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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
26/121

23: 毒

 

「はぁはぁ…………。きついな……」

「疲れたなぁ……」

「…………」

 三者三様に、地面に倒れこんで(うめ)いていた。


 その直ぐ傍には、三匹の魔物の死骸(しがい)が転がっている。

 始めこそ逃げていた三人だったが、追って来たフォレストウルフはどうやっても()くことは出来ないと悟った為、仕方なく迎え撃ったのだ。

 敵はとても動きが速かったので、中々致命的な攻撃を与える事が出来ず、戦いは硬直(こうちょく)していたが、サルバの思い切った行動により事態は打開された。

 何と、サルバはワザと自分の両腕を、敵に()ませたのだ。

 そこで筋肉を引き締め、牙を抜けなくさせて敵の動きを止めた。

 もがき回る敵をグラストスとリシャールでそれぞれ一体ずつ止めを刺し、残りの一体は三人で囲んで一斉に襲い掛かり、ようやく三体仕留(しと)めたのだった。


「どんなもんだぁ……」

 サルバが勝ち誇ったように、グラストスに笑みを浮かべる。

 疲れてさえいなければ、そもそもお前がヘマをしたんだろ!? と、突っ込みたいグラストスだった。

 なので、自然とサルバに向ける目は冷たくなる。

 その脇で、リシャールが直立した姿勢で地面にうつ伏している。

 先程から物言わぬのは、暗にサルバへの苦情を示しているのだろうか。

 

 ようやく呼吸を戻したグラストスは、とりあえずサルバへの問い詰めは今度にすることにした。

 なんだかんだで魔物を仕留められたのは、サルバの行動に寄る所が大きかったからだ。

 なので、責任には触れないまま、そろそろ街に戻ろうと二人に声をかけようとしたが、その内の一人の様子がおかしい事に気づいた。

「ど、どうしたサルバ!?」

 サルバは顔を真っ青にしており、額からは脂汗が(にじ)み出している。

 やがて、「何か気持ち悪い」とブルブル震え出し呻き声を上げ始めた。


 この様子はただ事ではない、と焦ったグラストスだったが、医学の知識は無い。

 出来る事と言えばサルバを励まし、肩を貸す事ぐらいだった。

 リシャールは、またサルバが何か言い出したのかとのっそり起き上がったが、サルバの様子を見て顔が変わった。

 そして、何事か考え込んだ後、

「分かりました、牙ですよ! 多分フォレストウルフの牙が原因です」

 と推論を告げた。


 フォレストウルフの牙は非常に不衛生な為、咬まれた場合に嘔吐(おうと)下痢(げり)、または吐血(とけつ)などの症状に襲われる事があるとリシャールは説明する。

「ワザと咬ませたりするから!!」

「しかし、じゃあ如何すればいいんだ?」

「確か……解毒効果のある薬草をすり潰して飲ませて、あと傷口に塗り付ければ落ち着く筈ですが……」

「そんな効果のある薬草なんて――――」

 どこにあるんだ、と言いかけて、グラストスはサルバの脇に放られている麻袋が目に入った。

 確か、この中に入っている薬草は、強い解毒効果があった筈だ。

 しかし――――


「…………」

 リシャールも同じ事に気づいたのか、切なげな目で麻袋を見つめている。

「ぐおおおっ。お、俺はもう駄目だぁぁぁ」

 グラストスは野太い声で苦しんでいる男を見やって、溜息を一つ吐くと、おずおずと麻袋に手を伸ばした。

 その手を泣きそうな顔でリシャールが掴んできたが、グラストスは諦めたように首を振って諭し、麻袋を手に掴んだのだった…………。



***


 

 既に、辺りはドップリと夜の(とばり)で覆われている。

 芝を(あお)く染めた前庭の上に、全身ボロボロの二人の男が身を投げていた。

 グラストスとリシャールである。


 ”生きてて良かった”

 先程から少年が泣きながら、しきりにそう呟いている。

 

 その隣に腰を下ろして、興味深そうに目を輝かせ、森での話をするよう(せま)っている少女に、グラストスは静々と話を聞かせていた。

 その少女の背後では、物静かな女性が粛々(しゅくしゅく)と控えている。

 (たたず)まいは穏やかだったが、この女性も話に興味が無いわけではないらしい。話に耳を傾けている様子が(うかが)えた。


 ”生きている方が奇跡だ”

 そう告げてから話し始めた森での話は、サルバに薬草を使ってしまった為、薬草を再び採りに行く羽目(はめ)になったところまで進んでいた。



+++


 

 薬草は、そこより先は区分B以上の世界だ、という重警戒地帯が目と鼻の先の距離にある七箇所目の泉で手に入れることが出来た。

 リシャールが場所を把握(はあく)している泉もそこまでだったので、それだけは運が良かったのかもしれない。

 だが、ようやく手に入った薬草に安心して警戒が(ゆる)んでしまっていたのだろう。

 それからが本当の地獄だった。


 まず、リシャールが蛇の巣に落ちた。

 窪地(くぼち)に足を取られ、倒れた先がきつい傾斜(けいしゃ)になっており、そのまま滑り落ちた先が蛇の巣だったのだ。

 突然の生物の気配に驚いたのか、蛇がワラワラと巣穴から現れリシャールに(まと)わり付いてきた。

 リシャールが咬まれずに済んだのは、早々に気絶したのが功を(そう)していたのかもしれない。


 蛇達はひとしきり、リシャールの身体を()いずり回ると、再び巣穴に戻っていった。

 這いずり回られていた時のリシャールの姿は…………とても語る事は出来ない有様だった。

 ともかく、何とか助け出せたものの、リシャールの服の中に一匹入り込んでいた蛇がいて、気づくのに遅れたサルバが蛇に咬まれてしまう。

 運が悪い事に、毒蛇だった。

 毒が(まわ)り呻き出したサルバに、再び薬草をすり潰して飲ませて、何とか治癒させることに成功する。

 七箇所目の泉で採れた余剰分が無ければ、再び探し回る事になるところだった。


 ようやく元気を取り戻した二人だったが、流石に先程までの移動速度は求められる筈も無く、徐々に森も暗くなり始めていた。

 これには三人とも焦った。

 夜の森用の装備は持ってきてはいない為、迷子になるのは必死だったからだ。

 なので、意識して速度を上げたのだが、これが更に注意を(おろそ)かにする切欠(きっかけ)だったのかもしれない。


 リシャールが、再び深い穴に落ちかけたのだ。

 ただこれは、サルバがリシャールを力一杯突き飛ばす事で(まぬが)れる事が出来た。

 ――――のだが、その突き飛ばした先が(まず)かった。

 その先は、食虫植物の群生(ぐんせい)地帯だったのだ。


 リシャールは必死にもがいたが、触手に纏わり付かれ毒々しい花弁に包み込まれる様にして飲み込まれた。

 巨大な花の中からリシャールの泣き声だけが響く様子は、異様な光景だったとグラストスは語る。

 何とか触手や幹を切り払い助けだしたものの、食虫植物の酸でリシャールの服はボロボロにされていた。

 喰われたのが余程恐怖だったのか、泣き叫びながらグラストスに(すが)りつき、サルバに恨み言を言い出し始めたリシャールを(なだ)めながら、一向は帰路を急いだ。

 

 流石にリシャールには悪い事をしたと思っていたのか、先程からサルバが何処となく肩を落としているように見えたグラストスは、サルバを励ます事にした。

 もちろん、温情からではなく移動速度が(いちじる)しく下がっていた為だった。

 だが、これが余計だった。


 グラストスの明らかに取り(つくろ)ったような褒め言葉を真に受け、激しく照れだしたサルバは、照れ隠しに近くの樹を殴りつけたのだ。

 照れ隠しに樹を殴る意味が、グラストスには冷静になった今でも分からなかったが、その事がもたらした効果は大きかったと言える。

 サルバが樹を殴った衝撃で、上から何かがポトリと落ちてきたのだ。

 それは、突き出したサルバの腕の上に丁度乗っかった。

 拳大の蜘蛛(くも)だった。


 その蜘蛛はサルバの腕を一咬みすると、何処かに逃げ去ったのだが――――生憎(あいにく)こいつもまた毒を持っていたらしい。

 移動を再開してから少しして、サルバが再び苦しみ出した。

 折角(せっかく)集めた薬草の余剰分は、その治療で全て使い切る事になってしまった。


 それから死ぬ思いで森を抜け、疲れた体を押して街に辿りつき、流石に疲れていたサルバと別れて、現在に至っていた。


+++


 グラストスは、そこまで一気にアーラに話すと、ドッと倒れこんだ。

 改めて思い返すことで、再び気力を奪われた為だった。


「だから、サルバと依頼をやるのは嫌だったんですよ~~~~!!」

 リシャールは少し元気を取り戻したのか、今日何度叫んだか分からない台詞を再び叫んでいた。

 冷静になって考えると、最後のドタバタは、何もサルバだけが原因ではない。

 グラストスはそれに気づいていたが、それを指摘して言い込める気力は残っていなかった。


 ただ、アーラの目には、そんなくたびれた様子すら楽しげに映ったらしい。

(うらや)ましい限りだ。ふむ。今度は私も…………」

「駄目です。お嬢様」

 同行を主張するが、即座に小間使い(ヴェラ)に切って捨てられていた。


「うむぅ……しかし、グラストスよ」

 そのまま沈み込むかと思った少女は、再び面を上げてグラストスに尋ねた。

「今の話では、お前自身は左程被害を受けていないように思えるのだが、その有様はどうしたのだ?」

「……それはだな」

 その問いに、グラストスは一瞬言葉が詰まる。

 確かに今の話では、自分の格好がボロボロになっている説明がつかない。

 そう悟ったグラストスは、直ぐに理由を話し始める。


「いや……それは、リシャールを食虫植物から助ける際に、酸が掛かってしまったんだ」

 果たしてそれで通じたか――――

 願うような気持ちでアーラの反応を待つグラストスだったが、

「なるほど、そうであったのか」

 どうやら納得はしてくれたようだ。

 グラストスはホッと胸を()で下ろした。

 隣のリシャールは不思議そうにグラストスを見ていたが、何も言う事はなかった。

 

「まあともかく、大変だったな二人とも。さぞ腹が空いているだろう。早速夕食にしよう。リシャール。お前も今日は当家で食べていくがよい。ヴェラ!」

「はい、お嬢様」

 アーラの指示で、ヴェラが屋敷の中に消える。夕食の準備に向かったのだろう。

 リシャールは嬉しそうな顔で「ご馳走(ちそう)になります」と礼を言うと、アーラと一緒に屋敷に入っていった。


(さて……)

 そんな二人の後ろ姿を見ながら、グラストスは今あえて伏せた出来事を思い返していた。

 アーラにそれを話さなかったのは、余計な心配をさせるべきではないと考えた為と。

 何より、それまでの騒動とは質が違い、笑い話には出来ないその出来事を語る事で、自分達の今後に陰を落とすような気がした為だった。

(考え過ぎか……)

 そう一人ごちながら微かに自嘲すると、グラストスも屋敷の中に入っていった。


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