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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【3章 生命の代償】
49/121

46: 根城

 

 森を奥に進んでいくと、やがて拓けた場所に出る。

 その中央に一軒の家が建っていた。

 恐らく、元々はこの森の木こりのものだったのだろう。

 数名での共同生活を考えられて建てられていたのか、森の中にあってそれなりの広さがあった。


 夜は静寂で包み込まれていた筈に違いない当時とはまるっきり異なり、今はガヤガヤと騒々しい笑い声や、怒鳴り声が静かな森に無節操に響いている。

 松明の灯りが家の周囲を明々と照らしており、暗闇の中にこの家の存在を喧伝しているかのようだった。

 ただ、森の奥まった場所なので、街道からは全く見えないに違いない。


 アーラ達はそんな家の一室に集められていた。

 三人とも手首を後ろ手に縛られて座らせられており、特にマリッタは猿轡も嵌められていた。

 魔法を警戒しての事だ。


 三人の前には巨漢の男が胡坐をかいて座っており、値踏みするように三人を見下ろしている。

 他の男達より更に一回り大きな体躯を持ち、筋肉で引き締まった剥き出しの上半身を外気に晒していた。

 そのふてぶてしい態度は、粗野な男達の中でも一際威風を発しており、男がこの盗賊団の頭領だと気づかせるには十分だった。


 アーラは未だグッタリと気絶しており、マリッタは頭領の視線から守るように後ろ背に庇っていた。

 リシャールは怯えた視線を、目の前の頭領と、そして周囲を取り囲んでニヤニヤと嫌らしい笑みを浮べている盗賊達に忙しなく向けている。

 

「……おいっ」

 頭領が何かを周囲の男に命令する。

 進み出た男は、庇おうとするマリッタを押しのけると、寝ているアーラの襟元を掴んで顔を持ち上げ、顔を張った。

 パシン、と小気味良い音が部屋に響く。

「アーラ様!!」

 リシャールが悲鳴を上げる。

 その言葉に、頭領は口元を歪め、

「どうやら、その娘が主人のようだな……」

 リシャールとマリッタを交互に見渡しながら呟いた。

 見かけ通りの低く重い声である。

 マリッタは一瞬顔を顰めたものの直ぐに無表情を取り戻したが、リシャールは明らかに動揺していたので、答えは聞くまでもないという有様だった。


 それを見て、頭領は満足気な笑みを浮べる。

 頭領がもう一度目で合図すると、アーラを掴んでいた男は再び少女の頬を張った。

 すると、「うっ」という呻きを漏らして、アーラが瞼を震わせる。

 静かに瞳が開かれていった。


 アーラはとりあえず目を覚ましたものの、まだ置かれている状況が分からないのか、周囲を何度か見回す。

 うつろな視線が部屋の中を巡り――――マリッタとリシャールの所で止まる。

 二人とも心配そうな、そんな瞳でアーラを見つめていた。

 やがて、頬の痛みと共に状況が飲み込めたのか、アーラは頭を二、三度振ると目の前に座る頭領をキッと睨み上げた。

 咄嗟に腰の剣を抜こうとするが、手が縛られているのと剣が取り上げられているのに気づき、悔しそうに眉を顰める。


「お目覚めだな、小娘」

「……どこだ、ここは」

「森の中の……俺達の根城だ」

 頭領はアーラの問いに、律儀に答えを返す。

 親切心という訳ではなく、この状況を楽しんでいるのだろう。

 ”他に聞きたい事は?”と言うような、面白がった表情を浮べている。

 周囲の男達もニヤニヤと笑っていた。


「何故、私達を攫った?」

 アーラの詰問に、男達の間から嘲笑が漏れる。

 思わず周囲の男達を睨むアーラに、頭領が答えた。

「そりゃあ、もちろん。決まっているじぇねえか?」

 ちげえねえ、と一層笑う男達。

 そんな男達の下卑た笑みに、マリッタが不快感極まりない視線を向ける。


 盗賊達は、普段であればその様な視線を向けられて穏やかにはしていられるほど、心は広くない。

 だが、今の芋虫のような状態のマリッタの威勢は、ただ滑稽にしか映らなかったようで、更に笑い声を大きくしていた。

 アーラは実はよく意味は分っていなかったが、恐らく自分達が侮辱されているのだろうと考え、頭領を睨みつけた。

 ただ、口から出たのはそれを咎める言葉ではなく、本来の目的に沿った質問だった。


「…………村を襲ったのはお前たちか?」

「あぁ?」

「村を襲ったのは、お前達かと聞いている!!」

 荒らされた村の様子を思い浮かべながら、アーラは怒鳴りつける。

 そんなアーラに、頭領は小馬鹿にするような笑みを浮かべ、

「どの村の事だ? 思い当たりすぎて候補が絞れねえ」

 そんな返答をする。周囲の男達が笑った。


 アーラは思わず憤然として掴みかかろうとしたが、それは男達によって乱暴に押さえ込まれる。

 その男達を忌々しそうに睨みながら、アーラはもう一度尋ねる。

「一昨日襲った村の事だ!!」

「ああ。何だその事か……お前らはあの村のもんか? だとしたら危なかった。お前達を見逃していた……」

「やはり、お前達の仕業だったのか!!」

 どうやら頭領はアーラ達が村の人間だと勘違いしているようだが、それを正そうとはしなかった。

 その代わり、頭領の村襲撃を認める言葉に、アーラは烈火の如く怒る。

 そんなアーラを一瞬煩わしそうに見て、頭領は話を続けた。


「まあな。魔法の素養のあるガキを攫えば、高く買い取ってくれる連中がいてな……そんな美味しい話、乗らなねえ訳にはいかねえだろう?」

 至極当然といった面持ちで、頭領は語り……更に続けた。

「ああ、だが残念だったな。お前らはガキを探しに来たんだろうが、昨日取引を終えちまった。それから何処に連れて行かれたのかは、俺にももう分からねえ」

 頭領の不遜な態度に更なる苛立ちを覚えたアーラだったが、その内では別の事柄が駆け巡っていた。

 話がどこか咬み合っていないのだ。


(子供? あの村には子供はいない筈だったが……この男が出鱈目を言っている? いや、そんな感じではないな。ではまさか、村の者が嘘を…………吐くとは思えない。ならば……こいつは違う村の事を……?) 

 途端にムッツリ黙り込んだアーラに、頭領が話しかける。

「聞きたい事はそれだけか?」

 不自然に親切な頭領の態度に、アーラは眉を顰める。

「……随分気前良く、情報をくれるのだな」

「ああ。お前達に話したところで、何の問題もないからな」

「……逃がす気はない……そういう事か?」

「分かってるじゃねえか」

 頭領は口角を大きく上げて、哂う。


 リシャールは泣きそうに表情を歪めたが、アーラは平然としていた。

 多少なり不安がない訳ではなかったが、決して面に表そうとはしなかった。

 こんな連中に、僅かばかりでも不安を見せるのが嫌だったのだ。

 アーラの意地だった。


 そんなアーラの気丈な態度を見て、頭領は嬉しそうに声を上げる。

「がっはっは。気に入ったぜ小娘。お前は俺が頂くとしよう」

「…………」

 頭領の言っている意味が良く分からず、アーラは険しい顔で黙る。

 それによりようやくアーラが観念したのだと勘違いをした頭領が、再び何かを言おうとした――――その前に、アーラはもう一度口を開いた。


「このホモンには、お前達以外の盗賊団は存在するのか?」

 その質問は予想外だったのか、頭領は僅かに首を捻る。

「……さあな。恐らく居るだろうが、俺達は知らねえ。同業者なんて、出会ったら間違いなく殺し合いになるだろうしな。あまり顔を合わせたいと思うもんじゃねえ」

「随分、臆病な事だな」

「何だとてめえっ!!」

 アーラの言葉を侮辱と受け止めて怒鳴ったのは、周囲の子分達だった。

 頭領も不快そうな表情になったが、それでも子分達よりは器は大きいらしい。

 怒鳴らず、まるで諭すように答える。


「お前は何か勘違いしているようだな。盗賊と言っても、ただ物を盗んで奪えば終わりってもんじゃねえ。盗んだもんを高く買ってくれる相手に、それを売らなきゃ意味がねえ。言わば、俺達は商人だ。同業者と出会って殺り合うなんざ、何の得にもならねえんだよ」

「盗人猛々しいとは、正にこの事だな。まさか、盗賊が自身の事を、商人などとのたまうとは思わなかったぞ」

 アーラは酷薄そうな笑みを浮べながら辛辣な言葉を浴びせるが、籠の中の鳥という状況では、小鳥が囀っている程度にしか聞えなかったらしい。

 頭領はただ愉しげに口元を歪めるだけだった。


「まあ、そんな話をお前としても仕方ねえ。他の質問も特にねえようだ。そろそろ、お楽しみといこうか」

「…………」

 何か不穏な話をしている事だけは分かったアーラは、何とか逃れる方法がないか部屋のあちこちに視線を送り始める。

「お頭ぁ!! そっちの女は俺が貰ってもいいですかい!?」

 そんな脇で、先程マリッタの魔法で傷を負った小男が、身を乗り出すようにして頭領に願い出る。

 その小男の目は、マリッタを捉えていた。

 頭領はそんな小男の威勢に笑みを浮かべ、

「好きにしな……だが、猿轡と手枷は外すんじゃねえぞ? 魔法を使われても厄介だからな」

「ひゃっはーー。ありがてぇ!! へっへっへ。さっきの言葉通り、たっぷりお礼をしてやるぜ……」

「待て、いきなりやり過ぎて壊すんじゃねえぞ? 俺も傷の借りを返してぇ」

 大男が狂ったように哂う小男に、慌てて言い含める。

 二人はマリッタを下卑た目で見下ろしていたが、マリッタは暴れる事もなく、睨み返すだけだった。


「じゃあ、仕方ねえ。俺はこの娘で我慢しとくか」

「てめえっ! 俺が先だ!」

「俺だよ!」 

 残った面々は皆リシャールを見て嫌らしく笑い、次々と主張を始める。

 リシャールは身の毛もよだつ悪寒を覚え、ブルブルと身体を震わせた。

 ただ、男達はそれを純粋な怯えと取り、興奮を促す結果となっていた。あちこちで昂ぶった声が上がる。


「お前ら、あんまり無理はすんなよ? 飽きたら売り払うんだ。ぼろぼろに壊れてちゃあ値が下がっちまうわ」

 頭領は子分達にそう一声かけながらのっそり立ち上がると、自分はアーラに近づく。

「私に触るな!! 下ろせ!!」

 巨漢の肉体を持つ頭領と比較すると、アーラはまるで子供だった。

 ジタバタ暴れるが、両手を縛られている事もあり振り払う事は敵わず、そのままあっさり抱えられてしまう。

 そして、頭領はアーラを抱えたまま、奥の部屋に足を向けた。


 そんな様子を、マリッタは一人冷静に見つめていた。

 猿轡と自分を縛っている縄は邪魔だったが、実はそんなものはどうにでも出来る。

 いざとなれば、抜け出すのは簡単だった。

 盗賊達はそれらの拘束をしていれば、魔法が使えないと勝手に思い込んでいるようだが、それは正しくなかった。

 どうやら、この盗賊団には魔法が使える者は居ない様なので、仕方ない事だろう。

 魔法使い(メイジ)でない人間の、魔法の知識はその程度のものだ。

 恐らく、魔法は手をかざして呪文を唱えることで、発動するとでも思っているのに違いない。


 それはある意味正しかったが、その殆どは間違っている。

 魔法を発動させるのに必要なのは、魔法の資質と触媒だけだ。

 手をかざす事や言葉を発する事は、あくまで指向性を高めるだけの行為に過ぎなかった。

 無差別に魔法を使うのであれば、大抵のメイジなら、今の芋虫状態であろうと問題ないのだ。


 更に言うと、マリッタはその『大抵のメイジ』には含まれない。

 マリッタは芋虫状態であろうと、狙った場所に魔法を使う事など造作もないことだった。

 それはもちろん誰に出来る事ではなく、マリッタの資質による所が大きいが、属性が(ウェントゥス)と言う事も理由の一端だった。


 他の属性と異なり、風の触媒である大気は目で捉える事は出来ない。

 せいぜい、肌で感じることが出来る程度だ。

 そんな触れる事すらかなわないものを触媒とする必要がある為か、風使い達は他の属性を扱う者より、魔法の制御と言う面において、頭一つ抜けている傾向にあった。

 もっともその所為で、逆に視認出来る触媒を使う必要のある他属性の魔法をも扱える者は、殆どいなかった。


 そんな中、マリッタは土以外ならばある程度扱えるのである。

 魔法を扱わせたら、自由騎士を除けばビリザド一という周囲の評価は、そういう面から見ても決して言い過ぎではなかった。

 なお、ビリザド一と語る際に必ず『自由騎士除外』という前置きが付くのは、自由騎士であるマリッタの師匠が更に規格外な存在だからだった。


 そういう事もあり、マリッタはその気になればいつでも抜け出す事が出来るので、この状況にも全く怯えてはいなかった。

 だが、それはあくまで縄から抜け出せる、と言うだけに過ぎず、縄から抜け出した瞬間にアーラの首に剣が突きつけられては全くの無意味である。

 だからこそ、今の魔法が使えないと思われている状況は、唯一の好条件だった。


 ただ、この利点が生かせるのは、一度きりだ。

 この状態でも魔法が使えると知られたら、どんなに奴らが不埒な真似をしようと考えているとしても、流石に殺されるだろう。

 その一回でアーラを助けなくてはいけない。

 何とかして、その隙を探る必要があるのだった。

 

 そうして、待っていた甲斐も有り、ようやく好機が訪れたようだ。

 マリッタの思惑としてはこうだ。

 先ず、自分とリシャール縄を魔法で解く。

 『風刃(ブレード)』でこの場の全員を攻撃する事は無理だが、自分とリシャールの縄を斬る位の事は十分可能だった。


 次に、その事に驚いた盗賊達が騒ぎ始める前に、盗賊達に風をぶつける。

 精神集中無しでは吹き飛ばすぐらいが精々で、致命傷は与えられないだろう。

 だが、それで問題ない。

 隣の部屋に移動するまでに、邪魔をされなければ良いのだ。


 急いで隣の部屋に入ったら、先ず頭領を風で吹き飛ばす。

 間を置いてはアーラを盾にされる恐れがあるので、入室と同時に行わなくてはいけない。

 アーラも巻き込まれて被害を受けるかもしれないが、それは我慢してもらうしかない。


 アーラの縄を解いたらこの部屋に戻り、再び風で盗賊達を吹き飛ばして、家の外に逃げ出す。

 見張りはまさか自分達が逃げ出してくるとは考えていないだろうから、外に出た瞬間に奇襲をかけて時間を稼ぐ。

 そのまま森に入って逃げ回っていれば、恐らくドレイク達が自分達を見つけてくれるだろう。

 そうなれば、もう逃げ惑う必要はない。

 そのまま馬車に戻っても良いし、逆に反撃に出ても良いのだ。


 もし、問題点があるとすれば――――リシャールだ。

 逃げている最中に転んで捕らえられたら、もうどうしようもない。

 また捕まればマリッタは殺されるに違いないし、気にせず逃げればリシャールが殺されるかもしれない。

 そして、マリッタはこんな所で死ぬ気はさらさら無かった。

 

 マリッタはリシャールをチラリと盗み見て――――目が合った。

 殺気を込めた目で、間もなく行動を開始する事を伝える。

 加えて、今度しくじったら、もう助けないという事も。


 リシャールは、この状態でもマリッタが魔法を使えることは知っている。

 その為、このマリッタの強烈な視線が、何を言わんとしてるのかをハッキリと理解していた。

 脇の下に、冷たい汗が流れているのを感じる。

 リシャールは怯えた顔で、小さく頷いた。


 そんなやり取りが行われているとは露とも知らない盗賊達は、これから始まる狂演を想像して、猛り逸っていた。

 そして、盗賊の頭領が隣の部屋に消えて、マリッタが行動を開始しようとした――――のと、ほぼ同時に。

 

「頭ぁ!! 大変です!!」

 突然、盗賊の手下の一人が、根城の中に叫びと共に駆け込んできた。

 僅かに身体が緑の光を帯び始めていたマリッタは、慌ててそれを抑える。

 幸いな事に、飛び込んできた男に目がいって、誰もマリッタの様子には気づかなかったようだ。


 頭領はお楽しみを邪魔され、不機嫌そうに怒鳴る。

「何だ!?」

「変な野郎が、攻めて来ました!!」

 頭領はアーラを抱えたまま、隣の部屋から出てくる。

「変な野郎? 何だそれは? 一人か?」

「へ、へえ……」

「馬鹿野郎!! 一人くれえが攻めて来たくれえで、騒いでんじゃねえ。殺っちまえばいいだろうが!!」

「い、いえ。それが、べらぼうに強ええ奴でして……」

 頭領の剣幕に怯えながら、手下は戸惑ったように報告する。


 頭領はちっ、と舌打ちすると、

「お前ら、お楽しみは後だ。ちょっと外を見て来い」

 部屋にいた盗賊達に、命令した。

 男達もこれからという時に邪魔されて、口々に苛立ちを表している。

 だが、頭領の命令は絶対なので、半数が命に従い外に出て行った。


 そんな男達の話を聞きながら、マリッタとリシャールは考えていた。

 恐らく、攻めてきた変な野郎というのはドレイクに違いない。

 だが、見張りの話ではドレイク一人だと言う。

 グラストスが盗賊に怯えて隠れている――――とは、二人とも考えもしない。

 リシャールはグラストスの事を勇敢な人物だと思っているし、マリッタはそこそこ使える男という位には評価しているからだ。

 なので、ドレイクが一人と言うことは、グラストスは別行動を取っているに違いなく。

 それは間違いなく、自分達を助けるための行動だろう。

 ドレイクが盗賊たちの目を引き付けておいて、その間にグラストスがこの根城に忍び込むという算段なのかもしれない。

 そう思い至ると、マリッタは行動を開始するのをもう少し待つ事にした。

 もっと確実な隙が出来るに違いないと、確信したからだ。

 ずっと不安そうに怯えていたリシャールも、思わず顔を綻ばせていた。

 自分達が無事に助けられる図が想像できたのだろう。無理もなかった。


 ――――だが、それを頭領は見逃さなかった。


「小娘。今笑ったな?」

「えっ!?」

「おかしな話だ。こんな大勢いる中に、たった一人が攻めて来た所で、普通なら無謀な行動にしか映らんだろう。それなのに男が突入してきたのを喜んだ…………お前」

 そこまで告げて、頭領はニヤッと笑う。


「攻めて来た男の事を知ってるな? お前らの仲間か? まあ、冷静になって考えりゃ、女三人で旅していたとは思えねえしな。外の奴は護衛だったのか? この人数差でも喜ぶってこたぁ、かなり腕の立つ奴って事か」

 見た目以上に、頭領は頭の切れる男のようだ。

 だからこそ、この荒れくれ者達の長が務まるのかもしれない。

 ただ、この状況でその聡明さは余計だった。

 リシャールは動揺で、「あ、う」と、言葉を漏らす。

 だが、それでは語るに落ちるというものだ。


「おいっ。その小娘をその男の所に連れて行け。コイツを盾にすりゃあ、楽に仕留められるだろ」

 頭領は残っていた手下に命令する。

 女に乱暴を働く以外に、無抵抗の人間を痛みつける事も楽しみなのだろう。

 アーラを気絶させた大男と数名が、喜び勇んでリシャールを連れて外に飛び出していった。


「卑怯な真似を!!」

 アーラが頭領の腕の中で罵る。

 だが、それは盗賊にとって褒め言葉なのか、頭領は嬉しそうに顔を歪めた。


 一方、マリッタは最大の問題が払拭されてホッと安心していた。

 リシャールの事は、ドレイクに任せておけば大丈夫だろう。

 アーラは心配しているようだが、それはドレイクの事を過小評価しすぎであった。

 知り合いと言っても、アーラはドレイクと一緒に依頼をこなした事はないので、それも無理はない。

 だが、ドレイクとは何度も調査員として依頼を共にした事がある、マリッタの意見は違う。

 まさかドレイクが、リシャールを盾にされた程度で、どうにかなるとは思えないのだ。


 つまり、後はアーラを助けるだけだ。

 流石に敵が攻めてきている中で、アーラの事をどうにかしようとは頭領も考えていないらしい。

 奥の部屋には行こうとせずに、担ぎ上げていたアーラをその場に下ろしている。

 ただ、アーラの肩を押さえるように捕まえており、そのままでは魔法を使った際にアーラを盾にされるかもしれない。

 無事に助ける為には、何か切欠が必要だった。


 マリッタは誰にも分からないように、ふっと息を吐く。

(早く来なさい……)

 静かに瞳を閉じて、その切欠(グラストス)の到来を待つのだった。


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