第10話 変なマスターと民間療法
店の中は奥に長いタイプの店だった。
バーと言うだけあってマスターの前にはカウンター席があり、通路を挟んでテーブル席が5つある。
「いらっしゃいませ〜。おひとり様ですか〜?」
「あ、はい。ひとりです」
ウェイター風の服を着た店員に挙動不審ながらも指をひとつ立てて答えると、眩しい笑顔を向けられた。
「かしこまりました〜。こちらでどーぞ〜」
そんな店員に促され奥へと進む。
心臓が張り裂けそうなほどバクバクしてる。
素顔を出してるけどバレてないみたい……。だけど怖い! バレたら終わりだもん。情報を集めるのも大事だけど、言葉に注意しなきゃ。
案内されるがままテーブル席に通される。
テーブル席だと完全に一人になっちゃう、カウンターが良いな。
「すみません。カウンター席って空いてますか?」
「え? 空いてますけど……。珍しいですね? 大抵のお客様はテーブル席の方がいいって言われるのに」
「あはは。アタシ旅行中だから、マスターにここがどんなところか話を聞きたくて〜」
「あ〜。そう言うことだったんですか」
店員は笑顔でカウンター席――コーヒーカップを手入れしている寡黙そうなマスターの目の前に案内してくれた。
席に座ると、店員がメニュー表で口元を隠しながら耳元に顔を近づけてくる。
「気をつけてくださいね? マスターとのお喋りは大変ですから」
「え、それってどういう――」
「ごゆっくりどうぞ〜」
店員はニッコリとアタシのそばから離れた。
話を聞いちゃくれない。
目の前のマスターを見る。
シックな服装に黒の腰巻きエプロン。
角刈りの頭にキリッとしたきつい目の男性。
見るからに強面だ。
もしかしたら元マフィア関係だったりするのかな?
そんな妄想を頭で展開していると心臓が跳ねた。
バレたら終わり、話す相手は強面。
八方塞がりだ。
だけど踏み込むしかない!
この状況を打開するためにはまず情報よ! ファイト! アタシ!
「あ、あの〜」
決意を固めてマスターに声をかける。
ギロリとにらみつけてくる眼光に思わず逃げ出したくなるが、この程度の恐怖これまでも沢山味わってきた!
負けてなるもんですか!
「あら〜! あたしとお喋りしたいって? 久しぶりだわ〜ん! なになに? 何が聞きたいの? もしかして恋バナ? やだぁ〜恋バナなんてもう何年振りよ〜」
「へ……」
マスターが自分の体を抱き、くねくねと体を動かした。
まさか過ぎる言動と挙動に呆気に取られてしまう。
「あらいきなりごめんなさいね〜。あたし見た目は男でも中身は乙女なの〜。気軽にナオちゃんって呼んでちょうだい。はい、水」
ナオちゃんが水の入ったグラスをフォルティナの前に置いた。
「な、ナオちゃん? ですか?」
「そ〜! ナオダリアって名前でナオちゃん♩ よ〜? どう? どう? 可愛いでしょ〜」
「あ、うん! か、可愛いと思い、ます!」
「あら? あなた声がおかしいわね? もしかして山に登った?」
ナオちゃんが訝しげに聞いてきた。
山に登ったかは分かんないけど、山に登ったら喉がこうなるの?
訳も分からず眉間に皺を寄せていると、ナオちゃんがプッと笑って言った。
「ちょっとやだ。あなた山登った自覚ないわけ? そういえば旅行者って言ってたわね。そうなると帝国の寒さ対策を一切してないんじゃない? ならそこら辺歩いただけでも喉が焼けても仕方ないわよ?」
「どういうこと?」
「本当に何も知らないみたいね。いい? ここエルドルド帝国は大陸北部の標高が高い場所にあるの。気温は他国より低く、毎日が冬みたいなものよ。それは首都ラードリッツェにあるパワープラント内の【魔気】が特殊でね、氷属性エネルギーが活性化した影響なのよ〜」
ふんふん。と頷く。
共和国と王国とは別なんだ。
どおりでこの国はめちゃくちゃ寒い訳だね。そんな場所に住んでるミシェルもナオちゃんも逞しいわね。
「すごいね! でもなんでそれが喉に関係あるの?」
「それはあたしにも詳しいことは説明できないけど、氷属性の【魔気】が大気中にあふれてるから呼吸するだけで喉に張り付いて凍傷を起こすらしいのよ〜」
「うげ。そうだったんだ。アタシ顔を雪の中に突っ込んじゃったんだけど……」
「やだぁ〜。それじゃない〜原因〜。もうっ! お茶目なんだから!」
「あはは……。ちょっとはしゃいじゃって」
正直に言えるわけない。
飛行船が爆発して地面にめり込みました〜って言ってみなさいよ? 心配して検査に出されて正体がバレるわよ?
それとも何か? 飛行船がどこかの誰かがはしゃいでぶっ壊しちゃって落っこちたって言えばいいの? ないない。我ながらそれだけはないわ〜。
「やだ、なに一人で考えちゃってるの? まあいいわ。安心して、対策はあるわ」
そう言ってナオちゃんはカウンターの後ろにしゃがみ、姿を消した。
下にある冷蔵庫から何かを取り出しているのか、フォルティナは身を乗り出しながらナオちゃんの動きを観察した。
「ふふん。それはこれよ〜!」
取り出されたのは青いマダラ模様のキノコ。
明らかに毒キノコっぽい見た目だが、ナオちゃんは満面の笑みを浮かべてそのキノコに頬擦りしている。
「それが、なんなの?」
「これはね〜。カルロスサーバンクルに生えてるブルーシャリオットってキノコでね〜。見た目はちょ〜怪しいけど? 帝国人も愛用する漢方でもあるの。これを食べれば喉の調子も良くなるわ♩」
「ほんと〜? 根拠はあるの?」
「そんなものないわ〜。だってお母ちゃんから聞いた話なんだもの。そういえばお母ちゃんもお婆ちゃんから聞いたって言ってたわね……。まああれよ、昔からある民間療法ってやつよ〜」
民間療法って……。根拠一切ないんじゃ?
村にいたときも同じような風習があった。
風邪を引いた時は川に飛び込めば風邪のウイルスが水と一緒に流されるって……。町医者が言ってたのを思い出した。
昔アタシも風邪を引いた時、パパとママが川にアタシの顔を突っ込ませて言ってたな〜。「息を吐け! 肺にある悪い菌を全部吐き出すんだ!」って。
今思うとアホらしい療法だったわね。
それと同じ風習が、この技術が発展した帝国でも残っているとは思わなかったけど……。
「その目、信じてないわね〜」
ナオちゃんが目を細めた。
やめて欲しい。ただでさえ強面なのにそんな顔されたら本物のマフィアよ。
そんな今すぐドタマをカチ割りそうなナオちゃんに必死に訴える。
「そ、そんなことないない! 信じてるよ! ナオちゃんのことめっちゃ信じてる!」
そう言うと張り詰めた顔が瞬時に笑顔に切り替わった。
「そ! なら良かった。待ってて、今からこのキノコであなたのための薬膳料理を作ってくるから♡」
言ってナオちゃんはカウンターから出て奥のキッチンへ向かった。
心臓に悪いわあの人……。
店員さんが大変って言った意味が少し分かった気がするよ……。
「おい! お前、歌が得意なんだって? 歌ってみせろよ」
「や、やめて!」
ん? なんだか奥のテーブル席が騒がしい。
顔を向けると、ここの制服を着た女性がテーブル席の男どもに腕を引かれて困っている様子が見えた。
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