第27話 キーパーとティナ②
なんだか偉いことになっちゃった……。
司令部である小屋の前の広場で、アタシはキーパーと向かい合っていた。
モルトがキーパーを挑発した所為で戦うことになっちゃったんだけど、そんなアタシ達を物珍しげに見物しにくる騎士や兵士たち。
そんな中にモルト達もいて、マロンとイデアはどこからか持ってきたお菓子の袋を見にきた人たちに配り出していて、まるで闘争競技の販売員みたいだ。
「準備は良いか、ゲスト」
そんな仲間達を呆れて見ていると、キーパーが声を掛けてきた。
準備……。キーパーは獲物である鉄製のハンマーを肩に担いでいて、準備万端といった感じだ。
対するアタシはというと……。
「うん。いつでも行けるわよ」
素手である。
なにせクラフトアックスはエスカイト戦で少しだけ故障してしまったのだから、今はマロン達に修理をしてもらっているところだ。
そんな手ぶらのアタシに、キーパーは眉を顰めた。
「いつでもいいって、武器もないのに舐めてるのか?」
まあそう見られてもおかしくはないよね。
だけど、クラフトアックスがあってもなくても、アタシにはシスターから教えられた流儀があるってものだ。
「舐めてなんかないわよ。クラフトアックスは今修理中ってだけ。それに武器に頼らなくても、アタシが一番鍛えたのはこの拳なの。いざ武器がなくなった時のためにって、師匠から叩き込まれた拳がね」
クラフトアックスでの戦いは、主にパワー不足を補うための後押しとして使っていることがほとんどだ。こういう対人戦では素手の方が戦いやすい。
単純に慣れてるってのもあるけど、まあ小回りが利くのだ。
アタシは楼凛拳の構えを取る。
エスカイトを倒して思い出すことができた格闘術。
シスターから学んだ必殺の拳法だ。
チラリとギャラリーの方に目を向けると、ヤオさんが興味深そうにアタシの構えを見ていた。
同じ流派だもんね。そりゃ気になるか。
「では、お互い準備が整ったところで早速始めたいと思う」
エレオノーラがアタシとキーパーの間に立った。
それを合図にアタシとキーパーは一歩前へ出る。
その距離、アタシの拳は届かず、キーパーのハンマーは届くといった間合いだ。
「では……始めッ!!」
エレオノーラが手を下ろした瞬間、キーパーがハンマーを横からフルスイングしてきた。
先手必勝……そういった勢いを感じる。
だけど、アタシはその攻撃を飛んで躱し、二段蹴りをキーパーの顔面に放つ。
爪先が当たるかと思われたが、ギリギリのところで届かなかった。それはアタシが間合いを見誤ったわけじゃない……キーパーが念力でアタシの体を浮かせたんだ。
宙に浮遊したアタシをキーパーはハンマーで叩きつけた。
咄嗟に腕を交差させ防御したが、その打撃をモロに受けたアタシの体は宙を舞ってしまう。
だけど瞬間的に腕に神気を纏ったことで威力は抑えることができた。
バク転し着地した瞬間に一気に間合いを詰める。
キーパーが手を伸ばしたのを確認する。
それが念力の魔法を向けているのだと気付き、アタシは左右に目まぐるしくステップし、狙いを狂わせようと動いた。
「ちっ」
前に構えた腕を高速で移動するアタシに向けようと動かすが、念力がアタシの体を捉えることはなく、諦めてハンマーを両手で握った。
どうやら念力の発動には若干のタイムラグがあるみたい。
だとしたら、止まることなく動き続ければ念力に捕まることはないってことね。
「うらあああ!!」
わざとアタシはキーパーの眼前で動きを止め、ハンマーでの振り下ろしを誘発させた。
案の定、隙ありと見て重いハンマーが土の上を大きく叩きつけたが、既にアタシはそこに居ない。
回り込んだキーパーの背中を捉えることができた。まずは横腹!
ドン!
拳を脇腹に叩きつけ、ブニッとした肉の感触が拳の上から伝わる。
キーパーは強引に体を捻りハンマーを振るったが、アタシはキーパーの二の腕を左手で押さえ、攻撃の挙動を遅らせつつ、続けて二発、同じ箇所に拳を叩きつけた。
「がっ!」
苦しげな息を吐いたキーパー。
楼凛拳が効いている証拠だ。内臓を重点的に攻めるこの格闘術は、知らず知らずのうちに体力を奪っていく。
体に取り込んだ酸素が無理やり外に放出される苦しさ、息が切れて鈍る思考力。
さあどう出る?
「こなくそぉぉ!」
「う、うそでしょ!?」
キーパーは強引に体を捻り、その場で飛んでハンマーを振るった。人間の骨格からしてあり得ない挙動……いや、そうか!
「ぐっ!」
腕を立ててハンマーの柄に当てるが、メキメキとアタシの骨が悲鳴をあげている。
この動き、このパワー。やっぱりそうだ。キーパー、アタシに念力を使うのを諦めて、自分の体に使ってるんだ。
柄を受けに行き直撃を防いだが、キーパーとの距離が開いてしまう。
フワリと浮いたキーパーが地に足をつけて、アタシとの距離を詰めてくる。
このまま追い討ちはまずい。体勢を立て直さなきゃ。
そう考え、バックステップで距離を取るが――
「うらぁ!!」
ハンマーを――投げた!?
ブンブンと風を切りながら回転するハンマーを、アタシは上体を逸らして回避する。
回避したはずだった。
体を起こした瞬間、背中に鈍い衝撃が激突し、今度はアタシの肺から酸素が一気に口から吐き出されてしまった。
顔を背中に向けると、向こうのほうに飛んで行ったはずのハンマーが見事に背中にぶつけられていた。
「変則的な戦い方が得意なのはゲストだけじゃないんだよ」
そういうこと……キーパー。投げたハンマーを念力で強引に引き寄せて殴ったんだ。
ってなると、キーパーのハンマーは近接武器じゃなく、遠近両用、変幻自在の間合いを持った打撃武器ってことになる。
「面白いじゃん」
これはキーパーにアタシの実力を示すための戦いであるはずなのに、なぜだろう。
アタシの胸の内に、熱い何かが燃え上がっていく感覚……。
アタシ、この戦いを楽しんでる?
「トドメだ!!」
キーパーがアタシの背後にあるハンマーを念力で持ち上げ、頭上から一気に叩き落としてきた。
離れていたら不利と見て、間合いを詰め直す。
風を切る音とキーパーの視線でハンマーの軌道を予測し、回避する。
キーパーとの距離が縮まり、アタシは両手に神気を纏わせた。【鬼哭の構え】だ。
神気を纏わせた手刀は威力がかなり底上げされている。
直接殴れば決着はつくだろうが、キーパーのことだ、意地でも耐え切るはず。
そうなるとハンマーの追撃を受けて、アタシが負けるかもしれない。
ならどうするか……答えは、超高速でキーパーの内臓にダメージを与えること。
だからアタシはさらに加速して、キーパーの体のすぐ正面……懐に入り込んだ。
「この――」
「アタシだって、この世界に来て学んだことはあるのよ!」
勝機を逃せば、次に広がる景色は絶望。
迷えば信頼は失われ、同時に仲間の命も失う。
アタシはマインツ村でのグリダリアとの戦いで、スコープからもガジェットからも信用されていなかった。
だから黙ってあんな自殺紛いの爆破を決行されたんだ。
だから迷わない。一度決めたら何がなんでもやり抜く!
「うらああーーー!!!」
鬼哭の型。拳を握り、キーパーの各内臓がある部位を上から殴り続けた。
背後からハンマーが迫る。時間にしてコンマ数秒でアタシに激突するだろう。
その前にアタシは腕を振るう。
肺、腎臓、鳩尾、喉、そして心臓と、絶え間なく、音を置き去りにする速度で必死に殴り続けた。
「あ、あれは……師匠の迅狼の型!?」
ヤオさんの声が響いてきた。
だけど今はどうだっていい! ハンマーがアタシに届くより前に、全身全霊をぶつけるんだ!
「そこまで!」
拳をキーパーの胸に叩きつけようとした瞬間――エレオノーラの通った声が響いて手を止める。
「ティナ、お前の勝利だ」
顔を上げると、過呼吸状態のキーパーが虚ろな目をして固まっていた。
間違いなくアタシの勝利だと確信した瞬間だった。
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