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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【1章 辺境の自由騎士】
15/121

12: 辺境の自由騎士

これで1章は終わりです。

誤字脱字、気になった点など報告いただけたら助かります。

 

「悪かった。すまぬ。もうしない……と思う」

「…………」


 ひたすらに謝り始めてから、既に半刻以上が経過している。

 謝られている相手はただジッと黙ったまま、自分の主の額に包帯を巻いていた。

 その間近での無言の圧力に、主はただ圧倒されるしかなかった。


「ヴェラさん、許しちゃ駄目よ。きっと、いつかまた同じ事をやるから」

 その二人を脇で見ながら告げ口をしたのは、森に行った面々の中でただ一人無傷のマリッタだった。

 先程から、する、しない、と言い合っているのは、アーラが屋敷を抜け出して、あのグレーターベア等の凶悪な魔物と戦おうとする事についてだ。

 その話を聞いて以来無言の圧力を発するヴェラとは対照的に、この半刻。いや森から屋敷に戻ってくるまで、マリッタはずっとその事についての小言を言い続けていた。


「もう! マリッタはくどいぞ! もうしないと言っている!」

 小言を言われ続けて我慢の限界に達したアーラは、思わず言い返す。

 ただ、その言葉は売り言葉に買い言葉程度のものでしかなく、本心からの発言ではなかった。


 状況次第では、この少女はまた同じ事をする。

 それは、その隣で地面(・・・・)に座り込んでいるグラストスも同意見だった。

 その為、アーラを弁護する気はさらさらなかった。

 グラストスもアーラの暴挙に対して、腹を立てていたのに違いはなかったからだ。

 


 グレーターベアを仕留めた後、一同はようやく一息を吐く事が出来た。

 グレーターベアの爪はそれなりの額で取引されるのだが、一同には剥ぎ取っているような余裕はなかった。

 それより安全な場所で休みたいというのが共通した見解だった為、疲れた体をおして森を出て、そのまま街に戻ってきたのだった。


 街に近づくにつれ元気を取り戻していったリシャールは、到着するなりすぐさま家に戻っていった。

 父親に依頼達成を報告する為だろう。

 対グレーターベアでは意外にも奮闘してくれた為、スライムハウンドの失態を父親に報告すると言う話は不問とされたようだ。

 マリッタは何も言わずに見送っていた。


 そのマリッタはそのまま自分の家に帰るかと思いきや、小言を言い足らなかったのかアーラの屋敷まで着いてきた。

 ようやく説教から解放されると思っていたアーラは、その事にゲッソリと沈み込んだ。


 だが、マリッタの真意は小言を言う為ではなかった。

 もちろんその事も頭にはあった。が、この時は単にヴェラの作る少し遅めの昼食のご相伴に預かりたかっただけだった。

 今日はまだ何も口にしていない、という事も大きかったのだろう。


 そうして、ようやく屋敷に辿りついた一行は、アーラの抜け出しに気づき今にもアーラを探しに行こうとしていたヴェラと前庭でバッタリ顔を合わせ……今に至っていた。


 今朝、アーラはグラストスを見送った後、直ぐに父親である侯爵の書斎に入り、如何にもグラストスに触発された風を装った。

 「今から少し勉学の時間を設ける。こちらから呼ぶまで決して邪魔をするな」などとヴェラに告げ、自室に閉じこもって読書をする。と見せかけ、その書斎の窓から抜け出していたのだった。

 お嬢様の成長に少なからず感激していたヴェラだったが、昼食の頃になり一度休憩を促しに書斎に入ると、そこはもぬけの殻で……。


 その所為で、きちんと反省するまでは屋敷に一歩たりとも入らせないと無言で主張するヴェラに、ずっと前庭で足止めを受けていた。

 とばっちりはグラストスにも飛び火し、それが仕方なく前庭に体を投げ出している事に繋がっていた。



 マリッタとアーラのやり取りは続いている。

「何度も言いますけど、お嬢さんは無謀すぎます!」

「いや、しかしだな……」 

「それに何ですか、『民を助けるのは領主の娘としての務め?』なんて、格好つけて」

「何!? それは違う! 格好つけているのではないぞ! 領主の娘として当然の……」

「そんなことは、自分で自分の身が護れる人が言って下さい。自分の身も護れないのに人を護ろうなんて、おこがまし過ぎます!」

「う……むぅ……」

 マリッタの口撃に、アーラは防戦一方だった。

 元々アーラは弁を弄する人間ではない。

 口の達者なマリッタに適う筈もなかった。


「あのグレーターベアが倒せてなかったら、どうするつもりだったんです? 何かが一つずれていたら、間違いなくそうなってましたよ!?」

「そ、それは……」


 確かにそうだった。

 何か一つ上手くいっていなければ、今ここに自分達の姿はなかっただろう。

 グラストスはマリッタの言葉に心の中で頷く。

 ただその考えからすると、アーラの行動もその『何か』に含まれているのではないか、と思ったが口には出さなかった。


「アタシと、グラストスのお陰で何とか倒せたから良かったものの……」

 『アタシ』の部分が強調されているのは、ご愛嬌だろう。

 その言葉にアーラが反応する。

 もちろん、『アタシ』に食いついたわけではない。


「そ、そうだ! グラストスよ、あれは何だったのだ!? マリッタの魔法を吸収したように見えたが、あの技は一体!?」

 話を逸らせる絶好の機会だとばかりに、アーラがグラストスに話を振る。

 あの魔物を倒した後、当然皆は真っ先にその事について尋ねた。

 ただ、急いで街に戻るという理由があった為、この話は先延ばしにされていたのだった。

 ちなみに、アーラは巧みに話を換えられたと思っているようだが、その思惑は三人にはバレバレだった。

 しかし、マリッタも気になっていたのだろう、特にそれを突っ込まなかった。



 だが、実際グラストスには答えようがない。

 何故なら、

「いや……悪いが、俺自身よく分からないんだ。自分がやった事は覚えているのだが、何と言えば良いか…………無意識下での行動だった、というのが近い」

「覚えているのに、無意識?」

「ああ、いや……すまない。上手く伝えられない。体が勝手に動いたとしか…………」


 あの時の感覚を思い出しながら懸命に答えようとするが、上手く表現が出来ない。そんな感じに沈黙する。

 黙りこんだグラストスを見て、アーラが閃いた、とばかりに声を上げた。

「分かった。恐らく記憶を失くす前は、普通に『アレ』を使えていたのではないか!?」

 自信有り気な顔で言っているが、ヴェラによって腕に包帯を巻かれている最中なので、いまいち締まらなかった。

「まあ、普通に考えればそうでしょう」

 一方、マリッタはあっさりとアーラの仮説を肯定する。

 まるで『当たり前でしょ』と言わんばかりの対応が不満だったのか、アーラは少し頬を膨らませた。


「しかし『魔法剣』とはね…………中々、希少な技能を持ってるわね」

 マリッタがグラストスを見ながら、笑うように言う。

 グラストスは返答に困ったように、頭を掻いた。

 ただ一人、アーラだけはその単語に反応したのか、目を輝かせた。

「あれは『魔法剣』と言うのか!! それは……良いな」

 アーラはウットリとその響きを反芻(はんすう)しているようだった。

 恐らく、自分が会得した姿でも想像しているのだろう。


「…………お嬢さん。残念ながら『魔法剣』も、回復魔法と同じで先天的に身につく技能です。修得しようったって無理ですよ」

 アーラの期待は一瞬にして打ち砕かれた。ガクッと項垂れる。

 グラストスはそんなアーラを苦笑しながら見つめていたが、ふと大事な事を思い出し、誰とはなく尋ねた。


「そういえば、この辺りで剣を扱っている店はないか?」

「どうして? って、そっか。アンタ剣折られちゃったのよね」

 グレーターベアに剣が折られた時の情景を思い返しながら、マリッタが呟く。

 それに、グラストスが頷き返していると、 

「ふむ。それならば屋敷にある剣を使うと良い。どれでも好きなものを持っていけ」

 アーラが胸を張りながら提案した。

 今持ってきてやろうと、アーラが屋敷に入ろうとする。

 しかしその前に、ずっと押し黙って話を聞いていたヴェラが、それを(とど)めた。


「お嬢様、駄目です」

「ん? ああ、反省か? ちょっと剣を取ってくるだけだ、また直ぐに……」

「いえ、違います」

 反省するまで屋敷に入るな、という事ではないようだ。

 一体何を言おうとしているのかと、皆の視線が集まる。

 

「『魔法剣』をお使いになられるのであれば、それ専用の調整を行った剣でないと、直ぐに使い物にならなくなってしまう筈です」

「そうなの?」

「はい」

 尋ねたマリッタに、ヴェラが(しと)やかに頷く。

 何故一介の小間使いにすぎないヴェラがそんな事を知っているのか、という疑問は皆抱かなかった。

 この女性なら知っていてもおかしくない、と思わせる何かがヴェラにはあった。なので、皆何となく納得してしまった。


 だが、突然その中の一人がある事を思い出したように、慌しく動き始める。

 脇においていた剣を拾い上げ、鞘から一気に抜いて、刀身を調べ出し―――――


「うああああ、エリザベスがああああああ」

 絶望に満ちた声を上げた。

 

 アーラの愛剣。『エリザベス』は、よく見ると両刃が潰れていて、その根元がまるで虫に喰われたかのように細く削られていた。

 これでは、何合も斬り結ぶと間違いなくポッキリと根元から折れてしまうだろう。

 原型は止めているものの、打ち直さない限りはもう剣としては使い物にならない。


 アーラは『エリザベス』に優しく触れながら、切なげな顔でグラストスを見上げた。

「うっ……いや……すまん」

 その儚げな視線に、グラストスは気圧された様に二歩三歩後ずさる。

 とはいえ、出来る事はただ謝る事だけだった。

 アーラも仕方のない事だと分かってはいるのか、小さく首を振った。 

「なるほど。確かに専用の調整が必要な様ね」

 沈むアーラを見ながら、マリッタがヴェラに頷いていた。


「鍛冶屋に行かれてみては如何でしょう。恐らく武器店に行かれるよりは確実かと」

 ヴェラは『魔法剣』の使い手は、回復魔法程ではないにしろ希少な為、ビリザドの様な辺境の武器店ではそんな武器は置いていないだろうと説明した上で、グラストスにそう提案した。

「鍛冶屋ねぇ……」

 ただ、マリッタはその提案に微妙な声を上げる。

 これはヴェラの提案がどうこうという事ではなく、単に鍛冶屋にいるある男の事を思い出した為だった。

 マリッタはその人物を苦手としていた。

 だが、そんなことをグラストスは知る(よし)もない。

 案内してくれないか、とマリッタに頼み込んでいた。


「……私が案内してやろう」

 渋るマリッタを見かねて……という訳ではもちろんなく、ただ『エリザベス』を修復したいだけのアーラが力無く申し出る。

「あ、ああ、そうか……なら、頼む」

 どこか、決まりが悪そうにグラストスが頭を下げた。


「まあ、今日はもう疲れてるだろうし、それは明日にしなさいよ。別に急ぎって訳じゃないんでしょ?」

 年長者ぶって二人を諭そうとしている、とりあえず早く昼食をとりたいマリッタは、余計な用事を排斥しようとしていた。

 その思惑を悟ってはいないグラストスが口を開く。


「ああ、それは――――」

 グラストスも流石にこれから行くのは辛かった。

 今日、一番被害が大きかったのはグラストスだったからだ。

 魔物を仕留めた後は、街に戻る事に必死だった為か痛みを感じていなかったが、先程から骨折した左腕がジンジンと痛み始めていた。


 しかし、マリッタに同意しようとしたグラストスの言葉は、最後まで告げることは出来なかった。

 突然敷地内に駆け込んできた人物の叫び声により、中断させられた為だ。



「マリッタさ~~~~~ん。助けて下さ~~~~~~~~い」



 マリッタはこの場所に来ている事を誰にも告げていない。

 先日の酒場といい、どうしていつも自分の居場所を的確に察知することが出来るのか、マリッタは本気で煩わしく思った。

 ただ、仕方なくマリッタは尋ねる。

「リシャール……アンタ家に帰ったんじゃなかったの? 何の用よ、こんな所まで」

「うぐ、ひぐ……父……が、書……ぐす、居なく……」


 嗚咽を漏らしている為、言葉が断続的に切れて何を言っているのか分からない。

 仕方なく何度も言い直させて判明した話によると、依頼の報告に喜び勇みながらリシャールが家に戻ると、そこには父親の姿はなく一枚の書置きだけが残されていたそうだ。

 奇妙に思いながらもそれを読むと、そこには『所用で暫く家を出る。達者に暮らせ』とだけ記されており、どうやら父親はリシャールを一人残して何処かへ旅立ってしまったとの事だった。


「何よ。そんな事で泣いてんの? 今までだって小父さんが家を空けることは何度もあったでしょ?」

 リシャールの父親の放浪癖を知るマリッタは、いつもの事とばかり思っているようだ。

 リシャールはその言葉に頑として首を振る。

「確かに今までも家を出ることはありましたけど、こんな書置きを、置いていくなんて、初めてのことで、きっともう当分帰って来ない、つもり……」

 話をしていて再び込み上げてくるものがあったのか、リシャールはめそめそと泣き崩れる。


 そんなリシャールを不憫に思うどころか、心底面倒そうにマリッタは言う。

「まあ、仮に出て行ったとして、何よ? 別に今までと変わらないでしょ? それに小父さんの事なら心配するだけ無駄よ。殺したって死なない方じゃないの」

「ぐすっ、そうですけど……でも……」

「あーーーー、うざったいわね!! 男ならしゃきっとなさい!!」

「ひぐっ、で、でも、僕はこれからどうやって生活していけばいいのか……」

「依頼を受ければいいじゃない。一応アンタも自由騎士でしょ」

「一人でなんて無理ですよ~~~~」

 さめざめと泣くリシャールだった。


 今までは父親が居たからこそ、何とか生活できていた。

 父親は四・五日家を空けることは度々あったが、それは僅かな蓄えがあった為、その間何とか乗り越えられた。

 だがここの所、その蓄えが底を尽きかけていた。

 その為父親に、ここらで一度報酬の高い依頼を受ける様に提案しようと思っていた矢先の出来事だったのだ。


「では、一緒にやるか? 俺も自由騎士になろうと考えていたし……」


 ボソリと呟いたグラストスの言葉を聞き、一同はポカンとした表情を浮かべる。

 正直、自由騎士になろうとは考えていても、時期は未定だったグラストスだが、これも良い機会だと思いそう口にしていた。

 数瞬後言葉の意味を認識すると、グラストスに希望の眼差しを向けて(すが)りついたのは、当然リシャールだった。


「そ……そ、そ、その言葉の意味する所は、僕と、一緒に、自由騎士を、依頼を行ってくれる、という事で間違いないでしょうか!?!」

「あ、ああ、俺に記憶がないと言っても、戻るまでの間ブラブラしている訳にはいかないしな。まあ、左手が治るまでは、そんなに難しい依頼はこなせないが……」


 リシャールの剣幕に若干怯えを覗かせながら、グラストスは左手を掲げて頷く。

 リシャールは、感極まったようにその挙げられた手を両手で抱きしめるようにして握り締めた。大量の涙を流しながら感謝の言葉を繰り返す。

「うわああああ、ありがとうございます、ありがとうございます……」

「ぐああっ、っつ、手、手!!」

 

「なら、近いうちにギルドに『登録』に来なさい」

 マリッタがリシャールに呆れながらも、そんな言葉をグラストスにかけていたが、果たして聞こえていたかどうか。

「…………」 

「………お嬢様は駄目ですよ」

 羨ましそうにグラストスを見ているアーラの心の声を盗み聞きしたかのように、ヴェラが牽制する。

 アーラは再びガックリと頭を垂れるのだった。



-1章 完-

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