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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【序章】
3/121

運命

過酸化水素水と申します。

どうぞ宜しくお願いします。


 

 虫の声しか響かない、厳粛(げんしゅく)な空気が漂う深遠な森の中。

 木々の隙間からおぼろげに差し込む月明かりのみを頼りに、奥へ奥へと突き進もうとする影があった。

 静寂に包まれた空間に、その影のたてる足音と、荒々しい呼吸音のみが存在感を主張している。

 時折後ろを振り返りながら、影はどこまでも奥へ進んでいく。

 そちらに進めば大丈夫だという保証などありはしなかったが、胸を襲っている恐怖により、少しでも遠くへ離れずにはいられなかったのだ。


 影はまだ歳若い男であった。

 そして、男は追われていた。


 もちろん、自らが望んだ結果ではない。

 少なくとも、当の本人はそう信じ込んでいた。

 事情を知る人間がその主張を聞いた場合、さぞ不快感を抱いたに違いないが…………。


 どれ程走っただろうか。

 遂に森の端まで辿りついたということが、森の中に差し込む光から分かった。

 不思議なもので、明かりを見た途端に光の下まで抜けることが出来れば事態が好転するのではないか、という理由無き願望が男の胸の内で溢れ、森の外に一気に駆け抜けた。


 ――――間一髪、踏み止まる事に成功する。


 森の外は断崖だった。

 森の端から人二人分程の距離で、足場は途絶えていた。

 暗さの為男にははっきりとは分からなかったが、普通に落ちればまず助からない高さだという事だけは理解できた。


 ともかく、これ以上進む事は出来ない。

 男は慌て、再び森の中に入ろうとする。

 しかし、それは叶わなかった。

 いつの間にか追っ手に三方を囲うように抑えられており、まだ姿は目視出来ないが、徐々に気配が近づいてきていた為である。


 男はどうすればいいのか判断に迷った。

 今までこういった局面で対処を考えるのは、男の役割ではなかったのだ。

 その致命的とも言える時間を無為に浪費した後、ようやく一点突破を決意した頃には、気配の輪は間近に迫ってきてしまっていた。

 思わず後ずさったが、直ぐに限界が訪れる。

 すり足で払われた土埃がパラパラと崖下に向かって落ちていった。


 男は完全に混乱していた。

 このままで居ては襲われる。

 一人で相手取るには敵の数が多すぎる。

 かと言って、ここから飛び降りても助かる見込みは無い。


 どうしてこうなったのか、という思いが男の頭の中を駆け巡った。

 こうなった原因と思わしき存在、事柄にあらゆる怨嗟の声をあげた。浅ましく、無様に。

 そんな場合ではないのは、男も分かっていた。

 ただ、そうやって逃避をしないと、とても正気を保ってはいられなかった。


 ゆっくりと腰の長剣を抜く。

 交戦を決意したのではない。

 幼い子供が納得できない事態に嫌々をする様に、自分に迫る死の気配を認められなかっただけだった。

 構えも何もない。

 震える剣先を気配に向けることで、少しでもその時を先延ばしにしようとしていた。


 だが、気配の主達はそんな男の動揺を感じているのか、男の抜いた剣に躊躇する様子も無く、変わらぬ速度で近づいてくる。

 そして、男からもその姿が視認できる距離まで間を詰めた所で、同時に足を止めた。


 男は緊張により、全身がじっとりと汗で濡れていた。

 ただ、それを気にしている余裕は無い。

 呼吸は激しく乱れながらも、視線は忙しなく追っ手達の姿を右往左往している。


 そのまま、互いに硬直したまま僅かばかりの時が過ぎた。

 男の緊張は、既に限界近い。

 追っ手もその事を悟ったのか、不意にその内の一体が一歩だけ歩を進めた。

 男はビクリと身じろぎして、歩を進めた追っ手の方を大仰に向き直る。

 複数の敵に囲まれた中で、その様な動作は致命的だった。

 追っ手の一体に注意を向けてしまった所為で、死角を作ってしまったのだ。

 追っ手達はその隙を見逃さなかった。

 僅かに警戒から外れた一体が、死角から回りこむように一瞬で間合いを詰めて、男に鋭い一閃を放った。


 男がその攻撃を躱せたのは偶然だった。

 視界の端に僅かに映った影に、体を大きく()け反らせてやり過ごせた。

 生命の危機に、咄嗟に体を引いた事が、功を奏したのであった。

 そこまでは良かった。


 しかし、その瞬間、今居る場所が断崖絶壁だという事は、男の頭からは飛んでいた。

 その為、あえなく体勢を崩し、漆黒の宙にその身が投げ出されてしまった。

 男は悲鳴を上げることすら出来ず、物凄い速さで遠ざかっていく断崖を呆然と見つめながら、深淵の闇に飲み込まれていった…………。


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