ、こら! 君はあっちへ行っていなさい!」 

 門番達はアーラを押しやろうとするが、女性はそれを止めるように代わりに尋ねた。

「彼女は?」

「いや、その、この連中は、紹介状も無いのに中に通してくれと、先程からしつこく催促してきている者達でして…………」

「学内にですか? 紹介状もないのですか…………それは困りましたね」

 コニーと呼ばれた女性は、申し訳なさそうにアーラを見つめた。

 彼女の責任ではないのにもかかわらず、その表情からは本当に心配している様子が見て取れ、この女性の人柄の良さが伺えるようだった。


 そんなコニーに門番達は慌てて言葉を掛ける。

「ああ、先生は気になさらないで下さい。この連中は直ぐに我々が追い返しますから。どうか先生は御用事をお済ませになって下さい」

「何だと!」

「お、落ち着いて下さい。アーラさん」


「ごめんなさいね貴女達。少し前まではそんな事はなかったのだけれど、最近決まった当校の方針で、紹介状を持っていない方を校内にお通しするわけにはいかなくなったの」

「そうなんですか……」

 申し訳無さそうに謝罪するコニーの言葉に嘘は無いことを察し、オーベールが困ったように相槌する。

 相手が真摯に応対してくれているのが分かったのか、アーラもどうしたものか黙り込む。


「コニー先生。後は我々で対応しますので先生は御用事を……。あ、誰か……私が護衛に付きましょうか?」

「あ、お前汚いぞ!」

「でしたら、私が護衛に」

「いえ、私が!」

「え? あ、ああ。ありがとうございます。でも、護衛はして頂かなくても大丈夫ですよ。この先の村に少しだけ用があるだけですから。用が終われば、また直ぐに戻ってきます」

「そうですか……」

 にこやかに同行を辞退するコニーに、門番の男達は全員肩を落とす。

 どうやらコニーは門番の男達に好意を抱かれているらしい。

 しかし、当の本人はまるで気付いていないようだった。


「すみません。時間が無いので私はもう行かせて頂きますが……」

「あ、はい、分かりました。後の応対は我々にお任せ下さい」

「お願いします…………ですが、彼女達を追い返すのは、少し待ってくださいませんか?」

「はい、それはもう承知して…………えっ?」

 コニーの意外な言葉に、門番達は驚き、アーラ達もどういうことかと視線を向ける。


「彼女達のような若さで風の中級魔法を使えるだなんて、そんな逸材をこのまま見過ごしては、魔法学校の教師として失格ですからね」

 皆の視線に対して、コニーはそう微笑みながら返した。

 そして、コニーは皆とは少し離れた位置にいたマリッタの元に近づいていく。


「貴女が『突風(ブラスト)』を使った方ね? その若さで本当に凄いわ。一体どちらで学んだ…………」

 コニーは両手を左右に開き、にこやかな笑顔で、自分の驚きを伝えようとした。

 だがコニーは最後まで言い切ることはなく、相手の顔をジッと見つめ出す。


 一方、コニーが近づくなりサッと俯いてしまったマリッタだったが、コニーの凝視に耐えられなくなったのか、やがてゆっくりと面を上げた。

「…………貴女……………………まさかっ、マリッタ? マリッタ・フェルセン!?」

「……どうも、お久しぶりです。コニー先生」


 コニーはその後門番に声を掛けられるまで、はにかんだ様に口を歪めたマリッタを、時間も忘れて見つめ続けた――――



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