表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【3章 生命の代償】
53/121

50: フォレスタ  ※地図

 

 挿絵(By みてみん)


 パウルース国土の中央より、僅かに東に位置する領地フォレスタ。

 古くから続く名門、バレーヌ家の治める侯爵領である。


 バレーヌ家はその家柄の事もあり、侯領の中でも重要な役割を占めており、パウルースの貴族の中でもかなりの発言力を持っていた。

 それも、国王ですら気を使う必要がある程の。

 が、そんな名門の貴族であっても、己を驕ることない家風であり、民に尽くす振る舞いから領民からの支持も高かった。


 領地内には銀山金山が存在し、領主は潤沢な資金を持っている。

 また、公爵領を含む多くの所領と隣接しており、交通の要所に存在する事もあって、多くの商人が立ち寄る領地だった。

 その為、商売も盛んで、パウルースでも五本の指に入る街の大きさを誇っていた。

 反面。その資金を狙って盗賊から狙われる事も多かったが、常備兵の存在。

 そして、パウルースの鷲、ケーレス騎士団の護る砦が近いことあって、盗賊が闊歩するには難しい土地だった。

 よって、治安も安定しており、パウルースでも過ごしやすい街の一つであった。


 この土地を治めるバレーヌ侯爵は、剣よりも治世などの手腕に長けている人物であり、平和な世にあってこそ栄える人物であった。

 そんなバレーヌ侯爵と最も親交が厚いのが、アーラの父、ベッケラート侯爵である。

 文武に長けているものの、どちらかと言えば武人気質の人間であるベッケラート侯爵と深い交友関係にあると言うのは、周囲の疑問を誘っていた。

 だが、実は本人達もそれが何故だか分かっていない。

 まだ互いの父が健在であった頃、父に連れられて行った王都で初めて引き合わされた時から、どうにも気になる存在であったのだった。

 馬が合った、という事なのかもしれない。


 まあ、切欠はそんな浅いものだったが、やがて両者共に領主となり、領地を治める立場となった後は、互いに良き相談相手となり、親友と言える間柄になるのにさほど時間は掛からなかった。

 自然、家族同士の交友も厚くなり、今や両家はまるで第二の家族の様な関係であった。

 よって両家の領地は、それぞれ第二の故郷とも言える地であり――――


 フォレスタの街がようやく見えてきて、アーラの相好が崩れていたのは、そんな理由からであった。



***


 

 一行が街に辿り着いたのは、日が昇り、数刻を過ぎた頃だった。

 昼時は過ぎているが、夕刻にはまだ早い。そんな時間帯であった。


 街は、人三人分程の高さの外壁で囲まれている。

 かなりの広さを持つため、東西南北にそれぞれ関門が存在し、街へ入るためにはその何れかを通る事になる。

 それぞれの門には門衛が常時ついており、訪れる者は皆、審査を受ける事になっていた。

 とは言え、それは厳しいものではなく、きちんと手順を踏めば誰でも容易に許可が下りる。

 あくまで、盗賊などの狼藉者の流入を防いでいるのに過ぎなかった。

 南から来る人間はそれほど多くないのか、一行はさほど待たずに街に入る事が出来た。


 東西南北の門からは、丁度街の中央で交差する広い通りが伸びており、それにより街は四つの区画に分けられている。

 南東は、主に街で商売している者達が集まる商業区。

 南西は、宿屋、教会、ギルド等のほか、外から来た商人が商いをする自由区。

 北東は、貴族の住居が多い貴族区。

 北西は、主に平民の住まう住宅が集う平民区と、自警団の屯所。

 という具合である。


 尚、領主の館は、貴族区の北の通りに面した場所に存在した。

 その為、一行の馬車は北へゆっくりと進んでいたのだが……。



「兄ちゃん。ちっと御者代わってくれねえか?」

 ドレイクが突然、グラストスに願い出る。

 馬車の出入り口から、他の三人と肩を並べて街を眺めていたグラストスは、戸惑いながらも了承する。

 御者を素早く交代すると、グラストスは不思議そうに尋ねた。

「一体、どうしたんだ?」


 その問いに対し、ドレイクは申し訳無さそうに頭を掻くと、

「いやぁ~~。なんと言うか、お偉いさんの前に出るのは苦手でね……。お嬢さん。申し訳ねえですが、俺っちはここで別行動させて頂きやす。街の宿に部屋取りますんで、用があればそっちに来て下せえ」

 アーラにそう告げるや否や、返事も聞かずに、馬車の後方から飛び降りてしまった。

 そのあまりの素早さに、一同は唖然とする。

 ハッと我に返った時には、もうドレイクの姿は何処にも見えなかった。


 驚いていたものの、まあ仕方ないか、とアーラは苦笑いする。

 だが、その直後。

「あっ、そ、それじゃあ、僕も!! アーラ様、すみません!」

 リシャールも、そう告げるなり馬車を飛び降りていった。

 飛び降りた反動で地面に転がって、別の馬車に轢かれそうになっていたが、まあそれはご愛嬌である。


 流石に二人立て続けだと、アーラも釈然としないものが残ったのか、不満そうな顔をしている。

「…………まあ、仕方ない。全員で押しかけても迷惑をかける事になるしな。三人で向おう」

 ただ、そう思う事で、何とか気持ちを消化したようだった。


「「…………」」

 一方、グラストスとマリッタは何も言わなかったが、内心は揃ってこう思っていた。

『で、出遅れた!』



 ドレイクはさておき、他の三人が逃げたがっている理由は、フォレスタに着く前のアーラの発言にあった。

 アーラは道中。どんなにフォレスタの領主バレーヌ侯爵と、その夫人が立派な人間なのかを三人にとくとくと話して聞かせていたのだ。

 その所為で、貴族と相対した経験など殆どないリシャールやグラストスが、思わず緊張してしまうのも無理はなかった。


 マリッタはある理由から二人よりは貴族と接した経験はあったが、それでもバレーヌ侯爵ほどの有力貴族とは流石にない。

 なまじ貴族に詳しい分、緊張度合いは二人よりも強かった。

 ホモン領主のアトキン侯爵の時は、緊張よりも不審さが強かった事と、アーラの失言を抑える事が念頭にあった為平気だっただけである。

 バレーヌ侯爵は不審さどころか、立派な人物である事を伝え聞いており、しかもアーラの失言は気にする必要は無い。

 ベッケラート家と、バレーヌ家が縁故の間柄にあるのはマリッタも聞き及んでいるからだ。

 つまり、この訪問では、ただ自分が一方的に緊張するだけなのであった。


 だが、そんな事を理由に挙げて辞退したのでは、アーラは間違いなく怒るだろう。

 或いは、悲しむかもしれない。

 なので、涙を呑むしかないと思っていたのだが――――

(リシャール。後で殺す)

 マリッタは密かに誓っていた。


 人数が一気に半減し、三人になった馬車はそのまま通りを進んでいく。

 行きかう馬車も多かった為、それから四半刻は経過して、ようやく目的の領主の館前に到着した。


 領主の館の敷地は広く、建物は大きい。

 更にぐるりと敷地は鉄製の柵で囲われていたが、隙間から中を普通に見る事ができ、威圧感は全く感じなかった。

 寧ろ、どこか優雅さを感じる。

 一応、正面に門があり守衛が居たが、あくまで訪問者を確認するだけの役所らしい。

 館前をすれ違う人とにこやかに挨拶を交わしている様からは、住民と侯爵家との良好な関係が窺い知れる。


 グラストスは馬車を、館の門の前で止めた。

 するとそれに気付いた守衛の中年の男が、直ぐに近づいてくる。

「おい、悪いがそこに馬車は止めないでくれないか?」


 グラストスが何て答えようか考えていると、

「久しいなベン。バレーヌ侯爵はいらっしゃるか?」

 アーラが御者台の横から顔出して、守衛に笑顔で話しかけた。


「あっ!? ア、アーラお嬢さま!? どうして!? あ、いえ、はい。侯爵様は中にいらっしゃいます!」

 ベンと呼ばれた守衛は、グラストスに向けていた怪訝そうな顔から一変し、喜色満面な笑みを浮べてアーラに答えた。

「そうか。それは良かった。……夫人の見舞いに来た。中に通してくれるか?」

「は、はい。それはもう! アーラお嬢様に閉ざす門はありません。直ぐに案内の者をお呼び致します!」

「すまん。あ、それと、この馬車を一時預かってくれると助かるのだが……」

「はい。直ぐに馬番の者を連れてまいります。少々お待ち下さい!」

 ベンはそう言うや否や、物凄い勢いで館の中に駆け込んでいった。

 大声で何かを叫んでいるのが漏れ聞こえてくる。


「相変わらずだな」

 アーラは温かく笑いながら、馬車を降りる。

 マリッタとグラストスもその後に続き、門の前に立った。

 館の中は何やら大騒ぎのようだ。

 まるで、”国王が突然訪ねて来た”とでもいう風な騒ぎ声に、自然とマリッタも口が綻ぶ。


「全く変わりがないな……」

 どこか感慨深げにアーラは周囲を眺めている。

 その様子を横目で見ながら、グラストスも肩を並べて館や前庭を観察していたが、荷物を先に出していた方が良いか、という事が思い浮かび、再び荷馬車内に入った。

 そして、アーラの手荷物を抱えて外に出た際に、ふと。

 どこからか、ジッと見られているような視線を感じた。


 さりげなく腰のジェニファーの柄に手を添え、グラストスはゆっくりと周囲に視線を巡らせる。

(……あそこか!?) 

 領主の館からは、大通りを挟んで丁度反対側。

 平民区の住宅地の、細い路地の間から、何者かがこちらを見ている気配を感じた。

 グラストスはどうするべきか暫し迷い――――

「マリッタ」

「ん? 何よ」

「これを頼む」

 マリッタの腕の中に荷物を押し込む。


「ちょっ、何……?」

「……どうしたのだ? 何をしている?」

「気になる事が出来た。後は任せた」

 そう一方的に告げると、グラストスは急いで通りを渡って、視線の主の所に向かった。

 視線の主はグラストスが近づいて来たのに気づいたのか、路地の奥に消えたようだった。

 グラストスは躊躇いなく、その後を追った。


「……え?」

「は……?」

 残された二人は唖然として、グラストスの後ろ姿を見つめていた。

 ただ、その背中もやがて見えなくなる。

 そこでようやく、ドレイクとリシャールに続いて、グラストスも消えた事を悟った。


 先ず、憤慨の声を上げたのはアーラだった。

「何なのだ!? どいつもこいつも!! そんなに侯爵家に行くのが嫌なのか!!」

 マリッタも続く。

「くそっ!! あの野郎!! アタシだけに押し付けやがって!!」

 元々粗雑な言葉遣いのマリッタだが、怒りから更に乱暴になっていた。

「そうだ!! 全く男連中ときたら、呆れてモノも言えん!! …………ん? 押し付け……? マリッタよ。『押し付けやがって』とはどう言う……」

 マリッタの言葉が何か気になったのか、首を捻りながらアーラが確認するが――――


「そんな事より、グラストスですよ!! あの野郎! 最低ですよ!」

「む。そうだな。いや、そうだ! 断じて許せぬぞ!!」

 マリッタに強引に話を戻されると、どうでも良い事だと思い直したようだ。


 そして、二人は口々に男連中を罵り始めた。

 それは、二人のあまりの剣幕に、ベンの話を聞いて慌てて迎えに出た侯爵家の老齢の執事が、恐る恐る声をかけてくるまで続いたのだった……。



***



 平民区の路地は、狭く入り組んでいた。

 今は明るいから何とかなっているが、これが夜だったら、とても後を追うことなど出来なかっただろう。

 グラストスは、視界の先に目的の人物を捉えていた。

 ただ、最初に抱いた警戒心は、既にグラストスの中には無い。

 何故なら――――


「あんな子供が、何の用だったんだ?」

 その人物は、まだ幼い少女だったからである。


 懸命に逃げているつもりなのだろうが、歩幅が違う。

 たどたどしい足取りでは、短期間とは言え、ビリザドの森を歩き回っていたグラストスの足から逃れるのは不可能だった。

 グラストスは既に走るのを止めており、軽い早足で後を追っていた。

 そんな子供ならば、別に警戒する必要は無いのだが、何故か気になったのだ。


 狭い路地をくねくねと曲がりながら、少女は進む。

 どうやら闇雲に逃げている訳ではなく、目的地があるようだ。

 であるならば、ここの平民区に住む子供だろうか。


 それから、四半刻程も移動する事になった。

 グラストスの足では大した距離ではないが、少女にとってはかなりの距離だろう。

 そんな距離を移動してまで、あの場所に何の用があったと言うのか。

 

 そうして、また幾つか路地を右に左に曲がると、少し拓けた場所に出た。

 少女はその場所にこじんまりと存在する、小さな建物の中に駆け込んでいった。

「教会……か?」

 ビリザドの教会も小さかったが、ここは更に輪をかけて小さい。

 庭などは無く、一見民家と見間違う程の大きさだが、雰囲気というのか。

 それは、ビリザドの教会で感じた厳かな感じと変わらない。

 少し躊躇しながらも、グラストスはその正面の扉をそっと開いて、中に足を踏み入れた。

 それと同時に――――


 物陰から現れた複数の影が、グラストスに襲い掛かってきた……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ