第11話 敗走、失ったものと残ったもの
魔王と呼ばれる少女の力は圧倒的すぎた。
奴は容器から一切出ずただ手を動かすだけだというのに放たれる魔法は未知の属性で、質量も規模も桁違いだった。
フォルティナの【神気】を持ってしても届かない。
いや蟻が空高く浮かぶ雲を掴む程の差を感じさせるのだ。
「君たちの役割はもう達成されてるというのに何故この世界に固執する? 何故大人しくデリートされない」
容器の中の魔王が目線を私たちに向けて聞いた。
その目は然程興味なさげなように見える。
ただ聞いただけ、そんな感じだ。
「固執だって? そりゃこの大陸に生まれたんだから固執ぐらいするでしょ!」
膝をついたフォルティナが立ち上がる。だが彼女の右腕は魔王の魔法を喰らい肩から先を失っている。
血は止まっているようだが、これ以上の戦闘は不可能だろう。
だとしても彼女は立った。それはきっと【偽神】として――魔王に立ち向かえる最後の【神気】を持ったものとしての責任かもしれない。
やめてくれ……。それ以上戦わないでくれ……。
私は喉からこの言葉が出かかったが、必死に飲み込んだ。今そんな弱音を吐いたとしても彼女は止まらない。
止まるわけがない。今まで共にした旅路の中で彼女を知った上での事実だ。
そんなフォルティナは魔王に問う。
「アンタ達だって住んでる世界があるでしょ? その世界を誰かが襲いかかってきたらどうする? アンタの言うように諦めるの?」
「我らに住む世界など無い。ただ君達を消すだけの為に生まれたのが我々魔族だからな」
「アタシ達を消すためだけに生まれたですって……」
「ちっ。余計なことを話してしまったな。それになんだこの胸をざわつかせる気持ち悪さは……。これは……怒り? 我が怒りを感じているのか? おかしい設定にないはずだ。そうプログラムされてないはずだ」
何を言っている? まさかこいつ自分に感情がないと思い込んでいるのか?
そう思えるほどに魔王の表情は険しくなっていた。
悩み、苦悩しているのか?
「そう言うことか。ドミニオン共が作業効率を落とすわけだ。よもやこの世界そのものが我らにバグを与えてきているとは……」
「意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇッ!」
モルトが魔王の背後から奇襲を仕掛けた!
奴は今、フォルティナに気取られ反応出来ていない!
やれる――
そう確信した勝機は建物の壁から機械音を響かせ飛び出た機銃の掃射によって無惨に潰えた。
「ぐっあぁぁッ――!」
「モルトさんッ!」
イデアが叫ぶ!
掃射を受けたモルトの手足が関節から撃ち抜かれ千切れてしまう。
床に落ちたモルトは突如失った利き腕と足で立ち上がれず痛みに苦しんでいる。
「汚染体……。今の奇襲は見事だ。だが相手が悪かったな」
イデアとマロンが駆け寄り回復魔法を施すが、無理だ。
回復魔法は時間をかけて作用するもの……瞬時に回復し切る性能は存在しない。
腕を失ったフォルティナ。致命傷を受けたモルト……。
それを治療する2人……。
私がやるしかない。
魔王によって着けられた傷――横腹を押さえる。
未知の魔法に穿たれ内臓が露出しているが血は止まっている。回復は諦め止血魔法に専念したからだ。
かろうじて動けるが、次に攻撃を受ければ命は無い。
だが――私たちに失敗は許されんのだ。
「もう十分だ……! 貴様の言葉など聞くに値しない! 今ここで貴様を討つッ!」
私は全身に【気】を迸らせた! 痛みは気合いで拭えッ!
恐怖は気持ちで押し殺せッ! 今私が戦って勝たなければ皆を失ってしまう! それだけは絶対にさせないっ!
「いくぞ! 【練天皇牙!】」
最後の力を振り絞った【覚醒】。
一気に駆け抜け魔王へ肉薄する!
「ノーラッ!」
フォルティナの叫びが耳に入る。私の無謀な戦いを止めようと叫んだのだろう。すまないな……。だが私は皆の為にも――
「貴様に負けるわけにはいかんのだぁぁぁーーッ!」
距離を詰める事に魔王の整った顔立ちがハッキリ見えてくる。その顔は少し興味を示したかのように目を開く。
「凄まじいデータ量だ。なるほど……このバグが君達の力の根源になっているのか……」
「はあぁぁぁーー!」
何やら考え事をしているようだが、それは悪手だぞ!
剣を障壁にぶつけるッ!
波紋が広がり私の攻撃を完全に拒絶しているように反響する!
「だが――その攻撃に意味はない」
余程この魔法に自信があるのかそう言った。
だが諦めなければ道は開けるッ!
私は彼女達と旅する中でそれを学んだのだッ!
「ほう」
私は背中に携えたもう一つの得物――ハルバードを引き抜き障壁に突き立てた!
大剣とハルバードを突き刺し壁をギチギチとこじ開けていく!
「ははは。凄まじいなこのバグは。まさかこの防御を力技で突破しようとは――」
「ぐおぉぉーーッ!!」
「これが興味か。どうやら我も汚染され始めているようだ。多少楽しめたが、こうなると時間が惜しい……。失せろ汚染体――」
魔王が殺気を飛ばしてきた!
同時に壁の至る箇所から機銃が露出し私に狙いを定めてきた。
「ここに踏み入った時点で君たちの敗北は確定していた。自らの腹に取り入れた食べ物が腹を突き破ることができないようにな」
「くっ……」
機銃から黒の球体が放たれた。
ただの銃弾ではない。あれは先程魔王が見せた魔法だ。
魔具から魔法が放たれたという事は――
「そうか、ここは――」
「そうだ。ここは城であり我の体の一部――領域そのものだ」
もはやこれまでか……。すまないみんな――
私を確信したその時――
私の体は何かにぶつかり吹っ飛ばされた。
床に落ちてぶつかった正体に目を向ける!
そこにあったのは――
ドドドドドッ!
幾つもの魔法によって身を貫かれ無惨な姿になったフォルティナだった。
「フォルティナッ!!?」
「味方を庇ったか。逃げれば良いものを」
フォルティナが床に落ちる。
ドチャリと潰れたトマトのように血が彼女の周りに広がって動かない。
私は早まる鼓動を堪え、彼女の元へ向かった。
「ノー――ぁ」
「喋るな! 今治してやるッ!」
酷い状態だ。体のあちこちに穴が空いて中の内臓が飛び出ている。しかも血が止まるところを知らない。
誰でも分かる……手遅れだ。
だが私はそれでも回復魔法を施すのを諦めなかった。諦めたくなかった! 彼女は――私の初めてできた本当の友人なのだから!
「止まれ! 止まってくれ!」
血が止まらない。学校で学んだ回復魔法の詠唱を間違えたのか? くそっ! 肝心な時に力を発揮できないなんて!
「もう――いいよ」
「喋るなと言っているだろう!」
治療を施す私に魔王が更に魔法を放つ。
それを片足のモルトがフォルティナの斧を片手で拾って受けた!
「まだ……まだぁッ!」
「モルトさん!」
「兄ちゃんッ!」
2人の治療から抜け出したのだろう。
だが魔王の一撃に吹き飛ばされたモルト。
そんな彼に魔王は冷たい目を向ける。
「はぁ。うんざりだ。大した力もない君に興味はない」
「だとしてもなぁ……。こんな事で仲間を死なせるわけにはいかねぇだろッ!」
モルトは血を吐きながらも……床を這いずりながらも前へ進む。彼も諦めてないのだ。だが――これは――
周りの皆を見てももはや勝ち目はない。
作戦は失敗だ……。
逃げようにも魔王は私たちを逃しはしないだろう。
「これが鬱陶しいと言う感覚か。もういい。君から消してやる――」
魔王は手を伸ばした。
それが、彼の命を断つ行動だと瞬時に理解したがもはや私達にどうにかできるだけの力はなく、ただその行動を見ている事しか出来なかった。
「【デリート】」
モルトの頭上から光の柱が彼を撃ち落とした。
声を上げる間もなく、ただ光が彼を包み込んだ。
イデアが悲痛な叫びを上げる。
彼女はモルトが大好きだった。
まるで父親のように慕っていたから相当苦しいはずだ。
光が明けると中には誰も居なかった。
モルトがいた痕跡も、血も、武器も服も――そこには無かった。
「あぁ……ああぁぁぁぁーーッ!?!?」
イデアがその光の差した場所に駆け寄り床を掘るように爪を立てた。
だが床は掘れず彼女の爪が剥がれていくだけだ。
何もせずにはいられないのだ。
そこにモルトはもう居ないと分かっていても――
「無様だな」
魔王がイデアに手を向けた!
今度は彼女を殺すつもりかッ!?
私はフォルティナとイデアに顔を向けどちらか迷った挙句、イデアの前に立ち――
ジュワッ!
ハルバードと大剣で魔法を防いだ!
だが私の武器は融解しもはや使い物にならなくなってしまった。
「魔王ぉぉぉーーッ!!」
叫び前に進もうとする私の体をマロンが止めた!
「あかんって! 逃げなっ!」
「逃げるだと! 奴に2人やられたんだぞ!」
「このアホタレッ! 兄ちゃんも姉ちゃんもこんな無謀な戦いを続けさせたいと思っとるわけ無いやろ! 逃げるんや! 逃げて作戦を練り直すんやッ!」
「離せ! 離さないとお前も――」
そこで私はマロンの顔を見た。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった少女が私を必死に止めようとしていたのだ。
彼女だって辛いはず……なのに今できる最善を彼女は理解し感情を押してそう判断したのだろう。
「逃さん」
魔王が機銃に指示を出し掃射された。
私はマロンの体を抱えその場を飛び避ける。
炎と煙が魔王の姿を強大なものに見せた。
「イデアは!?」
探すとイデアはフォルティナの近くに――。
フォルティナが何かをイデアに伝えた?
そして彼女の手がイデアに触れられた瞬間、イデアの体が炎に包まれた。
「ノォォラッ!」
血を吐くように搾り出したフォルティナの叫び。
振り向くと、虚ろな目で彼女は口を動かしこう言った――「逃げて――」と。
最後に向けられた笑顔。それが彼女の覚悟だと私は瞬時に理解した。
マロンを脇に抱え、イデアの元へ――
「逃さんと言っているだろう!」
魔王による集中砲火が降り注いだ。それらが炎の幕に何発か防がれる。
フォルティナの力だ。彼女は最後の力で私たちをこの場から逃がそうとしているのだろう!
涙が頬を伝う……。前が潤んで視界がボヤける。
それでも私は駆けた。
イデアを回収し、この場を走り去った。
振り返らない! イデアが泣き叫ぼうが、私を臆病者だと罵しろうが、それでも足を止めなかった。
途中背後から爆発が起こった。
その衝撃と最後に感じた【気】でそれがフォルティナの放ったものだと悟った。
そして彼女の【気】が――フッと途絶えた。
これが私の苦い思い出……。友と仲間の信頼を失った哀れな騎士の敗走だ。
フォルティナ、モルト……。私はどうすれば良かったのだろうな。
作戦を聞いた時、あの将校を殺してでも拒否すべきだったのだろうか。
それともフォルティナのような力を手に入れておくべきだったのだろうか……。
全ては終わった今、後悔となって私の胸をギュッと締め付ける。
そんな生き残った私に出来るのは残された人々をこの身が朽ち果てるその時まで真っ当することだけだろうな。
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