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The Left Arm Wars  作者: 過酸化水素水
【5章 偽りの想念】
104/121

99: 聴取

 

 待っている間、生徒達はアーラやオレリアに向かって懇願を繰り返していた。

 ”本気ではなかった””出来心だった””俺達は悪くない”

 聞いていて胸糞悪くなるような主張に対して、

「それは我々にではなく、教師達にでも言うが良い」

 アーラは全く相手にせずに突っぱねていた。


 それから程なくして、カリーヌが数名の教師達を引き連れて戻ってきた。その中にはコニーの姿も見える。

 コニーと一人の男性教師は、傷ついて倒れているベルナルドを見つけると、慌てて駆け寄って行った。

「先生、お願いします」

 コニーは真剣な表情で男性教師に頼み込む。

 その教師は保険医で、回復魔法の使い手でもあった。頼まれるなりベルナルドに手を翳して、治癒を始めた。

 教師の身体を包み込んだ白い光が、ベルナルドの体に伝わっていき、やがて全身が光で覆われる。すると見る見るうちに、ベルナルドの身体についた擦過傷が小さくなっていく。

 水魔法『治癒(ヒール)』である。


 元々深い傷ではないので、直ぐにそれらは跡さえ残らずに消えてしまった。

 それと同じくして、ベルナルドの意識が戻った。「うう」と小さく呻き声を上げると、ゆっくりと身を起こした。

「……んん。あ、あれ? 皆どうしたんだ?」

「ベル!」

「ベルナルド君!」

 近くで見守っていたオレリアとカリーヌの顔が喜びで覆われる。コニーや保険医も安心したようにホッと胸を撫で下ろしていた。

 当のベルナルドは少し混乱しているのか、今の状況が分からないようだった。が、少し時間をおくと理解の色を瞳に宿した。

「そうか……良かった」 

 事態が無事に収束しているのを見て、安心したように表情を綻ばせていた。



 一方、ここに来るまでに大方話は聞いていたのか、残りの教師達は悄然としている生徒達を取り囲んでいた。

「お前達、これはどういうつもりだっ!」

「学内での魔法使用が禁止されていることを、知らない訳ではないだろう!?」

 教師達の追及に生徒達は何も答えられず、ただ項垂れる。

 自分達がどういう処分を受けるのか、気が気ではなかったのだ。もし退学などになれば、家に戻らなければならない。貴族は体面を何よりも重視する。卒業も出来ず家に戻った自分達を、親は決して許しはしないだろう。

 他の貴族達にも出来損ないと嘲弄され、肩身の狭い思いをするのは間違いなかった。


「何とか言ったらどうだっ!」

「これは……審議にかける必要がありますな」

 定員があり入学できる人間は限られているが、『魔法学校』に入りたがっている人間は決して少なくない。教師達にしても、わざわざ問題のある生徒を護るよりも、彼らを放逐して新たな才能の芽を向かい入れた方がよほど喜ばしい。そう考える者は多かった。

 教師達のそんな思惑の篭った目を、生徒達は敏感に察した。

 まして、問題を起こして審議にかけられた生徒で、未だかつて退学にならなかった生徒はいない。何か言わなければ、彼らも同じ後を辿るのは必死だった。



「…………先に手を出してきたのは、あの外来です」

 ポツリと、女生徒が呟く。

 彼女の視線の先には、アーラの姿があった。

「ぬ?」

 アーラは急に矛先を向けられ、ただ唖然とする。

 教師達もアーラに視線を向ける。

 他の生徒達も後に続くように、騒ぎ立て始めた。

「そ、そうだ! 見てください。僕等のこの傷を」

「急に襲われたんで、怖くなって魔法で身を護ろうとしただけなんですっ!」


 確かに生徒達も傷は負っている。アーラに殴れらた傷だ。

 しかし、両者の傷を見比べれば、どちらがより重傷であるかは一目瞭然。常識的に考えると、被害者の方に傷が多いというのは至極当然である。

 しかし、こうなってしまっては外来に自分達の罪をなすりつける以外活路はない、と感じたのか彼らも真剣だった。


「な。何を言ってるんだ!? 先に手を出してきたのはそっちだろっ!」

「そうだよ! 身を護ろうとしただけなら、何でベルを気絶するまで殴る必要があったの!?」

 当然、ベルナルドとオレリアは憤然と指摘する。

 カリーヌやロナは何も言わないものの、非難を帯びた瞳で生徒達を見つめていた。


 生徒達はそれらに対して、反論はしなかった。ただ一転して表情を曇らせる。

「加減が分からなかったんだ。何しろ喧嘩なんてしたことがなかったからね」

「そうだ。君を気絶させるつもりはなかったんだ。でも僕等も必死だったんだよ」

 などと、殊勝な態度で謝罪(言い逃れ)を始めた。

「な、何を……」

 生徒達の主張は全くの出鱈目である。ただそのあまりの白の切りように、オレリア達は呆然として何も言うことが出来なかった。

 矛先を向けられたアーラにしても、彼らの発言の変わりようは、常識の外にあるものだった。貴族として自分の言動に責任を持つというのは、そう幼い頃から叩き込まれたアーラにとって、とても重要な事である。

 それがなくば、どの口が自身を貴族と主張できよう。そして、その訓戒は貴族なら誰もが分かっていて然るべきだと、アーラは信じていた。

 だが、彼らは己の言動の結果に対して責任を取るどころか、人に転嫁しようとしている。

 アーラにはそれが信じられず、生徒達を見返すことしか出来なかった。


 教師達はここでようやくアーラの事を認識したのか、胡乱気にアーラを見つめた。続いてリシャールに視線を移す。

「そう言えば、君達は誰だ? 見たところ、ここの生徒じゃないようだが……」

「見学者か? 見学なら、付き添いの先生はどうした? 何で勝手に歩き回ってるんだね?」

 教師達の目が厳しさを増していく。

「あ、ぼ、僕達は……その……」

 リシャールが慌てて答えようとするが、焦りからか言葉にならない。

 そこにコニーが口を挟んだ。

「先生方申し訳ありません。付き添いは私です。少し所用があって、彼女たちに案内を任せていました」

 コニーはオレリア達を見ながら、他の教師達に進言する。

「……コニー先生。規則は守って頂かないと困りますよ」

「申し訳ありません」


 本来、外来の人間を案内するのは教師でないとならない。そういう決まりである。

 ただそれは有名無実化しており、多くの教師は時間が無い場合には手の空いた生徒に頼むことも多かった。校内でそういった光景を目撃しても、あえて咎める教師も少ない。

 ただし、幸か不幸か今この場にいるのは、その少数の側の教師達だった。それらが厳しい非難の目でコニーを捉えていた。


 その様子を見たアーラはようやく我に返り、教師達に謝罪する。

「申し訳ない。コニー師を攻めないで貰いたい。案内を教師に頼む必要が有る事を知らなかったので、我々で勝手に行動してしまったのだ」 

「そういう事をされては困るんだがね」

「申し訳ない」

 アーラは深々と頭を下げた。リシャールもそれを見て慌てて追従する。そうして、二人が頭を下げた所為か、一人頭を下げなかったマリッタは逆に目立ってしまった。

 教師達の視線がマリッタに集まる。

 教師達は始めは警戒するような目で捉えていたが、次第に何かに気付いたように驚きに転じていった。やがて驚愕の声が上がる。


「き、君はマリッタ・フェルセン!」

「お、お前、どうしてここに!?」


「あ、か、彼女は……」

 コニーは驚きを隠せない教師達に事情を説明しようとする。が、その前に上げられた教師達の怒声によって、その声はかき消された。

「そうか。これはまた(・・・)お前の仕業だな!?」

「復讐のつもりか!」

 教師達の意識は一気にマリッタに集まった。口々にマリッタへの警戒と嫌悪が込められた言葉が発せられる。

 槍玉に挙げられたマリッタは、不愉快そうに顔を顰めている。ただ何も言おうとはせず、教師達の一方的な口撃を受けていた。


「ま、待って下さい。以前の事と、今回の事は全く関係ありません」

「そ、そうです! マリッタは巻き込まれただけです!」

 コニーが、オレリアが、マリッタを庇うように反論する。

 だが教師達は、あくまでマリッタを疑いかかっているようだった。厳しい視線は一向にマリッタから外れる事がない。

「どうでしょうかね」

「一体どの面下げて、再びここを訪れようと思ったのか……」 

「そうですな。あんな騒動(・・・・・・)を起こしておいて、よく顔を出せたものだ」

 教師達の言葉は辛辣を極める。

 そういった負の感情を向けられ続けたマリッタは、口をギュッと噤んだまま堪えていた。硬く握った手が、抑えきれない怒りを表している。

 傍で様子を見ていたリシャールが、マリッタの爆発を予見した時。


「あ、あの時の事は、マリッタさんは何も悪くありませんっ!」


 カリーヌが森の中に木霊するほどの大声を上げた。

 普段は穏やかな彼女だが、敬愛するマリッタへの暴言に耐え切れなかったのか、反論を許さないほど表情は厳しい。そんな意外な態度に、日頃仲の良いオレリアやベルナルドさえも驚きを隠せなかった。

 教師達も大人しそうな彼女の怒声に驚き、何も言葉を返せなかった。

 更に言い足りないのか、カリーヌが再び口を開こうとしたが、

「……カリーヌ」

 宥めるような、諌めるような、そんな調子の込もった声がマリッタの口から呟かれた。

 カリーヌはハッとしたように、マリッタの方を向く。合わせてマリッタの首が小さく左右に振られたのを見て、沈むように俯いた。それきり、カリーヌは黙り込んでしまう。

 

 誰も言葉を発しない。

 話が中座した形となり、何となく発言が控えられる雰囲気が漂っていた。

 ただその代りなのか、教師達のマリッタへの視線は更に冷たいものになっていった。


 ともかく、事情を知らないアーラにも分かった事が一つだけあった。

 マリッタはこの場の教師達によく思われていない、という事がである。

 そして、それを感じたのは生徒達も同じだった。


「その女が、僕等に魔法を使ってきたんだ!」

「一方的に攻撃されて、僕等ではどうしようも無かったんです」

 ここぞとばかりにマリッタに罪を着せようとする。彼らはマリッタの事を知らなかったが、形成が傾きつつある事を敏感に察したのだ。


 それにはアーラ達も黙っていられなかった。

「ふざけるな! 何を出鱈目言っている!」

「自分達と僕達の姿をよく見比べて見ろ! どっちが攻撃を受けたのかは一目瞭然だろう!?」

「そうだよ! 直ぐに分かるような嘘を吐かないで!」

 互いの主張は更に熱を帯びていく。

 どちらが出まかせを言っているか、冷静に判断すれば直ぐに分かってもらえる筈。アーラ達はそう信じて疑わなかった。


 教師達も生徒達の主張はおかしいと思っていた。身体に残る傷を見ても、アーラ達の主張の正しさは証明される。

 だが、それでも結論は出せなかった。

 本来であれば教師達も判断を迷わないが、”マリッタが絡んでいる”その一点だけで冷静な判断を下すのが困難になっていた。

 それは全て過去の出来事が尾を引いており――――



「……ともかく、ここで話しても仕方がない。一旦校舎に戻って、そこで双方の話を聞く事にしましょう」

 比較的冷静な教師の提案に、異論を挙げる者はいなかった。


+++


 一階の西端にある空教室の前に、一同は集まっていた。

 過程で手の空いている他の教員も集まってきており、こうなっては逃げ出す事も誤魔化す事も不可能だった。

 外来の為か、アーラやリシャールは教師達の注目を集めており、肩身の狭い思いをしていた。

 だが、それ以上に辛いのはマリッタに違いない。集まった教師達の殆どは、マリッタを知っているようで、危険人物を警戒するような張り詰めた視線を送っていたからだ。

 そんな教師達の警戒に対して、マリッタはうざったそうにそっぽを向いている。


「話は別々に聞く。お前達は順番にこの教室に入れ」

 教師が生徒達にそう指示する。

 僅かな躊躇いを見せた後、生徒達は大人しく従う事にしたようだ。当然である。一人が中に入っていき、数名の教師達がその後に続いた。

 他の生徒達は見張り役の教師と共に、教室の外で待機している。


 残されたアーラ達は一つ教室を挟んだ、二つ隣の教室に案内された。

 先ずアーラ達外来組が纏めて中に入る事を指示される。が、アーラ達は誰もそれに従わなかった。厳密に言えば、アーラとマリッタが動こうとしなかった為である。

 教師達の視線の線量が増していき、リシャールはビクビクと怯えていた。「は、早く入りましょうよ」と、しきりにアーラの袖を引いている。

 傍ではオレリア達も不安そうにしていた。 


 アーラ達の態度を反抗と受け取ったのか、教師達は俄かに身を硬くする。

「……一応、念の為に衛兵を呼んでおきましょう」

「そうするのが良さそうですな」

 教師達の目は主にマリッタを捉えている。何を警戒しての衛兵なのかは疑う余地もなかった。

 それまで心配そうに控えていたコニーは、黙っていられず抗議する。

「ちょっと待ってください! 何故そこまでする必要があるんでしょうか?」 

「まぁ……念の為ですよ」

「そうです。あくまで危険を未然に防ぐ為です。深い意図はありませんよ」

「そんな」

 教師達の言葉はどこか白々しさで覆われている。

 そう感じたアーラの雰囲気も、自然と冷たいものになっていく。


「我々の側に非があると言いたいのか?」

「……そういう事ではない」

「なら何の為なのだ?」

 アーラの問いに、もはや相手に対する敬意は感じられない。怪我を負った自分達が非を問われるなど考えられなかったし、教師達のマリッタへの態度が、どうにも気に障ったのである。

 その感情は分かりやすく顔に出ていた為、教師達の視線も自ずと厳しくなった。一人の教師が口を開く。

「君に答える筋合いは無い。というより君は分かっているのかな?」

「ぬ?」

「もし仮に君達が生徒達を襲っていたのであれば、これは重罪だ。どんな処罰を受けても文句は言えないんだよ?」



 魔法使いの養成は、どの国であれ重要課題に挙げられている問題である。抱える魔法使いの多さは、そのまま国力に比例するからだ。

 そして、魔法学校はパウルースの次代を担う若者たちの学び舎である。魔法の勉強を行なえる公の教育機関はここだけしかなく、それによりパウルースの全土から魔法の才能に恵まれた人材が集まってくる。

 つまり『魔法学校』は、王都の『研究施設』などと並ぶ、国家の要所の一つでもあった。

 なので、この『魔法学校』で問題を起こすということは、強いては国家の損失を促した、とも言い代える事が出来る。ここの生徒同士の喧嘩ならばいざ知らず、アーラ達は外から訪れているだけの余所者である。

 『国家反逆罪』とまではいかないものの、それ相当の重罪が課せられるても、何らおかしくなかった。


 明白な教師の脅しに、アーラは押し黙ってしまう。

 仮にそんな事になっては、事はアーラの責任だけではすまない。腐ってもアーラはビリザド領主の娘なのだ。領主である父親はもちろんの事、ビリザドの民に対しても多大な迷惑を掛けること間違いなかった。

 そんなアーラの戸惑いを悟ったマリッタは、一層不快気な顔で教師達をねめつけていた。


「ちょ、ちょっと待って下さい。何でこっちがそんなに脅されなければならないんですか!?」

「そ、そうです! わ、私達は悪い事は何もしていません!」

「悪いのはあいつ等の方ですよ!」

 オレリア達は必死になって主張する。

 しかし、

「だからそれは話を聞いて、こちらが判断する」

 教師達はそう言って弁解を受け付けなかった。

 結局、従わないアーラ達は置いておかれ、一先ず学生組が中に入る事になった。 

 マリッタを警戒してか、中に入った教師の数よりアーラ達に付いている人数の方が多い。その中にはコニーの姿もあった。

 

 オレリア達が教室に消えて、廊下には暫くの間静寂が訪れていた。

 ただ誰も言葉を発しないだけで、この場を包み込む圧迫感は、羽虫が気死してしまう程張り詰めたものだった。

 羽虫ではないものの、気の弱いリシャールは卒倒しそうな程に顔を青ざめさせていた。



「あの、申し訳ありません」

 鬱屈した空気の中に、落ち着いた声が一つ挙がった。


 コニーである。

 コニーは思い詰めた表情で、この場に居る最も年嵩の教師に向かって声を掛けた。

「どうしました? コニー先生」

「少し……少しの時間だけで良いので、マリッタさんと二人で話をさせて頂けませんか?」

「彼女と?」

 壮年の教師の視線がマリッタを刺す。

 対するマリッタは、突然の指名に探るような目をコニーに向ける。今日は既に一度、二人きりで話をしている。その時の話をまた蒸し返すつもりか、と疑っていた。

 アーラとリシャールも不思議そうにコニーを見つめる。


「そういう事をされては困るのですが……」

「お願いします」

「…………」

 他の教師達は真意を探るようにコニーを見つめていた。非難の色は浮かんでいるが、何も言わない。判断は壮年の教師に委ねたようだった。

 二人は目と目を離さず見詰め合う。

 暫し続いたが、やがてコニーの熱の篭った眼差しに、渋々といった面持ちで教師は折れた。

「……仕方ありませんね。少しの時間だけですよ」


 晴れやかな笑顔がコニーの顔に浮かぶ。

「有難うございます」

 コニーの表情とは対照的に、他の教師達の表情は曇る。

「教員も何人か付いて行った方が……」

「大丈夫です。マリッタはこの状況で暴れたりするような、愚かな娘ではありません」

 そんな心配は無用とばかりに、はっきりとコニーは断言する。

 黙り込んだ教師達に一礼した後、コニーはマリッタに向き直る。

「ごめんなさい。マリッタ、また少しだけお時間貰えるかしら?」

「…………」

 マリッタは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。その態度に苦笑しながらも、コニーはマリッタから視線を外さない。

 遂に根負けして、マリッタは小さく溜息を吐いた。

「お嬢さん」

「うむ。行って来るが良い」

 マリッタが許可を請う前に、アーラはコニーの提案を認めた。

 この局面で二人きりで話をしたいとは、何か重要な話をするつもりなのだろうと推察したのだ。

 コニーはアーラに小さく目礼をすると、二人は連れ立って廊下の先に消えていった。



 二人の姿が見えなくなると同時に、壮年の教師は抑揚の少ない声でアーラに向かって言った。

「……先に言っておくが、この後の審議で君達に非がなかったとされても、君達にはこのまま出て行ってもらう事になる」

「ぬ!?」

「今回の件は、君達がいなければ起きなかったかもしれない。そんな問題を起こした者を置いておく事はできない」

「それは……」

 それについては丸っきり違うとは言い切れない。確かにアーラ達が居なければ、これ程の騒動にはならなかっただろう。

 無論、その場合ロナがどうなっていたかは分からないが……。


「ともかくそういう事なので、審議が終わったら早々に出て行って頂きたい」

 教師の言葉に、アーラは何も言い返す事は出来なかった。

「……アーラ様、仕方ないですよ」

 リシャールもそっとアーラに囁く。

「……………………」

 アーラ自身も半ば諦めに似た感情はあった。だがそれ以上に、医師の娘の手掛かりすら未だ見つかっていない事に、焦燥感を煽られていた。


+++


 教室内に入ったオレリア達は、教師達の執拗な追及を受けた。

 オレリアやベルナルドが主に回答を受けもっていたが、そもそもの事の発端はロナが生徒達に乱暴を振るわれていた事である。

 自然、教師達の話はそちらに向けられ、あまり人前で話をする事が苦手なロナは多大な負担を強いられていた。

 朝から立て続けに起こっていた問題のこともあり、ずっと緊張していたのだろう。必死にそれを我慢して頑張っていたロナだったが、遂に限界が訪れた。

 教師に厳しく問われた質問に回答しようとした時、突然崩れるように床に倒れこんだのである。


 そこで査問は一時中断となり、その場の教師達によってロナは『保健室』に運ばれていった。

 カリーヌを筆頭に、ロナに付き添うおうとした三人だったが、教師達にその場で待機しておくことを言いつけられ、仕方無しに教室内で待つ事になった。

 一人だけ教室内に残っていた教師も、少し席を外す、と教室を出て行き、中にはオレリア達三人だけが取り残されていた。

 

 カリーヌはロナの事が心配なのか、不安そうに教室の中央と戸口までを行ったり来たりして、珍しく落ち着きが無い。

 残りの二人も確かに心配ではあったが、ロナの呼吸は正常だったので、深刻ではないと考えていた。その分気持ち的に余裕があったのだろう。

 オレリアが何かを思い出したようにカリーヌに尋ねた。

「カリーヌ。そう言えばさっき、気になる事を言ってたね」

「え?」

 我に返ったように、カリーヌはオレリアに注意を向ける。


「マリッタの……昔の事件の事を言ってたよね? 何か知ってるの?」

「そういえば……」

 ベルナルドも気になったのか、注意深げにカリーヌを見やる。

 二人の視線を集めたカリーヌは驚いたように目を開いた後、胸の前で両手を重ね合わせた。 

「それは……」


 昔、マリッタが突然学校を辞めた時のこと。

 何の相談もされなく、別れすら満足に言えないまま、マリッタは姿を消した。

 あまりに突然の事だったので、その事は暫くの間マリッタを知る生徒達の話題の種となった。

 そして、マリッタが辞めたのと時を同じくして、数名の生徒がやはり学校を去っていった。

 その事から、マリッタが何か事件を起こしたのではないか、という見方が大方を占めていた。

 だが結局は噂に過ぎず、事情を知っている教師達がこの件については、何一つ答えようとしなかったので、生徒の一人として真実を知らない。

 生徒に優しいコニーですら、この件について尋ねると、悲しげに笑うだけで何も答えようとはしなかった。

 なので、その話題はマリッタの記憶と共に徐々に忘れ去られていった。


 それから、もうニ年以上経っている。

 その当時は暫く悩んだものだったが、オレリアとベルナルドにとって、それはもう吹っ切れた問題だった。

 しかし、ここに来て、カリーヌがその時の事情を知っているらしい事が分かった。すると二人の興味は再び熱を帯びていく。事情を知っているのであれば、聞いておきたい情報だった。

 オレリアとベルナルドは、カリーヌから視線を逸らそうとせずに、返答を待っていた。



 カリーヌは迷う。

 確かにカリーヌは事情を知っていた。というより、寧ろ当事者でもあった。

 なので、『あの事件』でマリッタに非がない事は誰よりもよく知っている。マリッタがここを出て行く必要なんて、まるで無かった事も。

 ただ、それを吹聴する事を、マリッタは決して喜ばないだろう。自分の恩人でもある彼女が嫌な事などカリーヌはできなかったし、するつもりもない。

 とはいえ、この二人には話しても良い気がした。というより、話したかった。

 二人なら、例えマリッタの真実を知ったとしても、不快には思わないだろう。

 彼女(・・・・・・)のように、掌を返したりはしないに違いない。

 二人の長年の疑問を解決することにもなる。それにこれ以上親しい友人達に隠し事をするのも辛かった。

 

 カリーヌの深層の葛藤に決着がついたのが分かったのか、オレリア達は佇まいを直した。

 カリーヌの真剣な表情を見て、二人はゴクリと唾を飲み込む。

「…………分かった。あの時のこと……話すね」


 それからカリーヌはポツポツと話し始めた。

 静かな教室に昔の記憶が流れ込んでくる。カリーヌ達はその本流に身を委ねながら、当時の事を想うのだった。


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