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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【3章 生命の代償】
50/121

47: 熟練自由騎士

 

 ドレイク突入から、少し前に遡る。


「そろそろだな」

 街道脇で腰を落ち着けていた二人だったが、ようやくドレイクがのっそりと立ち上がった。

「よしっ!」

 まだかまだか、と言葉にはしなかったものの、視線はずっとドレイクを詰問していたグラストスは、勇んで立ち上がる。

「じゃ、行こうか」

 ドレイクは一度大きく伸びをして、盗賊達が消えた森に入っていく。

 グラストスも遅れまいと、その後に続いた。


 森の中は暗く。足跡など探りようもない。

 人の気配も、グラストスには全く感じとる事が出来なかった。

「どうするんだ?」

 余裕たっぷりだったドレイクには、何か凄い秘策があるのだろう。

 グラストスはそう思っていたので、尋ねる声に焦りはない。

 ――――だが、ドレイクに秘策はなかった。


 ただ秘策はないが、非常識な能力はあった。

 ドレイクには盗賊達が何処に行ったのか、この暗闇の中でも何となく分かると言うのである。

 ”何となく分かる”と言うのがとてもあやふやで、不安だったが……。

 迷うことなく森の奥に突き進むドレイクを見て、グラストスは疑う事を止めた。

 これが自由騎士として培った能力なのだろう。そう思う事にした。

 ならばグラストスとしては、後に付いて行く他なかった。

 

 ドレイクを追うように移動しながら、グラストスは作戦を反芻していた。

 休息していた間に、アーラ達救出の手順を話し合っていたのだ。

 と言っても、大した作戦ではない。

 ドレイクが正面から突っ込んで盗賊達の目を引いて、グラストスがその間に裏に廻ってアーラ達を助け出す。

 そんな単純な作戦だった。


「村長の話だと、盗賊は二十人位居るらしいぞ? 一人で大丈夫か?」

 この盗賊団は、村を襲った奴らであると思っているグラストスは、そんな不安を示す。

 二十対一など、尋常な戦力差ではない。

 もしグラストスが”一”の側だったら、たちまち殺られてしまうだろう。


 だが、ドレイクはグラストスの話を聞いても、何処吹く風だった。

 不安を微塵も感じている様子はない。 

「まあ、何とかなるさ」

 そうのんびり話すだけだった。


 それより、とドレイクは話を振る。

「俺っちよりも、兄ちゃんの方が重要だぜ? 余程の奴らでない限り、人質を盾にするだろうからな。そうなったら、俺っちにも手が出せねえ」

「ああ。分かっている」

 グラストスは頷く。

 この作戦の鍵が自分にあることは、重々承知していた。

 失敗すれば自分はもちろん。ドレイクの身も危ない。

 その場を逃れたとしても更に警戒は増すに違いなく、アーラ達を助けるのが容易でなくなるのは確実だった。


 その為、意識しなくとも身体に力が入るのを抑えられなかった。

 そんなグラストスを見て、ドレイクは笑う。

「まあ、そんなに力みなさんな。いつもの依頼ぐらいに思ってればいいさ」

 そんな事を言って励ますが、グラストスがそう思い込むには事態が深刻すぎた。

 ”無茶言いやがって”と、グラストスは苦笑するしかないのだった。


 やがて、二人は森の中にひっそりと広がる拓けた空間を視界に捉えた。

 今居る場所からでは良く見えないが、中央にアジトらしき家があるようだ。盗賊達の住処と思われる。

 森の中に人を攫っていったのだ。住む家はあって当然か、とグラストスは一人ごちる。

 同時に、ドレイクの能力が確かだった事に、安堵と驚嘆を覚えていた。

 これが自由騎士を極めて身についた能力なのであれば、自分には当分無理だろう。グラストスはそう確信する。


 ドレイクは静かに前方を見つめながら、口を開いた。

「兄ちゃん。こっからは別行動だ」

 作戦開始の合図である。

 グラストスは神妙に頷く。

 腰に据えた剣を、知らずの内に握り締めていた。

 『ジェニファー』だ。

 一応、使い慣れた剣の方が良いだろうと思い、それを主武器と決めていた。


 ただ、他の二本も背中に括ってあった。

 アーラ達を助けた後に、それを武器として渡そうと思っている為である。

 がちゃがちゃ音を立てても困るので、それらは厳重に縄で纏められていた。

 少し重さを感じるが、仕方がない。


「じゃあ、ちょっくら行ってくる」

 まるで散歩にでも行くような身軽さで、ドレイクは奥に進んでいった。

「気をつけてな」

 グラストスは短く無事を願う。

 それに後ろ手に軽く手を振って答えながら、ドレイクはそのまま淡々と歩いて行き――――

 見張りに発見されたのだろう。

 ドレイクを制止する声が、グラストスの位置まで響いてきた。


(頑張ってくれ……)

 もう一度そう願うと、グラストスはその身体を闇に同化させていった。



***



「止まれ! 何だてめえは!?」

 その盗賊の声に、仲間が集まってくる。

(十人ぐらいか……)

 ドレイクはそう視認する。


「こいつ。あの娘達の連れじゃねえのか?」

 盗賊達の中から、そんな疑問が挙がる。

 他の者もその仮定の正しさを認めたのか、皆薄笑いを貼り付けた。

 一人健気に助けに来たドレイクを、哀れに思っているのか。

「女を奪われた哀れなてめえに免じて、そのまま引き返せば見逃してやるよ」

 そんな言葉がドレイクに投げられる。


「あ、そう?」

 それに対して、ドレイクは”それは助かった”と、その場で踵を返した。

 唖然とする一同。

 盗賊達はドレイクが無謀な勇敢さを発揮して、提案を跳ね除けると思っていたのだ。


 思惑を外された盗賊達は、思い通りに事が進まなかった事に腹を立てたのか。

 背を向けたドレイクに、盗賊の一人が矢を放った。

 或いは、元々そうするつもりだったのかもしれない。

 矢はドレイクの直ぐ横を掠め、前の樹に突き刺さる。


「逃がしてくれるんじゃ無かったのかい?」

 約束を違えて自分を攻撃してきた相手にも関わらず、ドレイクはのんびり振り返りながら尋ねる。

 恐怖の表情を期待していた男達は、ここでもまた思惑を外された。

 どの顔も不満に満ちている。

 元々、攫ってきた女達とのお楽しみを後回しにされ、見張りに付けられている事を不満に思っていた彼らである。

 その不満が怒りに変わるのに、さほど時間は掛からなかった。


「生意気な野郎だ! 殺っちまえ!!」

 そんな言葉が発せられるや否や、盗賊達の内二名が剣を抜いてドレイクに襲い掛かってきた。

「やれやれ、気の短い奴らだ」

 どこまでも暢気なドレイクである。

 そんな余裕が気に食わなかったのか、近づいてくる二名の顔は怒りで歪んでいる。

「死ねぇ!!」

 先ず一人が剣を大きく頭上に振りかぶり、ドレイクに向かって振り下ろした。

 ドレイクは、それを横に半歩移動して難なく躱す。

 直後、二人目が剣を水平に持ち、ドレイクに向かって突き入れてきた。

「おっと」

 ドレイクは身体をくの字に曲げて、再び回避する。

 だが、躱したものの、体勢は崩れている。

 そこを狙って、最初の男が横なぎに斬り払う。

 背中から腹に向かって薙ぐような剣筋である。

 ドレイクは軽鎧を身に着けているが、安物の為背中の部分は薄い。

 喰らえば致命傷は免れないだろう。

 そして、崩れた体勢では避けられない。

 誰もがそう思った。


 刃がドレイクに沈み込む――――と同時に、ガキンと音を鳴らし弾ける。

 

 鎧が発した音ではない。

 剣と剣が交差する音だった。

 ドレイクは例の特殊な大剣を、背中に担いでいた。

 それを揺すって剣の位置をかえて、抜くことなく剣を防いだのだった。

 距離を取った男達は、忌々し気に舌打ちする。

「運の良い野郎だ」


 盗賊たちは、まさかドレイクが今のを狙ってやったとは考えない。

 剣が自分の身に迫っているのに、剣を手に取ろうともせずに背負ったまま防ぐ人間が居るとは思わなかったのだ。

 実際、そんな人間は限りなく皆無に近いだろう。

 盗賊達がそう考えるのも仕方がなかった。

 なので、気づかない。

 目の前の男との技量の差に。


「次はねえぞ!!」

「死ね!!」

 もう一度二人は、ドレイクに斬りかかって来る。

「はぁ……」

 ドレイクはそれを見て、面倒そうに溜息を付く。

 侮辱されたと感じた男達は、一層眉を逆立て力任せに剣を振り切る。

 二度、三度。そして、更に回数は増えていく。


 そのまま何度剣が振るわれただろうか。

 二人の男は既に肩で息をしていた。

 一方ドレイクは、全くの無傷。

 どころか、涼しい顔で男達の前に立っている。


「くそっ!! 何で当たらねえ!!」

 男の毒吐きに、ドレイクは何も答えず、ニヤリと笑うだけだった。

「て、てめえ!! もういい! お前ら、弓で射殺しちまえ!!」

 ドレイクの余裕を見て、完全に頭に血が上った男達は、後退しながら控えていた仲間達に合図を出す。

 盗賊達は、すかさずドレイクに向かって弓を引き始めた。

 そして、次々に矢が放たれる。

 矢は空を裂きながら、一直線にドレイクに向かう。

 一本ではなく一度に十本。避け切れる筈はない。

 直ぐに針鼠のように矢で身体を覆われた、死体が出来上がる。

 その予想、というより確信だった。

 盗賊達はその想像をもって弓を引いた。

 だが、またもやそれは裏切られる事になった。


 魔法で弾いたのではない。

 剣を抜いて弾いたのなら、まだ分かる。

 目にも留まらぬような動きで躱したのであれば、信じられなくとも納得しただろう。

 ただ、ドレイクが行ったのはその何れでもなかった。


 ドレイクはのんびりと、緩慢に、欠伸交じりで、矢を避けたのである。

 この暗闇の中なのにも関わらず。

 まるで矢の通る場所が分かっているかのように。

 男達は矢の方がドレイクから反れていく錯覚すら覚えていた。

 それほど不自然に、ドレイクに矢は当たらなかった。


「な、何を……。てめえ!! 何しやがった!!」

 何か仕掛けがあると、考えてしまうのも無理はない。

 その問いに対して、ドレイクは「もう終わりか?」と平然と返しただけだった。

 今ドレイクが何をしたのかは分からない。しかし、男達の怒り再びに火が灯るのに時間はかからなかった。

「ふざけやがって!! お前ら手を止めるな!! 全身矢だらけにしてやれ!!」

 誰かの怒号が契機となり、再び矢が飛び交い始める。

 といっても、方向は一方的だったが。

 盗賊達は口々に何か罵りながら、ドレイクに向かって弓を引き続けた。


+++


 実際の時間は、四半刻の半分にも満たない間だった。

 だが、見張りの盗賊達は一刻程にも感じていた。

 それほど濃密な時間が、自らが放つ矢のように過ぎ去っていった。


 ドレイクは健在だった。

 何とか生きている。と言うのではなく、矢の一つとして、その身に受けてはいなかった。

 流石に掠り傷はあったが、その程度だった。

 息も何ら乱れている様子は無く、そして信じられない事に、剣すら未だ抜いていなかった。

 動きや樹を盾にすることだけで、逃げ道のない程間断なく迫った矢を躱しきったのである。


「ば、馬鹿な……」

 既に矢は飛んでいない。

 諦めたのではなく、男達の手持ちの矢が尽きたのだ。

 それほどの数、ドレイクは矢を躱し続けた。

 尋常な真似ではない。

 自分の目で見ても信じられることではない。

 盗賊達の殆どがそう思っていた。


「ま、まぐれだ。よ、よほどアマニの加護を受けていたらしい。だが、これでそれも底を尽いた筈だ!」

 中には今の事態を認めようとしない男もいた。

 声は震えていたが 仲間を必死に叱咤している。

 人間は自分の信じたい事を、信じたいように信じる生き物らしい。 

 他の盗賊たちも、「そうに違いねえ!」と、今の事実を認めず頷き始めていた。

 盗賊達は弓を投げ捨てると、代わりに剣を抜き放つ。

 剣の確かな重みを感じる事で心の平穏を取り戻したのか、再びにやけた笑いを張り付けている。


「……まあ、何でも良いけどな」

 退屈そうにドレイクは呟く。

 男達の現実を認めようとしない様子が、くだらなく思えたのではない。

 アマニ。

 盗賊なんて稼業をしながら、その加護の存在を信じている男達が、ドレイクには微妙に映ったのだった。

 

 アマニ(生と死を司る主神)は、大陸で広く崇められている神である。

 大陸に数多く分布する、エスビア教の信仰の対象でもあった。

 平民から貴族、子供から大人、老人まで、老若男女関係なく、誰もがその存在を信じ敬っている。

 ただ、何事にも例外はある。

 その存在を嫌わないまでも、それほど崇めていない者達も居た。

 別の神を信じている、と言う者ではない。

 神の存在など、何の役にも立たないと思っている者達だった。

 自由騎士達である。


 自由騎士は己の力のみで、毎日を生き抜いている。

 そこには自分の力、または仲間の力以外の何者の介在もなく、力無ければただ死が待つ……。

 そんな刹那的とも言える日々を生きている。

 真に信じられるのは己の力だけであり、またそれで良いと思っている者が殆どだった。

 彼らにとって、神の存在を信奉し行動の結果をそれらに期待するのは、どうにもみっともなく映るのだ。


 ドレイクも自由騎士のご多分漏れず、その考えを持つ人間の一人である。

 他の自由騎士達のように、信じている人間を侮ることはなかったが――――

 微妙に感じているのは同じだった。


 ドレイクの呟きはそんな想いから出たものだったが、盗賊達はそれを自分達への侮りと捉えた様だ。

 誰もが憤怒の形相を浮べる。

「殺っちまえ!!」

 そんな掛け声と共に、全員がドレイクに斬りかかった。


「……そろそろ、いいかね」

 ドレイクは盗賊達を見ながら、ぼそりと呟く。

 今までドレイクが反撃することなく、ただ攻撃を避ける事だけに徹していたのには、当然思惑があった。

 見張りの注目を集めることである。

 そうする事で、グラストスへの警戒をより緩められるだろうと思っての行動だった。


 それは完全にドレイクの思惑通りになっていた。

 見張りの盗賊達の全員が、ドレイクに怒りを向けている。

 グラストスの存在に気づいている者が居るとは思えなかった。

 この隙を、グラストスは見逃さないだろう。間違いなく敷地内に忍び込んだ筈だ。

 そうドレイクは考えた。


 生物には、それぞれ内から醸し出す雰囲気というものが存在する。

 普通の人よりも多く色々な騎士、生物を見てきたドレイクは、その人物が一体どれくらいの実力を持っているかを、その気配からある程度推測する事が出来るようになっていた。

 ドレイクはグラストスの腕前を直接見たことは無いが、その推測からすると”そこそこ出来る”と。

 そう感じていた。

 少なくとも、この程度の侵入ならば問題ないだろう。

 

 なので、作戦は次の段階に入る必要がある。

 それは、建物の中にいる盗賊を少しでも多く、外に引っ張り出す事だった。

 そうすれば、よりアーラ達の救出が容易になる。

 だからこそ、”そろそろ”なのだった。

 そろそろ、この邪魔な見張りを倒しても良いか、という意味だ。

 何人か倒せば、残った者は必ず助けを求めに建物に向かうだろう。そして、中に残っている仲間を連れ出してくれる筈だ。


 一対十という、常人なら絶望的な人数差であるのに、あまりの余裕である。

 だが、それは過信でも慢心からでもなく、実力に裏付けられた自信から発しているものだった。

 災害と同等に扱われる事もある、区分Aの依頼を数多くこなしているドレイクだ。

 盗賊程度が何人居ようと、後れを取るものではなかった。


 ドレイクは背中の剣の柄を、そっと握り締める。

 盗賊達は今にもドレイクに斬りかかろうとしていたが、ドレイクの動きには全く注視していなかった。

 自分の剣を当てる事しか、考えていないのだろう。

 それは一対一ならば、決して悪い事ではない。

 ――――同程度の力量相手には、という条件付きでの話だが。

 ただ、この場合は完全に間違いだった。

 ドレイクと言う男の力量を、見誤っていたのである。


「死ねよ!!」

 一陣として、盗賊達は同時に三人で斬りかかる。

 その顔は喜悦に歪んでおり、自分達の勝利を微塵も疑っていないのが分かる。

 

 一瞬後。

 斬りかかっていた男達の表情こそ変わらなかったが、後陣の男達の顔は明らかに変貌した。

 盗賊達には目で追うことすら出来ない程の速度で、ドレイクが剣を抜き放ち。

 三人纏めて(・・・・・・・)薙ぎ払ったのだ。

 三人の男達は喜悦を浮べた表情のまま、何が起こったのか知覚出来ないまま、それぞれ樹に叩き付けられ気絶した。


 凄まじい力だった。

 刃で斬られていたら、間違いなく男達の身体は上下に分かれていただろう。

 ただ、ドレイクは刃ではなく、剣の腹で攻撃していた。

 どういう思惑があり、殺そうとしなかったのかは分からないが、残った盗賊達は慌てて足を止める。

 ここに来て、ようやく目の前の男の技量を思い知ったのである。

 自分達との余りの差に、盗賊達は誰もが動けなかった。

 ドレイクはそんな男達を疎ましげに眺め、

「もちっと削るか」

 と、ボソッと呟いた。


 それがどういう意味か、分からなかった者はいない。

 しかし、誰もが動けなかった。

 そんな彼らの怯えは気にせず、ドレイクは無造作に歩き始める。ゆっくりと前に。

 数歩進む。

 盗賊達の反応は二種類に分かれた。

 奇声を発して斬りかかって来る者と、後ろに逃げ去った者である。

 丁度、残りの人数の半々に分かれていた。


 一応、賢い選択をしたのは後者だったのだろう。

 先程の男たちと同様に、斬りかかった者は全員一瞬にしてドレイクに叩き伏せられた。

 誰一人死んではいないが、皆意識を飛ばしてしまったようだ。ピクリとも動かない。

 中には腕や足が折れ曲がっている者もいる。

 痛みを感じる間もなく気絶させられたのは、僥倖だったのかもしれない。 

「こんな所か……」

 ドレイクは呟きながら、空いている手で頭をポリポリと掻いた。

 そして、残った数名の盗賊達に、気だるそうな視線をやる。 


「ひっ!!」

 引きつったような悲鳴が上がった。

「か、頭に伝えてくる!!」

「ま、待て、それは俺が……」

 盗賊達はまるで競い合うように、建物の中に逃げ去っていた。

 出遅れてしまった者はその場に立ち尽くし、まるでこの世の終わりのような、そんな怯えた表情をドレイクに向ける。

 その化け物でも見るかのような視線に、ドレイクは少し切なくなった。

 


 ドレイクはそのままその場に待機していた。

 あまり建物に近づくと、グラストスの侵入が困難になる為である。

 怯えた盗賊達と、向かい合うように待っていると、怒鳴り声と共に数名の盗賊達が建物から駆け出してきた。

 全部で十名程か。

 仲間達の姿に安心したのか、向かい合っていた盗賊達も余裕を取り戻したようだ。

 先程とは違う、険しい眼光をドレイクに放っている。


 ただ、そこまでなら人数といい、さっきと同様の結果になるのは間違いなかったが、出てきた盗賊達は、一人だけ場違いな格好の人間を連れ出していた。

 ドレイクの目も多少見開かれる。


「ドレイクさぁん……」

 その人間とは、涙目のリシャールだった。

 人質になっているという事実にではなく、そのあまりに情けない表情に対してドレイクは嘆息した。 



***



 頭領は、目に見えて苛つき始めていた。

 闖入者を仕留めたという報告を待つ間に、飲み始めた酒がみるみる減っていく。

 片腕でアーラを抱え込んでいる為、漂ってくる酒気をまともに浴びる羽目になっているアーラは大きく顔を顰めていた。


「ちっ、まだ仕留められねえのか! 外の連中は何をしてやがる!!」

 頭領の苛立ちに、手下は皆焦っていた。

 このまま怒りが続くと、女達だけではなく、自分達にも被害が及ぶ可能性がある。

 酒乱。

 頭領の悪癖だった。

 酒に酔った頭領によって、殴り殺された手下や、くびり殺された女達は一人や二人ではなかった。

 まだ大丈夫だが、このまま酒の手が止まらないとそれが現実味を帯びてくる。


「ちっと見てきます」

 そう言って出て行った者は、まだ一人として戻らない。

 そもそも人質を連れて行ったのである。無抵抗の人間を嬲り殺すだけの筈だ。

 何故こんなに時間がかかっているのか。頭領でなくとも気になっていた。


 部屋の中にいる盗賊は、頭領を含めて六名になっている。

 最初に居た人数の半分以下である。


 アーラとマリッタは、そんな盗賊達の様子を冷静に探っていた。

 盗賊達が焦れば焦るほど、逆に冷静になっていった。

 盗賊達が焦るほど、抜け出せる可能性は増していく。

 両者ともその機を図っていた。


「ちょっと、行ってきまさぁ!!」

 そう言って、また一人盗賊が出て行った。

 これで残り五名である。

 マリッタは、これなら仕掛けても何とかなるだろう。そう考え始めていた。

 後は、頭領の注意がアーラから離れるのを待つだけだ。

 

 暫し時が経つ。

 パリン。と陶器が割れる音がした。

 頭領が怒りから酒器を壁に叩きつけた音だった。


「ちっ!! 埒があかねえ! お前以外は全員外に出ろ!! その侵入者をぶち殺すぞ!!」

 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、頭領は勢い良く立ち上がった。

「へ、へいっ」

 マリッタの見張りに小男一人残して、手下達は皆外に走り出して行った。


「てめえも来い!!」

 頭領はアーラを強引に引き寄せる。

 どうやら頭領も外に出るつもりのようだ。

 アーラを腕に抱え込みながら、外に向かう。


「くっ!!」

 アーラは必死に抵抗しているようだったが、後ろ手に縛られている状態では、上手く踏ん張れないらしい。

 まるで抵抗など無い様に、ずるずると引きずられていく。

 そして、頭領とアーラは建物の外に踏み出した。


 直後。


 上から何かが降ってきた。

 と、認識した時には、頭領は斬られていた。

 肩口から袈裟切りに。


「ぐあっ!!」

 堪らず、頭領は傷を押さえて膝をつく。

 間を置かず、アーラは頭領を斬った者に引っ張り込まれた。


「悪い。遅くなった」

「グラストス!! お、遅いぞっ! 何をしていた!」

 腕の中に抱え込まれた体勢で文句を言いながらも、アーラの顔が喜色で覆われる。


「頭領!? てめえ!!」

 残っていた小男が、素早く反応しグラストスに斬りかかろうとしたが――――それは叶わなかった。

 マリッタの魔法をその背に受け、吹き飛ばされたからである。

 そのまま、建物の外にごろごろと転がっていった。


「遅いわよ!!」

 マリッタは『風刃(ブレード)』を使い自分の拘束を解くと、猿轡を外してグラストスに怒鳴った。

「済まん。ただ、苦情の半分以上は、ドレイクに言ってくれ」

 グラストスはアーラの拘束を解きつつ、責任をドレイクに押し付けながらもマリッタに詫びる。

「話は後で、きっちり付けるわ。でも今はその前に――――」


 マリッタはポキリポキリと指を鳴らすと、吹き飛んでいった小男の下に歩いていった。

「アイツ。殺すわ」

 凍えるような低い声で、そんな言葉を呟く。

 蹴られた恨みだろう。

 グラストスとアーラは、そのあまりの迫力に怯える。

 二人とも、遠ざかるマリッタの背中を見つめながら、小男の末路を哀れんだ。


「き、貴様ぁ……」

 致命傷には至らなかったらしい。

 頭領が傷を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

 斬られた怒りからか、凄まじい形相でグラストスを睨んでいる。

「……アーラ嬢。少し下がっていろ」

 グラストスは背中に担いでいた剣を手渡しながら、そっとアーラに声をかける。

 後ろ背にアーラを庇うようにして、『ジェニファー』を右手に構えると、頭領の前に立ち塞がった。

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