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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
39/121

36: 森林の巨獣

 

 誰が最初に気づいたのかは分からない。

 騎士達の間から、ふと声が上がった。

「……おい。(オス)のドーモン……あれ、こっちに向かって来てるんじゃねえか?」

 (メス)に対する攻撃を続けながらも、ざわめきが場を支配する。


「静まれ! 今は前方の敵に集中せよ!!」

 アーラの目にも、雄ドーモンがこちらに向かってきているのが分かった。

 森まで行ったにしては、戻るのが速すぎる。

 恐らく、雌の鳴き声を聞いて引き返したのだろう。


 アーラ自身動揺はあったが、それを隠して周囲を叱咤(しった)する。

 それにより、皆表面上は落ち着きを取り戻したようだった。

 ただ、それでも時折チラチラと、その存在に視線をやっている。

 距離から言えばまだ十分余裕はあったが、その巨体の存在感を完全に忘れるのは無理だったのだ。


 あれから何度、同じ攻撃の流れを繰り返したのか。

 ドーモンは比較的賢い魔物の筈だったが、畑の落とし穴には面白いように()まった。

 その巨体の為か、地面が見(づら)いのかも知れない。

 ヴェラは他にも策を用意していたのだが、結局最初の策だけで事は()っていた。

 

 雌ドーモンは確実に弱り、衰えていた。

 最初の頃のような勢いはなく、動作は緩慢(かんまん)だった。

 体中から黒煙を上げ、肉が焼ける臭いが周囲に充満している。

 もういつ倒れてもおかしくなかった。

 母の執念なのだろうか、子を奪われた怒りなのだろうか。

 雌ドーモンは、それでも狂ったように騎士達に向かう意志を見せていた。

 

 だが、更に騎士達の攻撃をその身に受け続けた結果、遂に横転したまま起き上がらなくなった。

 何とか立ち上がろうとは試みているが、四肢に力が入らないらしい。

 魔物の様子を伺うように、騎士達の攻撃の手が、一旦そこで止まる。

 このままいけば仕留められるだろう。皆そう思った。


「…………(とど)めを」

 ヴェラが低く告げる。

 流石にその光景に、心穏やかという訳にはいかないのだろう。

 少し表情が曇っている様子が伺えた。

 そして、それ以上に動揺を露にしていたのが、アーラだった。


「ま、待て。雌はもう良いのではないか? あれほど痛めつければ、もう動けないであろう?」

 ヴェラの言葉を嫌がるような態度をとる。

「……お嬢様。今何をするべきなのか、お考え下さい」

 ヴェラはそんなアーラを一瞬(いつく)しむように見た後、少女の迷いを(いさ)める様に言った。


 その指摘に、アーラは苦渋(くじゅう)の表情を浮かべて(うな)る。

 領主代行の身として、第一に考えなくてはいけないのは民の安全だった。

 僅かでも、それを侵害する者がいるのであれば、対処しなくてはいけない。

 領主とはそんな立場にある。

 民の安全を考えた場合、ドーモンは完全に障害であった。

 ならば速やかに、排す必要がある。

 だがアーラは…………。


 視線が何度か雌ドーモンとヴェラの顔を往復した後、

「そ、そうだ! あの様子だと雄がこの場に来るのも時間の問題だ。今の内に騎士達を休ませておくことが必要なのではないか!?」

 ヴェラの顔を、まるで親の許しを()う子供のような表情で見上げながら、そんな提案をした。


「…………」

 それに対し、子供を何と言って諭そうかと考えている親のような表情をヴェラは浮かべた。

 ヴェラは一度、雌ドーモンへと視線を移す。

 雌を見ながら何事か考えた後、アーラに分からぬようにそっと溜息を吐く。

「……分かりました。雌はあの様子ではもう起き上がれないでしょう。雄が来るまでは四半刻以上掛かる筈です。それまでの間、休息をとっておく事も必要かもしれません」

 いつもの冷静な顔で、アーラの言葉を認めた。


「う、うむ! そうだな! 騎士達よ、雌はもう動けぬ。なので、雄が来るまで一旦体を休めておいてくれ!」

 アーラは嬉しそうに数度頷いた後、自由騎士達に号令を出した。


 彼らもずっと戦い通しで、疲労はあった。

 アーラの言葉に内心思うところある者はいたが、特に異論を上げる者はおらずその言葉に従った。

 そして、念の為に畑三つ分後退し、そこで一時の休息をとることになった。


 皆休みながらも腰は地面に下ろしておらず、中腰の姿勢で武器の手入れ、矢の補充をしているのは流石に自由騎士だった。

 視線も絶えず、雌と雄のドーモンに向けられている。

 一度完全に脱力すると、再び力を振り絞ることが難しいのを経験で知っているのだ。

 日頃泣き言が多い、リシャールですらそうだった。



+++


 

 時は矢のように過ぎ去った。

 雄はその巨体を、改めて騎士達に示していた。

 それほどの距離まで近づいている。


 やはり、雌と比較すると一回り大きい。

 その事を再認識し、騎士達は再び気力を湧きあがらせていた。

 自身を(たか)ぶらせているような、そんな声が至る所から聞えてくる。


「そろそろだな……」

 アーラも弓の邪魔にならぬよう、上着の袖を紐で(くく)り直しながら、魔物へと視線を送っていた。

 この魔物相手の場合、装甲を厚くするよりも身軽さを重視した方が良い。

 そう古参の騎士達の進言を受けて、この場の全員が戦い始める前から、鎧など重みになる類のものは一切身につけていない。

 始めは少し不安があったが、これまで重傷者が出ていないのは、その進言の正しさを証明していた。


 雄は最初に陥没(かんぼつ)させた畑を越える所まで迫っていた。

 雌ドーモンの様子が気になっているのか、穴を回り込もうとせずに、真っ直ぐ突き進んでいる。

 三つ目に差し掛かった所で、穴の境に足が引っかかったのか、雄は転倒した。

 その様子を見て、騎士達の間から失笑が漏れる。

 雄ドーモンは咆哮(ほうこう)を上げながら起き上がり、次の穴まで進むと、そこで再び転倒した。

 そして、その次の次の穴でも。


 あまりに滑稽(こっけい)な姿だったが、既に笑う者は誰一人としていなかった。

 誰もが何か気まずそうな、申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべていた。

 やがて雄は、倒れたまま弱々しく動いている雌の下に辿り着く。

 悲しげな、アーラにはそう聞えた、そんな鳴き声を上げながら、自分の妻を気遣うように頭を雌の体に擦り付けていた。


「…………」

 この場の全員が、その光景をただ無言で眺めていた。

 もう、魔物を倒せそうだと(よろこ)んでいた気持ちは、誰の胸にも無かった。

 本来なら、ドーモンと戦う事など有り得なかったのだ。

 この地の自由騎士なら、間違っても手を出したりはしない。

 その事が、この事態を引き起こした者達への怒りへと変わっていた。


 ウェイドは既に気絶から目が覚め、今は中央の風使い達の中にその身を置いていた。

 二人組の暴挙(ぼうきょ)と、自分達の浅慮(せんりょ)の結果の光景を、感情の見えない表情で、ただ見つめていた。

 胸に去来しているのは、慙愧(ざんき)か、憤怒(ふんぬ)か。


 雄ドーモンは、自分の背中に隠すように回り込んで雌ドーモンの前に立ち、騎士達を威嚇(いかく)するように咆哮を上げた。

 今にも突進してきそうな気配を見せている。

 既に、騎士達の戦闘の準備は整っていた。

 悲痛な表情を奥に隠しながらも、武器を手にとっている。


 弱肉強食。

 ビリザドの深い森で生きる彼らにとって、それは身近な事だった。

 なので、下手な感傷に本分を忘れたりはしない。

 号令があれば、いつでも仕掛ける心構えは出来ていた。


 自警団員達も同様である。

 彼らは街を護る事こそが責務である。

 常日頃から直接的に街を護っている分、その想いはある意味領主よりも強い。


 ただ、この場で唯一、その覚悟に踏み切れていないのがアーラだった。

 緊張に動揺と苛立ちを混ぜたような表情で、魔物を見つめている。

 だが、アーラとて魔物が一頭だけであれば迷ったりはしない。

 魔物達が、我が子を取り戻しに来ただけの”つがい”ということが、ふん切れない原因だった。


「お嬢様」

 そんなアーラに、ヴェラがそっと声をかける。

 アーラが自分に意識を向けたのを感じ、ヴェラは続けた。

「ホアキン様からお聞きしましたが、お嬢様は自由騎士の方々に、誇りを問われたそうですね?」

「……ああ」

「この地の剣となり敵を排する。それが自由騎士の誇りだと」

「それがどうした?」

 ヴェラの真意が分からず、アーラはヴェラに向き直って尋ねた。


「自由騎士の方々は今(まさ)に、お嬢様のお言葉通りの『誇り』を示さんとしております」

「……分かっている」

「お嬢様は、彼らの誇りを期待しながら、いざ示されたそれを、拒否なさるおつもりですか?」

「分かっていると言っている!!」

 ヴェラの婉曲(えんきょく)な責めに、アーラは苛立ちを露にして叫ぶ。

 アーラとて頭では分かっていた。自分がどう振舞うべきなのかという事は。

 

 雄ドーモンが、怒りの咆哮を上げて突進してくる。

 それに対して、土使い達が素早く反応し、その進路上の畑を陥没させた。

 ドーモンは、雌と同じようにその穴に足を取られ横転した――――が、体が大きい分穴の中に体が入り込むことは無く、起き上がるのも早いと予測された。

 騎士達は身構え、アーラの指示を待った。

 

 しかし、アーラはまだ迷っていた。

 そんなアーラに、ヴェラは静かに声をかける。

「お嬢様。この騒動において、騎士の方々も、自警団の皆さんも、街の民達も……」

 ヴェラはこの場にいる騎士達、自警団員達の姿を見回しながら言い、

「マリッタさんも、サルバさんも、グラストス様も……」

 今この時にも頑張っているに違いない、彼らのことを思った。


「……皆さんは、自分が為すべき事を為しております」

 そして、視線をアーラに戻し――――

 その目を逸らさず見つめながら、結んだ。

「お嬢様も、為すべき事をなさいませ」


「…………」

 アーラは、瞳を閉じた。


 確かに、この魔物に罪はない。

 悪いのは人間であることに間違いはない。

 非は人間にあり、魔物の行動には理がある。

 しかし、それでも。

 どんな理由があったとしても、魔物の蹂躙を許すわけにはいかない。

 その先には更なる悲劇が待っているだけだ。


 そして、アーラはヴェラが挙げた者達のことを考えた。


 この場に居る自由騎士達。

 報酬がその行動原理の根底にあるのだとしても、今命を削ってくれているのが、彼らである。

 彼らもこの魔物の事には、心を痛めているに違いない。

 決して、自分だけが特別なわけではない。


 自警団員達。

 彼ら自身も民でありながら、民を守る為に必死に駈けずり廻ってくれている。

 民の避難も行なってくれ、もし彼らがいなければ、どんな混乱が起きたか分からない。

 加えて、彼らの多くは今この場で共に戦ってくれている。

 本来、彼らの相手は人間であり、魔物を相手にすることはない。

 中には魔物と戦う事は、初めての者もいるだろう。

 そんな彼らが、恐怖心を抱いていない訳がない。

 だが、そんな内心の恐れを押し隠し、それでも彼らは奮闘してくれている。


 マリッタ。

 彼女は今一人で、『中継基地()』に向かっていることだろう。

 例え安全な行路であろうと、そこは人知の及ばない森の中である。

 この前のグレーターベアの件のように、何が起こるかは分からない。

 凶暴な魔物に襲われるかもしれない。

 そんな事は、自分以上に彼女は知っている。

 しかし、そんな危険を知りながら、彼女は自分の頼みを引き受けてくれた。

 

 グラストス達。

 ドーモンを相手にする必要がある為、二人組を追うのに手勢を割く訳にはいかなかった。

 その為、たった三人で彼らは二人組を探す事になっている。

 だが、話を聞けば、その二人組は森で無差別に人を襲うような輩なのだという。

 仮に、魔物の子供が彼らの手によって、連れ去られていたのだとする。

 運良くグラストス達が遭遇できたとして、彼らが子供を素直に返してくれるだろうか?


 ――――そんな事は、ありえない。

 そもそも、そんな殊勝な連中であれば、そもそも魔物の子供を連れ去ったりはしない。

 魔物子供を取り戻そうとするグラストス達との間に、戦闘が発生するに違いない。

 だとすれば、メイジである二人組に、魔法を使えないに等しいグラストス達との戦闘である。

 恐らく、厳しい戦いを強いられることだろう。



 彼らは皆、己の為に、民の為に、強いてはこの地の為に、死力を尽くしてくれている。

 その先頭に立つべき自分が、己のつまらない感傷で、彼らの尊い行動を邪魔してはならない。

 そんなことを、アーラは考えた。


 そうして、ほう、と一息すると再び目を見開く。

 その瞳にはもう、迷いは無かった。

「そうだな……分かった。私は、私の為すべき事をしよう」

 そう高らかに告げて、騎士達を見廻す。

 ヴェラはそんな主人の後姿に、(うやうや)しく一礼した。


「すまぬ、待たせた! では、右翼! 準備を!」 

「「(おう)!」」

 アーラの指示に、騎士達が(こた)える。

 触媒用の道具を使い火を起し、それを制御して火球を作る。


「腹をお狙い下さい」

 ヴェラが進言する。

 ヴェラはこれまでの様子から、ドーモンの最も弱い部分が腹である事を見抜いていた。

 とはいえ、散発的な魔法では硬い皮膚に弾かれてしまうだろう。

 ただ、一点集中攻撃すれば通る、という確信があった。

 人を属性毎に纏めたのは、その為だと言っても良い。


「分かった。皆! 腹を狙ってくれ! 攻撃を一点集中するのだ!」

 アーラは騎士達にすぐさまそれを指示する。

 一呼吸置いて、

「――――放てえええええ!!」

 戦いの終局への再開を、大声で指示した――――



「待っだああああああああああああああああああああああああああ!!」


 

 その時、この間道中に聞えるのではないかという程のダミ声で、制止の言葉が割り込んだ。

 今正に火球を放とうとしていた騎士達が、つんのめる様に止まる。

 誰もが突然のその闖入者(ちんにゅうしゃ)に対して、振り向かずにいられなかった。


「サルバ!! やっと来たか!!」

 だが、その声を待ち望んでいたアーラだけは、素早く反応する。

 その場を離れ、その声の主(サルバ)の下に駆け寄った。

「どうだ!?」

 魔物子供は手に入ったか、という意味を込めて尋ねる。


 サルバはニッコリ笑い、

「ここです。お(ひい)様ぁ」

 肩の布袋をそっと地面に置いて、紐を解き放った。

 もぞもぞと袋が(うごめ)いた後、中から一抱えほどのドーモンの子供が出てくる。


「おお! おお! 良くやってくれた!」

 アーラは喜びの声を上げた。

 しかし、ここに現れたのがサルバ一人であることが気になり、疑問を浮かべる。

「グラストスはどうした?」

「あぁ。グラストスは街道です。奴らを見張っでます」

「そうか……」

 見張っているということは、とりあえず無事なのだろう。

 それが分かり、アーラは胸を撫で下ろした。

 

 そして、その親と比較すると余りに小さすぎる子供をそっと抱き上げて、その様子を確認するように見回した。

 アーラの腕から何とか逃れようとする子供を、ギュッと抱きしめる。

 アーラは本当に申し訳無さそうに、子供に()びる。

「すまなかった。今、親の元に連れて行ってやるからな」

 そのまま、アーラは親の元に向かおうとする。

「お嬢様!? 危険です。私が代わりに……!」

 この騒動において、初めてヴェラから動揺したような声が上がった。


「いや、良い」

 アーラはヴェラをそう制して、親の元に走った。

 この場の全員が、その様子を固唾(かたず)()んで見守っている。

 ただ、サルバだけは、そんなアーラの後ろをドスドスと付いていった。

 初めて見た、親ドーモンの巨大さに圧倒されながらも、何かあったら自分が体を張ってアーラを護る、と決意していた。


 ドーモンは、既に身を起こしている。

 だが、子供の臭いを嗅ぎ取ったのか、先程までとは違い、暴れる様子は無い。

 こちらを伺うように、首をせわしなく上下させている。

 そのドーモンに向かって、アーラが叫んだ。


「すまなかった!! お前達の子供だ! 虫の良い話ではあるが、これでどうか怒りを収めてくれ!!」

 アーラは雄ドーモンの直ぐ手前まで近づいて、子供を一度(かか)え上げると、地面にそっと放した。

 子供は探るように地面をクンクンと嗅いだ後、人間の子供が歩く程度の速度で、テコテコと親の元に向かって歩いていった。


 雄ドーモンは子供の顔を確かめるように、四つ足を畳んで腰を下ろし、顔を地面に向ける。

 やがて、子供の姿を確認したのか、小さく()いた。

 そして、再び立ち上がると、グルリと騎士達に背を向けて雌の所に向かった。

 その後を、子供がテクテクと追いかけていく。


 もう、ドーモンに攻撃の意志は感じられなかった。

 騎士達も既に武器を下げており、魔法も解除していた。

 ただ誰もが、魔物の様子を黙って見守っている。


 雌は、横倒しになったまま僅かに身を起こすようにして、近づいてくる子供を見た。

 子供の無事が分かったのか、嬉しそうに一啼きすると、再び地に()した。

 もう力が残っていないのか、以後はビクビクと震えるように動くだけだった。

 そんな母の様子を気遣うように、子供がいつまでも母親の顔に体を擦り付けていた。


 こうして、一刻以上続いたドーモンとの戦いは、勝ち(どき)の声どころか、街を護った事を歓び合う事もなく、(むな)しさだけを皆の胸に残して、静かに終わりを迎えたのだった。

 朝靄(あさぎり)の中、いつの間にか姿を見せていた陽の光だけが、地上の全てを優しく慰めていた…………。



***



「そろそろサルバが到着した頃か……?」

 街道を逃げていた商人から縄を買い取り、二人組をその縄で縛り上げ終わったグラストスが呟く。


 少し前に目覚めたルードは、街に自警団を呼びに行っていた為、今この場には二人組とグラストスの姿しかなかった。

 ルードからは、剣を勝手に借りた上ボロボロにした事を非難されることはなく、寧ろ役に立たなかった事を詫びられた。

 グラストスは気にしないように言いながら、代わりに男達の剣を渡そうとしたが、それはきっぱりと断られた。

 二人組の剣など嫌だということらしい。

 気持ちは分からないでもないが、少し勿体無いと思うグラストスだった。

 そのグラストスは、『ジェニファー』の代わりに男達の剣を戦利品として腰に差していた。


 そうして、グラストスが自警団の到着を待っていると、うっという(うめ)き声と共に、黒ずくめの男が目を覚ました。

「ぐっ、ここは……」

「目が覚めたか」

「なっ?! て、てめえ!!」

 男はグラストスの姿を見て、咄嗟に起き上がろうとするが、叶わず再び倒れてしまう。

 そこで、ようやく自分が縛られているのを悟ったようだ。

「ちっ」

 舌打ちすると、もがくのを止めた。


「ああ、そうしていろ。直ぐに迎えが来るから」

 グラストスは、そんな男の態度をのんびりと肯定する。

 男達への怒りはまだ胸にあったが、身動きできない者を痛めつけるような趣味は、グラストスにはない。

 極力、存在を気にしないように努めていた。


 そのまま気まずい空気が流れる。

 自警団到着を待ち望んでいたグラストスに、男がポツリと言い放った。

「……てめえ、このままで済むと思うなよ」

 負け惜しみだと、グラストスは思った。

 実際その通りだったのだが、男の言葉は続いた。


「この事が知れたら、てめえも終わりだぞ……」

「……どういう意味だ? 一体、『誰』に知られたら(まず)いんだ?」

 負け惜しみ以上の何かを、男の言葉に感じて、グラストスは尋ねる。

 だが、男は失言したと思ったのか、慌てて口を(つぐ)むと、それ以後は自警団員に連れて行かれるまで、口を開く事はなかった…………。


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