98: 暴力(下)
間断無く襲いくる魔法に、アーラ達は為す術がなかった。
「何よ。ちょっとは抵抗してみなさいよ!」
「くっ、好き勝手……言いおって」
強風や『水弾』によって、アーラの整った綺麗な金髪は、今は見る影も無くぼさぼさになっていた。外気に触れている肌の至るところに切り傷があり、血が滲んでいる。
「おらっ次行くぞ!」
生徒の声からは明らかな愉悦の色が感じられる。抵抗の出来ない相手に一方的に攻撃を加えることに、優越感を覚えているのだろう。
男子生徒の伸ばした手の先から、『火弾』が放たれる。アーラの肩口を通過したそれは、アーラとオレリア達の中間地点で破裂した。
衝撃と熱波がアーラ達を襲う。
「きゃああっ」
「うああっ」
直撃はしなかった為、目に見える被害こそはなかったが、確実にアーラ達の心労は増していた。 今のは生徒が故意に外したのであって、いざとなれば直撃させるのは容易であることは明らかだったからだ。
「っと、そういや、お前は何他人事のような顔してるんだ?」
生徒達の視線が、一人離れた場所に居たロナに集まる。
「ひっ」
生徒の一人が、怯えて身を竦めたロナに近づきその細い腕を掴む。
「お前もアイツラの所にいけ……よっ」
ロナの身体を強引に引っ張り、オレリア達に向かって乱暴に突き飛ばした。抵抗することも出来ず、ロナはオレリアの手前の地面に倒れ込む。
「うぐっ」
「だ、大丈夫!?」
オレリアがロナに寄り添い、助け起こす。
「き、貴様ら……」
その様子を見ていたアーラは、怒りを露に生徒達を睨みつける。拳を固めて生徒達に向かっていこうとするが、強風に煽られた所に『水弾』を浴びせられ、後方に吹き飛ばされる。
「ぐあっ」
体勢を立て直したアーラだったが、悔しさに口を噛み締める。
そんなアーラ達を見下ろした生徒達の目は、ニヤニヤと勝ち誇っていた。
どうすることもできない。
そんな空間に、悲鳴が割り込んだ。
「オレリアちゃん!」
そこには驚愕の表情で、倒れ伏すオレリア達を見つめるカリーナの姿があった。その傍らにはリシャールとマリッタの姿もある。二人の顔にも驚きが張り付いており、目を見開いて傷ついたアーラを捉えていた。
「あ……カ、カリーヌ?」
オレリアはか細く微笑みながら、友人を見上げる。友達が来てくれた安堵と、巻き込んでしまう事へ の不安とが相まって、微妙な表情だった。
「あ、アーラ様!? 大丈夫ですかっ!?」
「お嬢さん」
マリッタとリシャールは突然の事に呆けていた後我に返ると、慌ててアーラに駆け寄った。間近にアーラの姿を捉えて、傷を痛々しそうに凝視する。
「私は大丈夫だ」
アーラは二人の心配そうな表情を受けて、くすぐったそうに頷いた。
「オレリアちゃんは!?」
オレリアはカリーヌを安心させるように小さく笑みを浮かべて無事を示す。
「わ、私も大丈夫……でも」
その隣で倒れているベルナルドと、そして俯いて震えているロナの姿を心配そうに眺めた。
カリーヌは気絶したベルナルドに寄り添い、悲しげに見つめる。次にその隣に座り込む少女を見て、目を大きく見開いた。
「あ、ロ、ロナちゃんっ!?」
自分の名を呼ばれ、ロナは恐る恐る面を上げる。
「……え? カリーヌちゃん?」
「この子、カリーヌの知り合い?」
「うん。出身が同じなの」
オレリアの問いに答えた後、カリーヌはロナに近づきその手を取って助け起こした。ロナも知り合いが傍に来てくれた事で安堵し緊張が緩んだのか、ポロポロと涙を零し始めた。カリーヌは「もう大丈夫だよ」と、優しい声色で呟きながら、何度も少女の頭を撫でる。
カリーヌに助けを呼んで貰おうと思っていたオレリアは、カリーヌにしがみ付いて震えているロナの様子を見て、どうしたものかと躊躇していた。
その間に生徒達が取り囲むように近づいてくる。
「何だ、まだ外来が居たのか?」
「面倒だし、纏めてやっちゃおうよ」
カリーヌ達が合流した事により、アーラ達の人数はこれで七人となった。数の上では生徒達の倍に近い。普通ならこれで形成逆転となる筈だが、オレリアはベルナルドを護っているので動けない。アーラも皆の盾になって魔法を受けていたので、全身が傷だらけの状態である。
よってまともに動けるのは、合流した三人だけだった。
ただし、その中に含まれるカリーヌは、戦闘はおろか喧嘩もした事が無い。なので数に含める事は出来ず、従ってこの場で戦えるのは実質二人である。
それを生徒達も分かっているのか、彼等の視線はリシャールとマリッタに注がれていた。
自分が警戒されている事を悟ったリシャールは、怯えた表情でアーラの背に隠れる。そんな情けないリシャールを見て、アーラは呆れた表情で首を振った。
その様子を見て、合流した面々も大した相手ではないと思ったのか、生徒達は多少強張っていた表情を緩める。代わりに元の優越感に満ちた哂いを貼り付けて、アーラ達を眺めた。
「これ以上集まられても面倒だ。そろそろ本気でコイツ等をやるぞ」
その言葉に、生徒達は一斉にアーラ達に向かって掌を差し向ける。
その構えを見て、オレリア、カリーヌ、ロナ、リシャールは怯えるように身を伏せた。
生徒の一人が緑色に身を包む。
「だったら俺が――――っ!」
その生徒の手元に、緑色の刃が顕在化する。
これは風魔法の全般に言えることだが、本来大気に色は無い。ただ『風』の魔法光は緑色である為、操った大気が緑色を帯びるのである。
そして、その魔法『風刃』は、剣の代わりに凝縮させた大気の刃で相手を切り刻む魔法で、一撃で人を殺せる程強い魔法ではないが、当たり所が悪ければ十分深手を与える事の出来る魔法だった。
そんな魔法を向けようというのである。生徒達の本気が伺い知れた。
『風刃』は男子生徒の雄叫びと共に放たれた。
それは大気を切り裂きながら、一人仁王立ちして生徒達を睨んでいたアーラに向かっていく。
アーラは自分に近づいてくるそれをまるで意に介さず、視線はあくまで生徒達に向け続けていた。その堂々した態度からは先程までとは違う、何か自信のようなものすら感じられた。
躱す素振りを見せないアーラを見て、オレリアが「逃げて」と叫ぼうとする。
「……はぁ」
それと呆れたような溜息が吐かれたのは、ほぼ同時のことだった。
その溜息が虚空に消えるのと同じくして、『風刃』が突然掻き消える。
確かに発現した魔法が急に消えてしまった事に、生徒達は戸惑う。
「……何が起こったの?」
「も、もう一度だ」
ただ何かの手違いだと考えたのか、魔法を使った生徒は深く考えず再び『風刃』をアーラに向かって解き放った。
だが、やはり途中で掻き消えてしまう。
「どうしたの!? どうしてやっちゃわないの!?」
「知らねえよ!」
他の生徒達は魔法を放った者が、人に魔法をぶつけるのを恐れて途中で効力を消しているのだと思っているようだった。
それを咎める生徒達だったが、当の本人に心当たりはなく、苛立った様子で否定を繰り返していた。
そんな生徒達の様子を見て、オレリアは不思議そうに目を細める。
「……何だったのかな?」
オレリアの問いに答えたのは、いつの間にかアーラの背の後ろに隠れるのを止めていたリシャールが返答した。
「今のは、マリッタさんの仕業ですよ」
「……マリッタが?」
オレリアは不思議そうな表情そのままに、アーラの傍らに立っているマリッタを見つめた。
そこに立つマリッタはいつもの面倒そうな表情で生徒達を眺めており、平素と何ら違いは見受けられない。
ただ、よくよく見ると微かにマリッタの身体を緑色の光が覆っているのが分かった。
「ええ。マリッタさんが風を無効化したんです。あの程度の魔法じゃ、幾らやっても無駄です」
信じられない物を見るような目で、オレリアは再びマリッタを見つめなおした。その弱光からは、とてもそのような荒業を行なったように思えなかったのだ。
風使いの生徒は再び『風刃』を試していたが、一つとしてアーラ達には通らなかった。
理由が分からないのか、苛立ちを隠さず地団太を踏む。
「くそっ、くそっ! 何なんだよ!」
「何やってんだ! 俺がやるっ!」
「俺もだ!」
二人の生徒達は、手に持った触媒の火打ち石を力強く地面から顔を出している石にぶつけ、火種を起こす。そうして『風刃』の代わりに放たれたのは、『火弾』だった。
拳大の二つの炎の礫が、アーラ達を襲う。
「ああ……あれも無理ですね。あんな小さい炎じゃ、まさに風前の灯火ですよ。直ぐにかき消されます」
「何でお前が得意気なんだ?」
アーラが呆れの言葉を言い切る前に、リシャールの言葉通り、突然発生した強風によって炎は掻き消えてしまった。
生徒達もようやくこの不可解な現象を起こしているのが誰かを悟ったようだ。
マリッタの体から溢れる魔法光に気付いて、警戒するように距離を取った。
「そ、それならこれはどうっ!?」
女生徒は腰に付けていた竹製の水筒の口を乱暴に取り払い、中から水を溢れ出させる。その水を西瓜程に膨張させ、綺麗に球を形作る。
その直後、『水弾』をマリッタに向けて放った。
風に弾かれないよう十分に勢いをつけたので、今度は間違いなく届くと女生徒は確信していた。
確かに先程までのものとは勢いが違う。
そして、それは放った生徒の思惑通り、風に弾かれることはなかった。
しかし、風にこそ防がれなかったが、結局本来の意図通りには動かなかった。マリッタにぶつける所か、途中であらぬ方向に進路を代えてしまい、水の塊は樹の幹にぶつかって四散してしまったのだ。
「そ、そんな!? 貴女水も操れるの!?」
女生徒の驚愕も無理はない。マリッタの身体はいつの間にか白色の光で覆われている。『水』の魔法を使った証である。
動揺した生徒達には何が起きたのかがよく分からなかったが、今の『水弾』に対してマリッタが何かしたことだけは理解せざるを得なかった。
生徒達は動揺する。
違う系統の魔法を操れる者は多くない。しかも操れる者の大多数は魔法に優れた者達である。その事からもマリッタの魔法の実力が、油断できないものである事が分かったからだ。
オレリアも呆然とマリッタを見つめていた。
「い、一体いつの間にマリッタはこんなに凄くなったの!?」
マリッタは何も答える気はないようで、あくまで視線は生徒達に向けていた。
なので代わりにアーラが答えた。
「いつの間にもなにも、元からだろう?」
アーラはマリッタとは、マリッタ一家がビリザドに越してきた頃からの知り合いである。それはマリッタが『学校』に通い始める数年以上前の事であり、その頃からマリッタの魔法の腕は同年代の人間からは抜きん出ていた。
なのでこの程度の事は学校に通う前のマリッタであっても何でもないことの筈で、それを知っているアーラは逆に不思議そうに首を傾げる。
「そんな筈はないよ。だってここに居た時のマリッタだったら……」
「…………違うよ」
オレリアの否定に対して、カリーヌが小さく呟いていた。
だが、それはオレリアの耳に届く前に、生徒達の怒声によってかき消された。
「ちっ、一緒にやるぞ! 多少やるようだが、同時に複数の属性は操れない!」
「そ、そうね!」
「わ、分かった」
生徒達の体が赤、白、緑の光に包まれ、全員の掌がマリッタに向けられていた。
「わ、私達も協力しないと!」
オレリアが慌てて立ち上がるが、リシャールは首を横に振る。
「いえ。かえって邪魔になるので、止めといた方が良いでしょう」
「で、でも!?」
「まぁ見てて下さい」
納得し難い様子のオレリアに対して、リシャールは自信有り気に頷き返した。
オレリアはそのリシャールの確信に、それ以上何も言えなくなる。
その代わりに、涼しい顔で立っているマリッタの横顔を眺めた。一斉に魔法を放たれようとしているのにも拘らず、マリッタからは全く動揺が感じられない。
マリッタの実力を測りかねているオレりアだったが、あまりに堂々としているマリッタを見ている所為か、不思議と不安な気持ちはどこかに消えてしまっていた。
「行くぞ!」
生徒達は互いに相槌を交し合うと、一斉に魔法を解き放った。
『風刃』『水弾』と、『火弾』が二つ。それぞれがマリッタに迫る。
生徒達も渾身の魔力を込めたのか、それらの魔法は先程のものよりも一回りは大きい。何もせず直撃を食らえば、大怪我は必死である。
そんな魔法をマリッタはつまらなそうに見据える。
マリッタが起こした行動を挙げるとすれば、ただそれだけだった。ただそれだけで、まるで間欠泉の如く、地面から強風が立ち昇った。
大木さえ撓ませかねない強い風が吹いたのはほんの一瞬だったが、下級の魔法の進路を変更するには、それだけで十分だった。
三種の魔法は何も無い上空に昇り、やがて薄っすらと消えていった。
「え……」
「な、なんだよ、それ……」
生徒達は痴呆のように口をポカンと開いたまま空を見つめる。
随分と眺めた後、再び視線を戻しマリッタを捉えた頃には、流石に彼らも気付かざるを得なかった。
今自分達の目の前に居るのは、決して対立してはいけない存在であることに。
マリッタがチラリと生徒達の方を見る。
それだけで生徒達は完全に及び腰になっていた。
「形勢逆転だな」
アーラの呟きを聞いて、呆けていたオレリアは我を取り戻す。
体の痛みもそっちのけで立ち上がると、マリッタに駆け寄った。目を輝かせてマリッタを称える。
「す、凄いよマリッタ!」
「……まぁ」
マリッタからすれば大した事じゃなかったが、手放しで喜ぶオレリアを前にして、何と答えれば良いか分からず言葉を濁す。
「やっぱりマリッタさんは…………」
その隣ではカリーヌが蕩けた視線をマリッタに送っていた。
ロナも既に自分の足で立っており、その表情からは安堵が伺える。
「まぁ、これくらい何でもないですよ」
と、我が事のような台詞を吐くリシャール。それを聞き逃さなかったマリッタは、リシャールの後頭部に拳骨を喰らわすのを忘れなかった。
「…………な、何なのよ。何なのよっ!」
穏やかな雰囲気に包まれていた一同を、女生徒が睨みつける。
自分達はまだ誰一人負傷した訳でもない。魔法もまだまだ使用することが出来る。相手で無傷なのは三人だけで、他は傷だらけという有様である。
なのにもかかわらず、この空気はどうか。
平民風情が自分達貴族を前にして怯えるどころか、まるで取るに足らない相手だと見なしているかのようではないか。
平民が。平民風情が。
完全に気力を失った様子の他の生徒達を尻目に、女生徒はただ一人憎々しげに一同を見つめていた。
そして、ふと何かに気付いたように目を大きくすると、愉悦の笑みを浮かべた。一歩前に出ると口を開いて甲高い声を発する。
「いい気になってるようだけどっ!」
アーラ達は突然話始めた女生徒に視線を注ぐ。
「お、おい……」
再び意識が自分達に向けたられた事に怯えた仲間の制止を無視して、女生徒は続ける。
「アンタ達、分かってんの?」
「何がだ」
アーラが代表して返答する。
「アンタ達は外来でしょ? それを分かってるのかって言ってるの」
「だから何が……」
女生徒はアーラの問いに答える代わりに、ジロリと視線を向けた。
「そっちの二人と、気絶してる奴と……アンタ」
オレリアとカリーヌ、ベルナルド、そして、ロナの順に視線を移す。
「外来が居なくなっても、アンタ達はここに残るのよね?」
と、嫌らしく哂う。
途端にオレリア達の身体が固まった。
女生徒が何を言いたいのかが、嫌でも分かってしまったからだ。
アーラ達は外来であって、一時的に学校に居るに過ぎない。その後には学校から離れる事になる。そうなれば残ったオレリア達を護ってくれる存在は居ない。
女生徒はその時のことを指摘して、脅しを掛けているのだった。
だがそれは、あまりに状況が見えていないと言えよう。
「…………アンタらはどうせ退学になるんだから、手を出しようがないだろ」
呆れ顔のマリッタの指摘に、女生徒は押し黙らざるを得なかった。
私闘をするだけで厳罰を受けるのだ、無抵抗の生徒を魔法で甚振ったなど、退学は必死だった。だからこそ彼女等は魔法で痛めつけようとしていたのではなかったか。
彼らの口封じが無理な以上、立場は完全にオレリア達が上である。その事をようやく生徒達は悟ったようだった。
全員青ざめた顔で呆然と立ち尽くしている。
オレリアは多少気の毒だと思っていたが、暴力を受けたことを教師に伝えるのに抵抗はなかった。
もし生徒達が退学にならなかった場合、女生徒が言った事はいつか必ず実行される。オレリアやベルナルドならばうまく立ち回れるかもしれないが、カリーヌやロナにそれ期待するのは難しい。今回は偶々運命を司る神が微笑んでくれたようだが、今度もそうなるとは限らない。酷い目に合わされ、心に深い傷を負うかもしれない。そんなことは決して看過できなかった。
やがて、生徒達は口々に言い逃れを始めた。
やれ本気じゃなかっただの、やれ自分は反対していただの。
挙句の果てに生徒達同士での罵り合いを始める始末だった。
そんな聞くに堪えないやり取りを、アーラ達は呆れた顔で聞いていた。言いたいことは多々あったが、敢えてそれを告げるのも馬鹿らしかった。ともかく、ただただ人の醜さを感じずにはいられなかった。
そんな醜悪なやりとりを暫くの間聞かされていた一同だったが、唐突なマリッタの提案によって意識を戻した。
「こいつら気絶させて、とっとと教師に引渡しませんか? 時間も勿体無いでしょう?」
話を向けられたアーラは力強く頷く。
「ふむ。そうだった。こんな事してる場合ではなかったな。よし、早速やってくれマリッタ」
「ちょっ、マリッタ!? アーラも! そんなことしちゃ駄目だよ!」
オレリアは過激な提案をするマリッタと、それを躊躇う事無く認めたアーラを恐れおののいた視線を向ける。
カリーヌも驚いていたのは同じだったが、これからの事を決めるのには賛成だったようだ。
か細い声でオレリアを促す。
「……で、でも、確かに先生達には早く伝えた方が……。ベルナルド君も運ばないと……」
「あ……と、そうだったね」
集団私刑を受けて意識を失ったのだ。確かに心配だった。運が悪ければ、何か後遺症が残ってしまう可能性も無いとは言えない。
オレリアは心配そうに、気絶したベルナルドを見やった。
「ベル…………ん?」
が、良い夢でも見ているのか、ベルナルドの表情はだらしなく緩んでいた。にへら、と綻んだ顔からは幸せそうな雰囲気しか伝わってこない。
どうやら深刻にならなくても良さそうだった。
「カリーヌ……悪いけど、先生を何人か呼んできてくれる?」
「う、うん分かった」
「ならばリシャール。お前も一緒に付いて行くが良い。大丈夫だとは思うが、こんな事があった後で一人にさせるのは心配だからな」
「はぁい」
そうして二人は教師を呼びに、この場を離れていった。
喧嘩をしていた生徒達も二人の行動に気付き我に返ったのか、二人を追いかけようとする。ただそれ以上の行動は、アーラとマリッタが許さなかった。
そうなれば生徒達はもう何も出来ず、全員絶望的な表情で地面にへたり込んだのだった。