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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【1章 辺境の自由騎士】
8/121

5: 少年騎士

 

 突然現れた少年は、蒸栗(むしぐり)色の瞳から滂沱の涙を流しながらマリッタの腰にしがみつき、ひたすら助力を願っている。

 一方しがみ付かれたマリッタは、少年の顔を両手で押しのける様に引き剥がそうとしていた。 

「ちょっと離れなさいよ! 鬱陶しい。あ、コラどこ触ってんのよ!!」

 少年は離されまいと抵抗しているうちに、微妙な部分を触れてしまったらしい。重い拳を顔面に受けて、派手にすっ転んだ。


「うう~~~」

 そのまま座り込んで、少年は鼻血を流しながらシクシクと泣く。

 柔らかそうな蒸栗色の髪の、整った顔立ちで可愛らしいという表現が相応しい美少年である。

 ただ今は、その類まれな容姿もくしゃくしゃに歪んでいた。


「まあ、待てマリッタ。まず話を聞いてやれ」

 二人の間に立ち、少年を見下ろしながらアーラがマリッタを宥める。

「アーラさま~~~」

 少年が救いの女神を見るような視線をアーラに向けた。

 どうやら少年は、三人と既知のようだ。

「まあ、お嬢さんがそう言うのでしたら……仕方ない、訳を話しな。リシャール」

「うん……」

 マリッタの促しに、少年が静々と事情を語り出し――――話は直ぐに終わった。



 少年が切ない声を上げているのは、父親に”一人で『区分D』の依頼をこなして来い”と言われたのが理由だそうだ。

「リシャールは、ずっとお父上と二人で自由騎士をしているのだ」

 事情を知らないグラストスに、アーラが補足する。

「どうして父上がそんな事を突然言い出したのか……全く分からないんですよ!! 僕なりにずっと頑張ってきたのに!」

 悲痛な声で叫ぶ少年。

「どこがよ。小父さんの足をいつも引っ張ってたじゃない」

 そんな少年をバッサリと切り捨てたのはマリッタだった。


 アーラ曰く、少年の実力はかなりのものなのだが、臆病な性格が災いし、いつも父親の足を引っ張っていたらしい。常々父親にその事を叱られているにもかかわらず、一向に臆病虫が治る気配が無い。

 それはいつも自分が一緒な為、頼り切っているのが原因だろうと父親は考えていた。


 と、そんな事をアーラが知っているのは、以前話の種に少年の父親から相談された事があったかららしい。

「だから、その時私はこう答えた。『独りで依頼を受けさせてみてはどうか? そうすれば自ずと自信も付き、臆病も治っていくだろう』とな。我ながらいい案だと思ったが、まさか『区分D』とはな……流石にお厳しいお父上だ」

 アーラは渋い顔で唸りながら、衝撃の真実をあっけらかんと話す。

 少年もまさか話の元凶が、こんな所に居たとは夢にも思わなかったようだ。口を半開きにして、呆然とアーラを見つめている。

 やがて我に返ったのか、再び泣き出し始めた。


「酷いですアーラ様!! 僕がそんなにお嫌いですか!? 僕なんか死んでしまえと!?」

 明らかに取り乱しながらアーラに苦情を訴える。その為「落ち着け」と再びマリッタに殴られていた。

 肝心のアーラはと言うと、

「お前の実力なら大丈夫だ。自信を持て!」

 と、根拠があるのか無いのか、力強く頷くだけだった。

 短くない付き合いから、こうなっては何を言っても無駄なのを悟り、少年は絶望的な表情を浮かべる。


「お嬢さんの言う通りよ。アンタなら独りで大丈夫。行ってらっしゃい。無事を祈ってるわ」

 マリッタは棒読みで、アーラの言葉に追従する。

 そんなマリッタを悲しげに見つめながら、再び少年がマリッタに張り付いた。

「コラ! 離れろ!」

「嫌だ。マリッタさんが手伝ってくれるって言うまで離れないよっ!!」

「離れろ!! 大体お前独りで受けるように言われてるんだろ!? アタシが手伝ったら独りでこなした事にならないじゃない!」

 少年の頭を小突きながら指摘するマリッタに、少年が言葉を返す。正に必死だった。


「違うんだ。父上が言うには、『他の自由騎士に手伝ってもらうことなく独りで』って事だったんだ。だからマリッタさんなら、その条件に当てはまらない!」

小父(おじ)さんが言ってるのはそう言う事じゃないだろ!? それに、なんでアタシなのよ! めんどくさい!」

「ああ!! 今本音が出た!? 僕が死ぬかもしれないのに『めんどくさい』って、酷いよマリッタさん!!」


 それまで面白がって一言も話さなかったドレイクが、一層非難の声が大きくなる少年と、本気で面倒臭がるマリッタの間に割り込んで、二人を落ち着かせようする。

「まあまあ、坊主もマリッタも落ち着け」

 ドレイクの取りなしに、リシャールは少し落ちつく。

「坊主がマリッタに頼むのは、この街で自由騎士以外の人間で最も腕の良いのがマリッタだからだろ?」

 リシャールはヒックヒックとしゃくり上げながら頷く。

「マリッタも、断るのはどんな依頼を受けるのか、聞いてからでも良いんじゃねえか? このまま坊主一人で挑んで死んじまったら、流石に夢見も悪いだろう?」

 マリッタは肯定しようとはしなかった。

 ただ、一応その言葉は認めているのだろう。否定もしない。


「それは話を提案した者として、私も気になるな。どんな依頼を受けるのだ?」

 アーラだけが興味深げに横から口を挟む。

 少年はゴソゴソと懐から折れ曲がった一枚の紙を取り出し、アーラに差し出した。

 三人はその紙をまじまじと覗き込む。マリッタだけは興味無さそうな風を装っていたが、横目でチラリと盗み見ていた。


「こりゃあ……」

 ドレイクは目を見開く。

「何でこれが区分Dなんだ?」

 ドレイクが驚きの声を上げ、マリッタは思わず頭を振った。


「そんなに危険な依頼なのか?」

 アーラが問う。

 グラストスとアーラは、内容は理解できた。

 だが、それがどれ程の難易度のものか分からずドレイクの続きを待った。


 ドレイクは呆然と呟く。

「いいえ、その真逆で、区分Eでもおかしくないって依頼ですわ」

 背後でマリッタは、ため息を漏らしていた。

「良くぞまあ、腐るほどあるD区分の依頼の中で、こんな簡単な依頼を見つけたもんだ……」

 ドレイクの声には、半ば感心しているような響きがある。


「ふむ。ならばその依頼は、リシャール独りでもこなせるのか?」

「余裕でしょう」

 ドレイクは、間髪入れず頷く。

 ドレイクがこう言い切るのは、以前一度だけリシャールとその父親と組んで依頼をこなした事があり、リシャールの実力は把握していた為だった。


「リシャールよ、ドレイク殿がここまで言っているのだ。お前一人でも十分達成できる。己を信じて行って来るが良い」

 アーラの言葉に、少年は情けない顔を浮かべる。

 そう言われてすんなり出来るのであれば、苦労はしませんよ! とでも言いたげな顔だった。

 その時、今までこの騒動には全く口を挟まなかったグラストスが、悄然とする少年に声をかけた。


「左腕が使えないからどこまで役に立てるか分からんが、俺が付いて行ってもいいか? 俺は多分自由騎士ではないしな」


「……グラストス?」

 真意が分からず、アーラが疑問の声を上げる。

 マリッタやドレイクも同様の表情だった。

 ただ一人リシャールだけは、まるで真っ暗な部屋に蝋燭の明かりが灯った様に、今までの陰鬱(いんうつ)な顔から一転して嬉々とした表情を浮かべた。


「本当ですか!? え~~と……」

「グラストスだ。今は訳あって、アーラ嬢の屋敷に世話になっている」

「グラストスさん! 素敵なお名前です。で、本当に僕と一緒に行ってくれるんですか!?」

「ああ、個人的な事情なんだが……迷惑でなければご一緒したい」

「いえいえ、一緒に行ってくれるのであれば、どんな理由があろうと構いません!」

 リシャールは両の拳を胸の前で力強く握り締めて、グラストスを見つめる。

 その瞳にはまるで十年来の友人を見ているかの様な、信頼の色があった。


 そんな浮かれ中のリシャールを尻目に、ドレイクが尋ねる。

「兄ちゃん、さてはこの依頼が大森林でのものだからか? だから手伝おうと?」

 声には少し咎める調子があった。

 あれほど忠告したのに、まだ諦めていないのかと思っているのだろう。

「何? 本当かグラストス」

 その言葉にアーラが反応する。

 こちらも声の調子に非難の色が含まれていた。

 それらに対して、グラストスは自嘲気味に笑って、横に首を振った。

「いや、奥までは行くつもりは無い。俺もまだ死にたくないしな。ただ、森を近くで見れば何か思い出すかもしれないからな……」

 グラストスの言葉に、事情を知る三人は押し黙る。

 記憶を失うという事は自分達が思っている以上に不安な事なのか、と思いやったからだった。

 ただ、事情を知らない少年は空気を読まず、後ろで一人小躍りしていた。


 僅かの沈黙の後、

「ふむ。そういう事であれば、私も同行しよう。歩けるようになったとは言っても、お前の体はまだ完治していないのだからな」

 アーラが突然、参加を表明する。

 これには全員驚きの声を上げ、必死に翻意を促した。

 だが、アーラは「客人が行くのに自分が行かないわけにはいかん」という理屈で聞き入れようとしなかった。


「お嬢さんが行くんであれば、アタシも行きますよ…………どうせ調査員は必要ですし」

 はぁ、とため息を吐きながら、マリッタも参加を示す。

 依頼なんかは失敗しても全く構わないが、アーラに何かあっては拙いと考えていた。


「俺っちも手伝ってやりてえが、それじゃあ親父殿の約束を果たせないからな。まあ、マリッタが同行するなら大丈夫か」

 そう言って、ドレイクは皆の健闘を祈った。

 一人どころか、三人も手伝いが増えて喜び一辺倒なのは、この中で最も年少の少年だった。先程からニコニコと天使の様な笑みを崩そうとしない。

 

 だが――――

 この依頼がリシャールのみならず、他の三人とも想像もしていなかった事態に陥る事になるとは、この時はまだ誰も露とも考えていなかった…………。


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