第6話 鍛錬〜ついでの拷問を添えて〜
シスター・シンシアは何でも速い……
シスターとの鍛錬を始めて数日が経ち、そう思った。
足が? 戦闘速度が? いやいや、それも含めた“すべて”が速いのである!
「いいか、ラム肉! 戦いで大事なのは何だと思う? 2秒で答えろ! はい! い〜ち」
質問にしてもこのような感じで、考える余裕など与えてくれないのだ。
「死なないこと!」
余裕がないから内容が薄い答えしか出てこない……。答えを間違えた時の恐怖もあるが、それ以上に、答えられなかった時の方がずっと恐ろしい……。
「そうだ! よく分かってるじゃねぇか。なら、死なないようにするにはどうすればいい? これも2秒だ」
ひぃぃ! なんだなんだ? どうすれば死なない? うーん?
「はい2秒〜。村の外周を15分で走ってこい! オラ! さっさと行けぇ!」
「はひぃ〜!」
フォルティナは走り出す! そう! シスター・シンシアの稽古は、突然の問いに対してすべて2秒以内で答えなければならないのだ!
答えを間違えたり、答えられなかった時のペナルティとして、村の外周を走らされたり、フォルティナがギリギリ持ち上げられる岩を頭上で上げ下げしたりする。しかも回数指定や時間制限までついてくる。
ちなみにマインツ村の外周は、大人が歩いてだいたい50分かかる距離がある……
走りながら、さっきの問いに対する答えを考える。
死なないようにするにはどうするか?
やられる前にやる! いやいや、よく分からない魔獣だったらこっちが先にやられちゃうかも……。
なら、体を鍛えまくって体を硬くするとか!ないか……。
なら、思いつく答えは1つね! でも今はそんなことより!
大人が歩いて50分かかる距離を、8歳の子供が15分で走り切らなければならないのだ……。
今、優先すべきは制限時間内に走り切ることであった! なにより、走り切れなかった後が怖い!
「やってやるんだからぁぁぁぁぁ! 走れ走れ! もう答えは出たんだから、あとは走るだけだ! ひたすら走るのよ、フォルティナ!」
なんとか走り終えて、ギリギリ間に合うが息も絶え絶えなフォルティナに、シスターは先ほどの問題を繰り返し問う。
「もう一度聞く。死なないようにするにはどうする? 2秒だ」
「攻撃が当たらないように走り続ける!」
即答したが、果たして合っているのか……。肩で息をしていたため、まだシスターの顔を見れていない。恐る恐る顔を見ると……
「正解だ」
恐ろしくもある笑顔でそう告げられ、フォルティナは安堵した。
「よし、次は走り込みに行くぞ! さぁ走れ走れ!」
「さっき走ってきたんだけど……」
「あぁん⁈ 文句あんのか?」
「無いです! 行ってきます!」
フォルティナは走り出すが、シスターが後ろからついてくる。
「今度は俺も一緒に走ってやるからな。安心しろ? お前に合わせてやるから」
嫌な予感しかしない……と思ったが、従うしかない!
これも自分自身が強くなるために必要なことだと思えば耐えられた! 正直とてもキツイが……
しばらく軽いジョギングをしていると、ゴツンッ‼︎ とフォルティナの後頭部に何かが直撃した。
いった〜! 頭に何かが……?
走りながら振り返り地面を見る……小さな石ころしか落ちていない……気のせいかと思ったが……考えてしまった……予想できる最悪の答えに……後ろについてきているシスターを見ると……
ほらね! 嫌な考えはほぼ当たるっていうじゃん!
笑顔で両腕にいっぱい抱えた石ころを携えながら、シスターがフォルティナについてきていた!
フォルティナがシスターに攻撃されたことに気づいたのを確認すると、シスターが新たな指示を出してきた!
「何でもいい! 走りながら飛んでくる石に対処してみな! そらよ!」
そう告げながら投げられる石が、フォルティナにどんどん命中する!
痛い痛い! 早く考えろ! あんなの全部当たったら死んじゃうよ〜!
全力で走るが、先ほどのペナルティで体力を消耗しており、シスターを振り切れない……。
まぁ、体力が全快でも振り切れるとは到底思えないが……
試しにジグザグに走ってみるが、石は当たる! 痛い!
後ろを見ながら走ると、速度が落ちてより当たる! 超痛い!
「いったいどうすればいいのよ〜!」
「泣き言言ってる暇があるなら、とっとと考えやがれ!」
そんなこと言われても……。
このまま走っても石は絶対に当たる!
全力で走っても簡単に追いつかれる!
ジグザグに走っても、追いつかれるか簡単に石を当てられる……。
シスターの性格を考えると……これだ!
フォルティナは作戦を思いつき、全力で走り出す!
ただひたすら真っ直ぐに!
「全力で走るだけじゃ意味がねぇってことに気づきやがれ!」
シスターはフォルティナに、ただ走るだけでは意味がないことを実感させるため、あえて全力で速度を上げた!
勝負はこの一瞬!
シスターが全力で速度を上げた、この瞬間!
全力で走り出したフォルティナは、少し前に飛び込むようにわざと横転する!
速度を上げたばかりのシスターは、フォルティナの急な横転に躓き……盛大に転んだ!
そして抱えていた石をすべて落とした!
「やった! あとはシスターが石を拾ってる間に全力疾走よぉぉ!」
そうしてフォルティナは投石魔獣から逃げ延びた!
シスター・シンシアは落とした石ころを拾いながら考えていた……石などすぐに拾ってフォルティナに追いつくこともできたが、そうしなかった。
『アイツ、ガキのくせによくこんな作戦を考えたな……何もない場所で、使えるものも何もない中で……自分の体を使いやがった……しかも、俺があえて全力で速度を上げることも読んでいやがった! 石を避け続ける、俺から全力で逃げる、それ以外の答えを出しやがった! 石を投げる相手からこれ以上の攻撃を受けないための答えを……あいつ、相当頭いいじゃねぇか……』
シスターはヘヘッと笑い、「これだから子供は好きなんだ」と小さく呟いていた。
鍛錬を始めてから、日が経つごとにシスターとの鍛錬は厳しさを増していた。
最初は小さな岩を背負いながらの走り込み。慣れてきたら岩を大きくする鍛錬、基本的な筋トレを1,000回ずつ、川でシスターに頭から水中に押し付けられながら息を止める鍛錬……もはやこれは拷問だと思うが……
それに加えて、急な問いに2秒で答える問題も、いつも通り織り交ぜられていた。
そんな鍛錬を週に5日行っていた。2日も休みがあるのは意外だったが、シスター曰く、
「1日は体を休めること! もう1日は友達と遊ぶことだ! いいか? 友達は大事にしろよ? 大事にしないまま大人になると、後悔することもあるからな……」
そう空を眺めながら語るシスターの表情は、いつもと違って優しさが垣間見えた。
こうした鍛錬を6年続けた。
6年後
「もう鍛錬を続けて6年か……ティナ、お前いくつになった?」
「14歳! もう立派なお姉さんになったんだから! ふふん!」
フォルティナも14歳になり、成長期ながら引き締まった肉体をしていた。胸と頭は残念だったが、まだまだこれからである。
「よしティナ、今日から俺と戦闘訓練をするぞ」
「やったぁ! やっとだね! アタシ、武器は斧がいい!」
やっと武器が使えるという嬉しさが込み上げたが……シスターから告げられたのは残念な知らせだった……
「武器はまだだ。格闘術から始めるぞ」
「ええええええええ! なんでええええ!」
ガックリと落ち込むフォルティナに、シスターは言った。
「理由は3つある。いいか? まず1つ目。俺の使う武器は大槌だ。斧を使いたいお前に教えてやれることが、ほとんどない」
「うそ⁉︎ 格闘術がメインじゃないんだ? 今まで殴ったり蹴ったりしてるとこしか見たことなかったから……」
そうフォルティナは言っていたが、シスターは続けて言う。
「2つ目。成長期のお前は、身体を鍛えることで素直に身体を扱える必要がある。これは武器の性能に頼りすぎて、うまく身体を扱えなくなる可能性があるからだ」
「なるほどね。それでそれで? 3つ目は?」
「3つ目は昔……俺の先生から学んだことだが、“すべての武の基本は格闘術にある”。これはまあ……説明するのも難しいが……いずれ分かる時が来るさ」
「むー! 斧使いたかった……」
シスターの説明を受けてなお、むくれているフォルティナにシスターは小さく息を吐きながら言った。
「仕方ないな。少しだけなら俺の《槌術》を教えてやる。斧も似たようなもんだから、問題なく使えるだろ?」
「やったあああああ! シスター! 絶対だよ! 約束だからね!」
そうした基本鍛錬、格闘術、《槌術》の鍛錬をこなしながら2年が過ぎ、フォルティナは16歳になった。
時の流れというのは速いものだ……
「ティナ! もうお前は試験を受けても問題ないぐらいには育った。だから俺から教えることはもう何もない」
早朝鍛錬に来たフォルティナは、シスターから唐突にそう告げられた。
「まだアタシ、格闘術と《槌術》をちょっとしか教えてもらってないけど、もう終わりなの?」
「ああ、そうだ。これから先は自分で学び、身につけていくんだ。そのために必要なことは全部教えた。もうお前は迷える子羊じゃない。迷ってない奴に、俺たち聖職者は必要ないだろ? まあ! 今生の別れじゃねぇんだ。またいつでも来な? お前は俺にとって大事な……弟子みたいなもんだからな……」
シスターが恥ずかしげに小声で「弟子みたい」と言ってくれたことで、フォルティナは涙があふれそうになった。
嬉しかった……いつも厳しかったシスターが、そう言ってくれただけで、フォルティナはとても幸せだった。
「うん……! また来るね! 次は冒険者になってまた来るから!」
そうして教会を後にする。
フォルティナは父と母にも、シスターから試験を受けても問題ないと伝えられたことを報告する。
「そうか、あの厳しいシスター・シンシアが“試験を受けて問題ない”と言ったのか……」
父は、ついにこの時が来たのかといった表情を浮かべながら、
「パパはもう止めないよ……夢だったんだろ? 冒険者になることが。最初に話を聞いたときは嫌だったんだが……夢ってのは、何もせずに諦めたくないもんな……」
父も何かを諦めたことがあるのだろうか。そんな父の言葉を聞き、母も言う。
「アンタは何を言っても聞かないし頑固だから、あたしももう止めないよ。だけど! やるからには絶対合格するんだよ!」
母からも激励をもらい、明日から冒険者試験会場のある街・ラングに旅立つ!
そして、友人たちにも冒険者試験を受けに行くことを報告する。
「そうか! お前、やっぱり冒険者になるんだな!」
いつもの4人。すっかりガタイがよくなり、パイナップルだった髪は今や落ち着いた髪型になったジルが最初に話す。
「ティナちゃんは、あのめちゃくちゃ怖いシスターに鍛えてもらったんだから絶対大丈夫! 合格できるよ!」
ミリィも、すっかり大人の女性の雰囲気が出た美人に育っている。そんなミリィからも応援を受け取り……
「僕も信じてるよ! 合格することを信じて、みんなで待ってるからね!」
すっかり好青年なイケメンに育ったマルクスも、そう伝える。
「ティナ……これ、みんなで買ったんだ。受け取ってくれるか?」
ジルが白い布で巻かれた長物を手渡そうとしている。布を取って中身を見ると、それは斧だった。
「え……これ……」
「ティナちゃん、ずっと“斧を使ってたおじさん冒険者”の話してたでしょ? きっとこれが一番喜んでくれるって思って、話し合ってみんなで買ったの」
驚いているフォルティナに、ミリィはそう話す。
「ティナは昔から分かりやすかったからね。でも、当たってたでしょ?」
マルクスも笑顔でそう話す。
「ジル、ミリィ、マルクス……みんなありがとう! アタシ、絶対冒険者になって帰ってくるね! お土産も買ってくるから楽しみにしといてよね!」
そう言い残し、フォルティナは走って家に帰り、夕食を家族と共に取り、ベッドに入る。
いよいよ明日だ! 準備も万端!
パンパンに詰められたリュックに、友人たちからもらった斧。
父と母の応援に、シスターとのこれまでの鍛錬の日々を思い出しながら、大切な宝物であるコンパスを胸に抱いて眠りにつく。
抱かれたコンパスの針は、フォルティナの体を指していた。
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