41: 村
混ざり気一つ無い青空だった空も、遥か端の方は薄い赤色を帯び始めていた。
野営の準備をするにはまだ少し早いが、そろそろどうするか予定を決める必要はある。
先程から街道の脇に、畑がちらほらと現れ始めている。
恐らく村が近いのだろう。
案として、そこで宿を借りるのも良いかもしれない。
ドレイクはそう考えると、
「お嬢さん。ちょっといいですかい?」
馬車内に向かって声を掛けた。
その言葉を聞いて、
「お嬢さん。お嬢さん」
と、肩を揺らしたのはマリッタである。
肝心のお嬢様は、だらしなく口を開けて、マリッタの肩にもたれ掛かるようにして眠っていたのだ。
アーラは「むにゃっ!?」とでも表現すればいいのか、そんな声を上げて飛び起きる。
「ど、どうした!? 何だ!? アクアブレードは……!?」
意味不明な言葉を連ねて、周囲を警戒するように見渡している。
やがて、自分が寝ぼけていたのだという事を悟ったのか、アーラは気まずそうに自分を見ているマリッタとグラストスの視線を物言わず受け止める。
誤魔化すようにゴホンと咳払いし、「何だ?」と自然を装って尋ねた。
「ドレイクが呼んでますよ」
マリッタがそう教えると、アーラは頷いて御者台に向かう。
だが。寝起きに飛び起きたせいで、まだ地に足が付いていないのか、途中大きくよろけた。
「ぐえっ!!」
何かを踏み潰した感触があり、アーラは足元を見る。
そこには苦悶の表情を浮かべた、潰れた蛙の様な姿勢のリシャールが居た。
リシャールも寝ていたのか、完全に無防備だった風な腹を踏み潰していた。
「……済まぬ」
アーラは慌てて足を退けて、そう謝ってから御者台に顔を出した。
「何だ?」
「宿の事なんですが、どうしやすか? この先にある村で、宿を借りますかい?」
ドレイクは早速本題を告げる。
「あーー。そうだな……」
「村で宿を借りるか、急ぐならそのまま進んで、切りのいいところで野営すりゃいいですが。今日は天気も良いようですし」
言われて、アーラは空を見上げる。
確かに雨は降りそうにない。
夜は多少は冷えるだろうが、この季節なら外だとしても寝るのに問題はないだろう。
今までフォレスタに向かう時は、殆どの場合父親と一緒だった。
なので、ビリザドを出てから一日目の宿は、この先の村から少し西に行った所にある、ホモン領主の館がある街まで、挨拶を兼ねて足を運んでいた。
ただし、今は特にあの領主に話がある訳でもないし、そしてなるべくならアーラはあの領主と顔を合わせたくなかった。
アーラは考えて――――
「いや、このまま進もう」
そうドレイクに告げた。
「了解しやした」
ドレイク自身はどっちでも良かったのだろう。特に何も言わずに頷いた。
アーラは馬車内に戻ると、今の決定を皆に告げる。
皆も特に異論を挙げず、あるいは荷馬車があるから別に問題ないと、考えているのかもしれない。
そうして、あくまで通り過ぎる事を目的として、一行は村に入ったのだった。
***
村は、街道を囲うようにして存在している。
その為、少し速度を落とした馬車が村の中心部に近づいて行くと、皆嫌でもそれに気づくことになった。
チラホラと点在している家々が、明らかに何者かに荒らされた様に痛んでいるのだ。
中には焼け落ちた家もあった。プスプスと白い煙を上げている。
そうなってから、まださほど時間が経っていない様に見える。
「これは……」
御者台から、覗き込むように外の様子を見ていたアーラが呻く。
「……恐らく盗賊にやられたんでしょうな」
「くっ、酷い事をする」
ドレイクの言葉に、アーラが憤る。
「あっ、あそこに人が集まってますよ」
御者台の上に移動して周囲を見回していたリシャールが、街の中心部の方を指刺した。
その先には、村人と思われる人々が何かを話し込んでいる姿があった。
遠目からでも、その悲痛な顔がありありと分かる。
「どうしやす?」
ドレイクは肩越しに背後のアーラに尋ねたが――――既にアーラはその場所には居なかった。
視線を戻すと、村人達の方に向かって走っているアーラを、視界に捉えることが出来た。
その直ぐ後ろには、グラストスの姿もある。
それに気づいたのか、マリッタも慌てて馬車を飛び出していく。
「あっ! 待って下さい~~」
リシャールも御者台から飛び降りて、その後に続いた。
「……やれやれ」
一人残されたドレイクが呟く。
若いな、とでも言いたげな様子だったが、その口角は上がっていた。
熟練の騎士の勘とでも言うのか、何かが始まる予感がしていたのだ。
(退屈な護衛業だと思っていたが……悪くない)
そんな事を思いながら、ドレイクは馬車を止められる場所を探すのだった。
***
どの顔も疲れ果て、または煤汚れていた。
恐らく、今まで消火活動をしていたのだろう。
突然走ってきた見知らぬ少女達を、村人が胡乱気な目で見つめるのも仕方のない事かもしれない。
この場の村人の中で最も年かさの老人が、警戒をはっきりと滲ませながら代表して口を開いた。
「何やね。アンタら……」
明らかに余所者を嫌っている響きがあった。
アーラは言葉に詰まる。
今まで初対面の人間に、これほど直接的に敵意に近い感情を向けられた経験が無かったからだ。
そんなアーラの様子を感じとったマリッタが、代わりに口を開く。
「この方は、ここホモンの南の領地。ビリザドの領主様のご令嬢よ」
最初に自分達の、特にアーラの身分を示した方が良いだろう。
そう判断しての発言だった。
その考えは概ね正しかったようだ。
村人達の視線が少し緩まったからだ。
比較的若い者達――と言ってもドレイク位の年齢だが、彼らは「隣の領主様のご令嬢?」「そんな方が何でこんな所に」そんな言葉を漏らしている。
その態度からは、日頃アーラのような身分の人間と接したことがなく、戸惑っている様に見えた。
「その、貴族のご息女様が、こんな所に何の用ですかな……」
そんな中、自分はこの村の相談役をしている者だと告げた後で、老人が再び尋ねる。
相談役とは、言わば村長のような立場の者である。
その事を知らなかった風なグラストスに、リシャールがそう耳打ちして教える。
村長の口調は幾分丁寧になっていた。
しかし、こちらに対して好意があるとは決して言えない様子であった。
そんな村長に、気を取り直したアーラは、意を決して言った。
「これは一体どうしたのだ!?」
「…………それを」
「……?」
「それを知って如何なさるおつもりですかな?」
村長の言葉の意図が分からなかったが、アーラは胸を張るようにして答えた。
「そんな事は聞いてみないと分からん」
「…………」
村長は沈黙する。どうしようか逡巡しているのだろう。
暫しその状態が続いた為か、その隣にいた中年の男が代わりに口を開いた。
「昨夜、盗賊団に襲われたんです」
「な、何をっ!?」
少し訛りのある口調で理由を話そうとする男を咎めるように、村長が鋭く声を発する。
「大丈夫だ親父。南の領主様のご一家のお人となりは、親父だって聞いているだろ? 話してみよう」
どうやら男は村長の息子らしい。
その男の言葉に頷いたのは、男と同世代の者達である。
反面、渋い顔をしているのは老人達であった。
若い方が、こうした事態に柔軟に対応できるのかもしれない。
そう判断したのか、村長は何も言わなかったが咎める様子は消えていた。
それを了承だと捉えた男は、話を続けた。
「……二十人程でしたか。奴らは突然村に現れ、『若い娘を差し出せ』と要求してきました」
「何!?」
アーラは目を剥いて憤る。
何事か叫ぼうとしたが、それはグラストスが抑えて、男に話の続きを促した。
「はい……。要求されたのですが、ただ生憎、この村には若い娘や子供は……もう一人も居りません」
その言葉に、周囲の村人の顔が一気に曇る。
今のこの村の被害の事よりも、そちらの方がよほど村人達には重い話であるようだ。
「それは、昨年の流行病……」
事情を察したマリッタが、尋ねようとして途中で口を噤む。
アーラとリシャールも言わんとしている事を悟ったのか、神妙な表情になる。
ただ一人事情の分からないグラストスは、「どういう事だ?」と言うような視線を隣にいたアーラに送った。
しかし、アーラはただ首を横に振るだけだった。
その深刻そうな様子に、グラストスは今はそれ以上聞くのを止めた。
「ええ……まぁ……。話を戻しますが、奴らは散々暴れた挙句娘が居ないと分かると、腹いせに村の家々に火をつけて、金になりそうなものや、村に備蓄されていた食料の殆どを持ち去っていきました……幸いにも殺された者は居りませんが……」
「同じことだぁ。畑の収穫もまだ先だぁ。それまでとても生きていけねぇよ」
男の後で、村人達が口々に嘆いた。
「酷い……」
青ざめた顔でリシャールが呟く。
マリッタも表情は強張っていた。
ビリザドの治安はパウルースの中でも、かなり良い方である。
辺境の土地であり領が大して裕福ではない上、領主が民の安全を第一に考えており、盗賊団などへの対応は厳しいものだったからだ。
割に合わないという考えからか、今ではビリザド領内からは盗賊団は淘汰されていた。
その分質の悪い自由騎士達が集まる傾向にある為、完全に問題がないとは言えない。
だが、それでも他の領地よりは余程良い。
ビリザドで生涯を過ごす者は、盗賊を実感として捉えていない者が多かった。
それは如何にビリザドの治安が良いかを、示す事例でもある。
ただ、リシャールとマリッタはビリザドの生まれではない。
ビリザドに来たのは物心付いた後の事であり、他の多くの領地では盗賊団やそれに付随する連中が、闊歩している事を十分に知っていた。
その為、この問題について自分の事のように考える事が出来、よって険しい表情になっているのだった。
「力無きものを……そ奴ら、許せぬ!」
生まれも育ちも当然ビリザドであるお嬢様は、盗賊団の事は知識として知ってはいた。
が、実感としての認識には疎かった。
しかし元々、弱者をいたぶる様な振る舞いは、アーラの最も嫌いとするものである。
怒りの炎を赤々と瞳に宿して、気炎を吐いた。
「昨夜襲われたと言ったな!? 今ならまだ追いつけるかも知れぬ。そ奴らがどちらに逃げたが教えてくれ!」
直ぐにでも追いかける気満々なアーラを、グラストス達が慌てて止める。
「待て。落ち着くんだアーラ嬢」
「そうです。お嬢さん冷静になって下さい」
「ぼ、僕達だけで、二十人も相手にするのは自殺行為です!」
必死な説得だったが、アーラの考えを改める事は出来なかった。
「うるさい! そのようなふざけた輩を、領主の娘として見過ごす事は出来ん!」
「ここはビリザドじゃないぞ!?」
「関係ない!」
怒り始めたアーラを、恐れおののくように村人達が見つめていた。
グラストス達も完全に持て余しており、こういう時ヴェラの不在が痛かった。
――その時。
「あ、あれは!」
村人達の中から声が上がり始める。
驚愕を秘めていたその声に、アーラ達も我に返り、何事かと伺った。
その視線の先には、馬に跨った騎士達が居た。十数騎は居るだろうか。
皆比較的軽装であったが、堂々としたその立ち振る舞い。
騎士団の人間に間違いなかった。
巨漢の男を先頭にして、ゆっくりとこちらに近づいてこようとしている。
最後尾に居る旗持ちの騎士が掲げている旗には、大きく翼を広げた『鷲』の意匠が施されていた。
「鷲の旗……ケ、ケーレス騎士団だ! ケーレス騎士団が来てくれたぞ!」
興奮したように村人達が叫んだ。
「何だと!?」
アーラもそれまでの表情から一変して、目を輝かせ始めた。
ケーレス騎士団。
『鷲』を紋章とし、パウルースにある四つの騎士団の中でも、最も歴史が新しい騎士団である。
丁度パウルースの国土の中央に位置する場所に砦を持ち、そこから全土に睨みを利かせている。
主に辺境の治安を維持する役割を担っており、ケーレス騎士団の果たしている役割は大きい。
その最たるものとして、盗賊団への対応が挙げられる。
設立以来、ケーレス騎士団の討伐した盗賊団の数は十や二十ではきかなかった。
その為、盗賊団には最も警戒され、辺境の民たちには最も頼りにされている騎士団なのである。
辺境の貧乏貴族の子息達の憧憬の対象であり、騎士の身を願うアーラにとっても同様であった。
そんなアーラとは対照的に、マリッタやリシャールの顔は微妙なものになっていた。
何者にも縛られず、己が力のみを頼りとし生き抜くことを誇りとする自由騎士達ギルドの人間からすると、国に縛られ、上の命令のみによって動く騎士団の騎士達は、甘い存在であるように思えるのだった。
ただし、騎士団の騎士達の方でも、己の享楽のみを求め、力があるのに金銭を貰わない限り民を護ろうともしないギルドの連中の事は、野蛮な輩に映っているのである。
己の意義に掛けて、互いに互いの存在を認める訳にはいかない。
騎士団とギルドとは、そんな犬猿の仲の間柄なのであった。
基本的に人懐っこいリシャールですら、その考えに侵されている。
他のギルドの者達の様子は言わずもがなだった。
騎士達は村人達の視線を集めながら、やがて巨漢の騎士の制止の合図と共に、村の中央にズラリと並んで止まった。
「馬上から失礼する。この騒ぎは一体どうした事だ?」
先頭の巨漢の騎士が、野太い声で村人達を見廻しながら言った。
その迫力に圧された村長は、震える声で事情を説明する。
「なるほど……ぬぅ」
話を聞き終えた騎士は、渋面な顔で呻いた。
厳しい顔で何事かを考え込んでいたその騎士は、ふと村人とは思えない格好の者達を発見する。
アーラ達である。
怪訝そうな表情を浮かべて、一人一人視線をやっていた。
そんな騎士の視線に気づいたのか、赤毛の歳若い騎士がアーラ達に向かって怒声を浴びせる。
「貴様らは何者かっ!?」
一方的な態度に、元々良い感情を持っていないリシャールとマリッタは一層視線をきつくしていた。
グラストスは赤毛の事は別段気にせず、ただ珍しげに騎士達を眺めている。
アーラは困ったような表情で、素性を述べようと口を開いたが、その前に、
「まあ、待て。このような女子供を取り上げて、怪しいなどと言ってみろ。団長にどやされるぞ」
どこか面白がりながら、巨漢の騎士は赤毛の騎士を止める。
「し、しかし、副団長……」
その呟きをアーラは聞き漏らさなかった。
「何!? 貴殿は、ケーレス騎士団の副団長殿であらせられるか!?」
確かに、その外見は威風堂々とした偉丈夫であり、歴戦の騎士である事を強烈に感じさせる。
年の頃はドレイクと同じ位に見える。
だが、同じ歴戦の騎士でも、どこか飄々とした所のあるドレイクとは全く質が異なっている。
歴戦の騎士と聞いて誰もが思い浮かべるような、そんな迫力を持った男だった。
それが上辺だけのものでない事は、その豪傑ぶりを証明する逸話と共に、パウルース中に高く知れ渡っている。
単身盗賊団の根城に忍び込んで、盗賊達を一網打尽にした。
そんな評判の事欠かない男だったのだ。
アーラはどこか緊張した面持ちで、副団長の返事を待った。
「如何にも。ケーレス騎士団副団長のヴィクトルと申す。失礼ですが、貴女は?」
「私は、ビリザドの領主の娘。アーラ・フォン・ロメルと申します」
「では、ベッケラート侯爵の……そうでしたか。お父上とは、一度お会いした事があります」
副団長は、そう言って少し目を綻ばせる。
「して、今ここにいらっしゃるのは何用で?」
「はい。父の命で、フォレスタの領主様の所に伺う途中でした」
「ああ。そうでしたか」
憧れの騎士団の副団長と会話をするのは、アーラにとって心躍る事だった。
最近では父や姉にしか使っていなかった敬語が、微妙に上擦っている。
しかし、周囲の惨状を思い出して、アーラは険しい表情を顔に貼り付ける。
「それより、ヴィクトル殿。この村の事ですが……」
「ええ。そうですな……しかし」
ヴィクトルは何か言いかけて、再び考え込むような態度をみせる。
迷っているような、そんな表情だった。
やがて結論が出たのか、
「村を襲った盗賊団は、どちらに向かいましたかな?」
ヴィクトルは、そう村長に尋ねた。
ここから見て北の方角に姿を消したと、村長は答える。
その方角を暫し見つめて、
「分かりました。我々が後を追ってみましょう。首尾よく奪われた食料を取り返しましたら、また届けに参ります」
ヴィクトルは、頷きながら言った。
「そ、そうでございますか! 有難うございます。どうかお願い致します……」
村長は何度も頭を下げながら、ヴィクトルにお礼を言う。
その村長に習い、他の村人達も騎士達に向かって頭を下げた。
その様子に赤毛の騎士がどこか誇らしげに「任せておけ」と胸を張った。
リシャールとマリッタの視線が更にきつくなる。
「余計な事を言うな!」
その偉そうな態度に、ヴィクトルは赤毛を鋭く叱責していた。
赤毛の騎士は、自分の髪のように顔を赤くして、副団長に許しを請うのだった。
そうして、
「では、早速向かいます故……失礼!」
ヴィクトルがそう村人達に告げたのを契機に、騎士達は一斉に北に向かって馬を走らせ始めた。
徐々に騎士達の姿が小さくなっていき、やがて消えた。
その場の全員が、その勇壮な後姿を物言わず眺めていると――――
「面倒な奴らが現れたと思ったが、ようやく行ってくれたか……」
物陰からドレイクが姿を現した。
「ドレイク殿。今まで隠れていたのか?」
「へっへっへ。すいやせんね。ちょいと奴らは苦手でして」
そう言って、ドレイクはニヤリと笑う。
呆れた表情を浮かべるアーラに対して、ドレイクは傷ついた村を見渡しながら呟くように言った。
「で、奴らはこの惨状に対して、一体何をしてくれたんですかねぇ?」
その言葉の中に非難の色を微かに感じたアーラは、思わず聞き返す。
「どういう事だ?」
「……まぁ、本人達が納得してるなら、別に言うこっちゃ無いんですが」
「だから何をだ」
「えーと、ですな……。奴らが盗賊達を捕まえれて食料を取り戻せたら、何の問題もありやせん。ですが、盗賊を捕まえられても既に食料が裁かれるか、食べられるかしていたら? 或いは、盗賊を見つける事が出来なかったら? 奴らは一体どうするつもりなんでしょうな。果たして律儀に戻ってきてくれるんですかなぁ」
そんな事を、人目を気にせずドレイクは告げた。
当然、敏感に反応したのは村人達である。
「ま、まさか。彼らはケーレス騎士団ですぞ? 我々を放って置くなど……」
「そ、そうだ。それに騎士団の仕事は盗賊団を相手にすることの筈だ。この村の惨状は正に盗賊団によるものじゃないか!」
だから、騎士団は自分達を見捨てる筈がない。
そう村人達は言っていた。
だが、どの声もそう願っているだけで、確信をもって発言している者は居なかった。
徐々に声は小さくなり、やがて沈黙が場を支配した。
アーラ達も戸惑うようにドレイクを見つめる。
ドレイクは頭を掻き――――
「そう。確かに騎士団の仕事は盗賊団を相手にする事ではあるが……それだけだ。その後の村への援助等は騎士団の仕事じゃない」
苦笑しながらそう言った。
だが、自分を凝視する人々の視線を感じたのか、慌てたように付け加える。
「あーーと。それが悪い事だって言ってるんじぇねえですぜ? そこまでが奴らの仕事って話さ。被害を受けた村の援助の仕事は本来、領主のものだ。この場合、領主に援助を頼むのが筋なんじゃないかね?」
ドレイクがあくまで安心させる為に告げた言葉だったが、村人達の表情は晴れなかった。
寧ろ困惑は深まった様にさえ見える。
アーラはその様子を気にしながらも、村長に向かって提案する。
「確かに、そうした事の際に民を護るのが領主の仕事だ。ここはドレイク殿の言う通り、ホモンの領主に頼んでみてはどうだ?」
「ええ……確かに、仰る通りですな……しかし……」
何故か、村長は渋るような態度をとる。
そんな父親を宥めるように、その息子が声をかけた。
「親父。とりあえずご令嬢の言うように、領主に願い出てみてはどうだ? ……駄目だった時のことはその後に考えればいいじゃないか」
その言葉に、村長は不承不承頷いた。
アーラは村長が認めたのを、満足気に見つめる。
「ならば街までは、私の馬車で連れて行こう」
「そ、そんは事をして頂く訳には……」
「良い。構わん。どうせどこかで宿を取る必要があったのだ。丁度良かったとも言える」
あくまで笑顔で提案するアーラに、村長は遂に顔を綻ばせて折れた。
「……分かりました。ご好意に甘えさせて頂きます」
「うむ。では善は急げだ。早速向かおう。準備が出来次第、私の馬車に来い……む? ドレイク殿。馬車はどうした?」
「あっちの隅に、勝手に置かせてもらってますわ」
ドレイクが村の隅の方を指差す。
「ならば、そこに集合だ。行くのは村長殿だけで良いのか?」
村長は周囲の村人と相談して、
「はい。私だけで結構です。では、直ぐに用意致して参ります」
村の中でも比較的大きい家に向かって歩いていった。
それを見送って、アーラはグラストスに声をかけた。
「グラストス。悪いがあれを持って来てくれ」
「……ああ。分かった」
グラストスは直ぐに馬車の方に走る。
二人は三十日近い日数。寝食を共にして過ごしている。
しかも、その殆どがそれなりに濃密な時間だった。
流石にアーラとヴェラ程の意思疎通は無理だが、『あれ』『それ』でアーラが何を言いたいか位は、グラストスにも分かるようになっていた。
この場合、この局面でアーラが求めている物は――――
グラストスは目的の物を馬車の中から取り出すと、再び街の中央に戻った。
「持ってきたぞ」
「うむ。量は少ないが、切り詰めれば、何とかこの場の全員分はあるだろう。我らが戻ってくるまで、これを足しにしてくれ」
アーラはそう言いながら、グラストスの持ってきた袋を受け取る。
食料が入った袋だった。それを村長の息子に手渡した。
息子は中を見て、それが食料である事が分かると、驚いた表情でアーラを見返す。
恐らく遠慮する類の何か言おうとして、だが一度口を噤む。
再び開いた口から出たのは、感謝の言葉だった。
アーラはそれに優しく頷くと、
「では、村人達よ。また後日会おう」
そう言って、アーラは先陣を切って荷馬車に向かい歩いていった。
その後に、苦笑しながらグラストス達が続く。
村人達はその背中が見えなくなるまで、ずっと頭を下げ続けるのだった。