7: 間道
先頭を気分良く歩いているアーラに何事か話しかけられ、苦笑しながらそれに答えているマリッタと、時折話を振られ焦りながら答えているリシャールの姿を最後尾で眺めながら、グラストスは間道を歩いていた。
街近くの沿道には、農家と思わしき家がポツリポツリと点在している。
ただそれも、いつしか途絶えていた。
マリッタの話では、森に近すぎると魔物に襲われる可能性がある為らしい。
確かにまだ距離はあるが、既に森の威容が視界に入ってきている。
家こそ建てられていないものの、畑はもう少し先まで続いているようだ。
グラストスは畑に植えられているのが何かまでは分からなかった。ただ、麦でない事だけは分かった。
やがて、グラストスの視線はそれぞれの服装に移る。
これから魔物と戦うことになる筈だが、皆の装備は正に軽装そのものだった。
グラストスは昨日まで着ていた布服から、元々自分が着ていたらしい旅人風の服に着替えていた……とは言え、どのみち布服だ。
アーラは昨日と殆ど同様のいでたちだった。
ただ流石にグラストスが着ている物よりは、上等な素材のようだ。
袖の長いゆったりとした蒼い服に、男性用の白の下衣を穿いている。
アーラは見た目より、動きやすさを好む性質らしい。
マリッタは、昨日と同様ギルドの職員服を着ている。
足首まである長めの黒い布衣である。
動きやすさの為か、はたまた他の職員とは差別化を図っているのか、腰辺りを帯で締めており、マリッタの細い腰を見てとることが出来る。
軽装極まりない一行の中で唯一、装備らしい装備を付けているのはリシャールだけだった。
しかし、それでも白い布服の上に、鉄製の胸当てを付けているのみだ。
グラストスは防具を持っておらず、アーラは偽装の為身に付けられなかったと言う理由があったが、マリッタは完全に余裕からきた装備だろう。
(何もないといいが……)
多少不安を覚えるグラストスだった。
+++
森にかなり近づいた為か、
「森に入る前に、もう一度確認しておこうか」
マリッタがそう提案し、今日の動きの再確認が行われることになった。
「昨日も話したけど、この依頼の主役はリシャール。アンタよ? アタシ達はあくまで、アンタの補助。それをしっかり念頭に入れておきなさい」
「う、うん。分かってるよ……」
マリッタの厳しい指摘に、怯えながらリシャールが頷く。
「アタシはアンタが攻撃されそうになった時の補助に動くわ」
「わ、分かりましたよ」
自分が敵に攻撃されそうになった想像でもしているのだろう。
リシャールが声を震わせて了解する。
「で、お嬢さんは……」
マリッタがアーラに視線を移し、指示を与えようとする。
だが、その前にアーラが自信満々に口を開く。
「先制攻撃役だな!? 任せるがいい!」
「違います」
アーラの主張は、即座に否定された。
「む。では、リシャールが討ち漏らした相手の掃討か?」
アーラは少し不満気な表情を浮かべた後、気を取り直し代案を挙げる。
「違います。何でそう好戦的なんですか……」
この案も棄却され、アーラは明らかに不満そうな顔になる。
「では、何なのだ!?」
「お嬢さんの役割は、背後の警戒です」
「何だと!? それでは剣を振るえないではないか!?」
マリッタの告げた役どころに、アーラは憤然と抗議する。
どうやら、どうしても剣で敵を倒したいらしい。
マリッタはアーラがそう返してくるのが分かっていたので、昨日はアーラの役どころは水を濁して説明していた。
ただこれ以上は先送りに出来ないので、仕方なく宥めにかかる。
「お嬢さん。背後の警戒も重要な役割です。それに今回はリシャールの為の依頼という話だった筈ですよ? お嬢さんが活躍してどうするんですか」
「ぬぅ……そうだが……仕方ない。了解した」
そもそもリシャールの臆病が治るように、独りで依頼を受ける事を提案したのは自分である。
その事を思い出したのか、アーラは渋々了承した。
ただし、その瞳は「何か起こった場合私が敵を倒す」と、ありありと語っている。
それに気づいているのか、マリッタはこっそりため息を吐いていた。
「俺は、周囲の警戒でいいんだな?」
グラストスが、昨日告げられていた役割を確認する。
「ええ、そうよ。アンタは怪我をしてるし、実力がどれ程のものか分からないからね。悪いけどその役割で我慢して頂戴」
「ああ、分かっている」
グラストスは素直に頷いた。
自分自身、自分の実力が分からないのだ。不満があろう筈もない。
一通り動きを再確認すると、マリッタはグラストスに向き直った。
「一応念の為に、アタシ達の系統を教えておくわ」
確かに、それぞれの能力が予め分かっているのと分かっていないのとでは、いざと言う時の対処速度に大きな差が表れるだろう。
グラストスは「是非頼む」と頷いた。
「アタシの系統は『風』よ。中級程度までの魔法が使えるわ。後は多少『水』と『火』も使えるけど、こっちは初級魔法がせいぜいよ」
マリッタはそう言って、パチンと指を鳴らす。
それと同時にマリッタを中心に、グラストスの前髪を僅かに持ち上げる程度の弱風が巻き起こり、直ぐに収まる。
その事だけでも、マリッタが完全に魔法を制御できているのが分かった。
自由騎士を除き、ビリザド一番の使い手というのも誇張ではないようだ。
「ぼ、僕の系統は『火』です。でもまだ初級の『火弾』位しか使えませんけど……。他の系統なんて、とても使えません」
リシャールはマリッタのように、火を起そうとして……止めた。
あんなに華麗に制御は出来ない上、もし暴発しては拙いと考えたのだ。
「ふむ。最後は私の番か」
どこか勝ち誇ったように、アーラが胸を張る。
こう見えて、上級の使い手だとでも言うのだろうか? グラストスは目を見開く。
「私の系統は『水』だ」
アーラは力強く言い切る。
まさか回復魔法が使えるのか? とグラストスは期待に満ちた目でアーラを見つめた。
「だが、魔法はさっぱりだ! 『水弾』どころか水球すら制御できん」
そう言って、アーラは声を上げて笑う。
思わずこけるグラストス。
何故自信有り気だったんだ、という指摘は胸に締まっておいた。
そう言えば、マリッタが魔法の師だと言っていたのを思い出し、グラストスはちらりとマリッタを見る。
師は頭を抱えていた。
弟子の不甲斐なさに脱力しているのか、自身の指導能力を嘆いているのか、どちらかだろう。
ちなみに、正解は両方だった。
「まぁ、これで皆の属性は説明したけど……アンタの属性は何か覚えてる? というか魔法使える?」
全員の説明が終わって、マリッタがグラストスに尋ねてくる。
その問いに対する答えは、決まっていた。
「すまん。分からない」
その回答は想定していたのか「まあ、そうよね」と、マリッタは頷いた。
だが、ここでアーラが口を挟んだ。
「恐らくだが、グラストスは魔法が使える筈だ」
本来、魔法の有無は『教会』でのみ、調べて貰う事が出来る。
後は本人の申告だけしか判断できない。
グラストスは全く何も覚えていない状態なので、必然的に魔法の把握は『教会』でのみ可能な筈だった。
それなのにも関わらず、アーラはグラストスに魔法があると断定する。
意味不明な自信からの主張かとも思ったが、どうやらそうではなさそうだった。
それに気づいたマリッタが、根拠をアーラに確認する。
「グラストスは魔法に詳し過ぎる」
そう言って、アーラは昨日の質疑応答の事を根拠として挙げた。
グラストスは、それだけで判断するには早計だと思った。
だがマリッタはそうは思わなかったらしい。
「なるほど。確かに怪しいですね……」
意外にも、アーラの言葉に賛同を示した。
「だけど、今日の所は使えないものとして考えましょう」
どちらにせよ、それが現実的な対応だろう。
グラストスに異論は無かった。
そのようなやり取りをしながら更に半刻ほど間道を進み、ようやく一向は深い森の前に辿り着いたのだった。