45: 盗賊
夕焼けに染まった空は、やがて漆黒の闇を帯びる。
真っ黒な地面を照らすのは、頭上に浮かぶ月から下りる銀色の明かりだけである。
それだけを頼りに馬車で移動するのは、危険以外の何ものでもなく。
一行は仕方なく、本日の行軍を終える事にした。
街道の両脇に広がる森の手前を、野営場所と決める。
前方には森が広がり、後方には平原が広がっているような場所だった。
マリッタが水筒の水を魔法で制御して、馬の前に水球を作って水を与える。
アーラは、そんなマリッタの魔法を羨ましそうに見ながら野営の準備に掛かり、グラストスは焚き木用の木を探しに森に入っていく。
「あ、待って下さい。僕も行きます」
リシャールが慌ててグラストスを追いかけようとするが、
「待って……っ!! ぶべっ!!」
着慣れない娘用の衣類に足を取られ、盛大にすっ転んだ。
「へへへっ。代わりに俺っちが行くから、坊主は大人しくお嬢さんと野営の準備をしてな」
ドレイクは涙目で鼻頭を抑えるリシャールに笑いながら指示すると、グラストスの後を追うように、森の中に消えた。
「ううぅ……歩きにくいよう。ア、アーラ様~~~。これ、着替えても良いですか?」
リシャールは己の服を摘み上げながらアーラに尋ねたが、答えは”否”だった。
「馬鹿者! 何の為の女装だ! 少なくともフォレスタに着くまでは続けろ!」
「うぅぅ。アーラ様だって、男用の服を着ているのに~~」
”女性の格好の動きにくさは分かって貰えるでしょ?”という意味合いで愚痴ったリシャールだったが、アーラはそうとは受け取らなかったようだ。
「…………つまり何か? 私は女性用の衣類を着用せねば、女に見えないとでも言いたいのか?」
アーラは自分の事を美人だ、と思った事はない。
男に生まれていれば、と思う事もしょっちゅうだった。
しかし、それはどうしようもない問題である。
アーラとしては、女として生きていくしかなく、女性としての最低限の矜持を放棄している訳ではなかった。
まあつまり、自分の容姿を指して”男に見える”等とは言われたくないのである。
アーラの叱責に、リシャールは慌ててへこへこと頭を下げた。
マリッタはそんな二人を苦笑しながら眺めている。
それから暫くの間、只広い夜の平野にアーラの小言が響くのだった。
***
森の中は一層暗く、真下の地面すら見えない有様である。
そんな手探りでしか進めないような状況の中、ドレイクは飄々と歩いている。
木にぶつかる事も、露出した木の根に足を取られる事もなく、着実に枝木を集めていっている。
森の中に微かに差し込む月明かりの場所を目標に移動するしかないグラストスは、そんなドレイクを見て驚きの声を上げる。
「まさか、見えているのか?」
そう尋ねずにはいられなかった。
「まあ、俺っちは森の中は慣れてるからな」
「……凄いな。流石、熟練の自由騎士だな」
大した事ではないという風に答えるドレイクを、グラストスは唸りながらも称賛する。
”自分もビリザドで自由騎士を続ければそうなれるのだろうか”そんな事を考えていた。
「兄ちゃん」
グラストスが両手に抱えるくらい枝木を集めた所で、ドレイクが突然口を開いた。
「何だ?」
「……頭痛はもう大丈夫か?」
ドレイクは、枝木を拾い上げながら尋ねる。
「ああ。もう問題ない。昨日は驚かせて悪かったな」
「いや。無事ならいいんだ。……そういえば、記憶は少しは戻ったのか?」
”何で急にそんな事を?”と、少し奇妙な感じを抱いたが、グラストスはとりあえずは気にせず質問に答えた。
「いや、全く」
唯一、昨夜の頭痛の際に思い浮かんだ人物の事があったが、顔もはっきりとは思い出せないので、グラストスとしてはそう答える事しかなかった。
「そうか……。ただ、その割りに兄ちゃんは全く気にした素振りは見せねえな。……どうしてだ?」
「どうしたんだ、急に?」
「いや、何となく気になってな。以前の自分が思い出せないのに、不安じゃないのか、とね。流石にそんな経験はないからな。ちと、興味本位だ」
興味本位と言いながらも、ドレイクの目は真剣な光を帯びていた。
ただ、それは暗さの為、グラストスには見えなかったが。
「昨日も言ったと思うが、それは俺にとって大した事じゃないんだ。まあ、気にしても仕方ない事だからさ。思い出せる手段が分かっているなら、それに手を出しただろうが、そんな物はないからな。俺は俺として、今を生きていく他ないだろう?」
グラストスのその返答をどう思ったのか、ドレイクの表情は暗く見えない。
僅かの間そのままだったが、やがていつもの飄々とした表情を貼り付けて頷いた。
「……ま、そうだわな」
心なしか声も明るい。
再びドレイクを奇妙に思ったが、グラストスは気にしないことにした。
「ああ。そんな事より、そろそろ戻ろう。枝木はこれで十分だろ」
枝木はそれぞれの両手で一抱え程には集まっている。
今日一晩だけなら、十分な量だった。
「ん? ああ、そうだな……そろそろ」
グラストスの提案に頷きながら、”戻るか”と続けようとしたドレイクの声は、突然割り込んだ悲鳴によってかき消される。
「!? 今のはっ!?」
「…………坊主の声だったな」
二人は今の悲鳴の主が、リシャールである事を聞き取っていた。
ただ、いつもの冗談じみたものではなく、緊急性を帯びていたことに焦りを覚える。
――――少なくともグラストスは。
「まさか、本当に……!?」
盗賊に襲われたのか、とグラストスはドレイクに視線を送る。
「ん~~。分からんが……ちっと様子を伺ってみるか」
「そんな悠長な!!」
「まあまあ。とりあえず行ってみよう。あ、物音は立てないようにな」
ドレイクはそう言うと、来た道をゆっくりと戻り始めた。
何か起こったのに違いないのにも関わらず、その様子からは焦りは感じられない。
グラストスとしては直ぐにでも駆けつけたかったが、仕方なくドレイクの後に続いた。
***
その男達の接近に気づいた時には、既にアーラ達は周囲を取り囲まれていた。
マリッタは咄嗟にアーラの傍に移動したが、他の二人はただ呆然と男達を眺めるだけだった。
やがて、盗賊に違いない。そう気づいたリシャールが、悲鳴を上げた。
”悲鳴を上げる暇があるなら、馬車から剣を取って来い”
そう言いたげなマリッタが舌打ちする。
目の前の男達だけであれば魔法でどうにでもなるのだが、そうもいかなかった。
闇の中から他の男達が次々と姿を現したからだ。
全部で十名程の、男達が下卑た視線を浮べて近づいてくる。
「悲鳴を上げることはねえ。それに、どうせ誰もこんな時間に通りゃしねえよ」
「お嬢さん方。こんな所で野宿かい? 危ねえぜ? 夜にこんな所にいちゃあ」
言葉は穏やかだが、その言葉を発した男達の手には、抜き身の剣がある。
その切っ先を、三人に向けている。
言動不一致極まりなかった。
マリッタは、現状を素早く確認する。
リシャールは剣を持っていない。馬車内に置いたままだ。
アーラは腰に剣を下げているが、危険なので手を出させるわけにはいかない。
ドレイク達はまだ戻ってきていない。
もしかしたらリシャールの悲鳴が聞えたかもしれないが、姿は見えない。
或いは、様子を伺っているのかもしれないが――――
マリッタは溜息を吐く。
やはり、自分がこの場を何とかするしかない事が分かったからだ。
「……お前達、盗賊か?」
アーラが感情を押し殺した声で尋ねる。
「ああ。そうだよ、綺麗なお嬢さん。こんな所での野宿は、お嬢さん方には可哀相だと思ってな。もっと上等な宿を提供してあげようと思って、参上した訳だ」
目の前の小男の言葉に、周囲の男達が笑い声を上げる。
その不快気な笑い声に、アーラとマリッタは眉を顰める。
リシャールはただ一人怯えていた。
剣を持っていないこともあるが、それ以上にこういう雰囲気が苦手なのだろう。
もっとも、得意な人間など滅多にいないに違いないが。
「という事でお嬢さん方。一緒に付いて来ちゃあくれないか? あまり手荒な真似はしたくない。大人しくしてくれた方が、あり難いんだがねぇ」
「断る! お前達の言葉に従う道理はない!!」
盗賊の言葉に、アーラが毅然とした態度で拒絶する。
穏やかを装っていた小男だったが、元々短気な男なのだろう。
アーラの言葉に、それまでとは雰囲気が豹変する。
「いいから、一緒に来いって言ってんだよ!! 腕の骨位なら折っても問題ねえんだぞ!?」
小男は怒鳴りながら、アーラ達を威嚇した。
リシャールは「ひっ」と怯えたが、アーラとマリッタは男の言葉に怯えるどころか、男を逆に睨み付けていた。
「へっへっへ。いい度胸だな……お前ら。気に入った」
二人の様子に加虐心が刺激されたのか、小男は低く笑い始める。
その瞳は、本当に腕の骨くらいは折ってやろうと、勇んでいるように見えた。
そんな小男を睨みながら、マリッタはアーラの耳元にそっと口を寄せる。
《お嬢さん。一旦ドレイクと合流しましょう。そうすれば、こいつらなんて大した問題じゃありません》
《……私の手で倒したい所だが、仕方ない。ここは従おう》
《じゃあ、森側の敵をアタシが魔法で吹き飛ばしますんで、合図したら走ってください》
《うむ。分かった》
二人がひそひそと何か耳打ちしているのを見て、小男が声を張り上げる。
「何を話してやがる!! 諦めな。もう逃げられやしねえ。いい加減観念したらどうだ!?」
「…………そうね」
マリッタ静かに肯定する。
ようやく覚悟したのか、と男達は下品な笑いを漏らす。
どうやら、よからぬ妄想をしているようだ。
「じゃあ、こっちに……」
目の前の小男が、アーラに向けて手を伸ばした瞬間――――
「今です!!」
マリッタが合図と共に、風の魔法を目の前の小男にぶつける。
『風刃』だった。
「ぐあっ!?」
突然目の前に出現した風の刃で体を斬られ、小男は血飛沫を上げながら地面に沈む。
「リシャール!! 走れ!!」
アーラはリシャールに向かって叫ぶと、森に向かって走り始めた。
その声に急かされるように、リシャールも慌ててアーラの後に続く。
「行かせるかぁ!!」
二人の進路を塞ぐように、大男が立ち塞がった。
「邪魔だぁ!!」
アーラが剣を抜きざまに斬りつける。
大男はそれを剣で防ぎ、キィン、と互いの剣から悲鳴が鳴った。
「どきなさい!!」
再びマリッタが『風刃』を大男に放った。
抵抗する事も出来ずに、大男も風によって袈裟斬りにされ、地面をのた打ち回った。
その隙に、アーラ達は横をすり抜ける。
「待ちやがれぇ!!」
「腕ぐらいなら構わねえ! 逃がすな!!」
そんな怒号が後ろから聞えてくる。
一対一なら左程の相手でもないが、多勢に無勢。流石に人数差は大きい。
今は逃げるしかないと、そのまま森に駆け込もうとしたが――――
「うわぁっ」
そんな声が三人の中から漏れた。
先頭を走っていたアーラが慌てて振り返る。
声を上げたのは、リシャールだった。
村娘の服に足を取られて転倒したのだ。
リシャールも青ざめた顔で、急いで立ち上がり走り出そうとしたが……叶わなかった。
後ろから伸びてきた手が、リシャールを掴んでいた。
「い、痛いっ!」
そのままその手はリシャールが爪先立ちになるほど、ギリギリと髪を掴んで持ち上げる。
「おっと、お嬢さんら。そのまま逃げても良いが、そうした場合、こいつがどうなるかは分かるよな?」
「くっ」
「馬鹿……」
長身の男の手に握られている剣の刃が、リシャールの喉元に当てられる。
苦渋の顔を浮べるアーラと、リシャールを罵るマリッタだったが、二人はもう逃げようとしなかった。
「ご、ごめんなさい……」
リシャールは、二人に泣きながら詫びる。
だが、”自分に構わず行ってくれ”と言い切る勇気はなかった。
どんなに申し訳ない想いを抱き、この後の出来事が想像できたとしても。
「そうそう、良い子だ。大人しくしてろよ。そっちの女! 魔法を使ったら、その瞬間、この娘の首は胴体から離れると思え!?」
「ひっ」
「……ちっ」
マリッタの身体から、緑の発光が収まる。
男達はそれでも警戒するように、二人をゆっくりと取り囲むように近づいてくる。
「そっちのお嬢さんは剣を鞘に収めて、地面に捨てな」
「…………分かった」
言われた通り、アーラは『エリザベス』を鞘に収めて、僅かな逡巡の後、地面に放った。
「そうそう、それでいい。……お前ら取り抑えろ」
長身の男が低く発した言葉に、周囲の男達が飛びつくように、アーラとマリッタを押さえ込んだ。
そこに、先程マリッタの魔法で攻撃された男達が近づいてきた。
傷からは血が溢れていたが、致命傷には至らなかったようだ。
ただ、どちらも恨みの篭った、憎々しげな形相をしている。
「よくも、やってくれやがったな。アマァ!!」
小男が怒りの咆哮を上げながらマリッタに近づくと、押さえ込まれて地面にスレスレにあるマリッタの顔を、前から思いっきり蹴りつけた。
「……ぐっ」
重い音がして、マリッタが苦痛の声を上げる。
口元からは一筋の血が流れ出ていた。
「マリッタ!! 貴様!!」
アーラが小男を睨み上げるが、そのアーラの腹目掛けて大男が拳を振るう。
「がはっ」
身体の中の空気を全て吐くような苦痛の息を漏らして、アーラがそのままガクッと頭を垂れた。
「マリッタさん!! アーラ様!!」
リシャールが悲鳴を上げる。
「喧しい!! よくもやりやがってこのアマ!! これ位で済むと思うなよ!!」
小男が、再びマリッタの前で足を振り上げる。
「待て! それ以上顔はやるんじゃねえ! 楽しめなくなっちまうだろうが!」
長身の男の言葉に、小男は苛立ちを隠さず、唾を吐き捨てる。
だが、振り上げた足はゆっくりと下ろして、その代わり嫌らしい笑みを浮べた。
「けっ、分かったよ。ただし、コイツは俺が貰うぜ!? 良いな!?」
「待て、俺もやられたんだ。俺もソイツが……」
「落ち着けお前ら、それは頭が決める事だ。頭がその女を選ばねえように、祈るんだな」
長身の男の言葉に、小男と大男の顔が歪む。
無法の輩が集まる盗賊団だが、それでも遵守するべき絶対の掟はある。
それは、盗賊の頭の決定が、何事にも優先されるということだった。
それを違反したものには、等しく死が与えられる。
盗賊たちにとって、それほどの重みをもった掟だった。
どんな組織であれ、組織として行動する為には掟は必要なのだろう。
例え、無法の集団であっても。
「ちっ、分かったよ。……女ぁ。もし頭から選ばれなかった時は、宜しくなぁ? この傷のお礼、たっぷりさせて貰うぜ……」
小男はマリッタの髪を掴んで強引に上を向かせて、互いの息が掛かるほどの距離で嘲笑う。
マリッタは「臭い息を吐きかけるな」と、言いたかったが、男の一撃によって口の中を切ってしまい、口を開くと痛いので黙っていた。
その代り刺し殺すような視線を向けて、この傷の借りは絶対に返す事を内心誓った。
「マリッタさん……。アーラ様……」
リシャールは、顔を赤く腫らしたマリッタと、気絶したアーラを悲しげに見下ろしていた。
「じゃ、お前ら。アジトに戻るぞ。……と、その馬車の中のもんを持ってくるのを忘れるな? 馬車は……どっか、街道から見えない場所に捨てておけ。ただ馬はちゃんと引っ張って来いよ」
長身の男の言葉に、盗賊たちが頷く。
そして、三人はグラストス達が入った森とは街道を挟んで反対側の森に、連れて行かれたのだった。
+++
馬車の移動を指示された数名の男達は、馬車内の物を街道傍の地面に下ろすと、馬車から馬を外す。
馬を二人の男が抑えると、残った者で、馬車を平地の端まで押していった。
「早くすんぞ。急がねえと、おこぼれに預かれねえからな」
「ああ。そうだな」
「あの長髪の女は、中々良い身体をしてやがったな」
「俺はあの気の強い小娘がいいぜ」
男達は欲望を語り合いながら、にやけ顔で笑い合う。
「俺は、あの震えてた小さな娘っ子が良いなあ……」
「……残念だが、あの娘は男だ」
ふと、男達は聞き覚えのない声が聞えた気がして、後ろを振り返る。
だが、男達は何者の姿を確認する事も出来ないまま――――その場に崩れ落ちた。
一方、街道の傍で、男達が戻って来るのを待っていた二人の男は、闇の中にあって目立つ白い馬車の帆が、突然移動を止めたのを苛立ちを込めて罵っていた。
「何やってやがる。さっさと移動しねえと……!!」
「ああ。ちょっとこいつ持ってろ。俺が言ってきてやる」
男はそう言って、手綱をもう一人に預けて、荷馬車の所に移動しようとする。
そして、街道と荷馬車の丁度中間地点まで歩くと、荷馬車の前に見知らぬ男がいるのに気づいた。
その男はにこやかに笑いながら、手を振っている。
「何だ?」
思わず立ち止まった男だったが、
「目が良いな」
そんな言葉が背後から聞こえてきたのと同時に、後頭部に衝撃を感じ、意識を手放した。
その男の意識を奪った存在――――グラストスは、男を捨ててそのまま最後の一人の下に全力で走った。
「何だ。どうし……」
自分の仲間と見間違えたのか、男は走って近づいてくるグラストスに暢気な声をかける――――が。
グラストスが近距離まで近づくと、流石に仲間でない事に気づき、男は慌てて剣を抜こうとする。
ただ、その前にグラストスの一撃が首筋に入り、剣を抜こうとした姿勢のままその場に倒れた。
男を気絶させた、鞘に納まったままの剣を腰に戻す。
「ふぅ……」
無事に男達を殲滅できて、グラストスは安堵の息を漏らした。
「上出来、上出来」
ドレイクはにこやかに呟きながら、グラストスに近づいてくる。
そのままグラストスを通り過ぎて積み荷の所まで戻ると、中から縄を取り出した。
「何でそんな物を……」
「こんな事もあろうかと思ってな。街で買っといたんだ」
ドレイクの準備の良さに呆れるグラストスだった。
+++
二人は男達を全員縄でふん縛って、街道の脇に転がすと、馬の手綱を手近な木に括った。
「ちょっと、ここで待っといてくれな」
そんなグラストスの言葉に、馬達はヒヒンと鼻息を返した。
通じ合ったようで、思わず顔を綻ばせたグラストスだったが、そんな場合でない事を思い出す。
「ドレイク。直ぐに追いかけよう! 急がないと見失ってしまう」
二人はアーラ達が連れ去る所を、物陰からこっそり目撃していた。
現場に辿り着いた時には、既に三人は囚われの身だったので様子を伺っていたのだ。
マリッタやアーラが殴られた時には、グラストスは思わず飛び出すところだったが、それはドレイクに押さえ込まれて出来なかった。
曰く、”今出て行ってもリシャールを盾に取られて、自分達が殺られるだけだ”という事だった。
確かに、それは正しいと納得したが、このままではアーラ達と逸れてしまう。
この暗さの上、初めての森の中では方向感覚もままならないことだろう。
幸い、盗賊達はグラストス達の存在に気づいていない。
追いかけるなら、今しかなかった。
その事を思い、グラストスは直ぐに追いかけたかったのだが。
「まあ、待ちなよ兄ちゃん。まだ追いかけねえ方がいい。それに中途半端に追いつくと、それはそれで厄介だぞ?」
ドレイクはノンビリしたものだった。
街で購入していた干し肉を齧って一息吐いている。
「ドレイク!」
「落ち着きなって兄ちゃん。まだ大丈夫だから、これでも食って腹でも膨らしときな。優秀な自由騎士は食える時に食っとくもんだぜ?」
「…………はぁ。分かったよ。アンタの言葉を信じるが…………まだ、追いかけない方が良い根拠は何なんだ?」
手渡された干し肉に、ヤケクソ気味に被りつきながらグラストスは尋ねる。
「ん? ああ。そりゃあ、もちろん…………勘だ」
「は?」
「だから勘だ」
ポロリと、グラストスは咥えていた干し肉を落とす。
慌てて森を見やるが、もう何者の気配も感じられない。
「大丈夫。大丈夫」
唖然としたグラストスを尻目に、ドレイクはただそう言って笑うだけだった。