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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【2章 森林の巨獣】
19/121

16: 見習い鍛冶師

 

 イゴーリの息子の名前はサルバ・ヘディン。

 今は父親の手伝い兼見習い鍛冶師を行っている。

 二十代半ば、もしくは三十代と見ていたグラストスの想像とは大きく異なり、実際はもうじき十八という若さだった。

 筋肉隆々の巨体で、顔の造詣(ぞうけい)はイゴーリと非常に似通っているが、一点。

 イゴーリがアーラ以外の人間に向けるときの眼光(がんこう)が異常に鋭いのに比べ、サルバの眼差(まなざ)しは周囲の人間に人懐っこさを感じさせるほど暖かい。

 その一点の違いが、両者の雰囲気を大きく異なるものにしていた。

 性格も基本的に気難しい父親とは正反対で、明るく(ほが)らかである。

 物事を考えるのは苦手だが、いつもにこやかな笑いを崩さない、そんな男だった。


 そんなサルバは、歳が近いこともあってかアーラとは非常に相性が良い。

 両者とも自由騎士に興味を持っているということが、その理由の一端(いったん)である。

 それに加えて、サルバは領民のご多分漏れずアーラに憧れと敬意を抱いていたので、アーラの言う事は何でも聞くという姿勢を崩さなかった。


 そして現在、その所為(せい)で話がややこしい事になっていた。


 父親のイゴーリから、アーラの代わりにグラストスに付き添って、折れた魔法剣の回収の手伝いに行って来い、と言われたのを二つ返事で了解し、快く同行を引き受けたサルバだった。

 そこまでなら、グラストスは有り難いと感謝するだけだったのだが――――

 三人が鍛冶屋から街まで戻ってくると、アーラが再び「回収には一緒に行く」と言い出し始めたのを、サルバは止めるどころか寧ろ賛成する側に回ったのだ。

 この息子は、父親の意図を全く理解していなかった。


 グラストスが危険性を主張しても、「お姫さまは俺が守るぞぉ」と言って聞こうとしない。

 アーラもそれに「頼もしいぞ」なんて声をかけるので、益々張り切ってしまっていた。

 グラストスも最初こそ、その巨体に頼もしさと、性格の明るさに好ましさを覚えていたものの、徐々に疲れを覚え始めていた。

 アーラの動向に関して、完全に二対一の状況である。 

 アーラの真意が何処(どこ)にあるにすれ、手伝いという姿勢を崩さない以上グラストスも余り強い事は言えず、結局そのまま街の大通りまで差し掛かっていた。

 


「アーラ嬢、ここまででいい。ここからは二人で行く」

 グラストスは疲れきったような表情で、これで何度目になるか分からない忠告をする。

 だが、相変わらずアーラの発言にはブレが無い。

「何と言おうとも、私は付いて行くぞ」

「そうだぁ、俺が守るから大丈夫だぁ」

 一体、どう説得しようかとグラストスは迷う。

 この問答で余り時間をかけると、森に着くころには日が落ちてしまっている事にもなりかねない。

 そうなれば森の危険性は一層増すに違いない。

 森の事に(うと)いグラストスでもそれは分かる。


 回収に行くのは明日にするか、いっその事連れて行こうかとも思い始めたところに――――救いの女神は現れた。

 だが、その物静かな女神の登場には、二人はまだ気づいていないようだった。

 なので、グラストスはアーラの背後からゆっくりと近づいてくる女神にチラチラと視線を送りながら、最後通告を行う事にした。


「もう一度だけ言う、アーラ嬢は帰るんだ。ここらで俺の言う事を聞いた方が身のためだぞ?」

「まるで脅迫するような事を言う。私とて侯爵の娘。そんな脅しには屈せぬぞ! 断固として付いていく!」

「そうだぁ!!」

 グラストスの警告めいた言葉に反発するように、二人は声を上げた。

 だが、直ぐに二人――――特にアーラの意欲は()り取られる。



「どこに……付いていかれるおつもりで?」



 静かな、何か想い秘めたような女性の声だった。

 目に見えてアーラは(すく)みあがった。

 そのままゆっくりと背後を振り返る。

 そこには、アーラには馴染み深い、小間使いの女性の姿があった。

「ヴェ、ヴェラ……ど、どうしてここにいるのだ?」

「お嬢様、今質問しているのは私です。一体、どこに付いていかれると?」

 アーラの問いは、にべにも無く一蹴(いっしゅう)される。


 ヴェラは一見、普段と何かが違うわけではない。

 眉を(しか)めてもいなければ、声を荒げているわけでもない。

 だが、その奥底から(にじ)み出るような威圧感は、どうやっても感じずにはいられなかった。

 アーラどころか、サルバも緊張で動けないようだ。


「い、いや……それは……」

 アーラの輝くような金髪が、今はくすんで見える。 

「グラストス様?」

 ヴェラはどもるばかりで答えようとしないアーラを見切り、グラストスに水を向ける。

 アーラはヴェラには見えない位置で、何やら必死にグラストスに合図をしていた。

 上手く誤魔化してくれ、と言っているのだろう。

 もちろんグラストスは、ここで自分がどう答えるべきかははっきり理解していた。


「少し森に行く用事が出来て、今から向かおうとしていたんだが、アーラ嬢はそこに付いて行くといって聞かないんだ」


「あっ、グラストス! お、お前!!」

 迷うことなく自分を売ったグラストスに、非難の声を浴びせようとしたアーラは、

「なるほど、そうでしたか」

 淡々と相槌(あいづち)を打つヴェラに気を取られ、言葉は続かなかった。


「では、ヴェラ。俺達はそろそろ向かおうと思う」

「お、おぅ」

 隙を見計らい、グラストスは辞去(じきょ)を申し出る。

 サルバも本能的にそうした方が良い事を感じているのか、あれほどアーラの同行を願っていたのにも拘らず、グラストスの言葉に一も二もなく頷いた。


「お、お前達! まて……」

「分かりました。まだ明るいとは言え、元々が危険な森。何が有るか分かりません。どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」

 アーラの言葉を(さえぎ)るように、ヴェラがグラストス達に声をかける。

 そして、(うやうや)しく一礼すると、有無を言わせぬ様子でアーラを従え屋敷に戻っていった。

 時折、こちらを恨めしそうに振り返るアーラを見ながら、グラストスは大きく嘆息(たんそく)した。



+++



 グラストスはサルバを連れ立って、大通りを通って街門に向かった。

 今までは間に入ってくれていたアーラがいなくなり、いきなり面識の殆ど無い二人きりになったので、さぞかし気まずいかというと、全くそんな事はなかった。


 それは(ひとえ)に、サルバの明るい性格がそうさせていた。

 最初こそ落ち込んでいたサルバだったが、直ぐに持ち前の明るい表情を浮かべると、

「森は久しぶりだぁ」「楽しみだなぁ」「腹へったなぁ」

 などと、盛んにグラストスに話しかけてきた。

 グラストスはどちらかと言えば、静かであるより賑やかな方が好きなのだが、自分から話を振る性質(たち)ではない。

 その為、サルバのそれを有り難いと感じていた。


 そうして、二人は雑談しながら街門の前までたどり着いた。

 そのまま街門を出て森に向かおうとしていた二人だったが、どこからか騒がしい声が聞えてきた。

 何かと思い視線をやると、街門で門衛と数名の自由騎士と思われる男達が()めているのを目撃した。

「何だぁ?」

 サルバも気になったらしく、二人で立ち止まり動向を見守る。


 門衛、自由騎士、両者共に剣を(たずさ)えている。

 一触即発の様子で、このまま剣を抜きあってもおかしくない空気が流れていた。

 なのでいざという時には直ぐに止めに入れるように、グラストスは身構えた。何かあった時の備えとなるつもりだった。

 そのまま少し見守る。


 やがて自由騎士達は門衛の前の地面に唾を吐き捨てると、そのまま街の奥に消えていった。

 どうやら最悪の事態は避けられたらしい。

 改めてグラストス達は門衛に近づき、軽く挨拶を交わした。


 年若い門衛は剣を腰に提げたグラストスを見て、不快そうな顔のまま頷いた。

 グラストスを自由騎士だと思ったのだろう。

 が、隣に立つサルバの顔を見ると、少し相好(そうごう)を崩した。

 どうやらサルバとは顔見知りのようだ。

「……何だ、サルバ。どこかに出かけるのか?」

「ああ。ちょっと森までなぁ。ところで、今何があったんだぁ?」

「どうもこうもねえよ。これだから自由騎士って連中は……」

「あん?」


 話を聞くところによると、街門の近くを通りかかった領民の女性に、先程の自由騎士達がちょっかいをかけていたという。

 嫌がる女性の手を(つか)んで強引にどこかに連れて行こうとしていたのを、門衛が見咎(みとが)め注意した為、先程の状態になったらしい。

 女性は門衛に言われるままその場を離れ難を逃れたそうだが、それは余りに酷い話だった。

「なるほどなぁ。最近、外から来た人間も増えてるがらなぁ」

 サルバが困ったような表情を浮かべる。

 自由騎士にはドレイク達のような立派な騎士達もいるものの、中には先程のような『傭兵』崩れの質の悪い人間も少なくない。


 傭兵とは金次第でどんな事でもやる人間の事を指しており、多くの自由騎士はその存在を毛嫌いしている。

 ただ、今現在この国は平和を保っており、傭兵に仕事が多いわけではない。

 その為、一部の比較的腕の良い傭兵を除き、大半の傭兵は自由騎士稼業を行うことで生計を立てている。のだが、傭兵の性質からいって、そういう経緯で自由騎士に成った者は、一般領民に狼藉(ろうぜき)を働いたり他の自由騎士と(いさか)いを起こしたりするなど、人間としての質が(いちじる)しく低いものが大半を占めていた。


 そして、その自由騎士もどきの人間の行いが、自由騎士という存在に対しての民の印象を悪いものにしている。

 その人数は自由騎士の総数の(およ)そ三割を占めていると言われており、ギルドにとって頭の痛い問題となっていた。


 門衛と別れ、森への道すがらサルバがそんな事をグラストスに話して聞かせた。

 かなりつっかえながらの説明だったが、グラストスはようやく事情を理解した。

「しかし、サルバは自由騎士の事情に詳しいな」

「おおぅ。俺も一応ビリザドの自由騎士に登録はしてるんだぁ。つっても日頃は親父の手伝いで忙しいがら、ほとんど依頼をこなしたことはないがなぁ」

「そうだったのか」

 なるほど、とグラストスは頷く。

 確かにサルバの恵まれた肉体を見れば、自由騎士向きだと言う事は分かる。


「だがら、今日は久しぶりでワクワクしてるんだぁ」

「は?」

 剣を探すだけなのに何かワクワクすることがあるだろうか、と首を(かし)げるグラストス。

 サルバは背中に(かつ)いでいる大きな鉄製の斧を手に取り、まるで重さを感じさせず、グルングルンと振り回した。

「久しぶりの狩りだぁ…………で、今日は何を討伐するんだぁ?」

「…………だから、落し物探すだけだって」

 どうやら、サルバはすっかり目的を忘れていたようだ。

 微妙に先行きが不安になった、グラストスだった。



***



「見当たらないな。確か、この辺だったと思ったんだが……」

 そう一人ごちながら、グラストスは薄暗い森の中で探索を続ける。

 おぼろげな記憶を頼りに、昨日の死闘の場所に辿りついたまでは良かった。

 しかし、肝心の剣の破片が見つからなかった。


 森に入った時は、まだ日は真上から少し傾いていた程度だった。当分、夜の到来を心配する必要は無い。

 なので危険な魔物に襲われる可能性は低かった。

 とは言え、安心は出来ない。

 昨日のような事が起こり得ないとも言えないからだ。

 グラストスとしては早く破片を見つけて、森から出たいところだった。


 マリッタ(いわ)く、『グレーターベア』のような危険な魔物は、通常こんな森の浅い場所にいるものではないそうだ。

 その事は、自由騎士暮らしの長いリシャールも同意していた。

 昨日はよほど運が悪かったのだろう。

 そう結論付けていた一同だった。


 ただそうであったとはいっても、警戒はしてしまう。

 何かの鳴き声が聞こえてくる(たび)身を硬くしていた為、半刻過ぎた頃にはグラストスはかなり消耗してしまっていた。

 昨日の事を体験していないサルバは飄々としており、何処まで行ったのか、先程から姿が見えなかった。

「ないな……もしや、魔物に持っていかれたか?」

 辺りを見回すが、欠片すら見当たらない。

 グラストスはため息を吐いた。


 そのまま更に四半刻が経過した。

 考えたくは無いが、諦めないといけないかもしれない――――

 そうグラストスが考え始めた頃、

「うおおおおおおおおおおおおぃ」

 サルバが大声を上げながら、ドタドタと凄い勢いでグラストスに向かって走ってきた。


「見つけたのか!?」

 思わず声を上げたグラストスが、サルバに近づいていく。

 だがサルバは止まることなく、グラストスの真横をそのまま通過していった。

「ど、どうしたん……!?」

 意味が分からず固まったグラストスだったが、最後まで言葉を告げきることなく、瞬時に身を(ひるがえ)した。

 そのまま全力でサルバの後を追い、隣に並ぶ。

 その数瞬後、それまでグラストスが居た場所を二十、三十ではきかないほどの羽音が通り抜けた。


「ま、間違って、巣を攻撃しちまったぁ」

「何をどう間違えたら、そんな事になる!?」

 苦々しく笑うサルバに、グラストスは走りながら怒鳴りつける。

 だが今は立ち止まることは出来ない。

 二人の直ぐ背後を、拳大の蜂が猛然(もうぜん)と追っている為だ。それも大量に。


 その尻には鋭利そうな針が光っており、グラストスに毒の存在を確信させた。

 一匹に刺されただけでも、もれなく死が訪れるだろう。

 天を(あお)ぎながら、グラストスは体力尽きるまで駆け続けたのだった。

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