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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
30/121

27: 散策

 

 (またた)く間に、日は過ぎていった。

 グラストスは薬草採取の依頼の後、次の区分Cの依頼を受ける前に、小さな依頼を(いく)つもこなして資金を溜めており、既に教会への支払いも終えていた。

 ただ、屋敷を出るにはまだ心もと無いので、未だ侯爵家の居候(いそうろう)の身であった。

 その為グラストスは、依頼が無い時は率先(そっせん)して、屋敷の作業を手伝う事に努めた。

 とはいえ、家事関連の事柄に関して、ヴェラは完璧である。

 手伝おうにも家事に不慣れな上、片手が使えないグラストスがいてはかえって邪魔になってしまうので、必然的にグラストスに出来ることはアーラの護衛位だった。


 そして、現在もアーラの傍に付いて街を散策していた。

 だが実際、護衛とは名ばかりで、治安の良いこの街でアーラを襲うような人間など居る筈も無い。

 言ってみれば、ただ並んで歩いているだけであった。


 アーラは時折街を歩いて領民と触れ合い、その様子を把握(はあく)する事が大切だという信念を持っており、今もそうした考えから街を歩いていた。

 屋敷を出て以来、街行く人に声を掛けられ、日頃の不満、報告、雑談といった話を丁寧に聞いている。

 ただそれは、領主代行としての義務感からだけではなく、アーラ自身も会話を楽しんでいるようで、それが周囲にも伝わり、一層親しみが増し、(した)われることに繋がっているのかもしれない。

 グラストスはそんなことを考えながら、ある老婦人が「お供の人に」と、差し入れてくれた()れたての果物に(かじ)り付いた。

 

「しかし、今日は何だか人がいつもより多いな」

 人が途切れたのを待って、グラストスがアーラに声をかける。

「ああ、確かにそうだな。近々ここに市が立つからな。露店を出す予定の者が出店場所を確認しているのだろう」

「市? この通りでか?」

 グラストスは街の中心を通る大通りの事を示し、周囲を見渡す。

 今は商人が道端に、ちらほら露店を出している程度だった。


「ああ、そうだ。その日は他所(よそ)から来た旅の商人も集まるからな、このような辺境の地だが中々に(にぎ)わうのだぞ」

 胸を張るようにして、アーラが答える。

 そう言われてみれば、露店こそ出してはいないが、商人風の人間の姿がいくつも見受けられた。

「じゃあ、その日は領主代行として、色々作業に追われることになるのか?」

「うむ…………と言いたい所だが、大まかな段取り等は商人ギルドが仕切ってくれる上、こちらに(まわ)ってくる用事はヴェラが片付けてくれるのだ」

 少し恥ずかしそうにアーラが言った。

 領主代行の身でありながら、何もすることがない自分が情けないと思っているのだろう。

 しかし、家事だけではなくまさか領主代行業までもこなすとは……。

 グラストスはヴェラに対して、(ひそ)かに畏敬(いけい)の念を抱いてしまった。


 そのまま二人は、ギルドの方に向かって歩き始める。

 急ぐ用事でも無いので、歩みはゆっくりとしたものだった。

「そういえば、侯爵様はいつ頃お戻りになられるんだ?」

 街を見ていてその事を思い出したグラストスは、アーラに確認した。

 屋敷を出る資金を、いつまでに()めればいいのかを、把握する為だった。

 侯爵が戻ってきた後も、屋敷に居座(いすわ)り続けるのは、想像するだけでも気まずかった。


「どうだろうな。父上が旅立たれた日から……つまりお前が運び込まれた日からになるが――――」

 アーラは隣のグラストスを見上げながら、少し笑うように言いかけ、

「十六・七日は経過しているからな。とっくに王都にお着きになっているだろう。それから……」

 何かを言いかけたアーラの言葉を、グラストスが(さえぎ)る。


「王都? 侯爵様は王都に行かれていたのか」

「ああ。父上はビリザドの地を治める領主だからな。そう珍しい事ではない。まあ、今回はいつもとは違う用事らしいがな……」

 どこか呆れたように、アーラは(つぶや)く。

 その用事が何なのか気にはなったが、一平民にしか過ぎない自分が聞いてよいことでもないだろう。

 そう考えたグラストスは、別の事を尋ねる事にした。


「そういえば、侯爵夫人もご一緒に向かわれたのか?」

 今、あの屋敷にはアーラとヴェラ。そして、グラストスしか住んでいない。

 その為、この地の情報に(うと)いグラストスがそう考えたのも、仕方の無い事ではある。

 しかし、グラストスはその質問をした事を、直ぐに後悔する。

「……母上は、私が生まれた直ぐ後に亡くなられたのだ」


「あ、そ、そうだったのか……す、すまない。嫌な事を思い出させた」

 少女の傷を(えぐ)る様な真似をしてしまったと、激しく動揺し始めたグラストスだったが、当人はそんなグラストスの様子を見て笑っていた。

「そんなに気にしなくてよい。私はもう、その事は気にしてはいない」

「そ、そうか……いや、済まなかった」

 もし仮に、今ヴェラがこの場にいたら、物凄く冷徹な視線を向けられたことだろう。

 その事に安堵(あんど)しながらも、グラストスは心から不躾(ぶしつけ)な自分を()びた。


「もう良いと言うに。今の私には父上も居るし、ヴェラや爺やも居るし、姉上も居る。それ以外にも……」

 誰かの名前を続けた挙げようとしたアーラの言葉を、再びグラストスは遮った。

 二度目となると不快だったのか、アーラは頬を(ふく)らませて不満を主張している。

 だが、グラストスの驚きは、その感情を遥かに凌駕していた。


「姉上? 姉君が居るのか!? 一人娘ではなかったのか?」

「何? 誰がいつ一人娘だと言ったのだ。私には四つ上の姉が居る。私は侯爵家の末娘だ」

 口振(くちぶ)りと言い、日頃の言動といい、誤解を与えるには十分だろう、とグラストスは思った。

 そして、アーラが侯爵家の娘でありながら、剣の鍛錬(たんれん)などを行えている理由の一端が分かった気がした。


「そうか……それには驚いた。だが、君の姉君という事はさぞかし美しいのだろうな」

「ああ。姉上はとてもお美しいぞ。それでいてお優しく、繊細(せんさい)で、聡明(そうめい)だ。貴族の男達からの求婚の誘いが絶えない程だからな。……私とは違う」

 グラストスの言葉は、ある意味アーラの器量(きりょう)の良さも認めている事を表していたのだが、アーラはそんな事には全く気づかず、ただ姉を持ち上げていた。

 しかし、言った本人もその事は意図(いと)していた訳ではなかったので、これはおあいこだろう。


 そんな事よりも、グラストスは最後の一言が引っかかっていた。

 『私とは違う』

 いつもとは違い、アーラのその一言に、どこか暗い響きがあった為だ。


「何だ、アーラ嬢は、貴族からの求婚が(うらや)ましいのか?」

「ち、違う! そうではない! 何を馬鹿な事を言っている。そんな事に私は興味など無い! 私が興味あるのはこれだけだ!」

 アーラはそう叫んで、腰の剣を鞘ごと抜いて威嚇(いかく)するようにグラストスに向けた。


 その剣は『ポール』ではなく、先日修理から戻ってきた『エリザベス』である。

 目の前に突き出された鞘の先端を冷静に見ながら、グラストスはもう一度尋ねる。


「姉上は、剣を(たしな)んでいるのか? (ある)いは魔法を習熟(しゅうじゅく)されているとか?」

「姉上は私とは違う、本当のお嬢様だからな。剣など手に持たれた事も無いだろう。魔法の技術は……私よりも上だ。少なくとも姉上は、水球をお作りになる事が出来るからな」

「なるほど」

 どうやら、そこら辺に根がありそうだった。

 グラストスは、アーラが剣を頼みにするのはそれが原因だろうかと思ったが、それはアーラに対しての侮辱(ぶじょく)だと思い直した。


「そう言えば、アーラ嬢には、尊敬する人物が居るということだったな。確か……女公爵様だったか?」

 アーラは唐突に話を換えたグラストスに怪訝(けげん)そうな顔を見せたが、その話題は(むし)ろ望むものだったので、素早く腰に剣を戻し、一転して快く頷いた。

「その通り。シュルヴィア様だ」


「そのシュルヴィア様という方は、どんなお方なんだ?」

「シュルヴィア様は、とてもお美しいが、ご領地にて規律を違反した者を、ご自身の手でご打擲(ちょうちゃく)なさったと言う話もある程、とても剛毅(ごうき)な方だ。そして、ご自身は魔法を習得なさっておられないのにも関わらず、剣の腕だけでどんなメイジをも(しの)ぐと(うた)われている努力の方でもあるのだ。それに……」

 それから暫く、女公爵を(たた)える言葉が続いた。

 グラストスはそれを話半分に聞いていたが、思わず笑みがこぼれそうになるのを抑えるのに必死だった。


 そのシュルヴィア様の人と()りは、どう聞いてもアーラの姉上と全く正反対のように聞こえた。

 実際はどうかは置いておいて、アーラは二人の事をそのように(とら)えているのは間違いない。

 つまり、姉への劣等(れっとう)感に似た感情から、その間逆の人物へ憧れを抱いたのだろう。

 その事に気づき、アーラの子供っぽさが際立つようで、グラストスはどうにもアーラが可愛く思えてしまったのだ。


 だが、アーラが時折見せる子供っぽさは微笑ましいものだったが、この事に関してだけは、あまり良いものでもないのかもしれない。

 ただ、それをどう言って正そうか、言葉に困る。

 グラストスは決して口下手ではなかったが、言葉を(ろう)する性質(たち)でもなかった。

 なので、ここは万感(ばんかん)の思いを込めて、一言だけ告げる事にした。


「アーラ嬢」

「その時シュルヴィア様は……って、何だ良い所で声を掛けおって!」

 相変わらず憧れの人物の話を途切られるのは不満なのか、アーラはグラストスの呼びかけに怒ったように反応する。



「俺は、君の味方だ」



 突然のグラストスの言葉に、アーラは毒を抜かれたようなポカンした表情を浮かべる。

 グラストスも言い終わるなり、自分は何を言ってるんだ? と後悔したが、訂正(ていせい)はしなかった。

「お前が一体何を言っているのか分からないが……」


 アーラは綺麗な蒼い瞳に、呆れた色を(にじ)ませながら、

「そんな事は当たり前だ」

 と、力強く頷いたのだった。



***



 そんなやり取りを二人が行っていた時、そこから歩いて二日以上の距離にある深い森の中では、ある三名の若者と二人の男の密会(みっかい)が行われていた。

 その三名の若者は、リシャールと()めた自由騎士達だった。


 彼らは、ギルド経由ではない、この男達からの依頼を受けて、このような森の奥底まで足を運んでいた。

 一応、安全は確立されている行路(こうてい)上だとは言え、一歩外れればそこは区分Bの世界。

 区分Cが限界の自分達では、とても生きて帰れる所ではない。

 その為、どうしても緊張は消せないのだった。

 どこからか獣の鳴き声がする度に、それぞれ神経質に周囲を見回していた。


「これが、約束のものだぜ」

 三人の内の一人が、二人の男の片方に依頼されたものを手渡した。

 それは、ある一枚の地図だった。

 が、当然ただの地図ではない。

 正直、若者達は二人がこれを使って一体何をするつもりなのか、全く分かっていなかった。

 と言うより、報酬金額に目が(くら)んで、何も詮索(せんさく)する気がないというのが正しい。


 彼らはこの依頼において、前金だけでパウルース銀貨二十枚を受け取っていた。

 しかも、成功報酬は更に百上乗せと言う話なのだ。

 その依頼の為に『中継基地』まで行く必要があるのは面倒だったが、報酬を思えばそれも大した労力(ろうりょく)ではなかった。



「確かに渡したぜ? じゃあ、成功報酬をくれよ」

「……そうだな」

 男は無機質な目でそう言って、貨幣が入った布袋を無造作に放り投げた。

 それはシャンと音を鳴らして、三人の前の地面に落ちる。

 そして、男達はそのまま背を向けて、この場を去ろうとしていた。

 三人はその対応を不愉快に思わないではなかったが、何も言わずに若者の一人が袋を拾い上げた。


 若者はズシリとした重さを感じ、思わず笑みを浮かべた――――しかし、確認の為に中を開いたところで、表情が一変した。

 慌てて指を袋に突っ込んで、()き分けるように確かめていたが、やがてそれを止めて他の二人に中を見せた。

「全部これだ!」

「何だと!?」


 その袋の中には、銀貨ではなく銅貨が入れられていた。

 これでは例え百枚入っていたとしても、せいぜい銀貨四枚程度の価値しかない。

 通常のギルドの依頼を考えれば、それでも十分な金額だったが、期待が大きかった分若者達は納得できなかった。


 三人は急いで男達の後を追いかけ、

「おい! お前ら! 話が違うじゃねえか!!」

「どういうことだ!?」

「ふざけるな!」

 と、口々に非難した。


 男達はそんな三人の様子に低く笑いながら、

「それで納得しておくのが、お前たちの為だぞ?」

 と、振り返りもせずに言い放った。


 若者達はそれには当然、(いな)を突き返す。

 暴力的な気配が周囲に(ただよ)う。

 そして、若者の一人がこちらを振り向かせようと、肩を掴んで強引に向き直らせた――――その男の腕の中には、赤々と燃える火球があった。


 若者達は一瞬固まってしまう。

 若者達も、腐ってもビリザドの自由騎士である。

 意図が分からなかったのだ。

 まさか、こんな森の中で火をこうもあっぴろ気に使うとは考えてもいなかった。


 そんな彼らに向かって「消えろ」とだけ言い残し、男達は大きく後ろに跳び下がりながら、手の中のそれを解き放った。

 その火球は、男を振り返らせた若者を中心にして、()ぜた。

 爆音が、森の中に響き渡る。

 余波に吹き飛ばされた二人はまだ良かったが、中心に居た若者は悲鳴を上げる暇も無く、その場に崩れ落ちた。


 笑い声と共に男達は去っていき、その場には、痛みで呻き声を上げる若者達だけが残されていた。

 やがて、爆心地にいた一人を除いて、二人はノロノロと起き上がる。

 若者達はここでようやく、自分達がとんでもなく性質の悪い相手と取引した事を悟った。

 同時に、二人組みの男達が何の為に依頼の地図を欲していたのかを理解し、青くなる。


 それは、自分達の想像通りなら、このビリザドの地に深刻な被害をもたらすのに違いなかった…………。


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