第54話 残ったのは絶望
「は?」
マロンは今、目の前で起こった事に唖然とした。魔具が作動したと思えば、フォルティナが目の前から忽然と姿を消したからだ。
残されたこの白く広い部屋には、ランスと天火大帝であるイデア、そして魔具の後ろであたふたしているハヤトのみだった。
「イデア……あんた姉ちゃんに何をしたッ!」
「あの馬鹿娘のことなら、現実を見せるために送ってやった所だ。未来にな」
イデアが冷めた目を向けてくる。とても妹から向けられる眼差しとは思えないほどの冷徹さ。何がそこまでイデアを変えたのか、姉であるマロンには理解できない。
『エネルギー大幅減。これよりスリープモードに移行します』
ブゥン……と、時空間転送装置が力を失っていく。次第に淡く灯っていた光が薄まり、イデアの【神気】の炎だけがこの空間を照らす。メラメラと燃えるその炎は、まさに地獄のようだった。
そんな空間に、ようやくモルト達が突入してくる。
「悪りぃ! 遅れた!」
「全員の処置が完了した! 状況は!?」
エレオノーラがマロンとランスに目を向けて問うた。だが、その目に映った2人の姿は、怒りと恐れに苛まれていた。そんな2人を見て、この場にいるはずのもう1人の姿が見えないことにエレオノーラは動揺し始める。
「ティナは?」
2人は何も答えない。代わりに答えたのは未来のイデアだった。
「飛ばしてやった。未来に」
「天火大帝!? なぜ貴様がここに! ……いや、未来に……飛ばしただと?」
奴の言葉が理解できなかった。だがマロンとランスの悔しげな顔を見る限り、事実そのようだ。この場に親友がいない。その事実に、エレオノーラの胸から沸々と怒りの感情が込み上げてくる。
「天火貴様ァァァッ!!」
エレオノーラが殴りかかろうと駆け出した。そんな彼女の前にハヤトが立ち塞がる。
「そこを退けぇッ!」
「この人をやらせるわけにはいかないッ! 俺にとって重要なキャラだからなッ!」
ハヤトが両手に水と炎のエネルギーを纏わせた。
エレオノーラを攻撃しようとしたのだが。
「もういい、やめろ。ハヤト」
天火大帝がそれを止めた。
「だが!」
ハヤトが叫ぶ。そんな彼の前に天火大帝は立ち、肉薄したエレオノーラの拳を手で受け止めた。
「貴様! 一体何がしたい! ティナを返せッ! 今すぐに!」
エレオノーラの目にはうっすらと涙が見えた。余程フォルティナのことが大事なのだろう。それでも天火大帝は一切の容赦なく、エレオノーラの腹に拳を一発くれてやり、モルト達の元へ殴り飛ばした。
「ぐああああっ!!」
「ノーラッ!! テメェ!!」
モルトが睨む。その目を見た天火大帝は、酷く悲しそうな顔をして逸らした。
「やめてくれ……。ワタシはお前とだけは絶対に戦いたくない……」
「テメェにやる気がなくたってなぁ! 俺様達は仲間をどっかにやられたんだぞッ! 1発殴らせろッ!」
モルトが銃剣を抜いて走る。天火大帝は俯きつつ、ハヤトに命令する。
「もう十分だろ! やれハヤト!」
「いいのか?」
「やれと言っている!」
モルトが天火大帝との距離を詰めたと思ったその瞬間――2人の姿と、後ろにあったはずの大型魔具の姿が音もなく消えた。これはハヤトの魔法だと、モルト達は瞬時に理解した。
「くそがあああああああッ!!」
逃してしまった事実に打ちのめされる。気絶するエレオノーラ、仲間を失ったモルトの慟哭。元気印のマロンが膝をつき絶望している姿を見た現代のイデアは、何と声をかけたらいいのかわからず。
「なんでこんな事に……」
ただそう呟くことしか出来なかった。
――――――――――――――――――――――
帝国劇場のステージ壇上。コンテスト参加者は皆この場から出ていき、残されたのはミシェルと審査員たる団長アインザーグのみだ。
この場に投影されていた放送局の臨時中継。悪魔とフォルティナ達の映像は戦いの終わりと共に途切れた。つまり終息したのだ。その事実にホッとミシェルは胸を撫で下ろすと、アインザーグは静かに話し始める。
「ミシェル君。歌ってみてどうだったかな?」
どうと聞かれても、必死だったから何も考えていなかった。歌い始める時は自分の歌が人々の希望、癒しになれば良いと考えたが、途中はどうだったか。映像を見ながら歌っていたこともあって、懸命に戦うフォルティナ達を思って歌っていたかもしれない。
でも今、正直に言えることは――
「すっごく楽しかったです!」
これだった。色々考えたが、肺から空気を押し上げ、喉を震わせ、言葉をリズムに乗せて紡いだあの瞬間はとても充実した時間だった。晴れやかにそう言い切ったミシェルの姿を見て、アインザーグは片眼鏡を外してニッコリと微笑む。
「そうかい。では劇団の歌姫は君に決めようかな」
「え……」
「ははは。何を驚いた顔をしているんだ。見てみなさい。もうこの場に残された参加者は君1人だけだよ?」
「そ、そうですね……あはは」
消去法か……と落胆して愛想笑いを浮かべたが、アインザーグは「勘違いしているようだね」と続ける。
「この場に残されたのは君だけだ。国の危機、ましてや未曾有の化け物がこの国を支配しようとした窮地に、君は1人この場に残り歌を歌った。これは狂気の沙汰だよ。私たちが求めていた物……それはいついかなる時でもユーモアを忘れず、人々に笑顔を届ける事だ。君はその資格が十分すぎるほど備わっていると思うよ?」
「え……でも私の歌には呪いが……」
「呪い?」
「そうです! 私の気分次第で歌うと人々が苦しんだりしてしまう影響を与えてしまうんです! そんな私が合格って……いいんですか!?」
合格は嬉しい。だけど今、事実を隠してはおけない。隠したまま劇団に所属したら、いずれ迷惑をかける事になるかもしれない。それだけは耐えられない。だからミシェルは正直にアインザーグに告げた。
きっとこれで考え直されるだろう。そう思い気分が落ち込んだが、返ってきた反応は予想しない物だった。
「この胸が暖かくなるのが呪いだってのかな? はっはっは。それなら私たち劇団は君より遥かに呪われた存在という事になるね」
「そ、それとこれは訳が違います!」
「何が違うんだい? 私たちの劇は観にきた人たちの心をキュゥッと苦しくさせたり、ハラハラドキドキの緊張感も演出したりする。もちろん高揚感だってね。君のいう呪いの歌がどんな物かは知らないよ? でも気分次第でどうにでもなるのなら、君は歌い続けるべきだ」
「私が……歌っていいんですか?」
「勿論だとも。楽しく歌い続ける限り、君の歌は皆にきっと響く。だからおいで。ここが君の輝けるステージだ」
そう言ってアインザーグが手を差し伸べた。その手がミシェルにとってとても輝いた物に見えた。涙が込み上げたが袖で拭き取り、壇上から飛び降りて、その手を掴む。
「はい! これからよろしくお願いします!」
――――――――――――――――――――――
アインザーグとの話もそこそこに、ミシェルはこの結果を友人であるフォルティナに一報入れようと劇場のエントランスに出ていた。閑散としたレッドカーペットと煌びやかな装飾が施されたこの空間にミシェルただ1人。とても寂しい雰囲気だが、今のドキドキを友人に伝えられる気持ちで晴れやかだ。
だがR.O.Dに掛けても一向に繋がらない。
取り込み中かな?
無実の証明で忙しいのかもしれない。ミシェルはそう思い、同じく登録したオーガファミリーのオッポケルドに掛けてみる。すると応答してくれた。
「もしもしオッポさん! ティナはそこに居ますか?」
向こうの言葉を聞く前に言葉が出てしまった。嬉しすぎたせいだろう。早くこの話を聞かせたいからだ。だがR.O.Dの向こう側から聞こえてくるオッポケルドの声は震えている。そして嗚咽しているのか、なんだか苦しそうだった。
『姐さんは――消息を断ちました……』
「え……」
その一言でミシェルの晴れやかだった気分に一気に陰りが出た。焦燥。動悸。逡巡。負の感情が胸の内側から花咲くように苦しめてくる。ドッドッドと跳ねる心臓に耐えきれず、ミシェルはR.O.Dを落とすのだった。
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