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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
36/121

33: 抵抗

 

 グラストスがようやく辿り着いた場所は、街道から外れた所にある林の前の拓けた土地だった。

 そこに、膝を折っているサルバと、うつ伏せで倒れこんでいるルードがいた。


 二人の前方には、掌をサルバの方にかざしたままの黒ずくめの男と、布袋を足元に置いている長身の男が酷薄(こくはく)そうな表情を浮かべて立っている。

 サルバの身体からはプスプスと微かな煙が昇っており、火の魔法を喰らったのだと推測できた。

 膝を屈しているものの、まだサルバは戦いの意欲は失っていないようで、グラストスが近づいてきたのを見て、一瞬穏やかな笑み浮かべた。


「サルバ、無事か?」

「ああ。大丈夫だぞぉ」

「ルードは?」

「気を失ってるだけだぁ」

「そうか、それは良かった」

 そんな簡単なやり取りをして、グラストスは男達を一瞥した。

 そして、長身の男の足元にある布袋に視線を移す。


「……その子供を渡してくれないか?」

 布袋をよく見ると、もぞもぞと(うごめ)いている。

 魔物の子供で、間違いないだろう。

 そんな(既に殺されている)事はないとは分かってはいたつもりだったが、グラストスは最悪の事態を免れたのを目の当たりにして、安堵の吐息を漏らした。

 これなら、あの巨大な魔物を何とか出来るかもしれない。


「ああぁ? 誰だてめえは? 寝言は寝て言え。苦労して持ってきたのを、何で手放さなきゃいけねえ?」

 黒ずくめの男が、吐き捨てるように言った。

「……その子供の親が街を襲ってきているのを知っているか? このままじゃ被害がとんでもない事になる。頼むから子供を返してくれないか?」

 グラストスの真摯(しんし)な頼みには、男達は(あざけ)るような笑みを返答とした。

「そうか……」

 グラストスはゆっくりと腰の剣『ジェニファー』を抜く。

 それを右手で構え、左手は邪魔にならないよう腰の位置に()えた。

 

「片手で俺達を相手にするつもりか?」

「ああ、お前達相手にはこれで十分だ」

 グラストスの左腕には、白い包帯が巻かれている。

 明らかに挑発と分かるが、それでもその返答に黒ずくめの男は苛立ちを見せた。

 どうやら嘲るのは得意でも、侮られるのは不得意らしい。


 それを悟り、グラストスはあえて、男に向けて薄笑いを浮かべた。

「……てめぇ、死にたいらしいな」

 気炎を吐く黒ずくめの男より、多少冷静な長身の男は「落ち着け」と声をかける。

「こんな所で、時間を費やしている時間は無い。とっとと始末して向かうぞ」

「っせえな。分かってるよ」

 男達は剣を構えた。


 両者とも右手に剣を持ち、左手には触媒(しょくばい)用の道具と思われる何かを握っている。

 剣よりも魔法に重きを置くたちらしい。

 でなければ、グラストスのような事情でもない限り、剣を片手だけで持つ訳が無い。

 メイジには多い型で、そうでない者に多大な威力を発揮する型だったが、グラストスにはありがたかった。

 片手持ちの剣で、両手持ちの剣の一撃を防ぐのは、大凡(おおよそ)不可能だからだ。


 とは言え、その代わりに魔法を使われると助かる、という訳でもない。

 サルバの様子や、以前襲われた時の事を考えても、男達の属性が火であることは明白だった。

 左手に持ったそれは、火を起す為の道具に違いない。

 問題は、どのようにしてそれを防ぐかだった。


「……サルバ、いけるか?」

「ああ、いけるぞぉ」

 グラストスの問いかけに、サルバがゆっくりと身を起こす。

 そして、両刃の大斧を自分の盾にするように、ゆっくりと前に構えた。

 当然、完全に大丈夫という訳ではないだろうが、今はそれでもサルバに働いてもらわなくてはいけない。

 相手はメイジである。

 二体一で、勝つことは難しい。

 

 立ち位置から、自然と相対する敵が決まる。

 グラストスは黒ずくめの方で、サルバは長身の男だった。

 両者互いに、自分の敵を凝視(ぎょうし)していた。

 そのまま場が硬直(こうちょく)する。


 だが、そんな状態を嫌ったのか、黒ずくめの男が一度舌打ちをした後、左手に持った道具に向けて剣の柄の先を叩きつけた。

 ガキン、という音と共に、火花が発生する。

 直後、両手で輪を作った程の大きさの球体を形作った炎が、グラストスに襲い掛かった。

「おらああっ!!」

 その男の怒声を合図に、戦いの幕が切って下ろされた。



 火球が真っ直ぐに、グラストスを襲う。

 しかし、その攻撃を読んでいたグラストスは、横に転がる事で躱す事に成功する。

 一転した勢いを利用して立ち上がり、黒ずくめとの間合いを()めようとした。


 二歩ほど進んだ所で、再び火球がグラストスに迫る。

 何とかそれも、先程と同じように横に転がって躱す。

 だが、グラストスが起き上がった時、黒ずくめの男の周囲には、火球が衛星の様に(ただよ)っていた。

 触媒の用意が整ってしまったらしい。

 いつの間にか男の左手は空いており、グラストスに向けて翳されている。

 そして、一個の火球が放たれたのを皮切りに、炎が間断(かんだん)なくグラストスを襲い始めた。


 この量では、攻撃することはおろか、近づく事もままならない。

 グラストスは必死に逃げ回る。

「ぎゃはっはっはっは! 逃げ回れ逃げ回れ! 逃げ回って、死ねよっ!」

 黒ずくめの男は、本当に楽しそうに哂いながら、グラストスに火球を放ち続ける。


 その哂いを何とか黙らせたいと思っていたが、残念ながらグラストスにそんな余裕はなかった。

「ぐっ……」

 地面を転げまわりながら直撃こそ()けているが、身を(かす)めたものは、既に数知れなかった。


 今のグラストスの格好は、アーラに借りている布服の上下で、上着の袖は長い。

 平素はその服に何の不満は無かったが、今は引火の恐れがある為、その長い袖が気になっていた。

 なので、上着だけでも脱ぎ捨てたいとグラストスは考えていたが、残念ながら男はそんな隙を与えてくれなかった。



 グラストスが劣勢の時に、サルバも遊んでいた訳ではない。 

 サルバもグラストスと同様に、火球の波状攻撃を受けていた。


 斧を盾にしてそれを防ぎながら、何とか前に進もうとするが、常に距離を開けられて、一方的に攻撃され続けていた。

 長身の男はサルバの体格見て、接近戦を嫌っているのだろう。

 黒ずくめ以上に、炎の間断は狭い。


「また、ごれかぁ……」

 サルバは悔しそうに呻く。

 この攻撃をされると、魔法の使えないサルバには何も出来ないからだ。

 ただ、救いもあった。

 それは、グラストスが居るお陰で、火球が二つ同時に襲ってこない事である。


 男達もそこそこの使い手だったが、それでも二つ同時に操るのは難しいのだろう。

 しかし、だからといって、サルバにはこの状況をどうする事もできなかったが。

 サルバはいっそのこと、炎を気にせず突っ込もうかとも考えたが――――

「……痛そおだなぁ」

 倒れ伏すルードが視界に入り、それは最後の手段にしようと思い直した。

 


「どうした!? 逃げ回るだけかぁ!?」

 黒ずくめは嘲笑(ちょうしょう)しながらも、魔法の攻撃を止めようとしない。

 グラストスにはサルバのような盾代わりになるものも無く、周囲に身を隠せるような遮蔽物(しゃへいぶつ)も存在しない。

 転げ廻るしか避ける手段が無く、その為体力の低下は著しかった。


 額から流れる汗が飛び散り、地面を濡らしている。

 そんな中、一滴の汗がグラストスの右目に侵入した。

 反射で目を瞑ってしまう。

 直ぐに開き直すが、その一瞬の隙を炎が襲った。

「はぁはぁはぁ……ぐっ」

 間一髪躱した火球が、グラストスの髪の先を焼く。


 熱さに顔を(しか)めながらも、必要以上に大きく避けたりはしなかった――――が、それが(まず)かったらしい。

 躱した火球が、グラストスの真後ろで突然破裂した。

 直撃でこそ無かったものの、至近距離での衝撃によって、グラストスは前に倒れこんでしまった。

 背中に痛みを感じながらも、すぐさまグラストスが起き上がったところに、火球が迫る。

 何とか躱そうとしゃがみ込むが、僅かに間に合わず左肩に直撃した。


「うあっ!!」

 グラストスは、後ろに()け反る。

 そこに連続して追撃の火球がグラストスを襲った。

 ボン、ボンッ、と胸、腹と立て続けに魔法を受ける。

「ぐあぁっ!!」

 グラストスは衝撃で後ろに吹き飛ばされ、地面を数回転した後ようやく止まった。

 転がったお陰で服に燃え移った火は消化できたが、さりとて痛みは大きい。


「グラストス!?」

 その様子を見たサルバが思わず叫ぶ。

 だが、その事が隙となり、すかさず長身の男が放った火球を防げず、()き出しの足に魔法が命中する。

「ぐ、おぉ!」

 (たま)らず地面に膝を付いたサルバに向かって、追い討ちをかけるように三度(みたび)魔法が直撃した。

 流石にサルバの巨体も後ろに吹き飛ばされ、そのまま地面に沈む。

 手放してしまった斧が、サルバから離れた位置にクルクルと落下した。

 そしてそれを、長身の男に(おさ)えられてしまった。


 そこで、唐突に炎の追撃が止む。


 何故、攻撃の手を緩める必要が有るのか。

 突然の事に戸惑ってはいたが、グラストスは痛む体をゆっくりと持ち上げ、片膝をついて剣を杖代わりに姿勢を起こした。

 再び立ち上がったところで、サルバをチラリと(うかが)う。

 すると、サルバは四つん這いになって、何とか起き上がろうとしている所だった。


 とりあえず無事な事が分かり、グラストスはそっと安堵した。

 しかし、状況は最悪である。

 サルバは武器を無くし、グラストスも立つのがやっとという有様だった。

 

 そんなグラストスに、黒ずくめは何かに気づいたように声をかけてきた。

「……お前ら森に居た無能者(非メイジ)か?」

 森での事を、今思い出したらしい。

 グラストスには忘れがたい記憶だったが、男達にとっては容易に忘れてしまう程度の、取るに足らない出来事だったようだ。

 この男達の日頃の行動が推察できる。


 無能者、という言葉に「そうだ」と返すのも卑屈だと思い、グラストスは黙ったまま男を見返した。

 その視線を受けて、男は自分の考えが間違ってない事を悟ったようで、途端に気が削がれた視線をグラストスに送った。

「ちっ、どおりで(ゴミ)臭え訳だ…………おいっ」

「……何だ」

「塵をこれ以上相手するのも大人気ねぇ。今なら見逃してやるから、とっとと消えろ」


 思いもよらない言葉だった。

 まさか、逃がしてくれるのだと言う。


 グラストスは普段なら大人しく従っただろう。

 今は自分達が為す術無くやられている。

 勝てる見込みも低い。

 更に、グラストスは争い――――特に人同士の争いは好むところではなかった。


 ――――だが、今は事情が違う。


「…………お前たちが、子供を渡してくれるなら、喜んでそれに従おう」

「諦めろ。俺は親切で言ってやってるんだぜ? 命を捨てるような真似をするのは、あまり()められたもんじゃねえなぁ」

 黒ずくめの男は、明らかにグラストスを見下しながら言った。


 これまでの戦闘から、自分達の相手ではないと認識したのだろう。

 それが少しばかり、男の心に余裕を与えているようだ。

 グラストスがメイジではない、と思い至ったことも一因(いちいん)かもしれない。

 それは決して正しくは無かったが、魔法の使い方を忘れている今のグラストスの場合、外れだとも言いがたい。


「……そこまで親切なら、子供を(ゆず)ってくれないか? その子がいないと困った事になるんだ」

 痛みが全身を襲っていたが、それでも精一杯笑みを作りながら、グラストスは返事を返した。

「しつこいな。無理って言ってんだろ。コレ(魔物の子供)を運べば俺達に大金が入る事になってるんだ。手放すわけねえだろうが!」

「おいっ!」

 長身の男が、突然警告するような声を上げる。

 それに黒ずくめの男はハッとしたような反応を見せたが、バツの悪そうな顔で唾を吐き捨てると、途端に苛立ったような視線をグラストスに向けた。


(運ぶ……? 魔物の子供を欲しがっている人間がいるって事か? しかも、大金という事はそれなりに裕福な者……)

 グラストスは男達の言葉を反芻(はんすう)しながら考え込もうとするが、

「……最後通告だ。とっととここから消えろ。そうすれば見逃してやる」

 男の言葉に思考を中断させられた。

 確かに、今はそんな状況ではない。

 それよりも、この場を乗り切る方法を考えなくてはいけなかった。


 グラストスは魔法剣を使う事を決めていた。

 それしか、局面を打開する方法は無い。

 今使っている剣はアーラのものだったが、もう四の五の言っていらなかった。

 それに、この状況下でならば、剣が壊れたとしても、アーラは理解してくれるだろう。

 ただ、使い所はよく考えないといけない。

 魔法剣用の剣ではない為、直ぐに駄目になってしまうのだ。

 そうなれば、男達の相手は難しい。


 持って二度。

 グラストスはそう計算していた。

 それまでに、男達を仕留めなくてはいけない。

 それを考えると、この剣だけでは弱い(・・・・・)

(何か、他に…………!!)

 そう思いながら視線だけで周囲を見回し――――あるものが視界に入ってきた。


「……分かった。言う通りにしよう」


「グ、グラストス!?」

 グラストスの思わぬ返答に、サルバが驚愕の声を上げる。

 サルバにとって、アーラの頼みを受けた、この任務は絶対だった。

 アーラの頼みなら、命に代えても果たさなくてはいけない。そう思っているのだ。

 その為、驚きの中にも(とが)めるような調子が含まれていた。


「はっ! なら、とっとと消えろ」

「ああ、分かった。だが教えてくれないか? お前達は何故あの魔物を欲するんだ? 他の魔物だって居るだろう? 今はまだ小さいようだが数年もすれば、あんな巨大な魔物になるんだ。飼うにしたって大変だ」

「それに答える必要はねえ、いいからさっさと失せろ!」

 黒ずくめの男は、グラストスの問いに答えることを、(かたく)なに拒否する。

 先程の失言が頭に残っているようだ。

 これ以上、事情を探るのは無理だろう。


「分かった……事情はもう聞かない。だが、最後にこれだけは教えてくれ」

 そう男達に話しかけながら、グラストスはゆっくりとルードの元に向かう。

 倒れたルードに横に膝を付いて、傷を見ながら言葉を続けた。

「お前達は、あの魔物に襲われて被害にあっている人達の事を、またはこれから被害にあうかもしれない人たちのことを、どう考えている?」

 グラストスは男達の様子を伺うように目を細めた。


「ああぁ? 何でそんな事を俺らが気にしなくちゃいけねえ? 襲われるのは弱えのが悪ぃんだろ」

「これは仕事だ。他の事は知らないな」

 男達はごく自然にそう答えた。

 悪ぶっているのではない。

 本当に、心からそう思っているのだ。


「おめえらぁ!!」

 その返答に、怒りの咆哮を上げるサルバ尻目に、グラストスはただ頷いただけだった。

「……なるほど」


 あの魔物ドーモンは、自分の子を取り返す為に暴れている。

 一方この男達は、ただ己の欲の為に特に危険も無い魔物を襲って、なおかつ何の関係も無い人々を危険に(さら)している。

 果たして、どちらが『魔物』と言えるのだろうか。


 そこまで考えて、グラストスは以前、金目当てに『一角』を追い回した事を思い出す。

 グラストスが追った訳ではないが、金の話を聞いて止めようと思わなかった時点で同罪だ。

(同じ穴のムジナか……)

 自分が情けなく思え、思わず自嘲の笑みを浮かべた。

  

「もういいだろうが、さっさとその塵を連れて消えろ!!」

 ぐずぐすしているグラストスを威嚇(いかく)するように、黒ずくめの男の前の火球がどんどん大きくなっていく。

「ああ……分かった」

 そう答えながら、グラストスは地面をグッと踏みしめて、足の具合を確かめる。

 体は痛むが、まだ走るだけの力は残っていることが分かった。

 ならば、もうこれ以上時間を稼ぐ必要は無い。

 男達の顔を見るのも、もう苦痛だった。

 そこで、グラストスは持っていた『ジェニファー』を、腰の(さや)に収めた。


 ――――準備は整った。



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