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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
40/121

37: 疑惑

これで二章は終わりになります。

何か気づいた点、誤字脱字報告を頂ければ助かります。

また、感想・評価を下さると、とても嬉しいです。


 

 ドーモンの騒動から七日ほど経過し、街はようやく平穏な日常を取り戻し始めていた。

 取り戻し始めて……と進行形なのは、まだ完全に取り戻せていないからだ。

 その理由として、畑の後始末の問題と、破壊された家屋の問題が挙げられる。


 先ず、荒らされた畑については、土属性(ソルム)の使い手達の手を借りて修復されることになった。

 彼らの力によって、罠として陥没させた畑、ドーモンによって踏み荒らされ陥没した畑を、再び盛り上げることだけは出来た。

 とはいえ、これだけでは元通りとは言えず、そうする為には畑を耕し土を(なら)す必要がある。

 森から街近くまでのかなりの範囲に渡っての作業になる為、畑の持ち主だけでは手が足らず、他の農民達の力を借りないと、とても終わるものではなかった。

 男衆は家屋の修復作業に掛かりっきりだった為、農民の女衆達が協力して、自分他人の畑に(かかわ)らず手伝っているのだった。


 そして、破壊された家屋について。

 家屋を壊され、現在家が無い者達をアーラの屋敷に住まわすには流石に部屋が足りず、今は教会近くの拓けた土地に臨時の避難所を設営し、彼らはそこで生活を送っていた。

 ビリザドのような辺境の土地では、隣人との関係はとても密接である。

 他人の問題は自分の問題でもあると、自然と考えられる気風であり、破壊された家屋の修理に街の男達が総出で手を貸していた。


 その中には、グラストスやサルバ、リシャールの姿もあった。

 リシャールは領民ではないので、本来は関係ないのだが、なし崩し的に付き合わされていたのだった。

 熱心に手伝ってはいたが、グラストスは左手を骨折しており、サルバは左手を負傷しているため、今は二人とも片手しか使えない。

 なので、二人で一人分程の作業しか出来ず、その分の負担は全てリシャールに廻っていた。

 あるいはそれを見越して、二人はリシャールを手伝わせていたのかもしれない。

 (ひが)みの気持ちも、過分にあったように思われる。


 と言うのも、結果的にドーモンを追い返したので、自由騎士達は皆、約束の報酬である銀貨十枚を手に入れていたのだが…………ある意味一番頑張ったグラストスとサルバには支払われなかった。

 何故なら、二人ともギルドで手続きをしていなかった為である。

 それを知った時の、二人――――特にグラストスの絶望といったらなかった。

 それがあれば間違いなく屋敷を出る資金が溜まり、剣の修理費も(まかな)えたのだ。苦悩は大きかった。

 ただ、手続きしていた所で、ドーモンと直接戦っていた訳ではない彼らに、報酬金が払われたかは微妙ではある。


 なお、その時初めてグラストスが屋敷を出ようとしている事を知ったリシャールは、

「じゃ、じゃあ、ぼ、僕と一緒に暮らしませんか? 父上も当分帰ってこないですし。グ、グラストスさんだったら、僕……」

 と、何故か顔を赤くしながら申し出たのだが、

「…………いや、それは遠慮しておく」

 グラストスは、何か怪しい危機感を感じてきっぱり断ったのだった。



 他の自由騎士達は、別段手伝いを求められてはいなかったが、自主的に手伝いを申し出た者達も少なくなかった。

 それは主に、この地で長く活動している古参の騎士達だったが、中には新参者の姿もあった。

 今回の事件で、街への帰属意識が深まったのだろう

 それだけは、今回唯一の収穫と言えるのかもしれなかった。

 そして中でも、ある三人の男達の奉仕活動の熱心さは、街の男達すら凌駕(りょうが)していた。

 ウェイド達である。


 彼らは今回の事件の責任を問われ、ギルド長から二つ条件を提示された。

 この地を去るか、または奉仕活動をして(つぐな)いをするか、である。

 彼らが今回の騒動の原因であることは、その時点で既に周知の事だった。

 その為、街の人間のみならず、自由騎士達の視線も冷たいものがあり、奉仕活動をしたとしても一度抱かれた悪しき評価を(ひるがえ)させるのは、容易な事ではないだろう。

 更に彼らは、それまでの粗暴な振る舞いも、問題視される一因となっていた。


 だが、彼らは迷うことなく後者を選んだ。それがケジメと言わんばかりに。

 その心を入れ替えたような真面目で熱心な取り組みには、周囲の目も徐々に柔らかくならざるを得なかった。


 だからこそ、安心していた面があったのだろう。

 リシャールは、ウェイドの命を救った事もあって、彼らとの約束はもう果たさなくても良いものだと勝手に思い込んでいた。

 なので、先日サルバと街を歩いている時に、ウェイド達とバッタリ顔を合わせ、その事を指摘された時には、阿呆(あほう)の様な顔をせずにはいられなかった。


「え!? で、でも、ちょっ!? あれ!? ぼ、僕、助けたじゃないですか……!?」

「助けた? デタラメ言ってるんじゃねえ! 俺がお前を助けたんだろうが!」

 残念な事に、ウェイドはリシャールに命を救われた事を知らなかった。

 ウェイドの中ではリシャールとの最後の接触は、ウェイドがリシャールを助けた時だという認識だったのだ。

 リシャールの魔法をその身に受けると同時に気絶していたので無理はない。

 何とか真実を伝えたいリシャールだったが、あんな強引な助け方をした事が知れたら、逆に何を言われるか分からない。

 それを思い、涙を()むしかなかった。


 ただ、男達も以前ほどの(けん)は無い。

 最近の奉仕活動によって、真面目な面を見せていた自分達が、少し恥ずかしく思えただけだった。

 なので、これはその照れ臭さを発散しているだけで、もう実際にリシャールが依頼を受ける事は求めてはいなかったのだが……。

 黙ってやり取りを聞いていた、サルバの目が(あや)しく光っているのには、誰も気づかなかった。


 翌日、サルバが勝手に依頼を受けてきた。

 (いわ)く、リシャールの為に代わりに受けてきたらしい。

 それを聞かされた時のリシャールの顔は、とても奇妙な具合に()んでいた――――訳ではなかった。

 対応もお座なりであり、調査などはサルバに任せると適当に投げてしまった。


 本来ならば、リシャールは危険が少しでもありそうな事は、絶対に自分で調べていた。

 しかし、その話を聞いたのは作業の休憩時間で、二人分働かされているリシャールは、その時はともかく休みたいという気持ちが強く、疲れからそんな事を言ってしまったのだった。

 もちろん、その日の作業が終わり、冷静さを取り戻した頃。

 明日の依頼の為に罠を張りにいく、とサルバに森に連れて行かれそうなったリシャールは、しっかり後悔の声を上げる事になった。


「嫌だ~~~~~~!! サルバと依頼なんて絶対嫌だ!! 僕はあの時どうかしてたんだあ!! そ、それにさっきから、その依頼を僕達が受けるのを知った知り合いはみんな、『あれを受けるんだってな……』って意味あり気に言って来るんだよ!? 絶対に普通の依頼じゃないって!」

「大丈夫だぁ。俺に作戦があるがら!」

「余計不安だよ! そ、それにほら、僕用事があるんだ! ち、父上に手紙書かなくちゃ……」

 父親が何処にいるのか分かっていないリシャールは、手紙を書いても送る事は出来ない。

 必死にごね続けたが、サルバは「いいがらいいがら」とにこやかに笑いながら、リシャールを引っ張っていった。

 それを傍で見ていたグラストスは言いようの無い不安を感じ、小さく溜息を吐くと、仕方なく後を追ったのだった。



 騒ぎながら間道を歩く二人に苦笑しながら、グラストスは先日までドーモンが居た畑を眺めた。

 結論から言うと、雌ドーモンは死ななかった。

 だが、それは自然治癒(ちゆ)による回復ではない。


 雌ドーモンは騎士達にやられ、息も絶え絶えの様子で一日半程は生き長らえていたが、それを経過した後はもう身動きはせず、後は死を待つだけという状態だった。

 それを救ったのが、マリッタだった。

 正確には、マリッタの連れてきた回復魔法使い(ヒーラー)が。

 その人物は以前、グラストスの命を救ってくれた人物でもあった。


 マリッタは予定の一日掛かる行程を半日と半分で踏破(とうは)し、同様の時間で自分の師匠と二人で、そのヒーラーを抱えるようにして連れ立って戻ってきたのだった。

 もし、当初の予定通りヒーラーの到着に二日半も掛かっていたら、間違いなく雌は死んでいた事だろう。

 咄嗟(とっさ)にヒーラーも一緒に連れて行こうと考えた、マリッタの先見の目は確かだったといえる。

 もっとも、ヒーラーは半ば強引に連れてこられたらしく、着いた当初は完全に目を廻していたのだが……。


 そのヒーラーの治癒によって、雌ドーモンは完治とまではいかなかったが、程なく立ち上がり歩けるようになった。

 死に掛けていた魔物を回復させた、そのヒーラーの様な真似は普通の回復魔法使いに出来る事ではない。

 凄まじい、と形容されるほどの使い手だった。


 ずっと雌の周囲から離れようとしなかった雄ドーモンや、子供の喜んだような様子を見て、あれから再三雌の様子を(うかが)っていたアーラや自由騎士達は、(こと)(ほか)喜んだ。

 その後、ドーモン達は子供の速度に合わせるように、ゆっくりと森に帰って行った。


 ただ、結果的にドーモンは死ななかったが、動かない雌を見て哀しそうに()いていた魔物の様子は、忘れることの出来ない記憶として、皆の胸に刻み込まれたのだった。

 


***



 そうして、話は『猪』討伐依頼に戻る。


 昨日の帰り(ぎわ)に、今日は依頼を受けるという事を修復作業の現場責任者――――ヴェラに告げていたので、作業の穴を空けることは問題ない。

 だが、言い換えればそれはグラストス達三人が居ない事を、誰も不審に思わないと言う事でもある。

 つまり、助けは望めない。

 

 泉で(おぼ)れたリシャールを、何とか救い出したのは良かったものの、大量に水を飲んでおり意識が戻らない。

 直ぐに処置する必要があったが、グラストスに心得(こころえ)はなかった。

 だが、珍しくサルバが知っているというので、グラストスは多少不安に思いながらも蘇生(そせい)を任せた。

 すると、サルバはグラストスが止める間もなく、倒れて呻くリシャールにぶちゅっと接吻(せっぷん)した。

 正しくは、口から空気を送り込んで、呼吸を(うなが)しているのだったが――――


「…………そ、それならば、鼻を(ふさ)がないと駄目じゃないのか?」

 意図に気づいたグラストスが、恐る恐るといった様子で懸念点を告げる。

 グラストスの言う通り、サルバが送り込んでいる呼気は、明らかにリシャールの鼻から出ていた。

 サルバは口を合わせたまま「なるほどぉ」とでも言わんばかりに理解の目をグラストスに向けると、その太い人差し指と中指の二本の指を、リシャールの形の良い鼻に――――(おもむろ)にズボっと突っ込んだ。

 深く、指の第一と第二関節の中間位まで差し込まれている。

 端正(たんせい)なリシャールの顔がとても間抜けに見えて、グラストスは笑うというより、(むし)(あわ)れに思った。


 サルバは再び空気を送り込み始める。

 おぞましい光景だったが、効果はあったらしい。

 やがて、リシャールは口から水を吐いて咳き込むと、ゆっくりと意識を取り戻した。


「はぁはぁ……死ぬかと思った……」

 幸いにも、今自分がどうやって救われたかは分かっていないらしい。

 知っていたら、間違いなく騒いでいる。

 いや、自害しようとしたかもしれない。

 グラストスは、この事はリシャールの為にも、黙っておこうと決めた。


 サルバはというと、自分の蘇生方法の正しさが証明され、得意になっているようだ。

「がっはっはっはぁ。俺の言っだ通りだっただろぉ?」

 グラストスは悟る。この男はいつかまた同じ事をやる、と。

 絶対に水場には近づかない事を、心に決めたグラストスだった。

 

「はぁ……でも、これで猪は()けましたかね?」

 呼吸を整え、立ち上がったリシャールがそう口にする。

「がっはっはっは。俺の作戦はバッチリだぁ。安心しろぉ。もう大丈夫だぁ!」

 先程の事で調子に乗っているサルバは得意気に答えたが、その瞬間グラストスは猛烈に嫌な予感がした。

 それは既知感(きしかん)に似ていた。

 なので、慌ててサルバを止める。

「お、おい。それ以上は止めておけ!」

 だが、その不安は伝わらなかったようだ。


「がっはっはっは。大丈夫だぁ。俺の作戦だからなぁ!! 猪が気づく筈もねぇ」

 更に大声でサルバが笑う。

 完全に調子に乗っていた。

 得てしてこういう時に、事件は起こる――――


 グラストスは勢いよく走り出した。

 何故かは分からないが、あの場にいては危険だという本能とも呼べる意志がそうさせたのだった。


 一方、急に走り出したグラストスに、唖然(あぜん)とするリシャールとサルバだった。

 しかし、そんな二人の背後に…………突然、周囲の木々を()ぎ倒しながら、巨大な猪が姿を現した。

 獲物に逃げ回られて苛立っているのか、鼻息が異常に荒い。


「うあああああああああああああ」

「うおおおおおおおおおおおおお」

 二人は、慌てて逃げ出す。

 その後を、猛然と猪が追いかけ始めた。


 先日のドーモンと比較するとかなり小さいが、その事は何の(なぐさ)めにもならなかった。

 『採取』の際の条件として、”生死は問わず”が挙げられていたので、現実的に考えると『討伐』なのだが、その事実は何の足しにもならなかった。

 グラストス達を仕留めるのに十分な大きさはあるのに加えて、とても動きが速い。


「こ、こっちに来るな!!」

 二人が自分の後を追いかけてくる事に、グラストスが文句を言う。

 だが、二人も必死だった。


「ひ、酷いですよ!! じ、自分だけ助かろうだなんて!」

「そうだあぁ!! 仲間を見捨でるのがあぁ!?」

 前方を走るグラストスに、苦情を投げかける。

「さ、三人ともやられて、どうするんだ!! ここはお前達に任せる!」

 グラストスも必死に抗弁(こうべん)する。

 だが、その主張は当然受け入れられない。


 それを皮切りに、汚い(ののし)りあいが、両者の間で()わされ始める。

 それは暫く続いたが、まるで三人が自分を忘れている事に腹立ったように、猪が鼻息を荒くし速度を上げた。

「「「うわああああああああああああああああああ」」」

 そうして、三人は薄暗い森の中、どこまでも走り続けるのだった。 



***



 グラストス達三人が森で騒いでいる頃、アーラとヴェラの姿は屋敷にあった。

 アーラが私室で書類作業を行っていた所に、ヴェラが訪れたのだ。


 今現在も修復作業は行われている筈だが、二人がこんな場所にいるのには訳があった。

「どうだ? 修復作業は?」

「はい。順調に進んでいます。三十日もあれば、とりあえずは元の家に全ての避難民を移せると思われます」

「そうか。早くそうなると良いな」

 アーラは満足そうに頷く。


 アーラがまるで現場を把握していないように言うのは、アーラは修復作業を直接手伝ってはいないからだった。

 もちろん、アーラは始め、手伝う気満々だった。

 だが、アーラが手伝おうとすると、手伝われる側の家の主達が恐縮しきってしまい、作業にならなかったのである。

 これはかえって遅れに(つな)がると判断したヴェラによって、アーラは手伝う事を禁止された。


 その代わりアーラは、屋敷で書類作業に追われる事になった。

 アーラとしては、体を動かす方が(しょう)に合っている。

 しかし、現場を指揮して疲れている筈のヴェラが、屋敷に戻ってくると家事をして、その後は書類作業をしているのを知っていたので、何も言えなかった。

 せめて家事ぐらいは引き受けようと思い、一度行おうとしたところ…………。

 かえって、ヴェラに迷惑をかける結果になった。

 呆れたグラストスに(さと)され、今は家事を手伝おうと思う事すら止めていた。

 

 そして、ヴェラは本題に入った。

 今、この場にいるのには、アーラに急ぎ報告する必要がある事案が出来た為だった。

「お嬢様に、ご報告したい事があります」

「ん? 今の進捗の話以外でか?」

「はい。三点ほど」

「今日の晩でも良かったのではないか? グラストスも今は居らぬぞ?」


 今回の事件の解決は、グラストス達の行動に()るところが大きい、と考えていたアーラのグラストスに対しての信頼は、一層増していた。

 なので、特に意識せずにその台詞が出たのだが――――


「はい。であればこそです」

 ヴェラはグラストスが居ない今だからこそ、と言う。

 流石に、アーラは(いぶか)しげに眉を(しか)めてしまう。


「穏やかな話じゃないな。一体どういうことだ?」

「……良い話が一点。悪い話が二点ありますが、どちらからにしましょう?」

「良い話だ」

 即答する。

 アーラは好きなものは、真っ先に食べる性質(たち)だった。


「分かりました。では……」

 そう言って、ヴェラは一枚の(ふみ)を取り出し、アーラに手渡した。

「何だこれは? ……ん? おお! 父上からか」

 アーラが驚きの表情を浮かべる。

「はい。私宛に、今朝届きました」

「ヴェラ宛か……私が読んでも良いのか?」

「はい。構いません。その事は、お嬢様にも伝えるように指示されております」

「ふむ…………」


 暫し、文に目を落としていたアーラは、読み終わると面を上げた。

「なるほど。父上が、ようやくお戻りになられるのか」

「はい。文がここに届くまでの時間を考えますと、恐らく今丁度、王都を旅立たれた頃でしょうか」

「そうか……であれば、姉上も居る事を考えると、八日程掛かるか?」

「はい。ですが恐らく、旦那様は道すがら懇意(こんい)の間柄にあらせられます、他の領主の方々の所に身をお寄せになると思われますので、もう少し掛かるかと」

 侯爵が立ち寄りそうな領主達の名前を思い浮かべながら、ヴェラが考えを述べた。

 アーラもそれに同意する。

「それは、ありうるな……分かった。では、聞きたくはないが悪い方の話を頼む」


 ヴェラが再び、一枚の手紙をアーラに差し出す。

「何だ、またか」

 アーラは受け取りながら、差出人の名を確認する。

 だが、そこには見覚えの無い名前が書かれていた。首を傾げる。

「ん? 誰からだ?」

「それは、お嬢様名義でお出しさせて頂いておりました――――グラストス様の調査依頼です」

「ああ……あれか」


 それは、グラストスが目覚めた日の事だ。

 グラストスの魔法の知識が豊富な事に目をつけ、身元を調査する手がかりを掴めればと『魔法学校』宛に手紙を出すよう、ヴェラに指示していたのだった。

 何も分からないかもしれないので、変に期待させては拙いと思い、その事はグラストスには()せられていた。

 あの後色々あった為、アーラもすっかり忘れていたのだが、ようやく手紙が届いたと言う。


「ふむ。それは分かったが、それが悪い話という事は、グラストスの事は分からなかったのか?」

「いえ――――確定情報ではないのですが、こちらが伝えましたグラストス様の特徴に近い……と思われる人物に心当たりがあるという回答でした」

「何? では何故それが悪い話なのだ? 良い話ではないか」

 ヴェラの言葉に戸惑いながら、アーラは文を取り出し読み進めた。

 だが、読み進めるに従って徐々に顔が曇り出した。

 そして、肝心の部分に達したのか、アーラは座っていた椅子を蹴倒(けたお)しながら立ち上がった。


「グラストスが、『あの男』だと言うのか!? 馬鹿な!」


 読み終わると、その文を地面に叩きつけるように投げ捨てながら、アーラは苛立った様に叫ぶ。

「手紙にあるように、確証のある話ではありません。ただ、グラストス様が見つかった時期に『魔法学校』から姿を消しており、伝えたグラストス様の特徴と一致する方が、『あの方』しか居られないというだけです」

「しかも、今現在も『学校』に戻っていないだと……」

「はい。可能性は高いかと。グラストス様と、年の頃も合っている様に思います」


「…………」

 苦々しい顔で、アーラは沈黙する。

 アーラとしては、その手紙の人物とグラストスが同一人物とは、どうしても認めたくないようだった。

 否定するようにゆっくりと首を振っている。

 やがて――――


「……私には、そうとは思えん」

 体の中から(しぼり)り出すように、アーラが(うめ)く。

「…………実はその手紙を送ってくださった方は、もう一枚、文を同封(どうふう)してくれておりました」

 ヴェラは、その文を取り出すとアーラの横の机に広げた。

「こ、これは……」

「『あの方』の人相書きだそうです」


 その人相書きには、グラストスと似通った男の顔が描かれていた。

 (うり)二つ、とまではいかないが、それは画力によるものだとも思える。

「……これだけでは……分からん」

 もはやそれはアーラの願望に近かった。

 これだけの証拠が提示されても、どうしても認められない。

 普段のグラストスの振る舞いからは、どうしても『あの男』と繋がらないのだ。

 例え、グラストスの記憶が失われているというにしても。



「――――では、最後の話を」

 そんな主の様子を見て、話を換える様にヴェラが静かに言う。

「これ以上、悪い話はないだろう?」

 疲れたように自嘲気味に笑うアーラだったが、ヴェラの話を聞いてその笑みは凍りついた。



「今朝、あの騒動を起こした二人組が、自警団の屯所(とんしょ)の地下牢で死亡しているのが確認されました」



「な!? まさか自害か!?」

 アーラは真っ先にそれを思う。

 あの二人組、街を危うく崩壊させかけたその罪の大きさから、パウルース中の犯罪者を収容する『監獄』に送る手筈となっていた。

 入れば先ず二度と生きて外に出る事は叶わない、と言われている場所である。

 そこに彼らを送る手続きは、騒動が落ち着いた後、すぐさま取られていたのだった。


 そして、近日中には、『監獄』からの使者が到着する事になっていた。

 そんな矢先の事であったのだ。

 『監獄』行きを(はかな)んで、自分の命を()ったのだとアーラが考えても無理はない。

 

 だが、現実はもう少し複雑だった。

「死因は、頚動脈(けいどうみゃく)の切断による、失血死(しっけつし)です。切り傷から、刃物で出来た傷である事が分かっています。ですが、その刃物は牢から出てきませんでした」

「で、では、何故奴らは死んだのだ!?」

 アーラの叫びに、ヴェラは断言する。

「何者かがあの場所に忍び込んで、彼らを殺害したとしか思えません」


「なっ!?」

 驚くアーラを冷静な目で見ながら、ヴェラは続ける。

「その後の調べで、彼らは女性を(かどわか)そうとしたりなど、街で幾つもの悪事を働いていた事が分かっています。魔物の事がなくとも、人の恨みは少なからず買っていた事でしょう。……ですが、それらの事も加味して、彼らを決して街の方々の目に触れさせぬように、地下牢の中でも特殊な隠し牢に入れておりました」

「…………」

「その事を知っており、あの場所に入る事が出来たのは、自警団員の内の数名と私。そして、お嬢様と、そのお付き役であった……グラストス様だけです。そして、グラストス様は昨夜屋敷にお戻りになられておりません。依頼を受けているのだとは聞いておりますが……」

 何か含む所あるようなヴェラの言葉に、アーラが嫌そうな表情になる。

「……何が言いたい」


 もう、アーラの胸に、彼らが死んだ事による驚きは無かった。

 ヴェラが何を言おうとしているのかを悟ってしまい、その事が頭を占めていた。

「彼が下手人であると、言いきっているわけではありません。証拠も何もありません。手を下す理由も思いあたりません。まして、牢にはずっと見張りが付いておりました」

「ならば、関係ないではないか。見張られていたのだろう?」

「ですが、実際に彼らは殺害されました。見張りの目を掻い潜って。誰かが手をかけたのに違いないのです。そして、消去法で考えた時に最も可能性が高いのが……。お嬢様。どうかくれぐれも……お気をつけ下さい」

「…………」

 アーラは怒鳴り散らそうと口を開いたが――――結局何も言わなかった。

 その代わりに、アーラの胸にグラストスと街を散策した日の事が蘇る。


『俺は、君の味方だ』


 あの日グラストスはそう言った。

 その時は突然で、まるで意味が分からない言葉だったが、今のアーラにはその言葉がとても深い意味を持つように思えた。

 グラストスはその後、その言葉を証明するかのように、この街の問題、しいてはアーラの問題に手を貸してくれた。

 ならば、今度は自分がそう振舞わねばならない。

 アーラは自分を(いまし)めるように、その事を強く想うのだった。 



-2章 完-


何やら最後だけ、ミステリっぽくなってしまいましたが……。

(自分の好きなジャンルなので)

予め言っておきます。

「なにぃ!? ヤツが下手人だと!!?」


と、いうような展開にはなりませんw

(個人的にはそれも面白そうだと思いますが)

あくまでファンタジー、あくまで戦記(冒険)モノです。

今回は風味を入れただけとお考え下さい。


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