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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【1章 辺境の自由騎士】
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1: 出会い

【1章 辺境の自由騎士】 

 

 まず男の視界に入ったのは、太くしっかりとした梁の天井だった。

 瞳にそんな光景を映したまま暫くの間呆然と眺めていたが、徐々に意識が覚醒していく。


(どこだ……ここは?)

 最初に思ったのはそれだった。


 取りあえず体を起そうと、左手を寝台の脇に付いて力を込め――――左腕から全身に向かって痺れる様な痛みが走った。

 再び寝台に寝転がる事になり、声無き声を上げて涙目で左腕を確認した。

 左腕には添え木と共に、包帯が厳重に巻かれている。

 一体いつこんな怪我を負ったのか男には分からなかったが、処置から判断するに、どうやら骨が折れているらしい。

 男は左手に刺激を与えないように気をつけながら寝台を降りる。

 革靴が寝台の脇に置かれていたので、それに足を通した。


 何故自分はこんな場所で寝ているのか。事情は良く分からない。

 ただ、怪我の処置をして寝かされていたということは、自分に対して悪意のある者の行いではないだろう。

 そう思い、男は警戒を緩めながら部屋の外に出て行った。


 男が寝かされていたのは、二階の奥にある客室だったらしい。

 屋敷の中央に、一階に降りる階段が見える。

 二階には他にも寝室と思われる部屋がいくつもあったが、住人の姿は発見できなかった。

 男は仕方なく階段を降りて階下に向かう。

 一階に降りても人は見当たらない。居間らしき場所にも人は居なかった。


 しかし、この家の主人はどうやら実直な人間のようだ。

 かなり大きい家――――屋敷に対して、内装や装飾品等は質素たるものだった。

 ただ、そんな事に感心してばかりもいられない。

 男は屋敷の外に出る事にした。外の景色や屋敷の外観を見れば、何か思い出すかもしれないと考えたのだ。


+++


 昨日の刺すような大雨から一転して、空は雲一つ無い清々しい青色で覆われていた。

 もちろん男は大雨の事などは知らなかったが。


 心地よい外気を全身に浴びて、思わず体が弛緩する。

 外に出て分かったが、この屋敷は高台に建てられていた。地上に並ぶ家々が高台を取り巻くように並んでいる。

 見晴らしもよく風通しも良い。立地条件はかなり良いと言えた。


 改めて屋敷の外観を眺めると、その大きさは嫌がおうにも分かった。

 屋敷の前庭もかなりの広さがあり、庭師の手によるものか丁寧に切り添えられた木々や整えられた芝は、見る者に品位を感じさせる。

 どうやら自分はかなり裕福な人間に救われたようだ、と男は思った。

 ただやはり、何故このような場所に居るのかは思い出せない。


 手持ち無沙汰な男は見るとはなしに前庭を眺めていると、微かな声が風に乗って聞こえてきた気がした。

(人が居るのか?)

 このような立派な屋敷が、無人だとは考えにくい。

 仮に屋敷の主人は家を空けていたとしても、使用人は居るだろう。

 僅かな逡巡の後、男は声が聞こえた場所に向かうことに決めた。


 屋敷の裏側へ回りこむ。

 裏手には、前庭の半分程の広さの裏庭があるようだ。

 前庭とは違い、芝生ではなく露出した地面が広がっている。


 そして、男は自分の聞いた声が気のせいではなかった事を悟った。

 裏庭を進むにつれ、聞こえる声が大きくなっていたからだ。

 声の主はどうも女らしい。

 それも成熟した女のものではなく、まだ少女と言える年頃の。


 裏庭を進み、声の聞こえる場所に辿り着く。

 そこには、肩程で切り揃えられた陽の光に輝く金髪を靡かせて、一心不乱に剣を振る少女の姿があった。

 短い掛け声と共に剣を振り下ろしては、再び振り上げる、という動作を繰り返し行っている。

 剣の鍛錬だろうか。ただ剣の振りから判断すると、男の目にも少女の剣の腕がまだ未熟であることが分かった。

 男の位置からは少女の後姿しか見えなかったが、何となく見入ってしまっていた。

 そのまま暫く眺めていたが、男はやがて我に返ると静かに少女に近づいていく。


 最初に男に気づいたのは、少女に付き添うように立っている小間使いと思わしき女だった。

 男は近距離まで近づくまで、女の存在に気づかなかった。女のどこか消えてしまいそうな存在感の薄さの為である。


 女は男の驚いた様子など意に介さず、ボソリと少女に何かを進言する。

 よほど集中していたのか、少女は女に指摘されてようやく男の存在に気づいたようだ。

 そして、剣を振るのを中断して、クルリと男を振り返った。


「目が覚めたのか」


 それは透き通るような綺麗な声だった。

 だが決して弱々しくは無く、新緑の葉を茂らせた若木の様な清々しさと力強さを男は感じた。

 その容姿は、恐らくもう少し成長すれば、年頃の異性からの求婚が後を絶たないだろうと思わせるには十分な程、愛らしく整っている。

 特筆すべきはその蒼い瞳だ。人が訪れない森の奥の泉のように澄んでいる。

 しかし、爛々と輝いており、見る者に強烈な印象を抱かせるに違いなかった。

「もう動いて大丈夫か? 体は痛まないか?」


 男は半ば気圧されていたが、何とかそれを乗り越え返答する。

「あ、ああ。体は多少痛むが……問題ない。……君が俺を介抱してくれたのか?」

「いや、私ではない。私は貴公を休ませる場所を提供したに過ぎん。実際に行き倒れていた貴公を救ったのは、『ギルド』の者達だ。感謝なら彼らにするがいい」 

「そうか……だが、俺をこの屋敷で休ませてくれていたのは君なんだろう? 有難う、礼を言う」

 頭を下げようとする男に、少女は柔らかく微笑みながら首を振る。

「いや、それには及ばない。この地を訪れた者を助けるのは、領地を預かる貴族として当然の事をしたに過ぎない」

 謙遜ではなく、少女は本気でそう思っているのだろう。言葉に淀みは全く無い。


「それより、貴公はどこの人間だ? 何故あんな森の奥深くに居たのだ? 聞く所によると、この土地のギルドの人間でもないようだが……っと失礼した。先に私の素性を明かすのが礼儀だったな」

 そう言って、少女は軽く頭を下げる。

「私の名は、アーラ・フォン・ロメル。この地を治める領主の娘だ」


 『領主の娘』という言葉に、男は驚く。

 領主と言う事は、この娘の親は『侯爵』以上の爵位を持つ貴族だと言う事だ。

 通常ならその娘である少女も、おいそれと口を聞けるような相手ではない。

 そんな男の内心の動揺を知ってか知らずか、アーラは特に何かを気にした様子もなく男の名を尋ねた。


「あ、ああ。俺は…………」

 男は動揺しながらも、すぐさま答えようとしたが、ある致命的な問題に気づき口を噤んだ。

「どうした?」

 アーラは一向に答えようとしない男に、不思議そうな目を向ける。

 だが、それでも男は答えようとしない。

 そうして、そのまま暫く黙りこんだ後、やがて男はポツリと呟く様に言った。



「俺は…………誰だ?」


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