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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【4章 神の医師】
70/121

67: 閑話

2011/02/18 17:24 2000文字ほど追記しました。

『――――声が聞こえる』という所からが追加部分です。

ご迷惑をお掛けしてすみません。

 

「いい天気だなぁ」

 心から気の抜けた声を上げたのは、絶世の美女でもなく、可憐な美少女でも、明晰な美青年でもない。  無精髭を好き勝手に生やした、中年のおっさんであった。


 まるっきりダラけた表情を浮かべて、のんびりと荷馬車の淵に寝そべって、青天の空を眺めていた。

 もうかれこれ一刻は経過しただろうか。

 それほどの時間何もするでもなく、ただのんびりと呆けていた。

 今この瞬間、他の同行者達はそれぞれ必死になって働いていたが、そんな様子など全く気にする素振りはない。

 ただただ、ダラけ続けるだけだった。

 とはいえ、流石に寝すぎたのだろう。

 横になっていても眠気は湧いてこないようだ。先程から目を閉じて、再び目を開く、をしきりに繰り返していた。

 

 おっさんは唐突に、むっくりと体を起した。

 もちろん、何か生産的なことをやろうとした訳ではない。

「人間とは不便なものだなぁ。こうして寝そべっていただけでも腹が空く」

 単に腹が減っただけだった。


 腹をボリボリ掻きながら、おっさんは馬車の横に廻る。

 そこには丁度良い切り株があったので、一先ずそこに腰を下ろした。

 そして、のんびりと周囲を見回し、直ぐに馬車の車輪の横に目当てのものを見つけた。

 しかし、表情は曇った。


「……なんだ、これだけか」

 何かを腹に入れようと、昨日の晩飯の肉の余りを探したのだが、それが包まれた麻袋を開くと、あと残り一切れだけだったからだ。

 渋い表情でそれを摘み上げると、徐にかぶりついた。

 口の中で無くなるのを惜しむように、何度も咀嚼(そしゃく)する。

 味が無くなるまで咬み続けると、ようやく嚥下(えんか)した。

 当然物足りなかったが、再び獲物を捕まえに行くのも億劫だった。

 この獲物は夜行性な為、明るい内は林や森の奥まで出張らないと見つけることが出来ないからだ。

 諦めたおっさんは、再び呆けた視線を頭上の空に向けた。


 そんなおっさんを蔑んだのか、はたまた哀れんだのか。

 二頭の馬は、まるで溜息のような鼻息を鳴らした。

 それ聞いて、おっさんはちらりと視線だけを彼ら(馬達)に向ける。

「……お前ら、暇そうだなぁ……」


 完全に自分が見えていない発言である。

 馬二頭は、"お前には言われたくない"とばかりに、そっぽを向いて、もしゃもしゃと地面に生えている草を食べ始めた。


 その光景を見て、

「平和だなぁ……」

 と呟くと、おっさんは再び空を見上げるのだった。



***



 トントントントン、と。

 何かが小刻みに地面を叩く音が聞えてくる。

 音源はどこかを確かめる必要も無く、明らかだった。

 なので、マリッタはあくまで聞えない振りをして、ただぼんやりと窓の外を眺めていた。

 貴族のお嬢様としては、あまり行儀の良い振る舞いではない。

 内心そう思っていたが、マリッタは敢えてそれを指摘したりはしなかった。


 恐らく、ヴェラがこの場に居たとしたら、さぞかし注意された事だろう。

 とは言え、あの小間使いは決して声を荒げたりはしない。

 無論、大声を出すわけでもなく、いつもの冷静沈着を体現したような、そんな風に指摘をする筈だ。

 ただし、底冷えのするような冷たい口調であるのは、まず間違いない。

 もし、口答えしようものなら、淡々と、そして執拗に。まるで心を抉られるような、そんな冷徹なお説教が待っているだろう。

 しかし、今はその誰にとってのか、恐怖の存在はこの場にいない。

 今頃は一人、ビリザドの侯爵屋敷で政務に勤しんでいるに違いない。


 と、そこまで考えて、マリッタは自分の中に湧き上がってくる好奇心を感じた。

 あの小間使いは、一人の時は一体何をして過ごしているのだろうか、ということにである。

 正直、マリッタはあの小間使いとは知り合ってからは長いものの、そこまで親密な関係という訳ではない。

 あくまで彼女の主に関しての事柄のみ、話をするくらいだった。

 二人きりで、それ以外の私的な事について話し合ったことは殆どない。


 彼女が侯爵家の使用人として、非常に優秀だということは知っていた。

 料理の腕は料理人顔負けの腕で、理性的で、知識も幅広く豊富である。政務もある意味、侯爵以上にこなすという。

 だがそれは、ビリザドの人間なら誰もが知っている情報に過ぎない。


 もっと個人的な事。

 例えば、趣味や休日に一体何をしているのかは知らなかったし、年齢が幾つなのかも知らなかった。

 メイジなのかどうかすら分からない。

 というより、今までそんな事を気にしたことが無かったとも言える。

 彼女はまるで空気のように主の傍に居て、それが最初から当たり前の光景だとマリッタは認識していたからだ。


 改めてそれを考えると、マリッタの内であの小間使いに対する興味が沸々と滾ってきた。

 彼女の主人に聞けば、もっと詳しい事が分かるのかもしれないが…………ここはやっぱり本人に聞こうと思った。

 今度機会があれば、少し突っ込んだ質問をしてみようと、心に決めたマリッタだった。



 ここでマリッタは一旦窓から視線を外して、自分の斜め前の席に座っている音源の主に視線をやった。

 その主は、先程からずっと腕組みをして、何やらぶつくさ唸っている。

 恐らく、自分では気付いていないのだろう。右足が小刻みに床を叩いていた。

 それこそが音の正体だった。


 苛立っているのは、誰の目にも明らかだった。

 なので、今はこの館の人間の誰もが、この部屋に近づこうとはしない。

 誰であれ、とばっちりを食うのは嫌なのだろう。


 かくいうマリッタも、こんな近くに居るのは護衛の為、という訳ではない。

 ただ、朝食の食事の後、逃げ遅れただけだった。

 もし、今席を立とうものなら、間違いなく注意を引いてしまう。

 そうなれば、矛先はマリッタに向くかもしれない。

 別にマリッタが怒鳴られる訳ではないだろうが、好んで苛立ちをぶつけられたいとも思わなかった。

 

 そもそも、何故彼女がこんなにも苛立っているのか。

 マリッタは決して短くない付き合いから、何となく理由を察していた。それは二つある。

 先ず一つは、自分への苛立ちである。

 他の仲間が夫人の病を治療できる可能性を求めて行動しているのに対し、自分はここに居てただ待つことしか出来ない、という事に対しての苛立ちだろう。


 もう一つは、他の仲間達への苛立ちだ。

 つまり、"もう二日以上経つのにまだ帰ってこないのか!!"という訳だ。

 流石に『モンスール』まで、三日足らずで往復できる訳もない。

 それで責められるとしたら、彼らにとってあまりに殺生な話である。

 本人もそれは分かっているだろうけれど、感情と理性は違うということなのだろう。

 なんとも、面倒くさい事だ。

 マリッタはここで一つ溜息を吐いた。


 彼女(・・・・)の心情をそう分析すると、今度はその彼女の心を荒ぶらせている男達の事を考えた。

 今頃は恐らく、モンスールに入った頃か。

 もしかしたら、既に目的の村に到着しているかもしれない。

 流石に、まだ『ムマル』に居るということはないだろうが……。


 もし、道中に魔物や盗賊に襲われたとしても、ドレイクが居る。それらは問題にはならない。

 旅の速度は落ちない筈である。

 オーベールに関しては未知数だが…………。

 何か問題があったとしても、その分はドレイクやグラストスが補う事だろう。


 ということは、やはり問題はリシャールだった。

 この前のように足を引っ張っている可能性は大いに考えられる。

 しかも、ムマルは治安の悪い土地だ。

 余計な連中に絡まれる確率は、『ホモン』や『ビリザド』よりもぐんと高い。

 そんな感じでムマルのことを考えていると、マリッタの脳裏に、以前知り合いの自由騎士から聞いた話が過ぎった。

 それは、ムマルの街では”闇賭場”が開催されている、という噂についてである。


 なんでも、それは定期的に開催されており、一夜にして多額の金が動くらしい。

 中には、その賭場で所持金の全財産を散在するものも少なくないと聞く。

 そうなった者の末路は悲惨だ。

 身売りか、ないしは二度と表社会には戻れない、強制労働に従事させられるか。

 どう転んでも、ろくな末路ではないという話だった。

 マリッタ自身は賭け事には全く興味はないが、ドレイク辺りは好きそうな気がする。

 もし、まだムマルに居るのであれば、それに嵌まっている可能性も考慮に入れる必要があるかもしれない。


(ま、ここで気にしても仕方のないことね)

 マリッタはほぅと溜息を吐くと、再び窓の外に視線を向けた。

 今日の空は青く澄んでおり、まさに散歩日和である。

 ――――生憎、マリッタにそんな年寄りじみた趣味は無いので、あくまで思うだけだったが。

 まあともかく、いい天気なの事には間違いなかった。


 いつの間にか、苛立ちの足音が大きくなってきている。

 否応無しに聞えてきていたが、マリッタはそれを意図的に聴覚から追い出して、ぼんやりと空を眺め続けるのであった――――



***



 ――――声が聞こえる。

 小さな声だ。

 それは余りに小さく、何を言っているのか『彼』には聞き取れない。


 その声は耳からではなく、脳に直接送り込まれてきているようだ。

 耳を塞ごうとしても、声は一向に小さくならなかった。


 目は開かない。

 いや、『彼』は開けているつもりだったが、視界には何も入ってこない。

 周囲は闇に閉ざされたままだった。だとすれば、それは目が開かないのと同じことだ。


 やがて、小さな声は徐々に大きくなっていく。

 普通に聞き取れる程の声量を超えて、絶叫に変わった。


 ――ひっ、た、助けてくれっ! お、おい待ってくれ、置いていくな。置いていかないでくれよ! 待て、待ってくれっ!! おい××××××!!

 

 『彼』がはっきりと聞き取れたのは、その台詞だけだった。

 それ以外にも声はいくつも聞えたが、何の事はない。

 殆どが、ただの悲鳴だった。

 

 それから、声の調子はがらりと変わる。

 

 ――なぁ○○○○○○。何で、アイツを追い出さないんだ!?

 ――何様だよアイツ。ちっ、彼女が居なけりゃ、アイツになんて用はねえのに。 


 今度は絶叫でこそなかったが、悪感情が、というより、悪感情しか伝わってこない。

 それ以外にも”アイツが””アイツさえ”という出だしの台詞は幾つも聞えてきた。

 よほど”アイツ”とやらに不満があるのだろう。


 ――そろそろ行こう? 皆が待ってるよ。

 ――君が××××××かい? ああ、僕は…………。


 声は一転して、友好的な口調となった。

 その声を聞いた瞬間。何故か『彼』はズキリと胸が痛んだ。


 ――××××××。君は自分の力を信じきっているが、過信は自分の身のみならず、君の周囲の人間を巻き込んで破滅させてしまう事になりかねない。気をつけなさい…………。


 続いてその声が聞こえた時、『彼』は”懐かしい”と感じた。

 大人の男の声だ。

 まるで、弟子に対する師の説法、という風な印象を受けた。

 聞き分けない無い弟子の処置に困っているような、それでいて心底心配しているような、そんな口調であった。

 『彼』は聞き覚えはあるような気がしたが…………分からない。



 そして、可愛らしい声が聞えてくる。幼い子供の声だ。

 必死に『彼』に語っている。

 先ずは感謝を。

 次に好意を。

 そして、


 ――――だいじょうぶ。だいじょうぶだよ×××。今度は○○が、ぜぇったいまもってあげるからね。


 約束を。


 …………聞き覚えはあった。

 ただ、それは自分にとって余りに当たり前の事過ぎて、逆に思い出せない。そんな状況に似ていた。

 胸を打つ何かはある。

 それも激しく、揺さぶるように。


 しかし、一体その台詞を吐いたのが誰なのかが、どうしても『彼』は思い出せなかった。

 もしかしたら、『彼』に対しての言葉ではなかった、という事なのかもしれない。

 ならば、思い出せない事にも納得がいくというものだった。


 ただ、一つだけ『彼』が疑問に思うのは、何故急に声が聞えてきたのか、ということだ。

 まるで走馬灯のようではないか。そう思った。


 

 ――――”まほう”は、こうやってつかうんだよ? 


 恐らく、先程の声の主と同じ子供だろう。

 ただ、先程より声は更に幼くなっていた。

 その幼子が、自分が覚えたばかりの”まほう”を、誰かに一生懸命教えている。

 『彼』はそんな光景が、浮かんだような気がした。


 ――――うん。どれもおんなじだよ。みんなおんなじ…………そう。ああ! そうだよ。それでいいんだよ! ははっ、やっぱり凄いね×××は!!


 幼子は誰かを称えていた。

 そこには称賛以外の感情は見当たらない。

 惜しみない程のそれを、他の感情の混じりっけ無しに、本当に嬉しそうに伝えていた。

 その誰かの、同じく小さな手を握り締めながら。

 

 『彼』は何気なく自分の手を見た。

 視界には無骨な手が映る筈だった。

 『彼』はそう思った。――――思っていた。

 しかし、そこに映ったのは、綺麗な、小さな手であった。間違いなく幼子のものだ。

 『彼』は動揺した。

 ただジッと眺めていると、元からこうだった気がしてきた。

 そう考えるとしっくりくる。『彼』は気にしない事にした。

 

 それきり声は止んだ。

 それは嬉しくもあったが、逆に寂しくもあった。

 改めて見回した周囲は暗く、『彼』はここから動けそうにはない為、他に何もすることがなかったからだった。

 暫く『彼』は何をするわけでも何を考えるわけでもなく、漂うように暗闇の中に居た。

 そのままどれほどの時間を経過したのか『彼』には分からなかったが、ふと、先程浮かびかけた光景を思い出した。

 どうせすることもない。

 『彼』はその光景の中の子供が示した通りに、真似してみることにした。   


 小さな手で、まるで優しく撫でる様に地面に触れる。

 そして、自分の中にある”力”を地面に流し込む。

 無論、”力”などは自分で認識できるものではない。

 あくまで、そのような想像するということである。

 さもそれが、現実的に視認できる形で”実現”されているかのように。

 そして、後は自分が一体どうしたいのかを、想像するのだ。


 『彼』は我を忘れたように、一心不乱にそれを続けた。

 自分は何をしているんだ、という思いは不思議と浮かばなかった。

 あの子供の真似をすれば、それは成る。そう無垢に確信(・・・・・)していた。

 そうして、『彼』は更にそれを続けた。



 いつからか。

 自分の周りを淡い光が覆っていることに、『彼』は気がつかなかった。



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