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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
32/121

29: 対策

 

 街に戻る事に決めた三人だったが、街に近づくにつれて逃げ遅れている農民達の姿が多く目に止まり、その誘導を自ら買って出ていた。 

「落ち着け! まだ魔物は離れている。走らずとも良い! 落ち着いて私の屋敷に避難するのだ!」

 アーラが逃げ遅れている農民達に向けて、大声で誘導(ゆうどう)する。

 その言葉と、そして何よりアーラ自身の姿を見て、皆混乱に(おちい)ることなく、指示に従えていた。

 「姫様がいるなら安心だ」そんな声が聞えてくるようだった。


 問題は時間だったが、あの魔物『ドーモン』は家を壊す事に躍起(やっき)になっている。

 皮肉にも、人が逃げる時間は十分に確保できていた。

 恐らく、街付近に到達するには、まだ数刻は掛かる事だろう。

 その為、三人は人々の後方にドッシリと構えて声をかけていたが、ようやく自警団員が現れた為、彼らに後事を(たく)し、三人は街に向かうことにした。


 そうして、街門付近まで戻ってくると、既に街では魔物の事が知れ渡っているのか、街門から商人と思われる者達が逃げ出している光景が視界に入ってきた。

 それを見て、アーラは悔しそうに顔を(しか)める。

 恐らく、数日後に開かれる予定である、市の事を考えているのだろう。


 街門の外まで聞えるほど、街ではざわめきが飛び()っているようだった。

 無理もない。今はそれ以上の騒ぎにならないことを願うしかない。

 そんな事を考えつつも、グラストスは街の外周を見回した。

 

 森に近い街の南側には、街門から伸びた高い塀で周囲が囲まれている。

 恐らく魔物への備えなのだろう。

 ただ、通常の魔物であれば有効なそれも、あの巨大な魔物に対しては何の意味も無いに違いない。

 そんな塀を頼りなく見つめてから、グラストスはいつの前にか先を行っていたアーラ達を追いかけた。



***



 街に入ると、一層ざわめきは大きくなった。

 あちらこちらから怒号(どごう)が聞えてくる。


 南側の住人達は、自警団の人間に先導され、北側の山道に逃げ込んでいる。

 だが、流石に自警団員だけでは人手が足りないようで、自警団の人間は皆必死の形相で走り回っていた。

 アーラがそんな様子を厳しい目で眺めていると、よく見知った顔が、物凄い勢いで駆け寄ってきた。

 サルバとリシャールである。


 二人はアーラの無事を確認して、まずは安心したようにホッと胸を()で下ろした。

 そして、それぞれ感情の(おもむ)くままに言葉を投げかけ始める。

「よがったあぁ。お(ひい)様無事だったんですか~~。よがったぁ~~~」

「アーラ様! 魔物が攻めてきているって、本当なんですか!? 街は大丈夫なんですか!? 逃げなくて良いんですか!?」


 だが、二人は同時に喋っている為、何を言っているか聞き取り難い。

 困ったように眉を顰めていたアーラを見やったマリッタが、すかさず二人を殴り飛ばす。

(うるさ)い! 空気を読みな!」

 頭……ではなく、顔面を殴られた二人は苦痛に(うずくま)る。

 そんな彼等を苦笑しながら見ていたグラストスだったが、突然何かに気を取られたように、皆の輪から離れていった。


「どうした?」

 アーラの問いに、グラストスは顎を軽く振る。

 示された先には、ギルドの建物がある。その前に自由騎士達の人だかりが出来ていた。

「何だ……?」

 まだ痛がっている二人を置き去り、アーラもグラストスの後に続いて、その人の輪に近づいていった。

 マリッタもその後ろに続く。


「何だ、どうした?」

 声をかけながら輪に入っていくと、中心に三人の男達が(うずくま)っているのが分かった。

 どうやら身に着けている装備からすると、彼らも自由騎士らしい。

 ただ、姿はボロボロで、その内の一人はかなりの重傷を負っていた。


「どうしたんだその怪我は!?」

 一瞬アーラの脳裏にドーモンの事が浮かんだが、その考えは即座に自分で否定した。

 あの巨大な魔物にやられたのでは、このような傷は付かない。

 良くて複雑骨折、悪くて即死だ。

 だが、この三人の男達の怪我は、炎をその身に受けたような、そんな傷跡だった。

 特に重傷の男は、火傷の跡がありありと分かる。


 アーラの問いには、本人たちの代わりに、輪の中の自由騎士が答えた。

「何でもこいつら、誰かに襲われたようなんですが、事情を話そうとせんのですよ」

 輪の最前列にいた、古参の自由騎士の男が、腰を(かが)めて尋ねる。

「おめえら、いい加減に答えろ! その傷は一体どうしたんだ!?」

 男達は何故か何も答えようとせず、ばつが悪そうに(うつむ)くだけだった。

 いくら繰り返しても、答えは返ってこない。


「……仕方ねえな、今医者を呼んでる。ここで安静にしていろ」

 尋ねた男も、今は休ませるのが第一だと判断したのか、そう告げて立ち上がった。

 一応、医者が来るまでは傍にいようと思っているのか、周りの自由騎士達も男達の近くで所在(しょざい)無げに立ち尽くしていた。


 そんな中。

 離れていった自由騎士達と入れ替わるように、グラストスが男達に近づいていく。

 グラストスは男達の目の前に腰を下ろすと、静かに話しかけた。

「……なあ、アンタ達を襲ったのは二十代半ば頃の、二人組の男達じゃないのか?」

「グラストス?」

 何も知らないアーラは、不思議そうな声を上げる。

 男達の火傷の跡、そして襲われたという話。

 グラストスには、以前自分達を襲った二人組が連想されて仕方がなかった。


「グラストス、それってアンタが言ってた……」

 マリッタがグラストスの後ろで反応する。

 グラストスは、この前のアーラの授業の後、マリッタには二人組の事を伝えていた。

 それは無論、ギルドに警戒を(うなが)してもらう為だった。

 二人組によって、自分達のような被害者が出ないことを期待していたが、どうやら無駄だったようだ。


 答えは――――男達に聞き出すまでもなく、それが正しい事が分かった。

 男達が明らかに動揺(どうよう)した表情で、グラストスを凝視したからだった。

「やはりか……」

「……あいつらの事知ってるのか?」

 確認するような声色で尋ねてくる男達に、

「まあな。俺達もあいつ等に襲われてね」

 そう答えたグラストスだったが、

「お、お前も、あいつ等の依頼を受けていたのか?」

 男達がそんな驚きの声を発したのには、探るような目を向ける事になった。


 グラストスの言葉を代弁して、マリッタが男達に尋ねる。

「あいつ等の依頼? どういうこと?」

 何やら様子がおかしいと感じたのか、周囲に散らばっていた自由騎士達も再び集まり輪を作っている。

「俺達はあいつ等に一方的に襲われただけなんだが…………」

 グラストスは何か(ひらめ)くものあって、更に続けた。

「まさか、その依頼と今街を襲っている魔物のこと、何か関係があるんじゃないか?」


「何!?」

 アーラを始めとする周囲の自由騎士達が、男達に鋭い視線を向ける。

「い、いや……」

「それは……」

 男達は周囲の視線に(ちぢ)こまりながら、声をドモらせた。

 そんな男達の動揺を察し、グラストスは急かさず慎重に返答を促す。

「もしそうなら教えてくれ。アンタ等の仲間をやったのも、そいつらなんだろう?」

 グラストスの言葉に、男達は隣で自由騎士達に介抱(かいほう)されている仲間を見やる。

 そして、二人で一度顔を見合わせて目で頷き合うと、おずおずと話し始めた。


+++


「何て馬鹿な事を!」


 話が終わり、憤っているのは周囲の自由騎士達だった。

 男達は素性の知れぬ余所者に、ドーモンの住処を記した地図を渡したというのだ。

 ギルドの禁忌に手を出すような振る舞いは、この地の自由騎士の風上にも置けない行動だった。

 男達にその気が無くとも、今こうした事態になっている責任は重い。

 騎士達の強い反感を受けて、男達は更に縮こまった。


「お前達にドーモンの巣の場所を教えた奴も問題だ! 一体誰に教わった!?」

 自由騎士達は、激しい勢いで()め寄る。

 禁忌の一つであるドーモンの居場所を知っているのは、ギルドでも古参の者達に限られる。

 通常、何年もビリザドで自由騎士をやって、ようやく口伝のような形で伝えられることになっていた。

 三人はまだ一年に満たない新参者であり、居場所を正式に教えられている訳もない。彼らが場所を知っていたとすれば、古参の誰かが勝手に教えたとしか考えられなかった。


「……ドレイクに。酒を『中継基地』まで持っていってあげたら、快く話してくれた……」


 思ってもいなかった、この地のギルドで最も優秀な男の一人の名前に、自由騎士達は皆(うめ)き声を上げる。

 酒を出しにされた場合、あの男ならやりかねない。

 どの顔も、そう思っている顔だった。


「……まあ皆。ドレイクはアタシから(しか)っとくから…………」

 マリッタは疲れたような顔で、周りの騎士達を(なだ)めた。

 一旦息を吸った後、マリッタは続ける。

「ただ、今はそんな事より……」

 マリッタの言うように、今の問題はそれではなかった。


「ああ。そいういう事情なのであれば、あの魔物が暴れているのは、間違いなくその男達が原因であろう。子供を襲ったのか、それとも(かどわか)したのか。後者ならいいのだが…………ともかく、まずは一刻も早く、男達を捕まえるのが先だ」

 アーラが告げる。

 それが何よりも優先される事だった。

「魔物が森の外に出てきたのが今日だったことを考ると、まだそう遠くには行っていない筈だ。男達の真意は分からんが、流石に街には戻ってこないだろう。そのまま人に(まぎ)れて、街道を進んでいるに違いない」

「ですが姫さん。街道に逃げた人間は一人や二人じゃないですぜ? 恥ずかしながら、俺らの同業者も何人も逃げてる。追いかけて果たして見分けが付くかどうか……」

 アーラの推測には、古参の自由騎士が答える。


 確かにその通りで、どうしようか答えを迷ったアーラに、

「それならば、俺が行こう。俺ならあいつ等の顔が分かる」

 グラストスが名乗りを上げた。


「しかし、お前一人では……」

「お姫様ぁ。俺も行きますわぁ。俺も顔は知ってますがらぁ」

 人垣の頭一つ上から声がする。

 皆が振り返ると、サルバが朗らかな笑みを浮かべて立っていた。

 本人の言うとおり、サルバも男達の顔は知っている。

 視線を向けてきたアーラに、グラストスは頷き返した。


「ま、待ってくれ。俺も連れて行ってくれ。俺も今はこの地の自由騎士だ。責任は取りたい」

 三人の男達の内の一人。茶色の短髪の男がそう声を上げた。

 その男を見定めるように、ジッと眺めていたアーラだったが、

「分かった。お前たち三人に任せる」

 やがて頷いた。


「では、早速向かおう……走れるか?」

 グラストスは短髪の男を心配して尋ねる。

 仲間を担いで夜通し()けてきたのか、疲労が明らかだったからだ。


 だが、男の瞳には意思があった。

「ああ。大丈夫だ」

 一度は不覚を取ったが、今度は遅れをとったりしないという。

 そして、それはグラストスもサルバも同じ事だったので、男の決意に何も言わずに頷いた。


「グラストス……頼んだ。だが、無事に戻れよ」

 走り出そうとしたグラストスの背中に、アーラが声をかける。

 その声にあった心配そうな響きに、思わず振り向いたグラストスだったが――――

「ああ……君もな」

 そうとだけ、アーラに返した。

 二人の間で視線が交わされる。

 やがて、どちらともなく、視線を切った。

「……じゃあ、()ってくる」

 グラストスはそう告げると、今度は振り向かずに街門に向けて走っていった。


 それを見送って、

「マリッタ」

 アーラはマリッタに向き直り、あの魔物を何とか倒す方法はないかを尋ねた。

 万が一、グラストス達が男達を発見できなかった場合や、既に魔物の子供が殺されていた場合の保険だった。

 魔物に罪はないとはいえ、領主代行としてこのままにして置く訳にもいかないからだ。


「ビリザドでは、師匠やドレイク達しか無理だと思いますが……」

 マリッタはそう言いながら、周囲の自由騎士を見回す。

 皆、申し訳なさそうな表情で頷いていた。

 ドレイク達に態々(わざわざ)頼らざるを得ないことが、どうにも情けなかったのだ。

「ならば、ドレイク殿達と連絡をとる方法はないか?」

「風魔法で、離れた相手に声を送ることは出来るんですが、それは相手先の方も送られる事を意識していないと無理なので……残念ですが、今は『中継基地()』まで向かうしかないでしょう」


「そうか……」

 『中継基地』までは、通常四日掛かる。

 しかし、それではどうしようもない。

 四日あれば間違いなく、あの魔物はこの街を蹂躙(じゅうりん)し尽くしてしまうだろう。

 アーラは難題に深く思案する。


 だが、その問題はマリッタが解決してくれた。

「はぁ……仕方ありません。アタシが行きましょう」

「しかし、四日もかかるのでは……」

「いえ、その……アタシ一人なら一日で行くことが出来ます。疲れるんであんまりやりたくないんですが……魔法を使えば可能です」

 その言葉に、おお! と喜んだアーラだったが、直ぐに顔が曇る。

 仮に一日で向かえたとしても、向こうからこちらに来る時間も考えなくてはいけない事に気づいたからだ。帰りはマリッタだけではないのだ。

 それを考えると計五日。厳しかった。


「恐らくドレイク達なら、二日で踏破(とうは)すると思います。アタシの師匠なら半日もあれば可能かと。で、師匠が居れば倒せる可能性もありますし、無理でも二日は何とか持ちこたえられるでしょう。そうすれば……」

 アーラの不安を察した、マリッタは代案を告げた。

 アーラは希望を見出したような瞳を、マリッタに向ける。

 その話が本当なら、計一日半持ち堪えればよい事になる。

 それならば、何とか可能かもしれない。


「では、時間がありません。早速向かいます」

「すまん、マリッタ。苦労をかける。一人で大丈夫か?」

「魔法を使うので人が居るとかえって邪魔なんです。それに今は緊急事態です。苦労も仕方ありません」

 マリッタはアーラを安心させるように微笑むと、

「リシャール! アンタはお嬢さんを護んのよ!」

「う、うん」

 と、輪の外で不安そうに震えていたリシャールを叱咤(しった)して、自宅の方に向かって走り去った。

 準備を整えに行ったのだろう。



「お姫さん。どうしやす?」

 残った古参の自由騎士がアーラに尋ねる。

「……他の自由騎士達はどうしている?」

 ビリザドには、百名余りの自由騎士が居る。

 ただ、今通りにいる騎士は二十名程度だった。


 アーラの問いに、騎士達は皆情けない表情を浮かべた。

「面目ねえことですが、二割の騎士は逃げ出しやした。それ以外の騎士は隠れているか、ギルド内で騒いでいるか……どちらにせよ、少しでもまともな騎士はここにしか居やせん……恥ずかしいこってす」

 男の言葉を皮切りに、周りの自由騎士達も、口々に軟弱な騎士達を(ののし)り始める。


「ふむ……」

 そんな騎士達を見ながら、アーラは少し考え込む。

 そして、一つ頷くと、自由騎士達にある頼みごとをした。

 彼らはそれを聞いて困ったような顔をしたが、皆渋々従った。


 グラストスもサルバもマリッタも、皆行動を起こした。

 なれば自分も出来る事をしなくてはいけない。

 その決意を胸に、アーラはギルド屋内に向かって歩き出した。

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