76: 笑顔
これで四章は終わりになります。
何か気づいた点、誤字脱字報告を頂ければ助かります。
また、感想、批評を下さると、ひゃっほいと喜びます。
ヒルニの街に辿り着いたのは、ムマルを旅立ってから一日半後のことだった。つまり一行は、道中もう一日だけ野宿していた。
本来、馬車で普通に進んでいれば、一日で着く距離である。それがこうも遅れたのは、単に出発が遅れたからに他ならない。
その原因の半分はドレイクとリシャールが占めていたが(中々起きようとしなかった)、肝心の足である馬達が働かなかった事も大きかった。
前日寝ている所を叩き起こされた所為か、少し体調を崩してしまっていたらしい。その事もあって、何とか旅を再開したものの、馬たちに無理をさせないように、休息を頻繁にとった事も遅れに繋がっていたのだった。
そうして、一行がヒルニの街に入ったのは丁度日の位置が、真上にある時だった。
街が見えてきてからは、ずっと、心ここにあらず、と言った風な女性だった。しかし、街の中に入り、よく見覚えのある通りが見えてきた時にはもう限界だったようだ。馬の速度が低速になった時を見計らい、馬車から飛び出していってしまった。
すかさず、グラストス、リシャール、オーベールも女性の後を追った。
「やれやれ……また馬車番か」
御者をしている身では、同じように飛び出すわけにもいかない。ドレイクはぼやきながら、馬車を停泊させる事の出来る宿屋に向けて、馬を進ませた。
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女性は脇目もふらず、子供の居る友人宅に急いだ。息を切らしながら街中を駆け抜け、やがて、街の端に至ると一軒の小ぢんまりとした家の前に立った。荒々しく息を整えながら扉の前に立つと、ドントンと扉を叩く。
程なくして、「どなたですか?」と中から声がした後、一人の女性が現れた。女性の息子を預かって貰っていた彼女の友人だった。
友人は扉を開けるなり、扉を叩いていたのが誰であったかに気付くと、目を大きく見開く。
「貴女……今までどこに!?」
「アーロ! アーロは!?」
ただ、一刻も早く息子に会いたい女性は問いには答えず、我を忘れた様に我が子の事を尋ねる。
「……大丈夫。今日は体調も良いみたい。今はぐっすり眠ってるわ」
そんな母親の焦燥を理解したのか、友人はそれ以上問う事は止め、奥の部屋を示した。その答えにようやく落ち着いた女性は、そのまま静かに奥の部屋に向かった。
彼女が息子の眠る部屋に消えたのを見届けた後、友人は改めて家の外に向き直った。
そして、所在無げに、家の前に立ち尽くしていたグラストス達に視線をやって尋ねる。
「……あの、貴方がたは……?」
「あーーと…………何て説明すればいいんだろうか?」
三人は見つめあった。
「旅の仲間とか?」
「旅先で知り合って一緒に行動していた者――――等で良いのではないでしょうか?」
「ああ、そうだな。――――その、俺達はちょっと縁があって、彼女と行動を共にしていた者だ」
「はぁ……」
全く説明になっていないグラストスの返答に、当然のように友人はどこか不審そうな視線を送り返した。
女性はとても器量が良い。その為、彼女にちょっかいを出そうとする人間は決して少なくなかった。グラストス達もそうした存在なのでは、と友人は疑っていた。
自然と視線はきつくなる。
グラストス達も何と言うべきか分からず、愛想笑いを浮かべるしかなく、その後心なしか穏やかな表情で戻ってきた女性に弁明されるまでの暫くの間、両者は家の扉の前で向かい合うのだった…………。
+++
「改めて、お礼を言わせて下さい……本当に有難うございました」
女性は家の中に通されたグラストス達に深々と頭を下げる。
表情は明るく、どうやら子供は無事である事が分かった。それには、グラストス達もホッと胸を撫で下ろした。
「いや、それはアンタの運が良かったからだ。気にしなくて良い」
「そんな……そんな事はありません。皆さんに助けて頂けませんでしたら、私はきっと今頃はあのまま牢の中に居たに違いありません。そして、アーロにも……息子にもこうして再び会う事は叶わなかったかもしれません……」
女性は目を伏せ、涙目でそう主張した。
ただ、女性は困惑する。助けてもらったお礼をしようにも、何を返せばいいのか分からなかったからだ。御礼になりそうな持ち物はなく、お金もない。
そんな女性の葛藤を察したのは、オーベールだった。穏やかな笑みを浮かべて言った。
「あの……実は一つお尋ねしたい事があります」
「は、はい。何でしょう?」
「僕達はこの街で人を探しているのですが、もし僅かでも情報を知っていたら教えてくれませんか?」
「もちろんです。私でお答えできることであれば!」
女性は僅かでも恩を返せると思ったのか、綺麗な手が桃色に染まるほど強く拳を握り締めて勢い込む。
その様子に微笑みながら、オーベールは言った。
「ああ、もし心当たりがなければ、それでも構いません。ふふっ、そんなに身構えないで楽にお答え下さい」
「は、はい……で、そのお探しされている方のお名前は?」
「はい。その方は、『ヘイディ』さん、というお名前だそうです。二十代半ばの女性であるという事だけが分かっています」
「ヘイディ……ですか?」
「少し前まで、モンスールの北の村に居たらしいんです。お医者さんのお手伝いをしていたらしいですよ」
脇からリシャールがしたり顔で口を挟む。
それらの情報を聞いて、女性と友人は戸惑った表情で互いに顔を見合わせた。二人は何とも言えない表情で、そのまま見詰め合う。
そんな二人の様子のおかしさに気付いたグラストスは、不思議そうに問い掛けた。
「……どうかしたのか?」
「あ、いえ……その、もう一度確認させてください。その……お探しされている人物の名前は、『ヘイディ』という名前なのですね? それで、少し前までモンスールに居た……と」
「はい。その通りですが……まさか、心当たりが!?」
意味深な女性の確認に、オーベールは思わず身を乗り出す。グラストスもリシャールも、まさか、と隣で目を丸くしていた。
「ええ、その……」
「本当ですか!? 教えて下さい。その方は今どちらに!?」
縋るような様子で、オーベールは尋ねた。
女性は少し逡巡した後、おずおずと言った。
「その……恐らく、そのお探しの人物は…………私です」
「は?」
女性の言葉の意味が分からず、三人は揃ってポカンと口を開く。
間の抜けた顔をした三人に向かって、女性は謝罪の礼をした後、申し訳なさそうな表情で言った。
「大変失礼しました。そういえば、まだ名前を名乗っておりませんでした……。私は、ヘイディ・ハコラと申します」
「え、ええっ!?」
「まさか……」
「灯台下暗しという奴か……」
三人は驚きを隠さずに、彼女――――ヘイディを凝視する。
見つめられるのに少し気恥ずかしさを覚えたのか、頬を少し上気させながら、ヘイディは口を開いた。
「その……恐らく、お探しの人物は私で間違いないと思います。私も先月までモンスールの北の村でお世話になっておりました。お医者様のお手伝い……のような事もやっておりました」
「で、あれば……彼女で間違いなさそうだな」
一足早く我に返ったグラストスが頷く。
「そ、そうですね……では、ヘイディさん。お尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「はい、なんなりと。私で答えられる事柄であれば良いのですが……」
ヘイディは姿勢を正して、オーベールを見つめた。
「お伺いしたいのは、安死病についてです」
「安死病……」
「はい。聞くところによりますと、ヘイディさんがお手伝いをなさっていたお医者様は、多くの安死病患者を診てこられたとか。そして、多くの方を安死病の死の淵から救われたと聞いています。もし、ご存知であればその治療法を、僕にご教授頂けませんか?」
オーベールは言うなり、頭を下げて頼み込んだ。
しかし、ヘイディは微かに息を飲んだ後、悲しげな顔で首を振る。
「…………申し訳ありません……治療法に関しては、私も良く知らないのです」
「で、ですが、ヘイディさんも安死病の方をお世話してこられたのでは?」
「はい。確かに私も多くの安死病の患者さんをお世話させて頂きました。ですが、それはあくまでお世話しただけで、先生がどのようにして病を治療をしたのか、そこまでは……」
「申し訳ありません」と深く頭を下げるヘイディの様子を見ると、彼女は本当に知らないのだろうという事が分かった。少なくともオーベールはそう判断した。思わずオーベールは肩を落とす。
グラストスはオーベールを気遣いながらも、疑問の残る表情でヘイディに質問した。
「……その医者が、多くの安死病患者を救ったというのは、間違いないんだよな? 一体どういう治療だったんだ?」
「それは……」
オーベールも、再び期待の視線をヘイディに送る。
「特別なことは何も……。もしかしたら、先生は何か為さっていたのかもしれませんが、少なくとも私の知る限りでは、そんなご様子はありませんでした」
村でも聞いた内容だった。
医者は患者に対して、特別な事は何もしていないと。信じがたい話であるが、ずっと医者の傍に居たヘイディの言葉である。真実味はある。
だが、本当に何もしないで死病が治るなんて事があるのか、疑問は残る。
ただ、グラストスはそれ以上その事を問うことはせず、違う話題を口に出した。
「そういえば、村の村長の奥さんに聞いたんだが……その医者には娘がいたらしいな? アンタ何か知ってるか?」
どうやら今度は答えられる話題なのか、ヘイディはどこかホッとしたように頷く。
「そのお話であれば、私も以前お聞きした事があります」
「その娘がどこに居るのか、知ってるか?」
「…………確か、『学校』に……いらっしゃるという話だったと思います……」
ヘイディは目を瞑り考え込んだ後、ポツポツと答え始めた。
一度語り出すと当時の記憶が鮮明になってきたのか、ヘイディは語り終わりには、力強く頷きながら言った。
「そう、そうです。確かに、お医者様はそうおっしゃっられておりました」
「娘の名前とかは知らないか?」
「申し訳ありません。そこまでは……。お恥ずかしながら、先生の名前も存じ上げませんので……」
「お世話になった人なのに知らないんですか?」
「リ、リシャール君!?」
リシャールは特に意地の悪い指摘をしたつもりはなく純粋な疑問だったようで、オーベールの慌てっぷりも、不思議そうに眺めるだけだった。
ヘイディはそんなリシャールの突っ込みに、恥じいっている様に目を伏せた。
「はい……おっしゃる通りで、情けない限りです…………。ただ、言い訳をする訳ではありませんが、先生はご自分の事は殆ど何も話さない方でした……。娘さんがいらっしゃるという事も、ほんのごく気まぐれに語られた事なのです」
「そう……なのですか」
「村の人も同じような事を言ってましたね」
リシャールの言葉に頷きながら、グラストスはこれ以上は情報を得られそうにないと判断して、話を纏めた。
「まあ、ともかく『学校』に医者の娘がいるらしいと言う事なんだよな?」
「はい。確実に居る、とはお答えできませんが、私は確かに先生からそう聞きました」
「なるほど……で、どうする?」
グラストスはオーベールに視線を投げかける。
オーベールは虚空を見つめ、少し考え込んだ後、
「皆さんが宜しければ、僕は『学校』に向かいたいと思います」
二人に向き直って尋ねた。
「俺は構わない」
グラストスは即答する。リシャールも「僕もお付き合いします」と、それに続いたが、小さく首を傾げて言い添えた。
「でも……確か、『学校』って誰でも入れる訳じゃなかったような……」
その言葉を聞きとがめ、グラストスはリシャールに視線を送る。
「そうなのか?」
「ええ、確かそんな話だったような……」
リシャールの頼りなげな返答に、グラストス達は顔を見合わせる。オーベールもヘイディも友人も、その事についての知識はないようだった。
「もしかしたら、ドレイクさんが知ってるかも……」
リシャールはここに居ない男の名を挙げようとして、パン、と手を合わせて叫んだ。
「あっ! そうだっ!」
「ど、どうした。急に」
突然の大声に、他の四人はビクリと身を竦める。
ただ、それには全く意に介さず、リシャールは両拳を握り締めて早口で言った。
「マリッタさんなら知ってますよ。マリッタさんは以前『学校』に留学してましたから!」
「マリッタが?」
つり目の女メイジを思い浮かべ、グラストスは、なるほど、と頷いた。
確かにマリッタは優秀なメイジである。パウルースの優秀な人材が集まるという『魔法学校』に行っていたとしても何らおかしくは無い。
「学校に行くんでしたら、どうせ通り道ですし、アーラ様への報告もかねてフォレスタに一度戻ったらどうでしょうか?」
リシャールの提案に、二人は異論はなかった。
マリッタに学校のことを聞く、ということもあったがそれ以上に、もし立ち寄らなかった場合、アーラの怒りが自分達に向けられるのは目に見えていたからだ。二人は当然それを望んではいなかった。
オーベールがフォレスタに戻る事に賛同し、一行の次の行き先は決まった。
「そうと決まれば、早速向かいましょう! あ、僕ドレイクさんを呼んできます」
リシャールはそう言うなり、家を飛び出し、街の中心部に向かって走っていった。
「では、僕達も行きましょう」
「……ああ」
オーベールが促し、二人はヘイディに暇を告げた。
ヘイディはもう一度深々と頭を下げる。
「本当に有難うございました……。ご恩は一生忘れません」
感謝の篭った眼差しで二人を見つめるヘイディに、グラストスは一つ尋ねた。
「アンタ……これからどうするんだ?」
「え? あ、ああ、そうですね……………………正直……分かりません」
ヘイディは力なく笑う。
ただ、瞳には確かな意志があった。
「……ですけど、もうあんな馬鹿な真似は致しません。真っ当な道でお金を稼いで、必ずあの子を救ってみせます。大丈夫です。きっと何とかなります」
「そうか……」
グラストスは難しい顔で小さく呟く。
ヘイディはそもそも、どうやっても何とか出来なかったから、賭博に走ったのではなかったか。ならば、今のままではこれまでと何も変わらず、結局は彼女は我が身を代償にしてでも、息子を助けようとするのではないか。考えて――――恐らくそうなるだろうとグラストスは思った。
ただ、それはあまりに救いのない話だった。
――――彼女はもとより、何より彼女の息子にとって。
なので、グラストスは表情を一転させて、口元を上げて笑った。
「ところで、オーベール」
「えっ、は、はい? 何でしょう?」
唐突に話を振られたオーベールは、慌てて答える。
グラストスはオーベールの目を見ながら言葉を続けた。
「ここに仕事を失った女性が居る。金もなく、病気の息子を抱えた女性が。ただ、その女性は病気の患者の世話してきた経験があるらしい。しかも、安死病の。これは……奇妙な縁だと思わないか?」
オーベールは「え?」と暫し考えこみ――――
「…………あ、なるほど。確かに。確かにそうですね!」
グラストスの意図が分かったのか、オーベールの表情は綻んだ。
ただ、ヘイディは恐らく自分の事を言っているのだという事は分かったものの、グラストスが何を言っているのか分からず目を瞬かせた。
そんなヘイディに、グラストスの意を受けたオーベールは真面目な表情で言った。
「もし、貴女が宜しければ、僕に貴女のお力を貸して頂けませんか?」
「え?」
話の展開についていけないヘイディと、友人は首を捻る。
理解が及んでないのを察していながら、オーベールは構わず話を続ける。
「実は、僕の母が安死病を患っているのです……」
「そ、それは……」
「何とか治療法を見つけようとパウルースの四方八方に手をやっていたのですが、未だ見つかっておりません。唯一の手掛かりが、貴女に教えていただいた『学校』にお医者様の娘さんがいるらしい、という情報です。安死病患者を多く救った方のご家族ならば、治療法を何かご存知かもしれませんし」
ヘイディは何と答えたらよいのか分からない、という表情になる。
「僕は必ず治療法を見つけ出すつもりですが、ただその所為で、母の介護が満足に出来ていないという現状です。一応、母を世話をしてくれる者はいるのですが、安死病に関しての詳しい知識をもってはおりません。母の具合に任せているような状況なのです。ですので、もし宜しければ、どうか貴女の培った知識を、母の介護に利用させて頂けないでしょうか?」
「え? あ、え? お仕事の依頼……ということでしょうか? 貴方のお母上の……」
「そうです。なので、出来れば当家に住み込みでお願いします。もちろん、お子さんもご一緒で構いません。空いている部屋なら沢山ありますから」
「そ、それは……確かに有難いお話ですが……」
オーベールの出自をヘイディは知らなかったが、道中に話した際の物腰から、それなりに裕福な家庭で育った人間なのだろう、と想像していた為、オーベールの話が騙りであるというような疑いは持たなかった。
しかし、話の急な展開に、ヘイディは困惑していた。
「当然お給金は支払います。その……相場が分かりませんので、その辺りの調整は家の者として頂くことになりますが」
「でも……助けて頂いた上に、そんな事までして頂くなんて……」
「こちらからお願いしている事ですし、それに僕としては働いて下さる方が助かります」
「で、ですが……」
以前渋るヘイディに対して、それまでずっと黙っていた友人が静かに語りかけた。
「…………お世話になりなよ。ヘイディ」
「え?」
「きっとこれは運命を司る神の思し召しよ。でなければ、こんな展開考えられないでしょう? 神の判断に背くなんてことは許されないわよ」
今までずっと彼女を支えてくれた友人は、判断に迷うヘイディに厳しく言い切った。ただ、その表情は温かな笑顔で覆われている。
それでもなお、判断に悩み考え込んでしまったヘイディを見て、友人は何も言わずに奥の部屋に消えた。再び一同の前に戻ってきた時には、その腕の中に、ヘイディにとって自分の命より大切な宝ものをそっと抱きかかえていた。
「ほら、アーロもそう言ってるわ」
抱えられる際に目覚めてしまったのか、友人の腕の中に居たアーロは眠たそうな無垢な瞳でヘイディを見つめる。
恐らく父親似なのだろう。黒髪黒目であるヘイディとは違い、柔らかそうな茶色の髪で、瞳の色も明るい茶色である。ただ、目鼻は幼いながらもすっきりと整っており、母親同様、将来は類稀な美形になるであろうという事は、想像に固かった。
そのまま周囲の視線を一身に集めていたが、やがてアーロは何かを訴えかけるように、その小さな両手をヘイディに向かって伸ばした。
その小さな小さな新緑の葉のような手を、ヘイディはいたわる様にそっと掴む。
「……貴方はどうしたい? アーロ?」
腰を屈めて、息子に顔を近づけてヘイディが尋ねると、アーロはまるで花が咲いたように、にっこりと微笑んだ。
アーロが笑ったのは、母親が近づいて来たのが嬉しかったのか、はたまた面白かったのか、特に意味はなかったのかもしれない。
ただ、その母親はそこに意味を見出したようだった。
二人の様子を傍で見守っていたオーベールとグラストスに向き直った。
「この身を救って頂いたばかりで、大変厚かましい話だと思いますが、そのお話。私のような者でも宜しいのであれば、是非お受けさせて下さいませ……」
「もちろんです。こちらからお願いした事ですしね」
「良かったな」
「「はい」」
「「え?」」
グラストスの言葉には主語がなかった為か、自分への言葉と判断したオーベールとヘイディの言葉が重なる。その事に対する驚きも再び重なり、二人は唖然として固まった。
その合間を埋めるように、何が愉快だったのか、アーロの笑い声がキャッキャと響き渡った。
一同は再び沈黙した後、アーロに釣られる様に、同時に笑顔が咲いたのだった。
彼らの持つ問題は、まだ何一つとして解決してはいない。オーベールの母親は依然として安死病の病の中におり、アーロは死病を患っている。
しかし、今この瞬間、彼らを包む空気には微塵も不幸の混じりけはなかった。
その笑い声は温かく、今確かに一つの小さな幸福がここにはあった。
-4章 完-
ようやく終わりました……。
が、この四章……とんでもなく時間が掛かってしまいました……orz
文量で行くと三章より少ない筈なのですが、結果として三倍くらい時間が掛かっております。
見捨てないでお付き合いくださっている方々。
本当に有難うございます。