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無知な田舎娘は未知に憧れを抱く!  作者: ギトギトアブラーン
第10章 復讐と未来。帝国編
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第11話 嫌われ者の歌姫

 って、あの人ミシェルじゃん!

 ここで働いてたの?


 

「兄貴、やめた方がいいですぜ? こいつ、歌が得意って言っときながら呪いの歌しか歌えない魔女なんですから!」


「呪いの歌だ? 魔女だ〜? んなこと知ってるよ! なんせ俺もこいつの歌を聞いて死にかけたんだからよ!」



 兄貴はブヒッと笑う。

 ガスはそんな兄貴に顔を傾けた。


 

「ならなんで?」


「それはここにいる奴ら全員に聞かせてやりてぇからだよ!」


「なんておっかない! さすが兄貴だぜ、発想がずば抜けてクレイジーだ!」



 そんな男たちが笑う中、ミシェルは俯いていた。

 兄貴と呼ばれる男がミシェルの腕を強く引いた。


 

「なあミシェルちゃんよぉ? お前、歌手を目指してんだろ?」



 ニタァと笑う兄貴がミシェルに顔を向けて言った。


 

「な、なんでそれを……」



 ミシェルの肩が跳ねる。

 こいつが知っているはずがないと思っていたからだろう。彼女は驚いた様子で兄貴を見た。

 


「ち〜っとあんたが出入りしてる音楽教室に足を向けてみたんだよ〜」



 ミシェルはキッと兄貴を睨む。

 すると兄貴は豪快に笑う。

 


「はっはっは! おっかないな? 変か? 俺だって音楽には興味があるんだぜ〜? ドラムを叩いたりギターだって弾くんだぜ?」


「さっすが兄貴! 魔女相手にみみっちい情報収集する大陸随一のクレイジーロックバンドマンだぜ!」


「黙れガス! お前、褒めてんのか分かんねぇよ!」



 兄貴がガスの坊主頭を殴った。

 確かに今のは褒めてるようには聞こえない……。

 兄貴はミシェルに再び顔を向け、悪辣な笑みを浮かべる。


 

「そこで先生から聞いたんだよ。ミシェル……。魔女のお前が歌手を目指してるってな?」



 ミシェルは歯を食いしばり、忌々しげに床を睨んだ。


 

「だから聞かせてほしいんだよ〜? お前の呪いの歌が大陸で認められるかってな? ほら、ここにいる客が審査員だ。存分に聞かせてやれよ」



 彼の一言にミシェルは肩を震わせる。


 

「そ、そんなことしたら……」


「どうした? やらないのか? はっはっは! こりゃ傑作だぜ! 歌手志望が歌を拒否しやがる! どう思うよガス?」


「金返せってレベルっすね! おい魔女、早く歌え! 命を懸けて聞いてやるからよ!」



 ギャハハと笑う兄貴とガス。

 腕を掴まれたミシェルは悔しそうだ。

 あの子、本当は歌が好きなのに、人を傷つけないように我慢してる。

 歌いたくても歌えないことを、こいつらは知ってて言ってるんだ!



 ムカつく。なんてゲスな奴。

 知らずのうちに握った拳が震える。

 今すぐぶっ飛ばしてやりたい気持ちが湧いてくる。

 だけどそんなことしたら騒ぎになる。

 そうなるときっとアタシの正体に気づく人が出てくる。 

 耐えるしかない……。


 

「ママに憧れて歌手になるんだろ? 小さなクソ田舎のママ、王国の寂れた辺境にある酒場の歌姫によ〜」


「やめて……」



 兄貴が追い打ちをかけるようにミシェルを追い詰める。

 彼女は震えていた。

 床に一粒の滴が落ちる。


 

「酒場の歌姫なんてだっせぇもんに憧れんなよ! なぁ? この町で一番嫌われ者の呪いの歌姫さんよぉ!」


「お願いやめて……私のことはいい、でもママのことをそんなふうに言わないで!」


「やめてだぁ? 俺はただお前に歌ってほしいだけだぜ? やめたいんならその身の丈に合わない夢を諦めて俺の女になることだなぁ、魔女さんよぉ!」



 あ、無理だ。

 自分のためにミシェルがここまで言われるのを見てらんない!

 ここで何もしなかったら、アタシはアタシを絶対に許せない!



 席を立ち、コップを握りしめてフォルティナは奥のテーブル席に駆け出した。

 


「お、お客様!?」


「どいて!」



 アタシを案内してくれた店員が驚きの顔を向けてきたが関係ない。

 彼女を押しのけ、テーブル席の前に立つ。

 そこにいたガハハと下品に笑う太った兄貴と、坊主頭のガスめがけてコップの中の水をぶちまけてやった。


 

「な、なにすんだ!! こいつ!」



 兄貴が机を叩いた。

 その衝撃で机の上のコップが倒れ、液体が床に広がる。

 その剣幕に、他の客たちは慌ててお金をレジで支払い、店を出ていった。

 


「どうもなにもないわよ! 人の夢と親を馬鹿にすんじゃないわよ!」


「お客様……その声……」



 ミシェルが何かに気づいたようだ。

 だけど、今は関係ない!

 目の前にいる兄貴――いや、デブとガスの馬鹿をボッコボコにしてやるんだから!


 

「なんだ女……?」



 デブが睨みつける。

 垂れた頬の間にある口から臭い息がフォルティナの顔を歪ませる。

 鼻を腕で覆い、睨み返してやる。


 

「さっきから聞いてりゃ、呪いの歌姫だとか嫌われ者だとか! ミシェルのこと、馬鹿にすんじゃないわよ!」


「な、私の名前……やっぱりあなた!」


「あ……」



 あっちゃ〜……思わずミシェルの名前言っちゃった〜。

 ええい、もうこの際なんでもいいや!

 ミシェルの声を聞こえないふりして、デブとガスに向き合う。


 

「この子はね、歌がとっても好きなの! でも人を苦しめることも知ってるから自由に歌うことができずに苦しんでる! アンタはそれを知ってんの!?」


「はっ! 知らねぇさ! 苦しむ? だからどうした! 俺はこいつの歌を森で聞いて死にかけたんだ! あれは林で――」


「ならさっさと死ね! アンタみたいなゲス、とっとと神様の裁きを受けるべきよ!」



 デブが何か言おうとしたけど、聞く意味なんてない!

 どうせ大したことない理由に決まってる!


 

「お、お前……人の話を最後まで――」


「黙りなさいデブ! 臭いのよ! 息がッ! アタシに言わせたら、アンタが歌手になる方が絶望的よ! そのくっさい息で世界中の人が失神しちゃわないかってね!」


「こ、こいつぅ……ッ!!」



 デブが頭に血管を浮かせた。

 怒ったようだけど、見た目が見た目だけに豚の魔獣にしか見えないわ。

 


「あ、兄貴……やめましょうぜ? この女、頭がイカれてやす。関わんない方が身のため――」


「黙れガス!」



 ガスがデブの手を引いてこの場を去ろうとしたが、怒鳴られて唾を顔に浴びていた。

 とても臭そうだ……なんでこんな奴と一緒にいるのか、アタシには理解できない。


 

「おい女……表出ろ」



 デブが親指で外を指した。


 

「喧嘩? 良いけど後悔するわよ?」



 上等よ! 買ってやる!

 本当は売りたいけど、先に言われちゃ断れないわ!

 こんなに安い喧嘩、買わない方が損よッ!



 デブが席を立ち、通りすがりにフンッと豚のように鼻息を立てた。

 臭い鼻息に顔を背けながらも睨み続ける。

 こういうのは視線を逸らしちゃダメ。

 どんなことがあっても睨み続けることが大事なんだから!

 デブが扉をくぐると、冷たい風が暖かな空間に吹き込んでくる。

 その背中を睨み続けていると――


 

「ねぇあなた……怪我してた子よね?」



 ミシェルが声を掛けてきた。

 とりあえず誤魔化してみよう。


 

「え……? なんのこと? アンタ誰?」


「さっき私の名前言ってたじゃない! 誤魔化そうたって無理よ! 私、一度聞いた声は絶対忘れないんだから!」



 おっとぉ……これは騙すのは無理そうだ……。

 だけど――

 


「その話は後にしよ? 今からあのデブ、分からせてやらなきゃだから!」


「だめ!」



 拳を手にぶつけていると、ミシェルは服を引いて止めようとする。


 

「なんで?」


「なんでって……あの人はこの街で有名なオークファミリーのボスよ? 軍も手を焼く荒くれ者たちを束ねる力の権化よ! そんな人に逆らったらあなた死んじゃうわ!」


「ぷっ……! あはははは!」


「何がおかしいの! 私はあなたのことを心配して――」


「ごめんごめん! いやあのデブがオークファミリーのボスって……あはははは! だめ! 無理! オークって! 見た目まんまじゃん!」



 デブの豚がオークって名乗ってるのよ?

 これ以上面白いことある?

 可笑しくてお腹が捩じ切れちゃう!


 

「ひー! ひっひ!」



 床に這いつくばり叩きながら笑うフォルティナを、ミシェルは不安げに見つめる。


 

「逃げよ? まだ間に合うから!」


「に、逃げる?」



 笑いが収まった。

 悪いけどその言葉は聞けない。


 

「いやよ」


「なんで!?」


「だってムカついたんだもん。アタシを助けてくれた優しくて歌が誰よりも好きなアンタが馬鹿にされるのがね」


「私のためにそこまでしなくても――」


「ミシェルのためじゃないわ? これはアタシの問題……アタシがムカついたからアイツを殴る。ただそれだけよ」


「そんな滅茶苦茶な……」


「滅茶苦茶で結構! アタシはアタシのやりたいことをやりたいだけする! アンタはどうなの? ミシェル。アンタはあのデブが言う通り、歌手を諦めたいの? 歌を歌いたくないの?」



 ミシェルは顔を下に向けた。

 美味しいサンドイッチを作ってくれた暖かな手が、拳を握り震えている。


 

「でも……私が歌うと……みんなが……」


「みんななんて関係ない! アンタが歌いたいか歌いたくないか……それだけよ!」



 ミシェルが顔を上げた。

 その目には涙が溢れ、フォルティナを強く睨みつける。


 

「歌いたいわよ! 私だって自由に歌いたい! できることなら死ぬまで歌い続けてたいわよ!」



 そんな強く言った彼女の肩に手を置いた。


 

「言えたじゃない」


「え……」


「アンタは歌える。いい? この世は自分のためにあるって思うの。誰かのためにやりたいことを諦めることなんてない。やりたいだけやり尽くさなきゃ! だってせっかく生きてるんだもんね!」


「せっかく生きてる……」


「そ! だからアタシは、生きてるからあのデブを分からせる! じゃあ行ってくる!」


「あ……」



 ミシェルの消えそうな声が聞こえる。

 だけど、アタシは振り向かない。

 許せない……。あの優しいミシェルを馬鹿にした豚野郎は、ボコボコにして煮詰めてチャーシューにしてやるんだから!


――――――――――――――――――――――――


 フォルティナが店を出て取り残されたミシェル。

 涙が溢れて止まらず、袖で拭っているとナオちゃんが頭を撫でてきた。


 

「彼女、友達?」


「友達にはまだ……」



 なってはいない……。

 だけどあんなに親身になってくれる人が、過去から今に至るまでいただろうか……。いや、いない。

 みんな私のことを遠ざけて、仲良くしようと思ってくれなかった。

 


「あら友達じゃないの? 私から言わせたら、彼女とあなたはとっくに友達に見えるわよ?」


「そ、そうかな……」


「そうよミシェル。あんたに昔言ったわよね?」



 ナオちゃんはママが死んでからずっと私を気にかけてくれた。

 働く場所と住む場所を与えてくれた恩人だ。

 そんな彼女が昔言ったこと――それはどの言葉も私の記憶に焼き付いている。

 


「いつか、あんたのために怒ってくれる人が現れたら、その人は友達ってことよね」


「覚えてるじゃない。彼女がきっとそうよ」



 そうなのかな……。

 だとしたら、なんであんなに怒ってくれたのか話を聞かなきゃ。

 初めての友達なんだもん!

 まだまだいっぱい話さなきゃ! それに――


 

「ナオちゃん、私行くね! まだあの子の名前聞いてないから!」


「うふふ。行っておいで? ちょっと早い休憩時間ってことにしといてあげる」


「ありがと、ナオちゃん!」



 ミシェルはフォルティナを追って店を出る。

 そんな彼女の後ろ姿を、ナオちゃんは微笑んで見つめていた。

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