68: 神の医師
2011/02/18 17:24 67話に2000行ほど追記しております。
まだ読まれて居ない方は、まずそちらをご覧下さい。
グラストスは突然自分の体に衝撃が走った。気がした。
堕ちていた意識が浮上し、グラストスは閉じていた瞳を微かに開いた。
視界に入ってきたのは壁だった。
何故壁が目の前にあるのか、グラストスは特に疑問に思わないまま、少しずつ目を見開いていった。
薄暗い光が入ってくる。
ぼんやりとその光を瞳に宿しながら、グラストスはどうやら自分がまだ死んでいない事を、おぼろげに悟った。
そして、壁だと思っていたのは実は地面で、自分は地面に倒れこんだ格好であることを認識した。
グラストスはとりあえず、力の入らない体を起こそうと両腕に力を込めて身を起こそうとする。
しかし、左腕に痛みが走り、再び地面に崩れ落ちた。
そして、その痛みによって、グラストスは我に返った。
(?! 一体、どうなった!?)
左腕の痛みは気にせず、慌てて飛び起きる。
それが拙かったのか、グラストスは立ち眩みによって、頭をふらつかせることになった。
眉間に力を込めながら、何とかそれに耐えて周囲を見回す。
すると、先程までスライムの体に取り込まれていた通路に、『壁』が出来ているのを視界に捉えた。
「何だ……これは」
『壁』は、奥の広間への通路を塞ぐように建っており、高さは通路の天井近くまであった。
根元を見ると、まるで地面が隆起したような、そんな盛り上がり方をしている。
と、そこでグラストスは、自分が発声できたことに気付いた。
それは、いつのまにかスライムから解放されている、と同義である。
慌てて周囲を見回しても、スライムの姿は見当たらない。
もしかしたら、『壁』の奥にいるのかもしれない。
すると、この『壁』が自分の命を救ってくれたということなのだろうか。
しかし、こんなものが何時出来たのか。
グラストスは考え込もうとして、首を振ってその疑問を振り払った。
事情は分からないが、ともかく命は助かった。
とりあえずはそれに満足しておくことにして、今は何も考えずに洞窟を出ようと決めたからであった。
スライムが『壁』奥にいるというのは、あくまでグラストスの推測に過ぎない。
いつ再び湧いて出てくるか、分かったものではない。
急いでこの場を離れようとして、足を踏み出したその第一歩で、グラストスは何かを踏み付けてしまった。
足を上げると、下からはデイヴの残したピッケルが出てきた。
それを見た瞬間、グラストスは再び我に返った。
「そうだっ! アイツ!」
グラストスは、自分の剣を二本ともデイヴに奪われたことを思い出した。
しかし、もしこのまま追いかけて捕まえる事が出来ても、デイヴが素直に剣を返すとは限らない。
デイヴの力量は不明だが、素手で武器を持った相手に挑むのは無謀と言うものである。
武器が必要だ。
なので、グラストスは仕方なくそのピッケルを、剣を取り戻すまでの武器にすることに決めた。
そうして、グラストスはピッケルを拾い上げると、入り口を目指して歩き出した……。
+++
半刻ほどかかって、グラストスはようやく無事に外の空気を吸う事が出来た。
洞窟の中はジメジメした湿度の高い空気の上、スライムによって全身が濡れていたので、グラストスは絶えず不快な感触に晒されていた。
まだ、その内の一つが解放されただけだが、それでもかなり精神的に楽になった。
グラストスは、何気なく空を見上げる。
一体、中に入ってからどれほど時間が経過したのか。
グラストスはもしかしたら夕方になっているかもしれない、と想像していたが、空はまだ青かった。
夕陽の色に変わるには、まだ少し時間が必要だろう。
気絶していた時間は、それほど長くなかったようだ。
グラストスは少し安心し、洞窟の篭った空気を肺から追い出すように大きく深呼吸した。
そのお陰かは不明だが、随分気分は良くなった。
流石に疲れはあるが、歩けない程ではない。
グラストスは更に数度深呼吸をし、よし、と気合を入れると、しっかりとした足取りで歩き始めた。
デイヴの話だと、この辺りは魔物が生息しているということだった。
が、今となっては、それはグラストスを同行させる理由付けのための、嘘だった可能性が高い。
そもそも、今回デイヴと同行することになったのは、デイヴが『光ゴケ』を手に入れる為に、グラストスの助力を願ったからに他ならない。
当初の話だと、『光ゴケ』の報酬をグラストスも半分受け取れる事になっていた。
加えて、グラストス自身の薬草の依頼もあった。
それらをこなすと、両方合わせて銀貨数枚程度の稼ぎになる筈だった。
しかし、結局この有様である。
グラストスは外套もいつの間にか紛失していている事に、今ようやく気付いた。
『光ゴケ』を採取していた広間を出る時には確かに持っていたので、失ったとすればスライムに取り込まれた時だろうと、グラストスは推測した。
あの『壁』の向こう側なのか、それともこちら側にあったのかは分からないが。
ただし、もう一度あの暗闇の中に、探しに戻る気力は無い。外套は諦めざるを得なかった。
報酬を手に入れるどころか、損失する一方である。
グラストスの胸に、改めてデイヴに対する怒りが込み上げてきた。
ともかく、全力でたこ殴りにしてやりたかった。そうしてひとしきり殴った後で、剣を取り返す。
グラストスはそんな妄想をして……頭を振った。
そんな想像をしている場合ではない。一刻も早く追いかけるべきだと悟ったからだ。
そうと決めると、グラストスはピッケルを担ぎ直し、街に向かって走り出した。
***
「……これだけあれば、大丈夫でしょうか?」
不安げに尋ねたのは、オーベールだった。
その視線は、目の前の切り株の上に注がれている。
正確には、その上に乗っている、銅貨、銀貨に向けてだった。
「まあ、馬車で寝泊りは確定でしょうが、食費は贅沢をしなけりゃ何とかなるでしょう」
それに答えたのは、今日一日暇を持て余していた中年ドレイクである。
口に咥えていた、昨日の晩と引き続き、またどこからか確保した得体の知れない動物の肉を一旦取り出して、オーベールに頷いてみせる。
ドレイクの解答を受けて、オーベールは嬉しそうに表情を綻ばせた。
夜。『ムマル』の街の中心から、少し外れた場所に馬車を停めていた一行は、一本の切り株を囲うようにして、この二日間の成果を発表しあっていた。
端的に言うと、皆の稼ぎの合計金額が幾らになったか、だ。
もちろん、ドレイクは留守番役だったので、数には入らない。
結果としては、ドレイクが答えたように、旅に最低限必要な金銭は貯まっていた。
元々は、パウルース銀貨一枚。パウルース銅貨十二枚だった。
それが今は、パウルース銀貨二枚とパウルース銅貨三十二枚になっていた。
パウルースの成人男性一人の食費の平均は、一日に銅貨五枚だと言われている。
つまり、一行だと一日に二十枚は消費することになる。
旅の目的地の『モンスール』まで行って、再び『フォレスタ』まで戻るのに約四日程度かかる。
よって、銅貨八十枚あれば、とりあえずは大丈夫な筈だった。
そして現在、パウルース銀貨一枚は、大体パウルース銅貨三十枚で取引されている。
という事は銅貨換算で、一行の持ち銅貨は九十二枚である。
これだけあれば、旅を十分続けられるだろう。
正直オーベールは、肩の荷が下りたような心境だった。
そもそも、旅の資金を失ったのは自分の失態だったからだ。
それが理由で旅が続けられないのであっては、他の三人にも、自分達の成果を期待して待っているだろうフォレスタの使用人達に対しても、アーラにも、母親にも、申し訳が立たない。
そのことも、オーベールが必死になって労働をしていた理由の一つだった。
「本当に良かった。僕の所為で足は止まってしまいましたが、これで明日からまた旅を再開できますね」
「ええ。こっからだと恐らく……一日半ってとこですかな」
ドレイクの推測に、オーベールは不思議そうな表情になる。
「そうですか。距離からすると、意外と掛かるのですね?」
「ああ。モンスールは、標高がここと比べて高い所にあるらしいですからね。平地を移動するようにはいかねえんですよ」
「なるほど。確かにそうですね」
オーベールは、もっともだと頷いた。
そこで二人の話は一旦途切れた。
先程から途切れては話し、途切れては話しの繰り返しだった。
そもそも話しているのが二人だけなので、そこまで話が膨らまないが原因であった。
そこで、ドレイクは自分の右隣に座っているグラストスに顔を向けた。
「そういや、兄ちゃん。どうした? 帰ってきてからずっと険しい顔をしてるが……」
グラストスはドレイクの語りかけに対し、ビクリと震えた。
”兄ちゃん”という言葉に反応したのだ。
その呼び方が某人物を彷彿とさせた為だった。
グラストスは、一度厳しい顔でグッと唸った後、口を開いた。
「……なんでもない。気にするな」
「気にするなって……そりゃあ無理ってもんだぜ。大体そんなピッケル、どこで拾ってきたんだ?」
ドレイクと、ドレイクの言葉に釣られるようにオーベールが、グラストスの後ろに放られているピッケルに目を移す。
二人は何の変哲も無いピッケルであることを再確認すると、グラストスに向き直った。
「それに剣はどうしたんだ? 二本持ってたろ? ああ……もしかして、誰かとピッケルを交換したのか?」
「…………っ!!」
グラストスは『剣二本と中古のピッケルを交換する馬鹿がどこに居るっ!!』と叫びそうになったが、寸前の所で思い止まった。
ピッケルが示している通り、グラストスは結局デイヴを捕らえる事は出来なかった。
帰り道に資金稼ぎのことを思い出して、再び薬草を採取しに行ったのが拙かったのかもしれない。
グラストスはチラリとそれを考えた後、小さく頭を振った。
それによる時間の損失はそれほど無かった筈なので、どの道無理だったという可能性のほうが高いと気付いたからだ。
依頼の達成報告がてらギルドを探してみるも、デイヴの姿を見つけることは出来なかった。
ギルド付近にいた自由騎士と思われる者達に、居場所を知らないか尋ねてみたが、哂われるだけで回答は返ってこない。
非常に腹は立ったが、グラストスは何をするでもなく、その場を後にした。
それから、夜になるまで街を探し回った。
だが、全て空振りに終わり、遂ぞ情報の一欠けらも手に入れることが出来なかった。
やがて体力の限界を感じ、悄然とこの場所に戻ってきたのだった。
そんな経緯があったグラストスの気持ちを知らずに、ドレイクは能天気に笑いながら言った。
「……まあ、破壊力だけ考えたらピッケルも悪かねえしな。案外良い判断かもしれん」
ドレイクの言葉は半分本気、半分からかいが混じっていたが、それを受けたオーベールは真面目な顔で頷いた。
「なるほど。確かに。鉱石だって掘れますしね」
『なら、お前らも得物をピッケルにしてみろっ!!』と、いう言葉が喉まで出かかったが、グラストスは再び我慢した。
ハァハァと、荒い呼吸を繰り返しながら、何とか心を静めようとしていた。
オーベールに悪気は無いのは分かっていたからだ。
ただ、グラストスはそれ以上はムッツリ黙ったまま、ドレイクの言葉に再び反応しようとはしなかった。
ドレイクは貝の様になってしまったグラストスから話を聞きだすのは諦めて、これまで会話に参加しようともせずにずっと黙っていた、左隣に座るリシャールに話を振った。
「おい、坊主。今日はえらく大人しいじゃねえか。いつもならもっと騒がしいだろうに。何かあったのか?」
「…………」
ドレイクの声に、リシャールはずっと俯いていた顔を僅かに上げた。
微かに覗いた表情は、本来温和な少年には珍しく鬱陶しげな色で覆われている。
リシャールは今日一日で、一気に数歳は歳を取ったかのように、心底疲れ果てていた。
なので、ドレイクの問いにも、かなり間を空けた後に答えた。
「……僕の負った精神的苦痛は、話したところで、ドレイクさんには絶対分かりませんよ……」
何やら挑発的なことを言う。
それに多少興味を引かれたドレイクは、リシャールに事情を話すように促した。
一応、大まかな事情を知っているオーベールは、ドレイクを止めようか迷ったが、その前にリシャールがポツポツと話し始めてしまった。
仕方なく、オーベールも聞き手に廻ることにした。
リシャールの話は、横暴な雇い主への不満、そして客への不満でその大部分が彩られていた。
話はリシャールの主観ばかりが込められていて分かりにくかったが、要約すると、無理やり女装させられて給仕をしていたリシャールは、多くの男性客から数々の悪戯をされたのが苦痛だった、という事だ。
「ま、まあ、そりゃあ嫌だわなぁ……」
ドレイクはリシャールの余りのへこみ具合に、若干気圧されながら同意してみせた。
が、リシャールはそれも気に触ったらしい。ドンと、切り株の上に拳を打ち下ろすと、
「何を分かった気でいるんですか!? 僕が何をされたかを知らないくせに!! 言ってあげましょうか!? 僕が何をされたか!?」
「ま、まあ落ち着け坊主。分かった。分かったから……」
「そ、そうだよ。リシャール君。落ち着こう? もう大丈夫だから……」
熱を帯び始めたリシャールの主張を聞いて、ドレイクとオーベールは両手を掲げるようにして宥め始めた。
しかし、一旦火が付いたリシャールの暴走は止まらない。
「落ち着け!? 落ち着けって!? これが落ち着いていられますかっ!! 教えてあげましょうか!? いや、寧ろ聞いてください!!」
そう言い切ると、リシャールは鬱憤の全てを暴露し始めた。
話は相変らず分かりにくかったが、リシャールの鬼気迫る形相に呑まれるように、皆は徐々に引き込まれていった。それは、ずっと不機嫌だったグラストスさえもである。
そして、その内容の余りのおぞましさに、他の三人は肌に鳥肌が立つのを抑えられなかった。
それほどおぞましい内容だった。
詳細を知ったオーベールなどは、しきりに首を振りながら”信じられない”を連呼していた。
リシャールはひとしきり話し終えると、今度は火が消えたようにガックリと項垂れた。
他の三人の顔には、全く同じ言葉が記されていた。
"聞くんじゃなかった"という言葉が。
誰も、リシャールに掛ける言葉が浮かばず、また口を開く気力も無く、場は重苦しい空気で包まれた。
座り込んだ四人の体を、月明かりだけが照らしている。
聞えてくるものと言えば、どこからか聞えてくる梟の鳴き声だけだった。
やがて、
「……もう寝るか」
ドレイクがポツリと提案し、一同の賛同を得た。
四人は今日起こった事、聞いた事全てを忘れるように、深い眠りについたのだった。
***
次の日。
朝起きると、皆の顔には元の明るさが戻っていた。
よく見ると、どこか引き攣っているようにも見えなくも無いが、そこに触れようとする者はいなかった。
そうして、地表に朝靄の残る中、北に向かって旅を再開したのだった。
それからは、『ムマル』までの道行きと同様、旅は順調に進んだ。
盗賊や魔物に襲われることも無く、また道中に存在した村々で食べ物を安く買い取る事が出来たので、資金の消費も抑える事が出来ていた。
『モンスール』は高地にある為、今まで以上の短い間隔で馬を休ませる必要があったが、馬達が頑張ってくれた事もあり、それほどの時間的損失にはならなかった。
所々勾配が急な道が存在し、後ろから皆で馬車を押し上げたりもしたが、そうこうして、ムマルを発ってから一日半後。
ようやく、目的の村に辿り着いた。
一行の馬車は、ビリザドの侯爵家の馬車である。
アーラの父親、ベッケラート侯爵は贅沢は好まない性質だったが、かといって必要なものに金を惜しむことはない。
この馬車もそうしたもので、これ以上の大きさの馬車は、他の有力貴族か、大商人でないと持っていないだろう。
そして、そんな普通よりも大きい馬車だった為か、村の周囲を囲っている木の柵によって、馬車を中に入れる事が出来なかった。
このような大きさの馬車が来るなんてことは、この村の人間は想定していなかったのだろう。
なので、とりあえずドレイクが馬車に残り、他の三人が馬車を預けられる場所を聞く事に決まった。
馬車を降りた三人は、おずおずと村の中に足を踏み入れた。
そのまま三人が村の中央に向かって足を進めていると、余所者が村に入ってきたのに気付いたのか、どこからか村人が集まってきた。
といっても小さな村である。人数は目で数えられる程度だった。
初めこそ、突然村に入ってきた三人を警戒するように、遠巻きに眺めていた村人だったが、穏やかに微笑みかけるオーベールとリシャールを見て、徐々に警戒を解いたようだった。
それを見てグラストスも二人に倣おうとしたが、自分でも笑顔が引きつっているのを感じたので、似合わない事は止めることにした。
村はお世辞にも発展しているとは言えず、小ぢんまりとしていたが、寂れたという感じはしない。そんな村だった。
その理由の一端としては、村の端々に子供の姿が見受けられることが挙げられるだろう。
昨年の流行病に、最も被害を受けたのは幼子や年寄り達である。
辺境の村々では、人が死に絶えてしまった村も、少なからず存在していた。
それからすると、これほど僻地にあって、子供の姿が多い村というのは珍しかった。
子供達は、村の将来を担っていく存在でもある。
子供が多いということは、つまりその村に未来があると言う事に繋がっていた。
そして、その子供の姿こそが『神の医師』存在の信憑性を、グラストス達の内で嫌がおうにも高めていた。
「ここに居らっしゃるんですね!!」
周囲の子供達を見て、期待に胸を躍らせながらオーベールが声を弾ませる。
「どこに、その人が居る家があるんでしょうねぇ?」
リシャールは村を見回すように、ぐるりとその場で回転した。
「それらしい家は無いな……」
グラストスもキョロキョロと周囲に視線をやっていた。
「ちょっと、僕聞いてきます!」
リシャールはそう言うなり、少し離れた場所で自分達を見ていた、村の娘に近づいていった。
少女の歳は、リシャールと同じくらいか。
その少女はこんな田舎ではまず見ることはない、愛くるしい顔立ちの美少年に話しかけられ、顔を赤くしていた。
そして緊張したように、片言でリシャールの質問に答えていく。
最近は馬鹿にされる事の方が多い為、そんな反応が新鮮だったリシャールは気分を良くし、そのまま娘と話し込み始めた。
暫く話は続き、少し離れた場所で二人の会話を眺めていたグラストスは苛立ち始めたが、ようやく少女が村の外れの方向を指差したのを見てとった。
グラストスとオーベールは、少女の指が示した方向に視線を向けた。
村の柵の外。二人の場所からは、麦の穂一粒ほどの大きさにしか見えなかったが……家が確かにあった。
「あれか!?」
「行きましょう!!」
リシャールが戻るのを待たずに、そちらに向かって二人は走り出した。
しかし、直ぐに、その足は止まる事になった。
「ええっ!! そんなっ!?」
二人の背後から、リシャールの叫びが聞こえた為だった。
その声の調子に、ただならぬものを感じた二人は一度顔を見合わせた後、立ち竦んでいるリシャールの場所に向かった。
ゆっくりと近づいてきたグラストス達に、少女は少し怯えた風にして視線を向けた。
その少女の様子から、二人が寄ってきた事に気付いたのか、リシャールは二人の方に振り返る。
「どうした?」
グラストスが問いかける。
「あの……それが…………」
リシャールは少し言い辛そうに口ごもった後、意を決したように言った。
「『神の医師』って呼ばれる人は、確かにこの村に居たんだそうです」
「……『居たんだそうです?』 どういうことだ? 今はこの村には居ないということか?」
グラストスは、リシャールの言葉尻を的確に捉えて、疑問を投げ返す。
「え、ええ。そう、なんですが……」
リシャールは頷くも、どこか歯切れが悪い。
「……僕が聞いたのは、一年前の情報ですからね……。申し訳ありません。では、今はどちらにお住まいなんでしょうか?」
オーベールは情報が古かった事を二人に詫びた後で、リシャールと少女に交互に視線を向けた。
「いや、それが……」
オーベールの純粋な瞳を受けて、再び押し黙ってしまったリシャールの代わりに、後ろの少女が少し悲しそうな表情で言った。
少女は少し訛っている為か、その言葉は二人の耳に印象深く残った。
「お医者さまは…………先々月に、亡くなっちまったよ」