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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
24/121

21: 区分C

 

 森への依頼を終えて数日。

 そろそろ次の依頼をと考えていたリシャールは、自分と一緒に依頼を受けてくれると言うグラストスの為に、出来るだけ簡単な依頼を見つけようと、まだ人気の無い朝方からギルドに張り込み、依頼を探していた。

 自分の実力では区分E、区分Dが関の山である。

 グラストスもいるが、彼はまだ左腕が使えない上に、森についての知識が(とぼ)しいことを考えても、その程度が適当だと思っていた。

 なので、それらの区分の依頼を探していたのだが…………。

 これらの区分の依頼は容易に達成できるモノである為か、その数はとても多く、掲示されている依頼数は両区分合わせて、ギルドの西側の壁ほどの長さのある掲示板の全面を埋める程だった。


 といっても、その殆どは緊急性の低い依頼である。

 緊急性の高い依頼は、それらとは区別する意味で別の場所に貼られているのだが、それらは緊急だけあって報酬も良いが、難易度も高い。

 なので、その最後の一点だけでリシャールの対象からは外れていた。


 リシャールはその膨大(ぼうだい)な数の依頼を、端から掲示板に張り付くようにして丹念(たんねん)に調べる。

 少しでも危険がありそうであれば対象から外し、一見安全そうに見えても何か危険な臭いがするものは除外し、を繰り返している内に周囲にちらほらと人影が現れ始めていた。

 一心不乱に調べていたリシャールがそれに気づいたのは、掲示板の依頼の張り替えに現れたギルド職員に、声をかけられた時だった。


「アンタ……また簡単な依頼を探してんの?」

 呼びかけにリシャールが振り返ると、呆れたような顔で見下ろしているマリッタがいた。

「あ、マリッタさん。おはようございます」

 笑顔で挨拶する少年の顔は、朝日に照らされ、神々しい程の愛らしさを(ほこ)っていたが…………。

 マリッタからすると、ただ(しゃく)(さわ)るだけだった。


「はぁ、まあいいわ……。そういえば、この後お嬢さんとこの居候が登録に来るそうよ」

「えっ!? あ、そうですか! 丁度良かった、僕もグラストスさんに聞きたい事があったんですよ」

 そう言って、懐から一枚の紙を取り出す。

「僕なりに依頼を調査したんですが、僕が目を付けている中で今二つ候補があって、どちらがいいのかを……」

 リシャールは依頼の詳細が記載された紙を、マリッタに押し付けるようにして見せながら、懸命に自分の選んだ依頼を説明しようとする。

 そんな少年をうざったそうに押し退()けながら、マリッタは紙には一瞥(いちべつ)もしないで「はいはい」と返した。


「あーーーー、早くしないと、誰かに取られちゃうかも…………」

 笑顔だったかと思えば、もう今は沈んだ表情を見せている。

 本当に少年の表情は目まぐるしく変わると、マリッタは思った。

「今、教会に行ってるそうだから、そっちに行ってみれば?」

 親切に居場所を教えたのは、そろそろ(まと)わりつかれるのが面倒になったからだった。

 そんな事とは知らず、リシャールは喜色(きしょく)を浮かべて礼を言うと、飛び出すように敷地から出て行った。


 その場に残ったマリッタが呆れるように呟く。

「……犬ね」



***



 ギルドから教会へ行くのは、街を横断する事に等しい。

 犬に例えられた少年は、そんな長い距離をその例えの存在のごとく駆け抜けた。

 万事臆病な少年だったが、基礎的な体力は父親から幼少の頃からみっちりと仕込まれているのだった。

 ただ、父親の思惑(おもわく)とは違い、その貴重な資質は主に逃げる事に関してしか使われていなかったが。

 全速に近い速さで教会まで走った少年は、流石に息を切らして座り込んだが、直ぐに息を整え再び立ち上がると、教会の扉を開け放った。



「ギルドから教会までは一本道な筈なのに、何処に行ったんだろうグラストスさん……」

 神父から二人は少し前に教会を出た事を告げられ、リシャールはとぼとぼとギルドへの道を戻る。

 この時、二人はアーラの屋敷に居たのだったが、そんな事とは知る由も無いリシャールは、そのまま屋敷を通り過ぎていた。


 大通りの十字路を過ぎた辺りで、ふと小腹が空いているのを自覚する。

(そう言えば、今朝は何も食べていなかったな……)

 最近、(ふところ)具合が乏しい事もあって倹約(けんやく)中だったのだが、空腹のまま依頼を受けるのは良くない。

 戦いの前には食べられる時に食べておく、と言うのが父親から(しつ)けられていたことでもあった。

 少し逡巡(しゅんじゅん)した後、リシャールは軽く食事を()る事に決め、大衆食堂に足を向けた。



***



 食堂は昼前ということもあってか、それなりに人も多かった。

 その殆どは自由騎士達だったが。

 いつもの定位置である奥の席が空いているのに安心し、腰を下ろす。

 すると、それを見かけたここの女将(おかみ)が早速注文を取りに来た。

「おやおやおや。リシャールちゃん、今日はうちで食べてくのかい?」

「はい。依頼を受けようと思ってるんで、その前の腹ごしらえをしようかなって」

 ニッコリと微笑みながら、『いつもの』を注文する。

 女将は最近のリシャールの近況を一通り聞いた後、名残(なごり)惜しそうに席を離れていった。

 リシャールは明るく人懐っこくそれでいて愛らしい為、街の人間……主に中年の女性からは絶大な人気を誇っていた。

 母親の顔を知らず、男手一つで育ったその境遇(きゅうぐう)のことも周知の事であり、それが一層女性達の保護欲をかき立てるのだったが、当のリシャールはそんな事は全く意識していない。


 ずっと父親と二人で旅を続けてきて、自由騎士という職業についている事もあり、幼少の頃から同世代の異性と交友を深める機会などは、まるで無かった。

 その職業柄、知り合う女性はその殆どは自由騎士の人間で、それも自分より年長の者ばかりで、その女性達は皆見識(けんしき)深く、リシャールにはとても親切にしてくれた。

 リシャールに対しての(よこしま)な感情から親切だった者も少なくなかったが、その手の(やから)からは父親に護られていた為手を出される事は無く、少年の目にはただ単に女性とは皆優しいものだと(うつ)るだけだった。

 その曲がった、ある意味では真っ直ぐであると言える知識を持って、少年は成長していった。

 初めてマリッタと出会った時には、その事が原因でとても手痛い仕打ちを受ける事になったのだが、それはまた別の話である。


 やがて、女将が運んできた料理を食し終えて、一休みしていると入り口の方から騒がしい声が聞えてきた。

 そのまま(やかま)しく騒ぎながら、三人の男達が食堂に入ってくる。

 身なりから、自由騎士であることが判る。

 年の頃は、三人とも二十代前半といった所だろう。


 その連中は下卑(げび)た笑い声を上げ、食事を摂っている他の自由騎士達にちょっかいを出しながら店内を横断し、リシャールの居る背後の席に座った。 

(は、早く出よう)

 女性は皆優しいものだと信じているリシャールだったが、男は別である。

 一部の人間を除き、男からはずっと嫌がらせを受けていたのだ。

 特に、近年はその傾向が激しかった。

 今までは父親が居たからまだ良かったが、その父親は今はどこぞの空の下である。


 そして、リシャールはこの男達の事を知っていた。

 比較的最近、ビリザドのギルドで活動を始めたばかりの新参者であった。

 他の自由騎士の依頼を横取りしたり、難癖(なんくせ)つけたりと、古参(こさん)の自由騎士の間では、性質が悪いことで密かに有名だったのだ。

 かくいうリシャールも、何度もちょっかいを出されていた。

 理由は毎回変わるが、要は容姿の整ったリシャールに対しての(ひが)みからくるものだった。 


 その為、急いで逃げたいリシャールだったが、思わず席を立ち上がった際に椅子に足が掛かってしまい、派手に音を立てて転んでしまった。

 一瞬、店内が静かになる。

 その静けさを肌で感じながら、注目しないでくれと願っていたリシャールの思いは、残念ながら運命を司る神(アルプト)には聞き届けられなかった。


「あれあれ? 誰かと思ったら、そこに居るのはリシャールちゃんじゃないのぉ?」

「おっ、本当だ。何? そんな大きな音を立てたりして……あっ、まさか俺達に気づいて欲しかったのかな?」

 慌てて立ち上がろうとしていたリシャールの肩に、男の一人が嫌らしく笑みを浮かべながら手を乗せる。

 そのまま、無理やりリシャールを立ち上がらせると、強引に椅子に座らせた。

 そして、自分たちの椅子をリシャールの周囲に置いて、取り囲むようにして座った。


「あ、あの。ぼ、僕は、昼食終わったから、これでもう……」

 そう言って席を立とうとしたが、「あ?」と一睨(ひとにら)みされると、もう何も言えないリシャールだった。

「つれないこと言うなよ~~~~な~~? リシャールちゃん?」

「そうそう、俺等が食べ終わるまで一緒に居ろよ、な?」

 疑問系で聞いているが、これはもう強制である。

 助けを求めて周囲を見回したが、他の客は皆目が合うとさっと()らした。誰の顔にも、係わり合いになりたくないと、書かれていた。

 なので、リシャールはただ青い顔で、コクコクと頷くことしか出来なかった。


「そうそう、やっぱりリシャールちゃんはいい子だね~~。でも、そんなに急いで何処行くつもりだったんだ?」

「い、依頼です……」

「依頼~~~~? どの依頼よ? お兄さん達に教えてくれない?」

「良かったら手伝ってやるよ? 取り分は九対一で良いから……もちろん九はこっちね」

「ぎゃははは、それ赤字じゃねえか」

 更に縮こまるリシャールだったが、更に何の依頼なのかを突っつかれ、渋々懐の紙を差し出した。


 男達はそれを奪うようにして取り上げると、それを丹念に確認して――――笑い転げた。

「ぎゃははははははっ、何でこれが『区分D』なんだ?」

「がははははっ、こっちも見てみろよすげえぞ?」

「確かに、よくこんなもんを探し当てたもんだぜ」

 以前のドレイクと同じような台詞だったが、受ける感じはまるっきり違っていた。

 明らかに、リシャールを馬鹿にする響きがこちらにはあった。

 ただ、それに何か言えるわけも無く、リシャールに出来たのはただ恥ずかしさで顔を赤くして(うつむ)くだけだった。

 リシャールは早くこの場が過ぎ去る事を祈っていたが、男達の発したある一言により状況は変わった。


「親が親なら、子も子だな」


 まるで父親を馬鹿にするような言葉に、リシャールは黙っていられず、つい反応してしまう。

「ち、父上は、ぼ、僕とは違いますよ……」

 か細い声だったが、からかい対象が反抗した事に腹を立てた男達は荒い声を上げる。

「ああ!? 何が違うんだぁ!? どこも違わねぇだろうが!?」

「そうだ。お前の親父は、楽な依頼ばかり受ける臆病者だろうが!」

「それは、僕が居たから……」

 リシャールの反論は、更に怒りに火をくべる結果となるだけだった。

「ああ? 言い訳してんじゃねえよ!!」

「クズが! お前らのような奴らが、いっちょ前に自由騎士の名を語ってんじゃねえ!!」

 そう怒鳴ると、リシャールの紙をビリビリに破き捨てる。

 それを一瞬悲しげな目で見たリシャールだったが、

「ああ、お前もお前の親父も自由騎士の片隅にも置けねえ、臆病者なんだよ!!」

 という一言で、遂に我慢の限界に達した。


「違います!! 僕はともかく、父上は……父上は立派な騎士です!! 少なくとも貴方達なんかには決して劣りませんよっ!!」


 リシャールの怒号(どごう)に、男達は静まり返る。

 だが、それはリシャールの気迫に押されたのではなかった。

 その証拠に、更に嫌らしい笑みを顔に貼り付けていた。

 そして、その笑みまま口を開く。

「なら、証明してみろよ」

「え?」

 それまでの温度差に、リシャールは戸惑いの声を上げる。

「親父に『区分A』の依頼を達成するように言ってこいよ。立派な騎士なら出来るだろ?」

「ははっ、そうだ。ただし、お前の親父一人でだ。他には誰も同行を認めねえ。それで達成できたらお前の言葉を認めてやるよ」


 たった一人で『区分A』の依頼を受けるというのは、死刑宣告に等しい。

 仮にも自由騎士を名乗る彼等が、それを知らない訳は無い。

 それでもあえてそれを告げるのは、どうせ逃げ帰ってくるだろうと確信を持っていたからだった。

 命からがら逃げて来るだろうリシャール達を(ののし)ってやる事が、彼等にとっての最高の暇潰しなのだ。

 だが、その思惑は叶う事は無い。


「……父上は……いません。少し前から家を空けています」

 そのリシャールの発言に一瞬静まる男達だったが、直ぐに爆笑し始める。

 涙を浮かる程に笑い転げまわり、ようやく落ち着くと更に難題を吹っかけ始めた。

「あーー笑った笑った……なら、お前が行ってこいよ。それで納得してやるよ」

「そうだな。蛙の子が蛙であるように、鷹の親は鷹だ。お前がそれを証明して見せろよ」

「ぼ、僕が、区分Aですか!?」

 リシャールの驚愕も当然である。

 今までリシャールが行った事がある最高の区分はDである。

 それでも苦労した上での達成なのに、区分Aは不可能だった。


「ああ、んな事は分かってるよ。区分Aなんて、俺達ですら調子が良くねえと無理だしな」

 もちろんハッタリである。

 彼等では区分Cが限界だった。

 それはリシャールにも分かっていたが、特に指摘はしなかった。

 今、ビリザドで区分Aが達成できるのがドレイク達だけなのは、この地の自由騎士には常識であった。


「俺らも鬼じゃねえ。区分Bなら一つ、区分Cなら二つどちらか好きな方を選びな」

「なっ!?」

 どちらも、リシャールでは必死は確実だった。

 だが、悩んだ末に後者を選ぶ。

 その顔は、既に苦渋(くじゅう)に満ちていた。

「区分C二つか……そうだな。丁度俺達はこれから『中継基地』に行く用事がある。その用事を終えるのに掛かる二十日だけ期間をやる。それまでに終わらせてきな」

「連れて行っていいのは二人までだ。後、依頼は『採取』で達成する事。でないと確認が面倒だしな」

 その人数指定は、自分達が三人だからだろうか。

 二人と聞いて、直ぐにリシャールはマリッタとグラストスの顔を思い浮かべた。

 マリッタがいるならば、二十日あるなら何とかなるかもしれない。


「わ、分かりました」

 (かす)かに希望の光を瞳に(とも)らせて、リシャールは頷いた。

「逃げても良いぜ? その代わりそん時は、お前ら親子は二度と自由騎士を名乗るんじゃねえ」

「くっ、分かってますよ」

 低い声で脅してくる男に言い放つと、静まり返った食堂を横断して外に出た。

 直後、笑い声が食堂から聞えてきたが、少年は振り返ることなくギルドに向かって走り出した。



***



「という訳なんですよ~~~~~~~~」

 経緯を話を終え、リシャールが各人の反応を見回すと、それぞれ、渋い顔、呆れた顔、憤慨(ふんがい)する顔をしていた。

「お願いします。助けてくださいよ~~~~」 

 そう言って、リシャールはグラストスに(すが)りつく。


 重要な戦力としてはマリッタの方が上な筈だったが、先にグラストスに頼んだのはリシャールの計算だった。

 前回の付き合いで、グラストスは人が良いと言う事に気が付いていたリシャールは、グラストスは最終的には自分に付き合ってくれるだろうと確信していた。

 すると、この場に残るのはアーラとマリッタだけになり、そういう状況になればアーラが手伝いを言い出すだろうという事は読めていた。

 とすれば、マリッタがアーラの代わりに自分が行くと言いだすであろうことも。

 

 実はリシャールはその状況を作り上げる為に、三人が小部屋に入るのを密かに影に隠れて待っていたのだ。

(ふふふっ、僕の手の中で踊ってください)

 泣き顔の裏で、密かに企むリシャールだった。

 基本的に素直で善良な性格だが、幼い頃から荒波に()まれてきたリシャールは、決してそれだけの少年ではなかった。

 

 そしてグラストスは、

「はぁ、分かった。どのみち何か依頼は受けようと思っていたしな。一緒に依頼を行う約束もしていたし、手伝おう」

 やはり協力を申し出てくれた。

「有難うございます。有難うございます!」

 リシャールは、心から喜んでいた。色んな意味で。


「では、もう一人は……」

 そう言って、涙目でマリッタを見つめる。

 が、やはりマリッタは嫌そうに扉の方に顔を()らし、首を振った。


 すると――――

「ふむ。ならば、私が行こう。その者達の言動には許しがたいものが有る!」

 アーラが予定通り、もとい予想通りに協力を申し出てくれた。

 個人の興味というより、男達への怒りからだったのが少し予想外だったが。

 その主張には明確に反対するグラストスと、マリッタ。

 同じく「駄目ですよ」と反対の声を上げながらも、リシャールは内心喝采(かっさい)を上げていた。


 これで舞台は整った。

 リシャールが微かに覗き見ると、グラストスが困った顔でマリッタを見ていた。

 その視線を受けて、マリッタも仕方ないと言った表情で頷いた――――



「お(ひい)ぃ様あああああああああぁ。探しましたよおおおおおおおぉぉぉ」


 

 が、そのダミ声によって皆の意識は奪われた。

 あまりの音量に、部屋中が震える。

 マリッタはいち早く耳を押さえて(まぬが)れていたが、遅れたグラストスは頭をふら付かせている。

 リシャールは、あんぐりと口を開いたままその人物を見つめていた。 

 その大男はリシャールによって開かれていた扉から、ドタドタと入ってくる。

「おお、サルバ。どうしたのだ? あと、お姫様は止せと言うのに」 

「ごりゃあ、すんません」

 謝っているのに、相変わらず怒鳴っているような大声である。

 だが、アーラはその大声にも顔を(しか)める事すらなく、まるで影響を受けていなかった。


「親父に伝言をぉ、頼まれて伝えにきましたぁ」

「ん? 何だ?」

「『えりざべす』はぁ、七日後に取りに来てくれってことですわぁ」

「そうか、その事を教えに来てくれたのか、態々(わざわざ)済まんな」

「いやぁ」

 アーラのお礼にデレデレと顔を(ゆが)ませて照れるサルバだったが、筋肉隆々の男が身(もだ)える姿は気持ち悪いの一言に尽きた。

 その時、それまで耳を(ふさ)いでいたマリッタが、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。


「そうだリシャール。もう一人は、サルバに付き合ってもらいなさいよ」


 その言葉に、リシャールは息が止まる。

 驚愕だった。恐怖と言い換えてもよかった。

 「何を言っているんですか!?」と叫ぼうとしたが、あまりの驚きの為か、出るのは空気だけで声が出なかった。

 はふはふ、と言葉無き悲鳴が上がるだけだ。

「ん? なんだぁ? 依頼の人手が足りないのかぁ? なら手伝ってやるかぁ。感謝しろぉ。がははははっ」

 普段は鈍すぎるのにも関わらず、こんな時だけ鋭いサルバ。

 その豪快(ごうかい)な笑いは、今はただただ憎々しいだけだった。


「お前が行くのであれば、仕方ない。私は辞退しよう」

 アーラも今日はやけに聞き分けが良い。

 いつもなら絶対にそんな台詞は吐かないのにも関わらず。

 男達への怒りが、依頼を失敗させてはいけない、という具合に作用(さよう)しているようだった。

「まあ、人手が手に入って良かったじゃないか」

 グラストスは苦笑いのような笑顔で、(まと)のずれた励ましをしてくる。

 貴方は何も分かってない! と叫びたかったが、まだ動揺で声が出せない。

 なので涙の浮かんだ瞳を向けたが、グラストスはそれを喜びの為の涙と解釈(かいしゃく)していた。


 こうなればもう断れない。

 この状況は、何かに呪われているとしか思えない。

 リシャールは涙を流しながら、アルプト(運命を司る神)に、アマニ(生と死を司る神)に、ただ祈るのだった。


2章に入ってコメディ色が強くなってますが、

男キャラ(二名)をそういうキャラと位置づけている為です。


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