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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
27/121

24: 悪意

アーラに話さなかった出来事

 

 最初に彼らに気づいたのはリシャールだった。

 遠目からだったが、彼等が自由騎士であることは容易に分かった。

 森の中は既に(くら)く、この地の猟師や木こりが、こんな時間に森に入る訳がないからだ。

 こんな時間に出会うのは珍しいが、他の自由騎士と森の中で遭遇する事は、それほど稀な出来事という訳ではない。

 ビリザドの依頼の大半は、森での依頼である。

 つまり、大半の自由騎士は森で活動している。すれ違う事がない、と考える方がおかしい。

 

 自由騎士としての経験が長いリシャールも、まあ有る事だと大して気にせず、ただ何となく彼らを目で追っていたのだが、その内に彼らがとても看過(かんか)出来ない行動をとったのには驚いた。

 何と、彼らは火を使ったのである。

 恐らく魔法だろうか。それを何気なく森に放ったように見えた。

 もしかしたら彼らは新米自由騎士で、この地の事情に(うと)い人間なのかもしれない。

 そう思ったリシャールは、疲れた体をおして、その自由騎士達に近づいていった。


 突然、帰路順路を外れたリシャールに驚いた背後の二人だったが、リシャールが何処へ向かっているのか、その先を見て悟った為、何も言わずに後を追った。

 グラストスは今日の朝までは知らなかったが、森の中で自由騎士同士が出会った場合、挨拶を交わすと共に、何か困った事がないか確認し合うのは、ビリザドの自由騎士達の暗黙の慣習(かんしゅう)なのである。

 彼らが火を使っていたところを見ていない二人は、その事でリシャールが近づいていると思っていた。


 ある程度近づいて、その自由騎士達もこちらに気づいたようだ。

 二人組の自由騎士で、歳は二十代半ばという感じの中肉中背の男達だった。

「こんにちは~~」

 リシャールが持ち前の人懐っこさを発揮して声をかける。

「…………」

 だが、その自由騎士達は何も答えず、無表情にリシャールを見つめていた。

 その様子にリシャールは少し気圧(けお)されたが、めげずに今先ほど見た事を告げる。

 そして、この地のギルドではそれが禁忌(きんき)とされていることも嫌味にならぬよう丁寧に教えた。

 火を使ったという事を聞いてグラストスとサルバは驚いたが、新人ならば仕方ないだろうと思い特に口を挟まなかった。


 ――――だが、男達の返答は炎の返礼だった。

 

 男の一人が、手に持った何かをカチッと、音を立てて叩き合わせ、火花を散らす。

 すると、その火がみるみる大きくなり、宙に球体を形作ると、突然リシャールに襲いかかった。


 グラストスが咄嗟(とっさ)にリシャールの首周りの服を掴んで、引っ張ったお陰で被害は免れたが、直撃していた場合ただでは済まなかっただろう。

「何をするんだ!?」

 すぐさま激しく詰問(きつもん)するグラストスに対して、男達は何も答えず、こちらを嘲笑(あざわら)っているような表情で更に魔法を放ってきた。


 グラストスは腰が抜けたらしいリシャールを(かば)いながら、急いで距離をとろうとする。

 その二人の無防備な背中に向けて、何度も火球の追い討ちが行われていたが、それはサルバが立ち塞がり斧を盾代わりにして防いでいた。

 ただ、両手で輪を作ったほどの大きさのあるソレを全て完璧に防ぐ事は適わず、()れた火がサルバの肌の表面を焼いている。


 リシャールを大樹の裏に押し込めて、攻撃が止んだ隙を見計らって、グラストスは樹の影から(おど)り出た。

 こうなれば仕方ない。不本意だが応戦するしかなかった。

 だが、殺すつもりはなかったので、(さや)は抜かない。

 右手で鞘に納まった剣を構えてゆっくりと近づいてくるグラストスを見て、男達はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべた。

 獲物の足掻(あが)きが楽しくて仕方ない、そんな顔だった。


「サルバ……お前魔法は?」

 グラストスは男達から視線は切らずに、隣に立つサルバに確認する。

 何か打開できるような属性を持っていることを、少しだけ期待したが――――

「俺はぁ、魔法は使えねぇ。お前はぁ?」

 サルバはメイジでは無かった。


「……俺も似たようなものだ」

「お前も使えねえのかぁ……そりゃあ拙いなぁ」

 危機感を感じにくいが、これでもサルバは非常に(あせ)っていた。


 この二人では魔法への対処が出来ない。

 その事実に、グラストスは絶望感に似た心境を抱く。

(魔法剣を使うか……しかし…………)

 奴らを出し抜ける切り札は、自分の魔法剣しかない。

 だが、『ジェニファー』が魔法剣用の剣ではないことが、グラストスを躊躇(ためら)わせていた。

 またもアーラを落ち込ませるのは忍びないからだ。

 しかも、魔法剣を使う事で、奴らを更に刺激する事にもなりかねない。

 仮に一人は倒せても、もう一人いるのだ。

 剣が使えなくなるのは、あまり喜ばしい事ではない。

 その為、じりじりと後ろに下がりながら警戒する事しか出来なかった。


 だが、緊張感を増した二人とは裏腹に、男達は急に興味が()せたような表情を浮かべた。

「……なんだ、出来損ない(非メイジ)か。(きょう)()がれたな」

 どうやら、サルバの声が聞えていたらしい。

 魔法が使えないと聞いて、明らかに侮蔑(ぶべつ)の目をグラストス達に向けていた。

 (にわ)かに身を硬くする二人の目の前で、男達は身を(ひるがえ)すと森の奥に向かって離れていった。

 それを見て警戒を解いた訳ではなかったが、それでも安心から気が抜けた部分があったのだろう。

 男の一人が数歩進んで――――急に振り返った事に対して反応が遅れてしまった。


(ゴミ)は、死んでろ!!」


 男はそう叫ぶと、グラストスとサルバの中間の空間に火球を放った。

 何だ外したのか? と二人が思った瞬間、それは空中で()ぜた。

 突然の至近距離での爆発に、抵抗する事も出来ず二人は吹き飛ばされる。

 グラストスは左側の樹に叩きつけられ、サルバも右方向に吹き飛ばされていった。

 そんな二人を尻目に、男達は笑い声だけを残して、今度こそ去って行った。


「だ、大丈夫ですか!? グラストスさん! サルバ!?」

 男達が完全に()るのを待ってから、樹の影から飛び出したリシャールが、グラストスを助け起こす。

「ぐ……あ、ああ。何とか……無事のようだ……」

 身体は酷く痛み、服はボロボロになっていたが、それほどの破壊力は持っていなかったらしい。

 グラストスは、特に大怪我はなく済んでいた。


「いてぇ……なぁ……俺も何とかぁ無事だぁ~~~~」

 樹の影から、のっそりサルバが近づいてくる。

 サルバは元々袖のない服を着ていた為、腕に軽い火傷を()っているようだった。

 ただ、傷はその位で、深刻な怪我は免れたようだ。


「しかし、何だ今の奴らは? あんな奴らでもギルドに入れるのか?」

 一息ついて、グラストスがまず思った事はそれだった。

 リシャールも渋い顔で首を(ひね)る。

「いえ、あんな奴らだと周りに知られていたら、絶対に除名されていますよ。ギルドの原則として、ギルド員同士で直接的な(いさか)いを起こす事は禁止されてますから」

「ここら辺の奴らじゃねえのかもなぁ~~~~」


 グラストスは服装や装備からギルドの人間だと考えたが、確かにそうでない可能性もある。

「僕もそう思います。ギルドの人間なら、よほどの性格の悪い奴でもこんな事はしませんよ。まあ性質(たち)の悪いど新人という可能性もありますが、それにしては戦い慣れている様でしたし……って、すみません」

 リシャールの最後の()びは、自分が隠れて戦闘に参加しなかったことを謝っていたのだが、グラストスは首を振った。

「いや、その判断は正しい。お前も参戦していたとして、最後のがもっと強い魔法だった場合、全滅という可能性もあったからな」

 そのグラストスの言葉に、リシャールは更に身を小さくする。

 隠れていたのは、そういう判断の末のものではなく、ただ怖くて身体が動かなかっただけだったからだ。


 そんなリシャールの葛藤(かっとう)には気づかずに、グラストスは周囲を見回す。

 今の火の魔法で、どこか出火していないか調べていた。

 その思惑はサルバも察したようで、二人で周囲を見回ったが、どうやら異常はなかったようだ。

 ただ念のため、爆発が起こった付近には、土を適当に(かぶ)せておいた。

 ようやく後始末もすんだと、手に付いた土を払っていたグラストスは、ある重大な事を思い出し、サルバに尋ねた。


「そういえば、薬草は無事か?」 

 ここまで来て、今ので燃やされたというのでは泣くに泣けない。

「ああ。大丈夫だぁ」

 サルバはいつの間にか置いていたらしい樹の影から麻袋を拾い上げて、その中を広げてみせる。

 綺麗な白い花が覗いて見えた。


 グラストスはホッと安心すると、

「では、今度こそ戻ろうか」

 そう二人に声をかけ、三人は痛む体を押して森の出口へ歩き始めた。



 その場所を離れながら、一度だけグラストスは振り返った。

 薄暗い森の中では、先程の戦闘の傷跡を見る事は出来なかったが、不穏(ふおん)な気配はまだ漂っているように感じた。

 そして、グラストスはある事が気になっていた。

(奴らは一体何処に向かったんだ……?)

 もうじき森に夜が訪れるのに関わらず、今から森の奥に進む意図が分からない。

(単に夜の森の怖さを知らないだけならいいが……)


「グラストスさん?」

「あ、ああ、悪い。今行く」

 いつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。

 再び歩き始めながらも、グラストスは嫌な予感を抑える事が出来なかった。


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