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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【4章 神の医師】
76/121

73: 札当て

 

階段を上がり大部屋に入ると、ドレイクは入り口に立ち尽くしたまま、部屋の隅々を見渡していた。

「はぁ……こういうのも活気って言うのかねえ」

 大勢の客の中には、関係者用の扉から出てきたドレイク達にちらりと視線を送る者もあったが、それ以外の殆どの人間は、未だ賭け事に興じている。

 ドレイクの隣でそんな彼らを遠巻きに眺めていたオーベールは、不思議そうに口を開く。

「幾つも台がありますが……一体どこにいけばよいのでしょうか?」

「さて……どうしやしょうかね……」


 そして、ドレイク達はそれとなく歩き回り、台の様子を確認して廻った。

 一通り見て廻ると、三人は再び大部屋の隅に集まって気付いたことを報告しあった。

「賭け事と言っても色々あるようですね。どうやら、台によって賭け事の内容が違うようです」

 オーベールの報告に二人は頷く。ただ、どれにするかの決め手はなく、一体どの台にいけばいいのか三人は迷った。

 資金も限られている。出来るなら分かりやすく、かつ勝ちやすいものが良いに決まっていた。


 そうして考え込んだドレイクを見て、リシャールは不思議そうに尋ねた。

「ドレイクさんはこういう所来た事ないんですか?」

「ああ。初めてだ」

「へぇ。意外ですねえ。こういうの好きそうなのに」

「おいおい。どういう目で俺っちを見てんだ。こう見えて、俺っちは品行方正だぞ?」

「……はぁ?」

 それからドレイクとリシャールの間で、ドレイクが真面目か否かについての不毛な検討が続けられた。それは門番の男が近づいてくるまで続いたが、結局結論は出なかったようだ。


 三人の傍まで来ると、男は無表情に尋ねてきた。 

「……参加しないのか?」

「いや、どれが一番いいのかよく分からねぇんだ。アンタ教えてくれないか? どれが一番楽に稼げるんだ?」

「ちょっ、ドレイクさん。この人は関係者ですよ!? 本当のことなんて教えてくれるわけ無いじゃないですかっ!」

 リシャールが至極まっとうな意見を述べるが、

「申し訳ありません。勉強不足で……どうか、ご教授下さい」

 その脇からオーベールも頭を下げて、男に頼み込んでいた。

 そんな二人を一瞬どこか奇妙なものでも見るような表情で目を細めた男は、やがて一つの台を指し示した。


「……初心者ならば、あの台が最もとっつきやすいだろう」

「おお、そうかい。で、そこは稼げんのかい?」

「それは……お前達次第だ」

「なるほど。そりゃそうだ」

 ドレイクはにんまりとした笑みを浮かべ、躊躇うことなく男が指し示した台に向かって行った。


「ちょっ、本当にそこにするんですか!? もうちょっと考えた方が……」

 リシャールだけは躊躇っていたが、オーベールもどうやらその台で異論はないようだった。

 黙って、ドレイクの後に続いた。

「もうっ! どうなっても僕は知りませんよ!?」

 などと言いつつも、リシャールにも考えは無い。ぶつくさ言いながら、二人の後を追った。


+++


「……なるほどな」

「内容は……なんとなく理解しましたが、詳細までは分かりませんね……。あと、掛け率も。教えて頂けるのでしょうか?」

 台を取り囲む客たちの背後から、この台で行なわれている賭け事を観察していた三人は、大まかな内容を把握することは出来た。しかし、流石にそれだけで挑むのは心もとなかった。

 そこに、いつの間にか居なくなっていた、門番の男が再びドレイク達の前に現れた。男は手に小さな紙を持っており、それをドレイクに手渡してきた。

 ドレイクは訳も分からずそれを受け取ると、その紙を不思議そうに眺めた。

「何だいこりゃ?」

「この賭け事の詳細が書かれている。それで把握はできるだろう」

「そりゃあ、ありがたい。助かるぜ」

 男に礼を言うと、ドレイクは再度紙に目を落とした。他の二人もドレイクの持つ紙を囲むようにして、内容の把握に努めた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


『札当て』


【内容】

・一から十までの数字が書かれた二組の札。それに零の札一枚を加えた、計二十一枚の札を用いる。

・局の開始時、親は札の束から一枚を選択し、残った束から一枚ずつ子に札を配布する。

・その後、親は札を開示する。

・子は親が開示した札を見て、自分に配布された札がその数字より大きいか、小さいか、同じかを判断する。予想が当たった場合は勝ち。外れた場合は負け。

・なお、零は特別な意味合いを持ち、十よりは大きく、一よりは小さいという扱いで、それ以外の数字よりは小さいものとする。

・子は配られた自分の札を見てはいけない。その禁を犯した者は、それが判明次第その局は負けとなる。

・掛け金は、銀貨一枚からとする。


【配当】

・勝った場合。掛け金二倍

・負けた場合。掛け金没収

・その局を降りた場合。掛け金 半分没収


○親と子の札の数値が同じ

・子が大小と予想していた場合。掛け金 没収

・子が同じと予想しており、当たった場合。掛け金 十倍

・子が同じと予想しており、負けた場合。 掛け金 五倍没収


○親の札が十で、子の札が零

・大きいと予想していた場合。掛け金 百倍

・小さいと予想していた場合。掛け金 十倍没収


○親の札が一で、子の札が零

・大きいと予想していた場合。掛け金 十倍没収

・小さいと予想していた場合。掛け金 百倍


○不正が発覚した場合

・掛け金 十倍没収


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「なるほど。これなら初心者の僕達にも出来そうですね」

 先に読み終えたオーベールは、納得の表情で言った。

「つまり、この『札当て』という遊びは、親の出した札より手持ちのものが大きいか、小さいか、同じか、を予想する遊びってことですね」

 リシャールがそれに続く。リシャールが思った以上に簡単な内容であったので、多少安心しているようだった。これなら簡単に稼げそうだと、思っている表情である。

 ただ、ドレイクだけは微妙な顔で、顎の無精ひげを撫で擦っていた。


「何か気になる事でも?」

「あ、いやぁ。内容が単純なのは良いんですがね。単純な分、この遊びは難しいんじゃねえかって、思ってただけですわ。まぁ、気にしすぎかもしれやせんが……」

「……なるほど。確かに、そういう面もありそうですね……。完全に運頼みのようです」

 オーベールはドレイクの言葉の正しさを、同じく神妙な顔で認めた。

 そうして考え込んだ二人を、リシャールは何を言っているんだ、と言う目で見る。


「難しいよりは良いじゃないですか。経験によって左右されなさそうですし」

 リシャールの言葉に尤もだ、と思ったのか、ドレイクはギュッと拳を握り締めた。

「確かにな…………分かった。じゃあ、ここにするか! 坊ちゃんもそれで良いですかい?」

「ええ。僕に異論はありません」

 オーベールは笑顔で頷き返す。これで何をするかは決まった。


「後は、誰がやるかだが……」

「ここは、ドレイクさんにお任せします」

「ドレイクさんは得体の知れない勘の良さがありますからね……。でも、負けないで下さいよ?」

 二人の勧めに、ドレイクは困ったような笑いを浮かべ、

「あい、分かった。俺っちがやりましょう」

 自信有り気に頷き返したのだった。


+++


 ドレイクは『札当て』の局が終わった折を見計らい、丁度空いていた台の端っこの位置に腰を下ろした。

 その直ぐ背後にリシャール、オーベールと並んで、二人は様子を見守る姿勢をとった。そして、何も見逃さない、という体で台の上を凝視する。

「邪魔するよ」

「…………」

 同じ局を受けようとしているのは、ドレイクの他に四名存在した。若い男、中年の男、中年の女、老人の男。どれも一癖ありそうな雰囲気を醸し出している。どうやらここの常連らしい。振る舞いに慣れが感じられた。

 彼らはドレイクの事を一瞥だけして、直ぐに台の上に視線を戻した。如何にも他人に興味がないという視線だったが、ドレイクは彼らの虚ろな瞳の奥に、異様にギラギラとしたものを見た気がした。

(人間ってのは、怖いねえ……)

 そんなことを考えながら、ドレイクもまた視線を彼らから、向かいに座る親の顔に移した。

 親の男は、ドレイクよりは少し若いという年齢に見える。特徴らしき特徴はなく、門番の男の様に無表情で感情が全く見えない。それが薄気味悪く映るのか、リシャールはビクついていたが、親としては自分の感情を表情で悟らせないというのは、優秀なことなのかもしれない。

 ドレイクはそんな事を考え、口角を少し上げた。どうせ相手にするならば、歯ごたえのある相手の方がいいと考えたのだった。


「……では、次の局を始めます。掛け金を」

 親が告げる。

 最初に掛け金を場に出すものらしい。子達は宣言と共に、次々と台の上に銀貨を置いていく。

「十」

「十五よ」

「……八だ」

「二十じゃ」

 次はドレイクの番だったが、ドレイクは自分が財布を持ってない事に気付き、慌てて背後の二人に振り返った。小声で尋ねる。


《坊主、金を出せ》

《僕は持ってないですよ。オーベール様?》

《は、はい。僕が持っています。どうぞ、ドレイクさん》

 オーベールは懐から布袋を取り出して、それをドレイクに渡した。ドレイクはその袋の紐を解いて、中の金を全て掌に落とした。


 ――――出てきたのは銀貨一枚だけであった。


《こ、これだけか!?》

《しょうがないじゃないですか。馬車代とかに使っちゃったんだから》

《すみません……僕が落としたばっかりに……》


「お客さん……掛け金は?」

 三人が小声で言い合っていると、親が掛け金の提出を促してきた。

 他の客もいきなり流れを止められたのを不満に思ったのか、明らかにドレイク達を睨んでいた。露骨に舌打ちしている者もいる。

 ドレイクは、急かされるようにそのなけなしの銀貨一枚を場に出した。

「遅れて悪かった……銀貨一枚だ」

 他の子達と比較して、明らかに額が少ない。コロンと、場に出した銀貨を見て、周囲に居た客の中には失笑している者さえいた。

 そんな薄笑いに、ドレイクやオーベールは苦笑いするだけだったが、リシャールなどは顔を真っ赤にしていた。早くも場違いな場所に来たことに後悔し始めたようだった。


「……了解しました。変更はありませんね? …………では、無いようなので始めます」

 親はそう言うなり、札を勢いよく切り始めた。非常に手馴れており、まるっきり無駄がない。ドレイクが感心する中、流れるような動作で十分にそれを続けると、やがてその動きがピタリと止まった。そして、一番上にある札を一枚、台の上に裏向きに置いた。

「……配ります」

 十分に切られ、束になった札の上から一枚ずつ、子に配っていく。子達は配られたそれを、とても大事なものを扱うように手で覆った。

 最後にドレイクにも配られた。目の前に配布されたその札を、ドレイクは静かに眺めた。


「では、開示いたします」

 そう言って、親は手元に伏せてあった一枚の札を、ゆっくりと裏返していった。

「……三です」


 その言葉を皮切りに、子達は真剣に考え出した。四人とも目を瞑り、瞑想しているようにも見える。

 一方ドレイクは、その数字を見て満足そうに頷くだけだった。

 その自信ありげな態度に、リシャールはキョロキョロとドレイクの顔と、札を行ったり来たりして、どもりながら尋ねる。

「ど、ど、どうするんです?」

「落ち着いて、リシャール君。まだ最初だよ。ここはドレイクさんに任せよう」

 ドレイクは何も言わずに、ただ親の札を見つめていた。


 そして、親が予想を促してくる。

 一人目の若い男が答えた。

「大だ!」

 そう叫ぶと同時に、自分の札を捲った。開示される。札は『六』。勝ちだった。

「よしっ!」


「アタシも、大よ!」

 次に中年の女性は、はっきりとそう答える。

 結果は『九』。勝ちだった。

「やったわよぉ!」


 最初の二人をみて、ドレイクはやり方を理解した。どうやら最初に答えを告げて、それで自分の札を裏返せばいいらしい。

 そんな間にも、子の開示は続く。


「大!」

 先程から『大』の予想が続いているが、親の数字は『三』ならば確率的にそれは当たり前の事だった。もし、これで負けるとすると、それは運が悪かったということなのだろう。

 ドレイクがそんなことを考えていた時、

「く、くそぉっ!!」

 そんな叫びが耳に入ってきた。

 三人目の中年の男の札を見ると、札は『二』を示していた。どうやら彼は運がなかったらしい。

 悔しがる男を尻目に、子の中で一番の高額だった次の老人は、勝ちを手にしていた。

「がはっはっ。悪いのぉ」

 機嫌よさそうに笑う老人に、負けた男は憎々しげに視線を向けていた。


 次はドレイクの番だった。親の視線がドレイクに移る。

「次は俺っちか……。予想は……」

 背後のリシャールは、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。オーベールも拳をギュッと握り締めて、台の上のドレイクの札をジッと凝視していた。

 そんな二人の視線が集った札に、ドレイクは手を掛けて――――


「大」

 そう言いながら、札を捲る。

 結果は――――『五』。勝ちだった。


「やりましたね、ドレイクさん!」

「これは……心臓に悪いですね……」

「まだまだ、これからだ。これくらいじゃあ、兄ちゃん達の釈放金にゃあ、遠くおよばねえ」

 手元の銀貨二枚を握り締めて、ドレイクはそう二人に答えた。しかし、かく言うドレイクも、どことなく嬉しそうであった。

 そうして、勝った子達に対して、配当が行なわれた。それぞれの手元にある銀貨の数が倍に増える。一方、負けた男の銀貨は親に回収されていった。男は目の前から没収されていく銀貨を口惜しそうに眺めていた。


「では、次の局を始めます。掛け金を」

 勝手は分かった。あとは勝ち続けるだけである。

 ドレイクは躊躇うことなく、手の中にある銀貨全てを場に出した。


+++


 二局目もドレイクは勝つことが出来た。

 親の札『四』に対し、ドレイクは『十』。これで銀貨は四枚となった。

 他の子達も今回は皆順当に勝っていた。

 そして、誰も降りることなく、局は三局目に入った。ドレイクを含めた五人とも、とても良い気分で向かえた局だったが、親の札が裏返された時に、その気持ちはどこかにすっ飛んだ。


「五です」


 勝ち負けの確率で言えば半々。子にとって最も判断が難しい数字だった。

 皆、瞬時に渋面になり考え込む。

 そして、それはドレイクも同じだった――――かというと、そうでもなかった。


 ドレイクは何か確信を持っているように、穏やかに親の札を見つめていた。

 ただ、背後の二人はそういうわけにはいかない。リシャールなどは、「どうします!? どうするんですか!?」などと言いながら、ドレイクの肩を掴んでしきりに揺すっていた。

 オーベールは親の札を見た時は、流石に不安になったものの、自信有り気なドレイクの表情を見て安心したのか、今はリシャールの宥めに廻っていた。


「では、予想と開示を」

 遂に親が促してくる。

 一人の目の若い男は、三十五枚を場に出していた。かなりの金額である。

 実はその金額は男にとって、今日この賭場で稼いだ金額の全てだった。そして、生活費の全てでもあった。これで勝てたら、銀貨七十枚。それだけあれば、当分は生活に困らない。男としては是非ともそこまで稼いでから終わりにしたかった。

 その為、男の判断も混迷を極めた。だが、ようやく対応を決めたのか、男は大声で叫んだ。

「大だっ!!」

 どうやら勝負するようだった。ただ、札を捲ろうとする手は震えている。緊張からか、男の手から汗の雫がポタリと台の上に落ちた。

 そして、恐る恐る捲っていく。

 そこに示された数字は――――『三』。

「うああああああああっ!!」

 男は絶望の声を上げた。


「ア、アタシは降りるわ」

「俺も」

「くやしいが……儂もじゃ」

 他の三人は男の様子を見てかは分からないが、次々と降りていった。三人とも先程の勝利があったため、強気にでた額を場に出していたが、それも仕方ないと諦めたようだった。

 確率の悪い局には乗らない。それがこの『札当て』の鉄則である事を、よく熟知しているのであった。

 先程の男もまたそれを知らない訳ではなかったのだろうが、如何せん彼はまだ若かった。

 そんな彼らの様子を見て、更に不安感を募らせたリシャールは、あわあわと動揺していた。

 リシャールを宥めていたオーベールも、顔が強張っている。視線の先には呆然と項垂れている、負けた若い男の姿があった。


 一体どうするのか、周囲の客たちや、子達の視線は自然とドレイク集まった。

 そんな視線の中、

「同じだ」

 相変らず自信に満ちた声で、ドレイクはそう告げた。


 どよめきが周囲に起こる。しかし、それは直ぐに嘲笑に変わった。

 勝負するだけでも驚きなのに、まして『同じ』を予想するなど、頭の足らない人間のすることだ。彼らはそう考えたのだった。そして、皆声には出さなかったが、もう間もなく訪れるであろうドレイクの絶望の声を待ち望んでいた。


 そんな中、その言葉をポカンと聞いていたリシャールは、耳から入った言葉が脳に伝達されるや否や、慌てて手に持っていた『札当て』の詳細が書かれた紙に血走った目を落とした。

 次々に読み進めていき、目的の情報を見つけると、大部屋中に響き渡る声で叫んだ。

 それにより、今にも札を捲ろうとしていたドレイクの動きは止められてしまう。


「何考えてるんですかぁっ!! 正気ですかドレイクさん!! 負けたら五倍ですよ。五倍!! 絶対に止めてください! 頭おかしいですよっ!」

「っつぅ。耳元で怒鳴るな坊主。叫ばんでも聞える」

 リシャールの怒声を耳元で受けた為か、ドレイクは両耳を痛そうに押さえながら言った。

 その余裕に満ちた態度も腹が立ったのか、リシャールは更に言葉を重ねる。

「何を冷静に返してるんですか! って、そんなことより変更してください。降りてください。こんな確率の低い局でそんな冒険に出なくても――――!!」

「心配性なやつだなぁ。大丈夫だ安心しろ。俺っちにゃあ、ちゃんと公算がある」

「公算って……」


 思いがけない言葉に、リシャールは黙り込む。一体どんな公算があるというのか、全く分からなかった。必死に考え始めえたリシャールを他所に、オーベールも流石に心配そうにドレイクを見つめた。

「本当に大丈夫でしょうか? リシャール君の意見にも一理あるような気がしますが……」

「坊ちゃんもですかい。大丈夫です。安心してくだせぇ」

 本当に自信があるのだろう。ドレイクの言葉は全く揺るがなかった。自分には分からないが、何かドレイクは必勝法でも見つけたのかもしれない。

 多少不安ではあったが、オーベールはドレイクを信じる事に決めた。

「わ、分かりました。ここはドレイクさんに全てお任せします」

「了解しやした」


 掛け金は銀貨四枚。負ければ銀貨二十枚である。当然、ドレイク達にそんな持ち合わせはない。揃ってグラストスの仲間入りする事になる。

 それを考えると、リシャールの言葉にこそ理があるだろう。

 リシャールはもう叫んではいなかった。瞳孔は開き、ただドレイクの札をジッと見つめていた。

 オーベールも固唾を呑んで見守る。

 彼らの想いを一身に受けながら、ドレイクは再び札に手をかけて、ゆっくりと面に返した――――


 一同は静まり返る。

 騒がしい大部屋も、この一角だけは静寂に包まれていた。

 ドレイクの捲った札の内容が脳に浸透すると――――局を見ていた客たちは一斉に騒ぎ出した。


 親の札が『五』に対し、ドレイクの予想は『同じ』。そして、ドレイクの札は『五』。

 掛け金十倍の大勝だった。


「おおおお! スゲエな。『同じ』で当てるなんて奴は滅多にいねぇのに」

「張る奴はいるんだが、当てるとなるとな……凄え確率だぞ」

「とんだ強運の持ち主じゃな」

 馬鹿にしていた周囲の客も、今は驚きに包まれているようで、口々にドレイクの勝利を称賛していた。

 だが、それ以上にドレイクを称賛していたのは、当然リシャール達だった。


「うああああああああっ!! や、や、やりました。やりましたよ、ドレイクさああああああああん!!」

「す、凄いです! 本当に!」

 二人とも、ドレイクの肩を掴んで、ガックンガックン揺らしていた。

 だが、ドレイクはまるで二人を咎めようとしない。正にされるがままの状態だった。その表情は普段のにやけた表情より、更ににやけ具合が増しており、それがそのままドレイクの喜びを表していた。

 銀貨はこれで四十枚。ドレイク達はあと少しでグラストスの釈放金が貯まる所まで来ていた。

 手元に開始時とはうって変わり、ジャラリと音を立てるまでになった銀貨の小山を、三人は満足気に眺めるのだった。



「……では、次の局を始めます。掛け金を」

 周囲の騒ぎには全く動じずに、親の男は次の局を開始した。


+++


 先ず、先程の局で負けた若い男が離脱した。男は喜びに包まれていたドレイク達とはうって変わり、肩を落とした悄然とした様子で、大部屋を出て行った。そんな男の姿を見つめる者は、誰一人としていなかった。


 そうして、出て行った男の代わりに、また別の男がそこに腰掛け、次の局は開始された。

 ここでもまた、子たちの明暗は分かれた。

 ドレイクの勝利に感化されてしまった中年の男だけが大負けしたのだった。

 親の『八』に対して、『小』と予想したその男が引いた札は『九』

 結果、男が稼いだ金が全て没収され、ドレイクが参加してから、二人の離脱者を出す事になった。

 光と影、勝者と敗者。これこそが賭け事を行なう者への真理であった。


 一方、勝者であるドレイク達は更に浮かれていた。

 今回も勝つことが出来て、計銀貨八十枚。

 グラストスの分の釈放金だけならば、既に達していた。

 

「やった。やった。やった! あともう少しですよ!」

「このままいけば、あと数回でお二人分の釈放額に達します。ですが、どうしますか? グラストスさんを先に釈放しますか?」

「いや、このままいきやしょう。今は乗ってやすし。掛け金がでかい方が、直ぐに稼げるでしょうしな」

 ドレイクは自信を持って答える。

 このような賭場での賭け事自体初めてだった筈のドレイクの背中からは、今や大賭博士の威光が発せられているようであった。

 徐々にでかくなった掛け金の額も手伝ってか、『札当て』の台の周囲には、他の台に居た野次馬達がこぞって集まってきていた。


 次の局。再びドレイクは勝った。

 台は喝采に包まれる。銀貨はこれで百六十枚。

 一同の注目は、一体ドレイクがいつまで勝ち続けられるかにあった。なので、ドレイクが再び参加することを知ると、それだけで称賛の声があがった。

 他の子たちもドレイクの様子が気になってしまい賭けに集中できない為か、今は観客に廻っていた。なので、ドレイクはこの局は親と一対一で向かい合うことになった。


「ドレイクさん。全掛けはしなくても良いんじゃないですか?」

「百枚であれば、釈放金も十分な旅の旅費も稼げます。それで十分では?」

 至極尤もな二人の提案だったが、ドレイクは「そいつぁ違うな」と否定する。


「お二人さん。今、俺っちには非常にツキが来ていやす。それはこれまで俺っちが負けを気にせず突き進んできた事で、勝ち取ったツキです。負けを気にして、掛け金を分けるなんて、そんなみみっちいことしてちゃあ、折角のツキも逃げていっちまうってなもんですわ」

「そういうものですか……」

「ドレイクさんがそう言うなら……」

 ドレイクの理屈はよく分からなかったが、何せ勝ち続けているドレイクが言うのである。それが正しいのだろう。と、二人は特にそれ以上は何も言わずに納得する。


「よしっ、話も纏まった。俺っちは百六十枚だ。それで始めてくれ」

 ドレイクの言い放った額を聞いて、周囲は再びどよめく。銀貨百六十など、有力貴族や商人でもなければ、滅多に拝める額ではなかったからだ。ましてや、その額を丸々賭けに出す者など皆無に等しかった。


「……分かりました。配ります」

 額が額だけに、無表情だった親の顔にも多少の緊張が見受けられた。

 それを必死に隠そうとしているのが、ドレイクには分かった。

 恐らく、余りに客に勝たせすぎると上役にでも叱られるのだろう。そして、今この台には客の目が集まりすぎている。容易にイカサマなども出来ないに違いない。

 賭場であれ、結局は客商売である。客の信頼を損なうような真似は決してしないだろう。


 ドレイクはそこまで考えて、自分はただこの局に集中すれば良いと判断した。この局に勝って、グラストス達を救い出す。その事だけを考えればいい。

 だが、リシャールたちの言う通り、これに勝つと金は大量に余ることになる。恐らくその金の大半はドレイクのものとして認められるだろう。

 そうなれば、ドレイクにとって金の使い道は一つしかなく…………。

(っと、いかんいかん。集中だ集中)

 邪な感情で満たされそうになったドレイクは、自分を叱咤するように頬を叩いた。


 そうこうしている間にも賭けは進み、いつもより念入りに札を切ったあと、親は自分とドレイクの前に札を配った。

 親が札を開示する。数字は『四』。中々に難しい数字だった。

 だが、それを見て、ドレイクは勝利を確信する。

 高らかに宣言した。


「俺っちは……大だっ!」

 おおおお、と周りから声が上がる。妥当な判断だった。

 オーベールとリシャールも、自信に満ちたドレイクに対して、信頼以外の何も込められていない視線を送り続けた。

 この旅で色々駄目なところを見せていたドレイクだったが、今彼らの頭からはそんな記憶はすっぽりと消え去っていた。

 そんな信頼と、称賛、憧憬、妬み、そんな感情が混じった視線を一心に浴びながら、ドレイクは勢い良く、札を捲った。


『二』


 その札にはハッキリと、そう書かれていた。

 ドレイクは何度も目を擦ったが――――結果は当然の如く変わらなかった。

 やがて、ドレイクは静かに後ろを振り返った。そして、出来るだけ二人の怒りを誘発しないように精一杯愛らしく言った。


「うひっ。負けちゃった☆」


「な、な、な、な、な、な、な、何やってるんですかあああああああああああああっ!! 『負けちゃった』? ふざけてるんですかああっ!?」

 怒りを煽ってしまった。

 リシャールの怒声を皮切りにして、周囲の野次馬たちの大爆笑が大部屋に響き渡った。

 そんな大音声の中、

「これは……困りましたね……」

 オーベールの困惑した呟きは、誰に聞かれることなく音にかき消されたのだった。


 掛け金 百六十。

 支払い 百六十。


 これは、ただの負けではなく、三人が完全に一文無しになったことを示していた――――


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