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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【1章 辺境の自由騎士】
6/121

3: ギルド

 

 数刻後、グラストスとアーラの姿は街中にあった。


 グラストスが自分を助けてくれた自由騎士達に礼を言いたい、と言い出したからだ。

 ただその真意では、礼をしたい想いは偽り無くあったが、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれないとも、少なからず考えていた。

 アーラはグラストスの言葉を額面通りに受け取ったようで、そういう事であればと積極的に賛同した。


 なので昼食を終えた後、二人はギルドのビリザド支部に向かっていた。

 ただ本当はグラストスはギルドの場所だけを聞いて、単身赴くつもりだった。

 しかし、この地に疎い上まだ傷が完治していないと言う事を指摘して、アーラが同行を申し出たのである。

 その事にはヴェラはあまり良い顔をしなかったが、屋敷を空にする訳にはいけない。よってヴェラは渋々屋敷に残ることになった。

 


 ビリザドはパウルースの辺境の地であるという事もあり、領民の人数は他の領地と比べて決して多くない。

 それどころか、ビリザドは王都の人間が身なりの貧しい人間を田舎者だと揶揄(やゆ)する際に、その地名を使用して皮肉る程の田舎領地なのだった。

 領地内で最も発達したこの街の中心部でさえ、盛況していると言える程の人通りはなかった。

 夕時前になれば、夕食の材料を求める人や、酒場に向かう人の姿でもう少し賑わうのだが、今は昼を幾ばくか過ぎたばかりである。露天商達が大通りにポツリポツリと店を出しており、その周囲に僅かに人が集まっている程度だった。後はチラホラと道を歩いている人だけだった。

 そんな街中を、グラストスはアーラに街の施設を簡単に説明されながら、目的地に向かって歩いていた。


「ギルドはどこにあるんだ?」

「ここよりもう少し行った先だ。街の入り口近くにある。この地での依頼のその殆どは、街の南にある大森林でのものらしいからな、そこに建てられているのが都合が良いらしい」

「なるほど…………しかし、人気があるな」

 グラストスの視線の先には、この地の領民と思われる老婆の姿があった。


 元々は散歩でもしていたのだろう。

 だがアーラの姿を見つけるなり、飛びつくように近づいてきて親しげに話しかけてきたのだった。

 話はそんな大した内容ではない。もうじき孫が生まれそう等という日常的な会話だ。

 アーラもそれに楽しげに付き合ってあげていた。

 やがてアーラが用事がある事を告げると、老婆は申し訳無さそうに立ち去っていった。何度も振り返って、アーラに頭を下げながら。

 領主の家と領民の関係の良好さを表す、微笑ましい光景なのだろう。

 その事は領地を治める上でも好材料に違いない。


 ただ今の老婆で、話しかけてきた人数が二十は超えた筈だ。

 この地の領民は老若男女問わず、アーラを見かけると、

「アーラ様、どこへおいでですか?」「アーラ様、今度また家に入らして下さい」

 などと、積極的に話しかけてきた。

 そして、寄ってきた人間の誰もが、アーラの傍に立つ男――――グラストスに気づくと怪訝そうな顔で見つめるのだが、

「私の客人だ」

 と言うアーラの言葉を聞くと、掌を返したように親しげに接してきた。

 アーラの客人ならば、悪い人間である筈がないという判断なのだろう。


 正直グラストスはアーラのあまりの慕われ具合に、微笑ましさを超え驚きも超えて、今はただ呆れていた。

 しかも、侯爵家の娘だから取り入ろうとしている、という類の好意では決してない事は一目で分かる。

 皆、純粋にアーラを慕っているのだ。


「すまんな。大分時間を取られてしまっているな」

 アーラは申し訳無さそうに詫びる。

「いや、それは別に構わないが…………いつもこうなのか?」

「ああ! 皆、私などに良くしてくれる。有り難い事だ」

 皆が話しかけてくれる事を本当に喜んでいるのか、アーラは晴れやかな笑みを浮かべた。

 確かにどこか魅力的なお嬢様だとは、グラストスも感じていた。

 しかし、そこまで慕われる程なのかは、知り合ったばかりの男には分からなかった。



 それから更に何度か止められた後、ようやくギルド前に辿り付く事が出来た。

 その建物は少し前からグラストスの目に入ってきてはいた。が、目の前まで来るとその大きさが改めて分かった。

 敷地面積で言うと、庭の差で侯爵の屋敷の方が広いだろう。ただ、建物自体はギルドの方が明らかに大きい。


「想像以上に大きいな……」

 グラストスの驚きの声に、アーラが胸を張り得意げに答える。

「そうだろう! この土地で最も大きい建物だ。王都でもこれほどの建物はそうそう無いのではないか?」

 王都の事は知らないが、この大きさなら確かにそうかもしれないと、グラストスは頷く。


「それに、ここら辺りは賑わっているな」

「うむ。この土地は、パウルースでも指折りの魔物出現地帯でもあるからな。自由騎士達が依頼を求めて多く集まるのだ」

「なるほどな」

 アーラの言う通り、自由騎士と思われる人間達が建物から溢れるように、道前に(たむろ)していた。


 身軽そうな軽装の者、煌めく鎧に身を包んだ者、槍を持つ者や、大剣を持つ者。様々な装備の者達が居る。

 今見渡す限りだと大半が成人した男だったが、中には女やアーラよりも幾分年下と思われる少年の姿もあった。

 彼らは、基本的には依頼を求めて領地間を渡り歩く根無し草だ。領民ではないので、アーラを見ても話しかけてきたりはしなかった。

 そんな彼らの間を縫うようにして、二人はギルドの建物内に入っていった。

 


***



 建物を入ると直ぐに、広々とした空間に出た。

 どうやら自由騎士達が依頼を受諾する場所のようだ。自由騎士達で溢れている。


 グラストスは喧騒でごった返す広間の様子を横目で見ながら、前を迷い無く突き進むアーラの後を追いかけた。

 アーラは自由騎士達の脇を抜けると、幾つかある受付の内の一つに近づいていく。

「ん? ああ、これはアーラ様。如何されましたか?」

 受け付けに座っていた中年の男は、アーラに気づくなり手作業を止めて相好を崩す。

 どうやらここの職員にも慕われている様だ。


「少し尋ねたい事があってな。マリッタはどこだ?」

「彼女なら先程受付を交代したばかりなので、恐らく休憩室にいると思います」

「そうか、すまない」

 アーラは男に礼を言うと、再び歩き出した。

 そのまま広間の隅にある二階への階段を上がり、ある小部屋の前に立つ。

 『関係者以外入室不可』という立て札が掛けられていたが、アーラは意に介することなく扉を開け放った。



***

 

 

「あーー、ここは入室禁止よ。扉の前の立て札が見えなかった?」


 部屋の中央に置かれている長椅子にだらしなく仰向けに寝転んだ体勢で、顔を見上げるように向けて面倒そうに咎めてきたのは、まだ年若い娘だった。

 娘は自分の言葉に反応しない人影に苛ついたのか、舌打ちをして起き上がり振り返った。

「入ってくんなって言って……」

 そこまで言いかけて、入ってきたのが誰であるか気づいたのか、険しく(しか)めていた顔を綻ばせた。


「なんだ、お嬢さんだったんですか。誰かと思っちゃいましたよ」

「相変わらずだな、マリッタ」

 アーラが娘に笑いかける。

 長い紫黒髪に、どことなく鋭利さを感じさせるつり上がった目が印象的な娘だ。

 歳はアーラより少し上という所だろうか。先程の様子からすると楚々という言葉とは対極にいる娘のようだ。

 

 グラストスがそんな分析をしている中、マリッタは頭を掻きながらアーラに尋ねた。

「どうしたんですこんな所に? 今日授業の日でしたっけ?」

「いや、今日は授業の日ではない。そうではなくて、今日はマリッタに聞きたい事があって訪ねてきたんだ」

 そこまで言って、アーラは背後に立っていたグラストスに振り返った。


「紹介しよう、彼女はマリッタ。このビリザド支部の支部長の娘で、私の魔法の師でもある」

「嫌だな~~師だなんて…………ちょっと教えてあげてるだけじゃないですか」

 そう言いながらも、顔は満更そうではない。

「何を言う。マリッタは私が知りうる中では、最も魔法が堪能な人間だ。謙遜する事は無い」

 アーラは真面目な顔で、マリッタをそう評した。


 照れくさそうに頭を掻くマリッタだったが、グラストスの顔を見て何かに気づいた様に目を見開く。

「あれ? 彼は確か……この間の?」

「ああ、そうだ。今日はこのグラストスの事で話があるんだ」

 どうやらマリッタは自分の事を知っているらしい。

 情報が一方通行であることに何となく気まずさを覚えながら、グラストスはマリッタに挨拶した。



 アーラが大まかな事情を説明し終えると、

「なるほど。そういう事ですか」

 マリッタはグラストスを見ながら、微かに気の毒そうな表情を浮かべた。


「で、だ。マリッタよ。彼等の居場所を知らぬか? それを尋ねに来たのだ」

「あーーと、それは……」

 アーラの問いに、マリッタの顔に一瞬面倒そうな気配が滲んだ。

 どうすべきか迷っているような表情で長い髪を右手でかき上げ、そのまま髪を数度梳く。

 少しの間そうしていたが、やがて何かを諦めたように小さく息を吐いた。


「……多分彼らは今時分は酒場にいるでしょう。仕事も終わってますんで、家に帰りがてらアタシが案内しますよ」

「そうか、そうしてくれると助かるぞ」

「悪いな」

 そうして、マリッタの帰り支度を待ってから、三人は酒場に向かうことになった。

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