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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
34/121

31: 捜索

 

 アーラがギルドで声を張っていた頃。

 グラストス達が行っている二人組の捜索は、早くも困難を極めていた。


 街道には、街から逃げ出した商人やら騎士やらが点在(てんざい)していた上、ある程度進んだ所で道は二つに分岐しており、二人組がどちらに行ったものか判断がつかなかったのだ。

 仕方なく、危険ではあったが、三人は三方に分かれて捜索する事に決めた。


 グラストスは分岐の右手方向。サルバは左手方向を進むという振り分けだった。

 可能性は低いものの、二人組がまだ街道を進んでいない可能性を考え、短髪の男(名前はルードという)は、街の出口から街道を四半刻程進んだ辺りの場所で張っておく事になった。

 ルードは疲労していたこともあり、その配置には素直に納得した。


 

 そうして、右手の道をグラストスが進み始めてから、半刻が過ぎた。

 未だ二人組の姿は、発見できてはいなかった。

 更に言うと、先程からグラストスの前に、人自体が見当たらなくなっていた。

 逃げていた人々を、道中で追い抜いてしまったのかもしれない。


 引き返そうか迷う。

 だが、もしこの先に二人組が居た場合、その行動は取り返しのつかない事態となる。

 その事が脳裏に浮かび、中々戻る踏ん切りが付かず、グラストスはずるずると、街道を進んでしまっていた。


 そして、厄介な事に、時折逆に街へ向かおうとしている人間とすれ違った。

 わざわざグラストスが魔物のことを伝えなくても、街付近に近づくにつれ、騒動の気配は自分で感じただろう。

 ただ、グラストスは万が一に備えて、今街に向かうと危険な事を説明していた為、予想以上に時間を取られてしまっていた。

 人道として、無視しておく事が出来なかったのだ。

 その為、グラストスの焦燥感(しょうそうかん)は一層募っていたのだった。



***



 一方サルバはと言うと、既に街道を引き返していた。

 結局、サルバも街道上に二人組の姿を見つける事が出来なかった。

 なので、サルバは自分の前に人が見当たらなくなった段階で、二人組は先には居ないと考えて――――言い換えるなら深くは考えずに、(きびす)を返していた。


 自分を追い越していった大男が、再び引き返して来るのには、逃げていた誰もが驚いていたが、サルバはただ陽気に笑いかけるだけだった。

 更に、サルバはグラストスとは違い、街に向かおうとしている人間を引き止めたりはしていなかった。

 ただそれは、サルバが人に冷たいという事ではない。

 サルバは単純に、自分ないしはアーラが問題を解決するので、街に問題は起こらないと無垢に信じているのである。


 そういう事情があって、サルバの時間的消耗は、グラストスよりもずっと少なかった。

 その為、グラストスがようやく道を戻る踏ん切りが付いた頃には、サルバは再び分岐路まで戻ってきていた。

 サルバはその場で少し待ったが、グラストスの姿は一向に見えないので、仕方なくルードの下に向かう事にしたのだった。



***



 ルードがそれに気づいたのは、ある意味必然だった。

 絶対に二人組を見逃さないよう、通る人通る人を穴があくほど凝視していたのだが、ふと街の方から荷馬車が近づいてくるのが見えたのだ。

 馬は一頭だけで、()を張った小さな貨物を引いていた。


 ただ、それだけならどうと言うことではない。

 中には、荷馬車を持っている商人もいるだろう。

 と、最初は特に気にしなかったのだが、よくよく見ると違和感があった。

 街から逃げている人間は皆必死の形相(ぎょうそう)で逃げているのにも(かかわ)らず、その荷馬車は急ぐでもなく、ゆっくりとしたものだったからだ。

 この状況下でそれは、明らかに異彩(いさい)を放っていた。


 なので、荷馬車が自分の所まで近づいてきたのを見計らい、馬車の前に立ち塞がり御者(ぎょしゃ)に声をかけた――――が、馬は止まらなかった。

 正しく言うと、御者が馬を止めようとしなかったのだ。


 危うく()かれそうになったルードは、慌てて沿道に飛びのく。

 地面に倒れこんだ体勢のまま、唖然(あぜん)とした表情で振り返ったが、荷馬車はそのまま止まる気配すらなく変わらず進んでいた。


 馬の進路上に立った自分に、気づかなかった筈はない。

 ルードは何か予感めいたものを感じ、慌ててその荷馬車を追いかけた。

 荷馬車自体は大した速度ではないので、直ぐに追いついた。

 再び轢かれそうになっては適わないので、併走するように横に付けて、御者に怒鳴る。


「おいっ、何しやがる! 止まれ!」

 御者は全身を布で覆っている為、顔は隠れているが、浮き出た線から男である事は分かっていた。

 自分を轢こうとした事や、そんな明らかに怪しい身なりから、二人組の一方がでないかと考えたルードの判断は、決しておかしいものではない。


「…………」

 だが、御者の男はルードの言葉には何の反応を示そうとしない。

 いよいよ怪しんだルードは腰の剣に手を伸ばす。

「……その布を取って顔を見せろ!!」

 ルードはそのまま剣を抜き放ち、御者を低く威嚇(いかく)した。


 丁度、人通りが途絶えたのか、この付近にはルードと御者しか居なかった。

 その為、誰もルードの行いを(とが)める者はおらず、今この場にはルードの声だけが響いていた。

 御者は、そんなルードをここで初めて一瞥した。

 合わせて、馬車が止まる。


 布の奥に隠れた目が、僅かに覗いた。

 何の感情も見えない。どこまでも冷たい暗澹(あんたん)たる黒い瞳だった。

 まるで、ルードを人とも思っていないような。

 路傍(ろぼう)の石を眺めるような、そんな無機質な視線を送っていた。


「……くっ、何だ!? い、いいから布を取れ!」

 御者は特に何をした訳でもなかったが、何故か気圧(けお)されたルードは、僅かに震えた声で御者に呼びかけた。

 この男と関わるべきではない。

 ルードの本能はそう言っていた。

 それでも(なお)声を荒げたのは、街を襲う(わざわ)いを招いた事に対する、ケジメの事が頭にあったからだった。


「…………」

 御者の男は、結局何も言わずに、その布を取り素顔を見せた。

 そして、直ぐに布を(かぶ)ると、再び馬車を進ませ始めた。

 今度は止めようとはしなかった。

 御者の顔は、ルードの知る、二人組のものとは異なっていたからだ。

 剣を収め、いつの間にか流れていた汗が背中を()らすのを感じながら、ルードは無言で荷馬車を見送った。



 その後で、ルードがそれに気づいたのは、今度は偶然だった。

 ――――荷馬車を眺めていたその視界の端で、何かがキラリと(きら)めいたのが映ったのだ。

 光は街道から少し外れた所に存在する林の中から、放たれたように見えた。


 奇妙に思ったルードは、始めはゆっくりと、そして徐々に小走りになり、その光の下に近づいてく。

 いつの間にか街道を外れ、先程の荷馬車も追い抜いていた。

 ルードは目を()らしながら、腰を(かが)めるようにして更に近づいていき――――やがてそれは駆け足になった。

 光の発信元に、二人組の男達の姿を見出したのである。


「貴様らあああ!」

 ルードは剣を抜き放ち、速度を維持したまま男達に斬りかかった。

 不意を捉えたつもりだったが、向こうも奇襲を受ける前に、ルードの姿に気づいたらしい。

 斬りかかられた男は、素早く抜いた剣でルードの一撃を防いだ。


 だが、ルードは男に魔法を使う隙を与えないよう、そのまま何度も斬撃を浴びせ続ける。

「よくも! よくも!」

 カンカンと、剣と剣が弾かれあう音が何度も鳴った。

 我を忘れた怒りの篭った一撃は重く、ルードは男を確実に()していた。


「……くっ」

 このままいけば、ルードは男を倒せたかもしれない。

 そんな勢いであったことは間違いない。

 ――――だが、残念な事に男達は二人組だった。

 

 更に重い一撃を加えようと剣を振りかぶった際、横手から飛んできた炎がルードを襲った。

 ルードは炎をまともに身体に喰らい、その場に転がる。

「ぐああっ……ぐっ」

 服に引火した炎は、その場に転がりまわって何とか消化することが出来たが、体を刺す様な痛みは消せなかった。 

 火傷を負ってしまったらしい。

 何とか起き上がったものの、既に満身創痍(まんしんそうい)だった。

 傷は痛み、体が重く、膝は震えている。

 ここに来て、昨日からの疲れが一気に噴出したかのようだった。


「……ひ、卑怯だぞ。一対一の戦いに」

 ルードの憎々しげな言葉は、男達の笑腺を刺激したらしい。

 二人は嘲笑(あざわら)いを顔に貼り付けた。

「馬鹿が。決闘でもしてるつもりか」

「……くそっ」

 一人で突っ込んだ事が失敗だった事に今更ながら気づいたルードだったが、もう遅かった。

 既に走るような体力は失われている。この場から逃げる事は出来ないだろう。


 剣を構えて徐々に近づいてくる男達を見ながら、ルードは自分が何をすべきかを考えた。

 そして、直ぐに考え至る。

 なので、最後の力を振り絞りそれを実行した――――



「何の真似だ!?」

 ルードの行動に、男達は苛立ちの込められた声を上げる。

 そんな声を聞きながら、ルードはゆっくりと意識を手放し、その場に倒れこんだ。


「ちっ、余計な手間を取らせやがって」

 男は唾を吐き捨てると、倒れているルードの体を二、三度蹴り上げる。

 ルードから微かな(うめ)き声が上がった。


「……そんな(ゴミ)に構うな、とりあえず急いで『コレ』を渡すぞ。そうすれば、こんな田舎ともおさらば出来る」

 そう言う長身の男の肩には、一抱え程の布袋が(かつ)がれている。

 何重にも紐で(くく)られており、中のものを決して出さないという意志が伺える。

「ふんっ……分かっている」

 男が最後に一度、強い蹴りをルードに加えようと振り被る。


「おめえらぁ。そこで何してるんだぁ!!」


 だが、その行動は、野太い声によって止められた。

 男達がその声の主を、鬱陶(うっとう)しげに見つめる。

 その視線の先には、両刃の大斧を構えたサルバの姿があった。



***



 街から逃げる人間と再びすれ違いながら、グラストスは街道を戻っていた。

 彼らが何事かと自分を見つめているのは感じていたが、特に反応は返さなかった。

 そのまま道を進み、ようやく分岐路に辿り着く。


(……サルバは先に戻ったのか?)

 先ず、サルバが進んだ街道の先を眺めたが、大男の影は見えない。

 なので、サルバがそうしたように、グラストスもルードと合流しようと考えた。


 街道を戻っていると、グラストスは前方から荷馬車が近づいてくるのに気づいた。

 御者を見ると、全身を布で覆い隠している怪しげな身なりだった。

(あの御者は……)

 思わず呼び止めようとしたグラストスだったが、それは思わぬ出来事によってなされなかった。

 街道から外れた場所から、何かが勢いよく立ち昇ったのだ。

 一瞬だったが、グラストスの目はそれが魔法によるものだと捉えていた。


(何だ? …………まさか?)

 二人組を発見したら、先ずは三人が合流することを打ち合わせていた筈だが、何か不測の事態でも起きたのかもしれない。

 今のはそれを知らせる、合図のつもりだったのではないか。

 サルバは魔法が使えないので、今のはルードからの知らせという事になる。

 グラストスはそう考えて、御者に声をかけるのは止め、あの合図の下に向かって一心不乱に駆け出した。



 ――――そんなグラストスの背中に、御者が陰鬱な視線を送っていた。

 人生において、理屈も状況も忘れて、”もしあの時そうしていたら”という場面は往々にしてある。

 今がまさにその時であったのだが、グラストスは当然その事に気づくことはなかった…………。


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