第20話 この判断は間違いなのか。
「任務ご苦労。これで当面の食料問題については解決だな」
ラングの街、作戦本部の小屋に戻ったアタシ達はエレオノーラに報告とジャガイモを持ち帰ってきたのだけど、キーパーはすごく不機嫌そうだ。
それもそうだ。アタシがグリダリアにトドメを刺さないどころか逃してしまったんだから……。帰りの道中は地獄だったよ。
スコープもキーパーも口を聞いてくれないんだもん。まあこれに関しては全面的にアタシが悪いんだけど……。
「魔将を逃したのは惜しいが、目的は食糧の確保だ。それに奴にティナの力が通用すると知れたことも収穫と捉えるべきだろう。だからそう腹を立てるなキーパー」
エレオノーラに諭されたが、その言葉で我慢の限界が来たのか怒りをぶちまけ始めるキーパー。
「収穫? 収穫だと? 団長! こいつはダメだ! 確かに戦力としては申し分ない。こいつが居なかったら村の奪還はできずに食糧も持ち帰れなかっただろうな! だがガキすぎる! 殺せたはずの魔将をオメオメと逃したんだぞ! 状況が分かってるのか!?」
机を叩き、エレオノーラにキーパーは容赦なく詰め寄る。彼の言葉が耳に入るたびアタシの胸が痛み、呼吸が辛くなる……。
そんなキーパーにエレオノーラは手で制しながら彼に負けない声量で返していた。
「分かっている。分かっているさ。今回のことで恐らく奴ら側に【神気】持ちの戦力がこちらに増えた事は知られたはずだ……」
そう……だよね。アタシが躊躇わないでグリダリアを殺してさえいればこの次の作戦も魔将相手に有利に立ち回れたはずだもんね……。
エレオノーラは続ける。
「だが今回彼女を起用したのは私だ。責任は私にある。確かに力はあるが、年相応の少女なのだ……。すまないその点を私は失念していた」
「ちっ。団長が信頼する人材を確保出来たって言うから信じたってのにこれじゃ敵に手札を見せただけだ……」
「すまない……」
エレオノーラが頭を下げる。これはアタシが下げさせたものだ……。キーパーもアタシに直接言えばいいのになんで言ってくれないの? なんでエレオノーラにだけ文句ばっか言うの?
「もういい。次からこいつの作戦投入は無しだ! 少なくとも俺は絶対認めないからな!」
そう言い残してキーパーは小屋から出ていく。閉められたドアがドンッ! と強く閉められた様子から怒りを抑えきれないようだ。
そんな彼が居なくなってからアタシはもう一度スコープとエレオノーラに頭を下げる。
「ごめんなさい……アタシが敵を逃したせいで……」
「まったくだ。だがお前は私の知るフォルティナとは違ってまだ若い。戦争の経験もないのだろう?」
呆れたと冷たい目を向けてくるエレオノーラにコクリとアタシは頷く。
戦争どころか、あんな純粋な子供と戦った経験すらないよ。今まではもっと悪意を持った人達ばっかり戦ってきたから……。
脳裏にグリダリアの泣き顔が浮かび上がる。
あの顔を思い出すたび、この戦争は本当に魔族が悪なのか?って考えさせられる。
もしかしたら魔族にも守りたいもの……、譲れない何かがあるんじゃないか? そんな疑問がいくつもアタシの頭に浮かんでくる。
魔族についてアタシ達はあまりにも知らないことが多すぎる気がする。知らなきゃいけないはず……。でも実際人類は絶滅寸前まで追い込まれているし……。アタシ……間違ってるのかなぁ……?
スコープは呆れたように息を吐きながらアタシの背中を叩いた。
「まあやってしまったものは仕方ない。時が戻らないのだからな。問題はこれからについてだ。それにお前、帰りにも言ってただろ? 次奴が現れたらその時は容赦しないってな」
「うん……」
それは分かってる。アタシだってそこまで馬鹿じゃない……。自分の吐いた言葉には責任を持つ。それが冒険者としての責任でもあるんだから。
「それだけ分かれば俺はいい。だがキーパーは……。そうはいかないよなぁ」
「だな」
スコープがふっ。とエレオノーラに顔を向けると彼女も頷いた。
「ティナにも分かるように説明すると、キーパーには妻と娘が居たのだ……」
「奥さんと娘さんが?」
「ああ。そうだ……。キーパーと同じ〈オーバード〉でな。戦争が始まる前は、奴隷として迫害されていたが、開戦してからはキーパーの活躍で差別はさほど無くなってはいた。まあ〈オーバード〉にかまけているより、目の前の魔族という脅威の方が皆優先したのだろう」
いつ死ぬかわかんないような戦争だもんね。確かにそんな暇はないか……。戦争が迫害を止めたって、なかなか皮肉なことよね。
エレオノーラに続いてスコープが続ける。
「キーパーは帝国でも特殊な〈オーバード〉のみで編成された部隊――【シザリア特攻隊】の隊長だった。まあ俺もそこの出なんだけどな」
「【シザリア特攻隊?】」
「ああ。特攻隊。まあ奴隷身分の俺たちの命なんざ消耗品と大して変わらないからな。戦争になれば激戦地に送られて補給もなし、増援もなしで戦わされる部隊だ。爆弾となんらかわんねえ扱いだったよ」
「ひどい……」
「酷いか? それでも1人殺すごとに英雄扱いされて、他の奴隷達よりは恵まれた身分だったんだぞ?」
「シザリア――確か帝国のカルロス・サーバンクルに生息する一度噛み付いたら牙を離さない狼型魔獣の名だったな」
エレオノーラが思い出したかのように呟いた。
スコープは「そうだ」と頷く。
「まあそんな俺らもこの戦争で1人魔族を殺すごとに英雄って持て囃されたんだが、いかんせん俺たち人類は目立ち過ぎた。おかげで、キーパーは家族を目の前で殺されてな……」
「えっ……」
エレオノーラの顔を見ると思い出したくもないことなのか、俯いている……。
「あれは思い出したくもない過去だ……。【オペレーション・サジタリウスの矢】――俺たちがその任務から帰ると既にフロンタイタスが陥落していて住民が魔族に捕えられていたんだ。そこで奴ら、住民を生きたまま火で焼きやがった……。成長した人類が戦地に出てくると見た魔族どもが効率よく人類を殺す為に女子供を狙って殺しやがったんだ! くそっ。思い出すだけで今でもハラワタが煮え繰り返る……」
スコープが拳を震えるほど握りしめている。冷静なスコープがこれほど起こるってことは相当な事が……。
そんなスコープはギリっと歯を食いしばって続けた。
「俺は今でも耳に残ってる。焼かれていく子供の悲痛な叫び……、俺たちの助けを求め続ける人々の懇願……。それに他して魔族どもは機械的に火を放つ。お前言ったよな? 魔族にも心があるんじゃないかって」
確かに言った。マインツ村からの帰投中、2人に詰められた時にアタシは……。グリダリアのあの表情、叫び。あれは心がない存在のそれじゃなかったのだから。
「俺はお前のその考えには絶対賛同できない」
「なんで! グリダリアも最後には泣いて叫んでたのよ! あれに心がないなんてアタシには思えない!」
「ならなんで俺たち人類を機械的に殺せる! 心があるのならどうしてあんな酷いことができるってんだ!」
「――!!? それは――」
「言い返せないだろう。奴らの口から発するあれは言葉に似た鳴き声だ。ただの音だ。そこに感情も心も存在しない。だから俺はお前の考えには賛同できない。だが、同情はする。戦争を知らない16のガキがこんな負け戦に駆り出されたんだからな。そう錯覚しても仕方ない……。俺もキーパーもそこの団長もお前の事を戦える存在だと誤解してたんだからな」
そうか……。スコープがアタシをそこまで罵らないのはアタシのことを全く信用してなかったからだ。アタシが子供で、戦争も知らない平和な世界から来た存在だって割り切って――
『君はお漏らしをする赤ん坊に怒りが沸くかい?』
かつてアタシに言ったアレッシオさんの言葉が頭に浮かんだ。
きっとスコープはそれと同じなんだろう。最初からアタシが上手く戦えることを期待なんかしてなかった。何かしらのミスが起こる前提で動いてたんだ。アタシは……みんなに信頼されるほど――この世界で何かを成せていない!
「ごめんなさい……アタシ――勝手なことを……」
涙が溢れた。不甲斐なさと、アタシの判断が間違っていたかもしれないって考えがゴチャゴチャになって胸が苦しい。
キーパーの苦しみもわからず、スコープの信頼も勝ち取れてないのに、勝手な判断をして。アタシみたいな無知はもっと怒られた方がいいのに――
「泣いても仕方ない。さっきも言ったがもう過ぎたことだ。次にお前がしっかりやれば俺はなんとも思わないさ。だがキーパーは別だ。しばらくはそっとしておいてやるんだな」
「うん……」
話が区切りについたと見たエレオノーラがため息をひとつ吐いて話を切り出した。
「ティナ。落ち込んでるところ申し訳ないが、状況が状況だ。次の任務について話をさせてくれ」
任務。そうだ。アタシが泣いてたってこの戦争は終わらない。涙を拭い頬を痛いほど叩いて頷き返す。
「いいよ。なんでも言って」
「よし。なら次の任務だが――」
アタシはエレオノーラを助けるって誓った。それが自分の良心を傷つけることになったとしても、助けると言った以上は責任を取らなきゃいけない。やるんだ。次こそみんなの信頼を勝ち取る為に!
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