77: 回顧Ⅰ
【5章 偽りの想念】
彼女は、特別だった。
いつも物静かで、大人しく。達観しているようなそんな目で、自分以外の人間を観ているように見ていた。
友人は多い方ではなかった筈だ。
ただ、大人しい彼女だったが、決して誰かの言いなりになるような、そんな人間ではなかった。
理不尽な事を絶対に聞き入れる事はなく、誰に対しても嫌な事は嫌だと、少しきつい言葉と共に拒絶していた。
あれほど自分を確立していた人間を、私はそれほど多く知らない。
でも、そんな性格が災いしてか、彼女には敵が多かった。
私は彼女が影で悪し様に言われているのを、何度も聞いたことがあった。
陰湿な嫌がらせも受けていたと、人伝に聞いている。
だけど彼女は一度たりとて、そんな自分の現状を悲しんだり、嘆いたり、する素振りすら見せた事は無かった。
もしかしたら影ではあったのかもしれないが、私は知らない。
つまり、他の誰も知らなかったに違いない。
『孤高』
彼女ほどその言葉が相応しい人はいないだろうと、私は内心思っていた。
基本的にいつも一人で、友人達ともごく偶に行動を共にしていたくらいだ。
独りの時も、友人に囲まれている時も、彼女はいつも鬱陶しそうな、面倒そうな表情をしていた。気持ちは表情に表れると言う。それでいくと、彼女はいつも何かを不満に思っていたのだろうか。敵が多い以外の事で。
そうした鬱屈を帯びた表情は、試験の時でさえ消える事は無かった。
試験は周りの誰もが、目の色を変えて取り組んでいた。
いや、正直それは今も変わっていないが、より良い成績を残せば、その先には名誉という名の甘美な美酒が待っているのだ。
更に先の人生も彩りを多く出来るに違いない。そうなって然るべきだろう。
かくいう私も同じだ。
誰よりも高い評価を欲して、日々の研鑽を忘れた事は無い。
しかし、それに関してさえ、彼女はまるでどうでもいい事のように適当にこなし、いつも落第ギリギリの所をウロウロしていた。
ここは、己が評価を求める人間が集う場所である。寧ろその為の場所だと言い切ってもいい。
そんな場所に居て、試験を頑張らない人なんて、訳が分からない。
そうだろう。何故なら、ココへは誰もが入れるわけではない。自ら望み、そして、その資質を認められた者だけに、門戸が開かれている。そんな場所だからだ。
死に物狂いで努めないで、なら一体何をしにここに来たんだと言う話になる。
そんな彼女を、多くの人は蔑んでいた。
でも私だけは知っている。
彼女は私達などとは違う。格違いの素質の持ち主であったということを。
彼女が真実の姿を示せば、私達など足元にも及ばなかったであろうことを。
非常に恵まれた才を持ちながら、彼女が皆の前でそれを発揮することはなかった。
国中の優秀な若者が集まっているこの環境ですら、彼女には生ぬるかったということだったのだろうか。
一体どういうつもりだったのか、正直聞いてみたかったが、残念ながらもう確認する事は出来ない。
彼女は消えてしまったからだ。私の前から。
今思い返してみても、まるで、ただ一人だけ別世界の住人のようだった。
私は一度だけ、彼女に聞いたことがある。
「いつも独りきりで、不安にはならないのか?」というような事を。
それに対して――――どこか面倒そうに答えた彼女の回答を、私は今も忘れられないでいる。
彼女に対して抱いているこの感情が何なのか、自分でも分からない。
羨ましさ? 違う。
妬ましさ? そうではない。
好意? それもない。
私は寧ろ彼女の事を嫌っていた方の人間だ。
では一体何なのか…………それが、それだけが、私は今でも解らないまま――――