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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【1章 辺境の自由騎士】
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4: 自由騎士

 

 酒場はギルドから、街の中心へ少し歩いた所にあった。

 夕方前だからか、まだ客は多くない。早くも酔いつぶれて机に突っ伏している男や、眠りこけて高いびきをかいている男が居るくらいだった。

 そんな男達を横目で見ながら、マリッタは店の奥の机で黙々と酒をあおっている人物に近づいていく。二人もその後を追った。


 マリッタは机の前に回りこむなり、声をかける。 

「やっぱりここに居たのね。今ちょっといい?」

「んあ? …………何だマリッタか。どうした? 何か依頼事か?」

 気だるそうにマリッタを見上げたのは、不精髭を生やした三十過ぎに見える男だった。

 旅人風の布服に身を包んだ男の机の上には、小さめの酒樽がいくつも空になっている。

 樽一つは小さいとはいえ、総量は馬鹿にならない。

 もし、これらを一人で空けたのだとすれば、何より男の体の心配の方が先立つというものである。

 だが、男は顔こそ赤らめていたが呂律(ろれつ)はしっかりしており、酔っている様子は見当たらなかった。どうやらかなりの酒豪らしい。

 

「ドレイク、他の皆は?」

「奴らなら、先に宿に戻ったぞ。次の依頼も見つかったようだしな」

「そうなの……って、他人事みたいだけど、アンタは行かないの?」

「ああ。俺は今回は抜けさせてもらった。この間の依頼のお陰で、暫くは酒代に困らんしな」

 そう言って、ドレイクと呼ばれた男はニヤリと笑う。

「昼間から飲んだくれて……体壊すわよ?」

「へへへっ。これだけは何と言われようと止められねえな……で、用件はなんだい?」

 ここでようやくドレイクは、マリッタの後ろに立つアーラとグラストスに視線を送った。


「ん、それは……」

 マリッタが続けようとした言葉を、グラストスが引き継ぐ。

「少しアンタに話を聞きたいんだが、その前に礼を言わせてくれ」

 ドレイクは何かを思い出すかのように、グラストスの顔を見つめる。

「礼? 兄ちゃんに礼なんて言われる覚えは…………?」

「ドレイク。彼はこの前アンタ達が森で拾ってきた……」

 そこまで言われて、思い出したのかドレイクは「ああ!」と大きな声を上げる。


「あの時の兄ちゃんか! もう歩いて平気なのかい?」

「ああ。お陰でこうしてアンタと話す事が出来る。本当に助かった。恩に着る」

 深々とグラストスは頭を下げた。

 それに対して、ドレイクは照れくさそうに不精髭を撫でながら、いやいやと、大仰に手を振った。

「俺っちは、兄ちゃんを運んだだけだ。実際に兄ちゃんの命を救ったのは、俺っちの仲間の回復使い(ヒーラー)と……」

 男はアーラに視線を移す。

「そこにいる、侯爵家のお嬢さんのお父上だ」

「謙遜することはない。貴公が背負って運ばなければ、彼は今この場にはいない。十分に恩人だ」

「いやぁ」

 ウンウンと頷きながら答えるアーラに対して、ドレイクはあくまで照れくさそうに笑うだけだった。


 それから互いに自己紹介をしてから、本題に移った。


「なるほど、そいつぁ厄介だな……」

 グラストスが記憶を失っている事を聞いて、ドレイクは呻く。

「ああ、どんな些細な事でもいい。気づいた事があれば教えてくれ」

「そうさなぁ……」

 ドレイクは手に持っていた木彫りの酒器をぐいっと呷ってから、グラストスを発見した時の事を話し始めた。



 そもそもドレイク達が、知識のある人間ならばまず訪れる事の無いビリザド南部に広がる大森林の最奥に居たのは、ギルドでの依頼の為だった。

 大森林には数多くの魔物が生息しており、奥に行けば行くほど凶暴な魔物が潜んでいる。

 ドレイク達が受けていたのは、そんな凶暴な魔物を討伐する依頼だった。


 ギルドで発行される依頼は、その難易度により幾つかの区分に分けられている。

 区分Eが最も易しめの依頼で、余程油断しない限り死の危険性は無く、当然褒賞金も少ない。

 区分D、C、Bと難易度は上がっていき、区分Aが最上となる。

 区分Aの依頼は、熟練した自由騎士達でも生還の可能性は低いと言われる程厳しいが、その分褒賞金は目が飛び出るほど高かった。


 ドレイク一行がこの時引き受けていたのは、そんな区分Aの依頼だった。

 ドレイク達は受諾する者は殆ど居ない区分Aの依頼を好んで受諾している、自由騎士達の中でも飛びぬけて命知らずな連中であった。

 だが、未だかつて彼らが依頼を失敗した事は無い。自由騎士達の中でも指折りの存在なのだった。



***



 その日、ドレイク達は何とか依頼を達成する事に成功していた。

 全員魔物の返り血に塗れており、身体が汚れていない者など居ないという有様だった。

 そのままでいては、血の臭いに誘われた別の魔物が引き寄せられてしまうかもしれない。

 一行は水魔法が使える仲間に洗い流してもらうつもりだったのだが、丁度その時泉を発見する。

 魔法を使わないですむのであれば、もちろんその方が良い。

 魔法を使うと少なからず体力が奪われる為だ。


 そうして返り血を洗い流そうと泉に近づいていくと、その傍で全身傷つき息も絶え絶えの様子で倒れている男を発見する。それがグラストスだった。

 剣を握り締めて倒れており、何かと戦っていたのだと思われた。

 魔物にでも襲われたのだろうか。出血が酷く、そのままでは命が尽きるのも時間の問題だった。

 しかし、グラストスには幸運な事に、ドレイク達一行の中には自由騎士の間でも名の通った存在の水使いが居た。

 その人物は攻撃魔法も人並み以上に使えたが、その存在を著名なものとしているのは回復魔法の妙だった。


 元々水系統の素養を持ったメイジは他の系統のメイジと比較しても、決して少なくはない。

 だが、回復魔法を使用できるメイジはその中でも限られた人数しかいなかった。それは回復魔法の難易度が高いということもあったが、一番は先天的な理由が原因だった。

 回復魔法は水系統の人間でかつ、予め生まれ持った回復魔法の素養を持つ人間でないと、使用はおろか習得する事すら適わなかったのだ。

 当然、回復魔法の使い手はどこの騎士団でも重宝され、破格の待遇で扱われるのが常だった。

 一人抱えるだけでも兵の死傷率がグンと下がり、負傷した兵を再び戦線に復帰させる事が出来るのだから、当然と言えば当然である。

 その為、殆どの回復魔法の使い手はどこぞの騎士団の所属になっている。

 高待遇に加えその役どころゆえ後衛に配置される為、死の危険性も少ない。使い手たちも騎士団に所属することを求めるのは、ある意味当たり前の話だった。

 故に高い実力を持つ使い手にもかかわらず、自由騎士に身を置いているそのドレイクの仲間の使い手は、ある種変り種なのだ。


 そんな希少な存在がそのような場所に居合わせたことは、奇跡と言うより他はない。余程グラストスの悪運が強かったとも言える。

 そうして灯火の命だったグラストスは、傷が癒され事なきを得たのだった。

 とは言え、それほどの重傷を短い時間で完治できる程、魔法は万能ではない。相変わらず重傷者には変わりなく、ドレイク達は急いでグラストスを担いで街に戻ったのだった。



***



「それからの事は、俺っちよりもそちらのお嬢様の方が詳しいと思うぞ」

 アーラを見ながらドレイクが告げる。

 改めて話を聞いても、グラストスにはまるで思い当たる事は無かった。

 何故自分がそんな森深くにいたのか、全く分からない。


「他に変わった事は? 例えば荷物とかは持っていなかったのか?」

 考え込んでしまったグラストスの代わりに、アーラが尋ねる。

「いいや、あまりその場に長居は出来なかったんで、それほどじっくりと探したわけじゃねえですが、恐らく他には何も持っていなかった筈」

「そうか……」

「他に倒れてる人とかは居なかったの? あんな危険な場所に一人で居たって事は無いんじゃない?」

 マリッタが疑問を呈す。

 ただ、「彼が余程の馬鹿だったら分かんないけど」とも付け加えるのも忘れなかった。


 しかし、ドレイクは横に首を振った。

「それは俺っち達も真っ先に考えた事だ。周辺を探してみたが人の姿は無かったのは間違いない。まあ、魔物に体ごと喰われたという可能性もあるが……」

 その言葉にアーラが顔を顰めた。恐らくそのさまを想像したのだろう。


「じゃあ、仮に一人だったとして、何をしにそんな森の奥まで? そんな森の奥まで行く必要のある依頼なんてドレイク達が受けてた奴しか無かった筈だし、何よりアタシは彼の顔を運び込まれて来るまで見たことが無い。アタシが知らないとなると、ギルドの依頼の為だったとは考えにくいわ」

 マリッタがそう主張する。

 それに対して、

「別の仲間が居たが、逸れてしまって魔物に教われたというのは? 兄ちゃん自身がギルドに登録していなければ、マリッタと言えども顔はわからんだろう」

 と、ドレイクが案を上げ、

「迷い込んでしまったのではないか? あの森は、一歩入れば不慣れな者だと迷ってしまう事もよくあると聞くぞ」

 と、アーラが仮説を立てる。

 どれも有りそうな話ではあった。ただ、肝心のグラストスはそれに何の反応もなかった。

 それから仮説の立て合いに発展したが、どの説もピンと来るものがなかったらしい。グラストスはただ首を横に振るだけだった。


「その倒れていた場所に行ってみたいんだが……そうすれば何か思い出すかもしれない」

 そうグラストスが呟きを漏らすと、マリッタとドレイクが声を合わせて「止めとけ」と咎めた。

「兄ちゃんがどれ程の腕を持っているかは知らんが、一人では絶対に無理だ。ましてや兄ちゃんはまだ傷が癒えていない。そこに辿りつくどころか、途中で魔物に殺られるのが関の山だ」

「そうよ、むざむざ死にに行く様なものよ。地元の人間ですら迷うような森なのに、アンタなんかが行ってもまず同じ場所に辿りつくのは無理よ」

「仮に俺っちが付き添ったとしても、無理だろうな。十中八九途中で魔物に殺られる。兄ちゃんを発見した時は、優秀な仲間達がいた事に加えて、事前に入念に準備をして万全の体制で向かったんだ。ちょっと思い立った程度で行こうとしない方がいい」

 まるで叱る様にグラストスを止める二人。言い方に違いは有れど、二人ともグラストスの身を案じて言っていたことに違いはなかった。

 グラストスもそれを感じたのか、「分かった」と殊勝に頷いた。


 その返事を契機に、会話が途絶える。

 聞きたい事は聞き終わったので、グラストスにはもう特に言う事は無かった。

 グラストスが何も聞かないのであれば、他の三人も何も言う事はない。そういう沈黙である。

 だが、一同が静かでいられたのも、ほんの僅かな時間の間だけだった。

 突然酒場の扉が大きな音を立てて開け放たれ、酒場に居た者達の視線を一身に浴びる存在が現れた為だ。グラストス達も例外ではない。


 その人物は何かを探すようにグルリと中を見回す。やがて望みの相手を見つけたのか、グラストス達の元にまるで何かから逃げるような鬼気迫る顔で近づいてきた。

 そして怪訝そうな顔を浮かべた望みの相手の前に立つと、周囲の目を気にせず大声で泣きついたのだった。


「マリッタさ~~~ん。助けて下さい~~~!!!」


 急な展開に、唖然とした者、興味深そうな者、面白がっている者。

 そして、激しく迷惑そうな者の姿がそこにはあった。


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