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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
22/121

19: 魔法

 

「まあ、気にするな! 私も巧くは使えんのだからな」

「ああ……大丈夫だ。気にしてないよ」

 アーラがグラストスを(なぐさ)めの声をかける。

 グラストスは気にしていないと言い張っているが、必ずしも言葉通りではなかった。

 だがそれは、グラストスが(いつわ)りを口にしていると言う事ではない。この結果だけに関しては本当に気に()めていなかった。

 ただグラストスは自分が思っていた以上に、『アレ』に()らわれていたらしいという事が分かり、意外で、そして情けなかったからだった。


 『アレ』が何なのかを説明する為には、二人が教会を出てから最初に行った事を記さなくてはいけない。

 教会を出て四半刻後、二人は侯爵屋敷の裏庭に向かっていた。

 昼時にはまだ早く、昼食に戻ったわけではない。

 もちろん、ギルドの登録を終えていた訳でもなかった。それには時間が足らなさ過ぎる。

 では何の為に二人はそんな場所に向かっているのか。

 それは、アーラの唐突(とうとつ)の思い付きから始まった事だった。



***



「グラストス。ギルドに向かう前に少し披露(ひろう)しては貰えないか?」

 教会を出て以来、何故か機嫌の良いアーラが、隣を歩くグラストスを見上げて言った。

 グラストスとアーラは丁度頭一つ分の背丈の差があった為、隣に居る場合は必然的に見上げる姿勢になる。

 さすれば当然グラストスは、アーラを見下ろすことになっていた。

「何を?」

 アーラに疑問の視線を投げ下ろす。


「もちろん、お前の魔法をだ」

「魔法? まあ構わないが……」

「おお! そうか! 良かった。私は(ソルム)の魔法は今まで一度も見たことがなかったんだ」

 アーラは、パンッと両手の(てのひら)を叩き合わせ、喜びを表した。

「そうか……まあ、土属性の人間の数は、四属性の中で最も少ないそうだからな……」


 グラストスが言う様に、四属性の中で土属性の魔法使い(メイジ)の数は最も少なかった。

 全領地規模での精密な調査によって判明したことではない。

 それほど、パウルースの調査機関は発達してはいない。あくまでギルド調べである。

 ギルドに所属する人間だけの統計で比較すると、四属性の中で最も人口が多いのは『(アクア)』だということが、ギルド員の調査によって公表されていた。

 その統計によると、次いで多いのは『(ウェントゥス)』。

 三番目は『(イグニス)』。

 そして、最後が『(ソルム)』という順だった。

 比率で表すと、全体の四割が『水』、三割が『風』、二割が『火』で、『土』は一割程度の人数しか居ないとされていた。

 もちろんそれでも、回復魔法使い(ヒーラー)の人数よりは(はる)かに多いのだが。


 『土』魔法は、自由騎士や、建築業を(いとな)んでいる人間ならば、普通の人間よりも目にする機会は多い。

 ただ、生憎(あいにく)アーラは侯爵家の娘(お嬢様)だった。


「そうなのか。流石に、よく知っているな」

 メイジの属性の割合などは、きちんと学んだ人間でないと知りようもない。

 学んだ事のないアーラにとっては、グラストスの伝聞程度の知識も新鮮な情報だった。

「まあ、正確な人数比は知らないけどな」


 そして、魔法の披露の場を、教会からのギルドに向かう道中に位置している、屋敷の裏庭に決めたアーラに連れられて、グラストス達は再び戻ってきたのだった。

 前庭は全面が綺麗に()られた芝で(おお)われているが、裏庭は地面が露出している。

 それも裏庭が選ばれた理由の一つだった。

 

 何故なら、魔法を使用する際には、触媒(しょくばい)が必要な為である。

 例えば、『(アクア)』の魔法を使用する際には、単純に水が必要だった。

 『(イグニス)』ならば、松明(たいまつ)や焚き火等の火気が。

 初級の魔法ならば火打石でも代用は可能である。

 『(ウェントゥス)』は、大気を必要とする。

 しかし、地上にいる限り大気がない場所などない。必然的に最も便利で汎用性(はんようせい)のある属性と言われている。

 『(ソルム)』に必要なのは土そのもので、その為に裏庭が選ばれたのだった。

 まさか街中や、綺麗な芝の前庭を荒らすわけにもいかないからだ。


 ただ、これらはあくまで一般的な話であって、上級者になると他の方法を選択する事も可能であった。 が、そんな方法を取れるのはホンの一握りの人間な為、通常は一般的な方法を取らずにはいられなかった。


+++ 


「では、始めてくれ」

 裏庭について早々。グラストスの隣に立ち、アーラが魔法の発動を(うなが)した。

 その瞳は爛々(らんらん)と輝いている。

 まだ短い付き合いだったが、アーラがその瞳をしている時は、非常に興奮している時だと気づいていたグラストスは、苦笑しながら頷いた。

 あまり待たせても可哀想だ。

 そんな事を思いながら、息を細く整え集中を始める。

 ゆっくりと目を(つぶ)り、真っ暗な世界に自分の世界を描きあげる。

 想像するのは大地。

 それも、四方どの方向にも何もない地平線が広がっている…………そんな光景を。

 

 静かに己を高めているグラストスの邪魔をしてはならぬと、息をするのも(ひか)えながらアーラは発動の瞬間を待った。

 いつもならば、どこかしらか聞えてくる鳥の(さえず)りなども、今は全く聞えてこない。

 まるでこれから発動する魔法に怯えて、近づかないようにしているかのようだ、とアーラは思った。


 一体何が起こるのか。

 地面が高台の高さよりも深く陥没(かんぼつ)するのか、はたまた屋敷の屋根程まで隆起(りゅうき)するのか。

 そんな期待に対する興奮を制御する事は難しかったが……アーラは必死で抑えた。

 もし、裏庭がそんな事態になれば、隣接する屋敷にも壊滅的な被害を与えるに違いない。

 当然、今のアーラはそんなことには思い至らなかった。


 そして、どれ程時が経った頃か。

 (つい)に、硬く閉じられていたグラストスの瞳が、カッと見開かれた。

「おおおおおおおおおおおお」

 アーラはそのグラストスの得も言われぬ迫力に、思わず声を上げてしまう。

 その瞬間を決して見逃すまいと、アーラの目も大きく見開かれていた。

 緊迫(きんぱく)した空間に、グラストスの力ある言葉が響き渡る。



「…………魔法って、どうやって使うんだ?」



「へ?」

 気まずそうなグラストスと呆然としたアーラは、そのまま互いを見合ったまま一言も発さずに固まった。

 それは、二人がいつの間にか裏庭に居るのを発見したヴェラに声をかけられるまで、続いたのだった。


+++


 当然と言えば当然である。

 魔法は自分で如何(どう)にか出来るものではなく、有識者の指導の下、頭に教え込ませるようにして覚えるものだった。

 言ってみれば、魔法習得の為だけに費やす、決して少なくない時間が必要なのだ。

 記憶を失いその実体験を失ったグラストスが、精密な操作が必要な魔法の使用方法など覚えている筈がなかった。


 始めはそれまでの機嫌良さをかなぐり捨て、「無駄に期待させおって!」と散々グラストスを罵倒(ばとう)したアーラだった。

 ただ、ヴェラの取り成しもあり徐々に落ち着き始めると、ようやくグラストスに同情する姿勢を見せた。


 グラストスとしては、魔法が使えなかった事自体は大して気にしていなかった。

 精々(せいぜい)、アーラに見せてあげられなかった事を残念に思う程度だった。

 だが、それが意味する所に考え至った時、自分が馬鹿らしくなった。

 つまり、魔法剣は自発的に使えない、ということだ。


 この前の様に、人が使った魔法を利用するのであれば魔法剣自体は使えそうな気はしていた。

 しかし、それではあまりに意味が無さ過ぎた。

 それはそうである。

 態々(わざわざ)魔法剣に魔法を込める等の片手間をかけるより、そのまま魔法を当てた方が早いし、効率的なのだ。

 魔法剣を使う事で、意表を与えることは出来るかもしれない。一回の戦闘で一度だけ。

 状況次第ではありかもしれないが、大抵の場合あまり意味があるとは言えない。


 自分が魔法剣を使えることが分かってしまった為に、他の何より優先させてしまった自分の弱さが哀れだとグラストスは思った。

 当初は、何時(いつ)までもアーラの世話になる訳にもいけないという理由から、屋敷を出る資金を得ようと自由騎士に()ろうと考えていたのではなかったか。

 順序としては、まずこれが最初に行われるべきで、魔法剣用の剣を買うなどはその後に行うのが(すじ)だ。

 そうでなければ、先程教会での出来事と同じで、アーラに寄生しているのと同じだった。

 

 希少な魔法剣を使えると知って、僅かでも優越感を抱かなかったといえば嘘になる。

 グラストスも人間だ。それは仕方が無いと思える。

 だが、その所為で目が曇ってしまっていたようだ。

 この事が、どうしてもグラストスに自分に対する情けなさを覚えさせていた。


「まあ、気にせぬことだ。メイジであるのには違いないのだ。また何れ使える様になる」

 この少女はあくまで、グラストスは魔法が使えないことを、気に()んでいると思っているようだ。

 (まと)外れではあったが、グラストスを懸命に(なぐさ)めるその思いやりに嘘は無い。

 グラストスはそれに心地よさを覚えながら、大丈夫だとアーラに微笑むのだった。


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