第3話 ゴリラか人か? 譲り受けた物
ゴリラ――アルジャイナ連邦共和国にある一部の森林の奥地に存在する、霊長目ヒト科ゴリラ属の獣。
フォルティナがイノシシ型の魔獣に襲われ、生命を終えようとしたそのときに救ってくれたのが、この“ゴリラ”だった。
「おーい! 嬢ちゃ〜ん! 起きてるか〜? お〜い!」
訂正するね……ゴリラは人の言葉なんて話さない……
探せばいるかもしれないけど、少なくとも目の前の“ゴリラもどき”は間違いなく人間だった。どうやら呆然としているフォルティナに話しかけているらしい……
「あぁ……うん……起きてるよ、ゴリ……おじさん。助けてくれてありがとう」
「嬢ちゃん……今、ゴリラって呼ぼうとした? まぁ、いいや! 嬢ちゃん一人かい?」
「あぁ……うん……そうだよ……」
多分、ジルが助けを呼んで、この人が来てくれたってことかな? 命の恩人に失礼なことしちゃった……
「いやぁ! 良かった! なんとか助けられて、本当に良かった!」
そうか……アタシ、さっき死ぬ寸前だったんだっけ……
思考がはっきり戻り、魔獣に襲われた記憶が鮮明に蘇る。
恐怖と緊張から解き放たれたことを実感し、涙があふれ出した。
「ぐすっ……うぁぁん! 怖かった! 怖かったよ〜!」
「うぉっ! おいおい勘弁してくれよ……俺は子供のあやし方なんて一切分かんねぇぞ……」
泣きじゃくるフォルティナを優しく抱きしめ、背中を撫でる。
見た目のわりに子供の扱いに慣れてないようで、戸惑っているのが伝わってきた。
困り果てたおじさんは、思いついたように「そうだ!」と声を上げてポケットからコンパスを取り出し、フォルティナに見せながら語り出す。
「嬢ちゃん、こいつを見てみろ。これは“コンパス”って言ってな、冒険者にとって大事な、だいじ〜な代物なんだ」
「コンパスぐらい知ってるよ。でもこれ、壊れてるよ?」
コンパスは【魔気】が一番強い“北”を指し示す魔具なのだが、見せられたそれは針がぐるぐると回り続けていて、とても役に立ちそうには見えなかった。
「詳しいな、嬢ちゃん。でもな、こいつは壊れてるんじゃねぇ。今はまだ“必要な方向”を指し示していないだけなんだ」
「意味わかんない……」
「そうだな、意味わかんないよな? でもな、こいつは今まで俺が道に迷った時に回ってた針がピタッと止まって、その方向へ進み続けた先で――数え切れないほどの体験、出会い……宝物の在処を教えてくれたんだぜ?」
おじさんは手に持ったコンパスを暖かな表情で眺めながらそう語った。
その話はフォルティナの好奇心を強く刺激し、もっと聞いてみたいと思った。
「宝物って⁉︎ どんなの? どんなの? 金銀財宝? 竜の守る秘宝とか⁉︎」
おとぎ話の中でしか聞けないような話を、おじさんは今、目の前で語っている。
フォルティナはすっかり泣き止み、夢中になって話に聞き入っていた。
「ハハハハ! もう泣き止みやがったのか! 聞きたいか? この俺の冒険の数々を!」
「聞きたい聞きたい!! 宝物って? 出会いって誰と? 女の人? どこかの国のお姫様とか?」
この手の話が嫌いな子供なんて、そうそういない。フォルティナもその1人で、おじさん冒険者もその気になって話し始めるが……
「嬢ちゃん、続きは歩きながらだ。歩けるか?」
「んー! だめっぽい……」
さっきまで全力で走り、転び、緊張の糸が途切れたせいで、足にうまく力が入らなかった。
「よっしゃ! なら、おんぶしてやろう」
おじさん冒険者は両手をパンと叩いて、フォルティナをおぶる。
「ありがとう、おじさん」
「これぐらい何ともないさ! じゃあ、歩きながらさっきの話の続きをしようか」
おじさんにおぶられながら、森の外へと歩き出す。
その道中、さまざまな話を聞かせてくれた。
大陸の北にある夜も眠らない街、西にある古代の遺跡。
大陸の外にあるという黄金の国の話や、コンパスの指し示すままに歩んできた仲間たちとの出会い。
そして数々の魔獣との戦い――。
フォルティナは胸を高鳴らせ、身を乗り出すようにして質問を交えながら、話に夢中になっていた。
「本当に……色々あったんだね……」
そう語るおじさんの顔は、さっきのどの話よりもフォルティナの心に焼きついた。
そしてフォルティナは、告げた。
「おじさんは、冒険……楽しかったんだね!」
儚げな笑顔を浮かべながら、おじさんにそう言った。
「楽しかった……? あぁ……そうだな……俺は、今までの冒険が楽しかったんだなぁ……」
おじさんはポロリと涙を流すが、すぐに気を取り直す。
「お? 森の出口が見えてきたな! 嬢ちゃん? ここからは歩けるか?」
フォルティナは地面に降ろされ、自分の足で立つ。
まだプルプルと震えていたが、もう歩くには十分な力が戻っていた。
「大丈夫! 歩けるよ!」
満面の笑みでそう答えると、おじさん冒険者は何かを悟ったような顔をしてしゃがみ、コンパスをフォルティナに握らせながら語りかける。
「こいつを、嬢ちゃんにやろう」
「でもこれ……おじさんの大事なものでしょ? いいの⁉︎」
「あぁ……俺には、もう必要ないからな。そんな俺よりも嬢ちゃんの方が、うまく使ってくれそうだからな。良いか? こいつはな、本当に必要な時が来たら、進むべき方向を指し示してくれる。それを忘れるな?」
「うん!」と返事をしたフォルティナは、とても嬉しそうに受け取り、キラキラした目でコンパスをいろんな角度から眺めた。
だが――頬ずりしたとき、そのキラキラ顔が一転してぎゅっと目をつむる。
「くちゃい……」
そう、臭かったのである。
大人のおじさんのポケットにずっと入っていたものだ。匂いがきつかったのであった……
「ハッハハハ! そいつは悪かったな! 家に帰ったら、綺麗にしてやってくれや!」
「任せてよね! おじさんよりも大事に扱うんだから!」
おじさんは立ち上がり、2人で笑い合いながら森の外へ出る。
そこには――ジル、マルクス、ミリィ、そして父と母の姿があった。
「パパ! ママ! みんな!」
フォルティナは駆け出し、みんなの元へ向かう。
父の胸に飛び込み、みんなが泣き、父と母は安心しきった表情を浮かべる。
父はフォルティナをギュッと抱きしめる。
「ティナ! 心配かけさせやがって!」
その言葉で、フォルティナは自分が“帰ってきた”ことを実感する。
「パパ、苦しいよ……みんな、ごめんね……ママもごめんなさい……ジルもありがとう」
ジルも涙を浮かべていたが、鼻を指でこすりながら言う。
「これぐらい余裕だぜ! でもありがとな? ティナがいなかったら、俺たち絶対に帰ってこれなかったからさ……」
「でもジルは助けを呼んでくれたでしょ? あのあとに、冒険者のおじさんが来てアタシを助けてくれたのよ!」
そう言いながら、後ろにいるはずのおじさんを紹介しようと振り向くが、そこにおじさんの姿はなかった。
ジルは不思議そうに言う。
「助け? ついさっきお前のお父さんとお母さんを呼んで、今駆けつけたとこだぜ? 冒険者って……なんだ?」
え? と、フォルティナには理解が追いつかなかった。
さっきまで一緒にいたはずのおじさんがいないこと。
助けを呼んだのは今だったという事実。
すべてが幻だったのかと錯覚さえし始める。
さっき、アタシ……おじさんと一緒にいたよね? オバケ? でもアタシを助けてくれたし……それに……
幻ではない……冒険者のおじさんがフォルティナを助けたという確かな証は手に握られたコンパスが証明していた。
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