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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
38/121

35: 反撃

2010/08/19 魔法剣を手放した際の剣の状態追記

 

 男達は苛立ちを隠そうとせず、トロトロと動きの遅いグラストスを睨んでいた。

 グラストス達だけではなく、男達にしてもこんな所で悠長(ゆうちょう)にしている余裕は無かった。


 『魔物の子供』を指定された刻限までに渡さないと(・・・・・・・・・)、この『依頼』は失敗と判断されるに違いない。

 そうなれば、貰える筈の大金も水の泡と消えてしまう。

 男達にしても、いつまでもグラストス達の相手をしていられないのだ。

 そんな恐れがあったからこそ、今グラストス達を見逃そうとしていた。

 ただ、その様な事情などグラストスは知る訳も無く…………。


 グラストスは静かに立ち上がると、

「やっぱり、気が変わった」

 穏やかな笑みを浮かべながら、そう言った。


「……あ? 死にたいのか?」

 黒ずくめの男が、(すご)むように低い声で呟く。

 時間が無いという事が、怒りの火に油を注ぐ結果となっていた。

 だが、グラストスはその言葉を聞いて、笑みを(あざけ)りへと変える。


「死ぬ? お前が俺を殺すとでも言うのか?」

「そうだ。これ以上愚図(ぐず)ってると、本気で殺すぞ……」

「はっはっはっはっは。あんまり笑わせるな。お前に人は殺せないだろう?」

 突然(わら)い出したグラストスに、男達は怪訝(けげん)そうな表情を向ける。


「何言ってやがん――――」

「偉そうな口を()いているが、お前……『殺し』をした事あるのか? 森での俺達も、お前達が森で襲った三人組も、誰も殺せてないだろう。今だってそうだ。別に俺達を逃がす必要なんて無いだろ? お前達が圧倒してるんだ、始末すればいいだけのことじゃないか。それなのに逃がしてくれるって? ははっ、とんだ甘ちゃんな殺し屋が居たものだ」

 畳み掛ける様な痛烈な皮肉に、男達の表情がみるみる曇っていく。

 事情を知らないでの発言だけに、一層男達の神経を逆なでしていた。

 黒ずくめの男は、殺気を放ち始めている。


「なら、お望み通りにしてやるよ……」

 低く発したその言葉に対して、

「お前が? 無理するな。何だかんだ言っても、殺しは恐いんだろ?」

 グラストスは、止めとも言える嘲りを返した。


「……だったら、てめえで証明してやる!!」

 黒ずくめの男は、両手で輪を作った大きさから両腕で抱えるほどまで成長させた火球を、躊躇(ためら)いも無くグラストスに向かって解き放った。

 グラストスは腰を低く落とした体勢をとる。


 それを見て、今まで通り転がって避ける気なのだと判断した黒ずくめは、

「させるかよ!!」

 その自分が制御できる最大の大きさの火球を、グラストスが避けたと同時に爆破させた。

 今までよりも遥かに大きな爆風がグラストスを襲い、転がり避けた筈のグラストスも巻き込んで吹き飛ばす。

 ――――事を想定していた。


 だが、男にとって予想外の出来事が起こる。

 グラストスは火球を避けようともせずに、自らそれに向かって突っ込んだのだ。

 その意図は分からなかったが、その行動は男には都合が良かったので、大して気にしなかった。

 それよりも、この大きさの火球が直撃して尚且(なおか)つ爆発した場合、間違いなく致命傷を与える……。

 その事が想起され、微かな恐れと共に男の加虐(かぎゃく)心を刺激していた。

 そして、黒ずくめは残虐(ざんぎゃく)な笑みを浮かべ、その瞬間を見逃さぬよう凝視した。


 ――――が、いざ魔法が当たると思った矢先、()ぜる筈だった火球が突然消失した。


 その消えた火球の跡から、グラストスが間合いを一瞬で詰めてくる。

 その右手には、いつの間にか抜き身の剣が握られていた。

(馬鹿な!? 今何をした!? 剣をいつ抜いた!?)

 黒ずくめは動揺しながら、グラストスの腰に視線を移す。

 やはりそこには、一本の剣が収められたままだった。


 この場所にやってきた時、グラストスはその剣しか持っていなかった。

 であれば、その手の剣は一体どこから持ってきたのか――――と考えて、視線だけを倒れ込んだルードに移す。

 男が考えた通り、ルードが手に持っていた筈の剣が無い。


 そして、改めてグラストスが持っている剣を見やった。

 するとその剣は、いつの間にか全体が赤い光を帯びており、まるで刃から漏れ出しているかの様に炎で燃え上がっていた。

 黒ずくめはようやく魔法が消えた理由を悟る。


「ま、魔法剣だと!?」

 叫んだのは長身の男の方だった。

 魔法剣は、希少ではあるが全く見かけないというような能力ではない。

 男達自身、以前使っている者を見た事はあった。


 だが、メイジではないと思っていた人間が、魔法どころか事もあろうに魔法剣を使ったのだ。驚きも当然だった。

 怒り心頭していたことが余計に、その感情が驚きへと変わるふり幅を大きくしていた。

 それこそが、グラストスの挑発の狙いだった。


 黒ずくめの男も同様に驚いていたが、こちらはそんな声を上げる余裕が無かった。

 グラストスが後一、二歩の距離まで接近していたからだ。

「く、くそっ!!」

 男は慌てて魔法を放つ。

 その瞬時の間で二連射出来たのは、決して凡庸(ぼんよう)な者では真似できるものではない。

 真似は出来ないが――――その咄嗟(とっさ)の判断は誤りだった。

 魔法剣を使える者に対して、火球を放っても効果はない、という事に思い到らなかったのだ。


 とはいえ、それはあくまで一般的な魔法剣使いの場合である。

 厳密に言えば、魔法剣用の剣を持っている魔法剣使いの場合だ。

 グラストスの持つ剣は通常の剣の為、何度も酷使(こくし)は出来ない。

 しかし、その問題を解決する為にグラストスはルードの剣を借用(しゃくよう)していたのだった。

 

 グラストスは、黒ずくめの男が魔法で迎撃(げいげき)してくる事は読んでいた。

 その為、男が魔法の一射目を放とうとする前に、持っていたルードの剣を、捨てた(・・・・・・)

 そして直ぐに『ジェニファー』を抜き、その抜きざまに最初の火球を取り込んだ。

 更にその勢いのまま、二射目の火球に向けて取り込んだ魔法を解き放つ。

 合わせるのは容易だった。

 男がかざしている掌目掛けて、魔法を放てば良いのだから。

 火球と火球がぶつかり一度大きく燃え上がると、パッと消失した。相殺されたのだ。


 メイジが魔法を放出する場合、多くのメイジは自分の手や指をかざし、その方向に魔法を放っている。

 それは放出の想像をしやすくする為で、それにより魔法の制御を可能にしていた。

 その事は基本的に良い方向に働くが、魔法の進路を読みやすいという問題も抱えている。

 グラストスが先程まで魔法を何とか(かわ)せていたのは、その事があったからだった。


 とはいえ、結局グラストスが(つか)まったように、大抵の場合は大した問題にはならなかった。

 あくまでこの状況下でのみ有効だっただけで、その微かな光明をグラストスは見出だしたのであった。

 ただ、魔法を三連射されていたら、実はグラストスにはどうしようもなかったのだが…………賭けには勝ったようだ。


 連続で放った魔法を無効化され、黒ずくめは再度魔法を放とうとしたが、流石にそれは間に合わない。

 勢いを殺さず間を詰めたグラストスは、片手で力が弱い分を補うようにその勢いを利用して――――思い切り男の頭を横一線に()いだ。

 黒ずくめは、ものも言えずに崩れ落ちる。


 グラストスは男が倒れたのを確かめるように一瞥(いちべつ)すると、『ジェニファー』をそのまま(・・・・・・・・)鞘に収めて、先程捨てたルードの剣をゆっくりと拾い直した。

 一度グラストスの手から離れた為か、既に魔法剣の効果は失われているようで、発光は収まりルードの剣はただの鉄剣に戻っていた。


「ぐっ、貴様!」

 そんな超然(ちょうぜん)としたグラストスの態度に、長身の男が気圧されるように反応して手を向ける。

 そのままグラストスに魔法を放とうとするが、

「サルバ!!」

 突然叫んだグラストスの声に、ビクリと一瞬(すく)む。


 数瞬後、その意味に気づき、慌ててずっと視線を外していたサルバの方に向き直ったが――――

 既に、サルバは自分の間合いに男を(とら)えていた。

 思わず跳び下がった男だったが、視界の端にグラストスもこちらに向かって来ているのが映った。

 どちらを迎撃したものか男は迷い、

「くそおおおおおおおおおおおっ!!」

 それぞれに一発ずつ火球を撃った。


 グラストスは、横に転がってそれを難なく避ける。

 男の行動を読んでいたのだ。

 だがサルバは――――まともに直撃してしまう。

「は、ははっ!」

 それに一瞬勝ち誇ったような笑みを浮かべた男だったが、火煙の中からサルバが突き進んできたのを見て、驚愕(きょうがく)の表情に変わる。

 再び魔法を放とうと手をかざすが、その前にサルバの右腕から放たれた強烈な拳を腹に受け、

「ぐ……」

 と、(うめ)き声を漏らして、男はそのまま昏倒(こんとう)した。

 ドサッと地面に倒れる男を見て、サルバとグラストスは戦いの終わりを悟った。



 ほぉ~~~と、長い溜息を付いて、ようやくサルバが笑顔を見せた。

「だっはっはっは! やったあぁ! 俺だちの勝ちだあああああぁ。メイジに勝っだあああああぁ…………ぐおっ」

 ――――のだが、流石に『いつもの』笑顔という訳にはいかないようだ。

 喜びの声を上げてはしゃいでいたが、時折引きつったような表情が混じっている。


「……あんまり無茶するなよ」

 身を起こしたグラストスが呆れたように言う。

 その言葉には、先程までの緊張はもう無い。

 その視線の先には、サルバの左腕があった。

 太く硬い筋肉で覆われていた腕は、今はプスプスと黒煙を上げている。

 サルバは自分の左腕を盾にする事で、男が最後に放った火球を防いでいたのだった。


「がっはっはっはぁ~~~~うっ!」

 そんなグラストスの視線を笑い飛ばすサルバだったが、痛みが襲ってきたのか、顔の大きさの割りに口以外小さな顔の部品を思い切り中央に寄せるようにして、顔を(しか)めた。

「重度の火傷だぞ? 帰ったら直ぐに治療してもらえ」

 グラストスはサルバの腕を取って、そう診断する。


 そして、グラストスは倒れた長身の男の傍に、無造作(むぞうさ)に置かれている布袋に近づいていった。

 もぞもぞ動く、袋の紐を解き中を確認する。

 そこには予想通り、ドーモンの子供がいた。

 親は硬そうな皮膚だったが、まだ子供だからか、全身が柔らかそうな毛で覆われている。

 上手く声が出ないのか、ただひたすらに小さな手足をばたつかせていた。

 その様子からは、とても親と同じ生物だとは思えない。

 多少弱ってはいるようだったが、今すぐどうにかなる程ではないだろう。


 そう考えたグラストスは、

「すまんな。もう少しだけここに居てくれ」

 申し訳無さそうに子供に向かって言うと、再び布袋を締め直した。

 それを優しく持ち上げて肩に担ぎ、

「サルバ。怪我してるところ悪いが、この子供をアーラに持っていってくれ。恐らく今は間道に居るだろう」

 サルバに近づいて、無事な右手に布袋をそっと手渡した。


 それを受け取りながら、サルバは尋ね返す。

「お前はどうするんだぁ?」

「俺はルードを介抱しておく。アイツらの見張りも必要だしな」 

 そう言いながら、グラストスは倒れて意識の無い男達に近づいて、男達の剣と触媒用の道具を抜き取った。


 サルバは男達…………特に、グラストスが倒した黒ずくめの男を見ながら、恐る恐る尋ねる。

「……そいつ、や、殺っちまったのがあぁ?」

 どこか怯えたように言うサルバに向かって、グラストスはニヤリと怪しい笑いを浮かべた。

 その笑みに、少し気圧されたサルバだったが――――


「安心しろ。これじゃあ、斬りたくても斬れんよ」


 グラストスが男を斬った、『ジェニファー』を抜いてサルバに見せた。

 魔法剣を使った代償である。以前の『エリザベス』と同様に刃はボロボロで潰れており、とても人を斬れるものではなかった。

 その証拠に、黒ずくめの男は微かに苦悶(くもん)の声を上げていた。


 それにホッとした吐息を付いた後、サルバは盛大な笑い声を上げた。

 悪人とは言え、グラストスが安易に人を手にかけなかったのが嬉しかったのだった。


 サルバはそうしてひとしきり笑って落ち着くと、「じゃあ、()ってぐる」と落ちていた自分の斧を背中に背負い、アーラの下に向かおうとした。

 だが、その背にグラストスが”待った”をかける。


 まだ何かあるのかと、不思議そうな表情で振り返ったサルバに歩み寄ったグラストスが、

「……済まん。忘れていた……これ修理しといてくれ」

 何か(アーラ)を思い出したような苦りきった顔で、『ジェニファー』をサルバの腰に差した。

「グラストス……」

 サルバはそれを()されるがままに眺めていたが、やがて頷きながら言った。


「パウルース銅貨二十五枚だぁ」

「…………少しまけてくれ」

 この半刻の中で、最も情けない顔を浮かべたグラストスだった。


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