第2話 魔族
「魔族に告げるッ! これより先に進めば仲間の命はないッ! 貴様らにだって同胞の命が大事なはずだ! 救いたければ進行を止めるんだなッ!」
そんな叫び声が近くに聞こえて、アタシは目を覚ました。
瞼を開くが、霞んだ視界のせいで、ここがどこで周りがどうなっているのか分からない。
確かアタシ……ノーラに気絶させられて――
「そうだ魔族ッ!?」
一大事だったことを思い出して、一気に思考が冴え始める。寝坊に気付いた時みたいに、心臓が跳ねる、跳ねる。
それなのに体は動かない。どうなってんの?……って――
「何よこれー!」
アタシの体が丸太に張り付けられ、ロープでグルグル巻きにされていた。まるまると肥えた芋虫みたいだ。
首はなんとか動くが、このロープ、特殊な素材を使っているのか力がうまく入らない。
「動くなよ魔族!」
目が覚めたアタシに気付いた騎士が、槍でロープを突いてくる。しかも、結構ザックリ刺してきたんだけど!?
「魔族じゃないし! や、やめなさいよ! マジで突くんじゃないわよ! そういうのは寸止めで収めるもんでしょ!?」
「黙れ! これぐらい貴様らの体にはなんの効果もないだろうに。今さら生き物ぶってんじゃねぇッ!」
えー……。魔族だって生き物なんじゃないの?
「再度告げる! それ以上前に進んでみろ! こいつをこの場で殺してやる! それでも貴様たちは良いのか!」
目の前で叫んでいたのはエレオノーラみたいだ。
ハルバードを地面に突き立て、大将軍のように仁王立ちする姿はなかなか様になってると思う。
でもって、あれが魔族か……。
暗く開けた平原の先、松明で灯された明かりの向こうに、ぼんやり発光する集団が見える……。詳しい形までは分からないが、虫のような……海老や蟹みたいな硬そうな外殻をまとった、二足歩行の生き物が魔族なんだろう。
にしても暗すぎる。夜なんだろうけど、月も星も見えない。真っ暗だ。しかも灯りが松明だけって……マインツ村レベルの文明しかないの?
「くっ。やはり言葉では意味がないか」
エレオノーラが悔しげに吐いた言葉どおり、魔族の軍団はこっちへ進軍してくる。
ザッザッザッ。奴らの足音が暗い平原に響き渡る。
その足音がだんだん大きくなってくると、アタシの周りにいた騎士たちの顔が強張っていく。
「来る……お終いだ……」
「なんでこんな目に……俺たちがなにしたってんだよ……」
「弱音を吐くな馬鹿者ッ! 確かに魔族の数は多い……。だが見てみろ! 攻めてきたのはレギオンだけのようだ。あれならここにいる戦力で十分押し返せる……。だから気合いを入れろッ!」
エレオノーラの一喝が動揺する騎士たちに響いた。
恐れ震えていた者も、武器を落とした者も、その言葉を聞いて目に熱が灯る。
「団長がそう言うんだ……ならやれるのか?」
「やれるのかじゃない! やるんだ! 俺たちが……ここで!」
「ああ。俺たちが死んだらこの街の人々……嫁に子供を誰が守るってんだ……なぁ!?」
「「「おおおッ!」」」
士気が高まっていく。凄い……さっきまで絶望一色だったこの場に闘志を吹き返させた。
これが未来のノーラ……。凄い、凄い!
「魔族どもッ! これより先は人類の最終防衛ラインだ……。先に進みたければ――私を殺して越えていくんだなッ!」
エレオノーラが突き立てたハルバードを抜き、槍投げの如く放り投げた!
とんでもない風が裂ける音と風圧だ。
ハルバードは真っ直ぐ突き抜け――魔族の前線に激突し、烈火のごとき爆発がドーム状に巻き起こった。
うん……。なんで投げただけであんな爆発が起こんの?
その爆発が開戦の狼煙となったのか、魔族が一斉に駆け出した!
小さく朧げにしか捉えられなかった体が露わになっていく。ジークとグレイシアと戦ったあの時の姿に似てる……。
「守備隊! 前へ!」
「ハッ!」
エレオノーラの号令で大盾を構えた騎士たちが横一列に並び立つ。その盾を地面に突き立て、体重を前へ乗せた。
魔族が迫る……騎士たちが構える。
激突までもう直ぐだ……。
縛られてるからアタシに何かを出来る余裕はない。
接敵まで……あと少し――もう少し――
息を呑む……緊張が走る。
そして――
「全力防御ォォォッ!!」
「「「【アイアンウォールッ!】」」」
騎士たちの盾が【気】で輝き出して眩しい!
見ただけで分かるほどの練り上げられた【絶技】だ。
魔族がその守備隊と激しく激突し、弾かれ後方に吹っ飛ばされては、なおも前へ前へと奇声を上げながら突き進んでくる。
それを騎士たちは雄叫びで応え、盾を前へ押し返す。
「魔法隊! 今だッ!」
アタシの後ろから光の矢や炎が放物線を描いて、頭上から魔族に降り注いでいく。
まるで流星群のような光景……。これなら魔族もひとたまりないでしょ!
「バグが。その程度の魔法が通用すると思ったか」
魔族の一人が手を上げた。一体なにをするのか、答えが分かるまで時間は掛からなかった。
魔法の流星群が魔族軍に降り注ぐと思った瞬間、光のドームが彼らを守り、魔法が爆発四散する。
そのドームは一人の魔族の手を中心に展開されてるみたい。
「チッ。ドミニオンも居たか……。やはり奴には、魔法では分が悪い……。だが――」
エレオノーラが守備隊を飛び越え、ドミニオンと呼んだ魔族の前に向かって大剣を抜き駆け出した。
そんな彼女を止めようとレギオンと呼ばれる魔族が組み掛かるが、暴走列車のごときエレオノーラの突進を止められず、魔族はドカドカと宙に跳ね飛ばされていく。
「なんなの……あの力――」
「ビビったか魔族? あれが団長の力だ!」
「魔族じゃないってば!」
「はっ! その嘘も団長の力を見れば真実を話すようになるだろうさ……。なんせ団長は大陸でも英傑と呼ばれた勇者の仲間の一人なんだからな!」
「勇者……」
「ああ! この戦争を終わらせる一歩のところまで――魔王の玉座まで攻め入った勇者パーティーの一人。それが連合軍最後の砦――【守護騎士】エレオノーラ・ライオネル団長だ!」
凄い語るじゃんこの人……。
でもそれほど慕われてるんだ。そう呼ばれるまでどれほどの研鑽を積んだんだろう。
でも――
アタシには分かってしまった。
今のノーラじゃ、あのドミニオンと呼ばれた魔族に敵わない。どこか不調……? 【気】が揺らいでいるように感じる。
未来のとはいえ、彼女はアタシにとってかけがえのない友達だ。みすみす見殺しになんて絶対にできない!
力を振り絞るが、ロープはびくともしなかった。
「混乱に乗じて抜け出そうたって無駄さ。そいつは生物の力を吸い取る食生植物を素材に編んだロープなんだからな! そいつを破るには相当知恵を絞って編み出した魔法でしか破れないだろうぜ」
「ご丁寧にどうも!」
そういうことならやり易い!
アタシは【神気】を体に巡らせる……。
疲れはあるけど、この場をやり過ごすだけなら十分な力だ。
「なっ! なんだ!?」
ロープが突然燃え始め、騎士は驚いてアタシのそばから離れ、槍を真っ直ぐ構えだした。
「こいつ……レギオンじゃないのか!?」
レギオンだかなんだか知らないけど!!
ロープを焼き切り、拘束から解放された。
「脱走だ!」と騎士が周りの仲間に声を掛け始め、周囲に騎士たちが集まってくる。
「今はこんなことに戦力を割くべきじゃないでしょ!」
「だとしても貴様を放って仲間と合流されても厄介だ! こうなったら団長の命に反するが……やるしかねぇな!」
「だったら力ずくで押し通らせてもらうわよッ!」
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