第2話 アタシがやらなくちゃ……
森に入って、中心部より手前あたりがフォルティナたちの遊び場だった。
今回も、その辺りで虫取り勝負をすることにした。
ジルは、そこら中の木に蜜を塗りまくり、ニヤけ面を浮かべている。
マルクスは大きめの石を持ち上げて、地面にいる虫を探している。
ミリィは虫が苦手なようで、フォルティナと一緒に行動していた。
そんなこんなで、各自が思い思いに虫取りに励んでいた。
「ティナちゃんは、どうやって虫を捕まえるの?」
ミリィは虫が苦手だけど、フォルティナの捕まえ方には興味があるようだった。
「ふっふっふ〜! よくぞ聞いてくれました! それはね〜……ここじゃジルとマルクスに聞こえちゃうから、耳を貸して、ミリィ!」
フォルティナはミリィの耳元で、小さな声で作戦を伝えようと顔を近づけた。
あぁ……とってもいい匂い……なんの香りなんだろ?
甘いような、爽やかなような……はっ! いけないいけない!
ミリィの香りにうっとりして、話すのを忘れるところだった!
顔を赤らめながら、ようやく作戦を伝える。
「実は昨日のうちに、木に蜜を塗っておいたの! だからその木に行けば虫が取れるってわけよ〜! アタシってば天才すぎて震えちゃうわ……」
「ティナちゃん……ずるくない? それ?」
「ズル? いやいや、ミリィ? 勝負ってのは、ルールが決まった瞬間からもう始まってるのよ?」
2人で話しながら、蜜を塗った木に向かおうとしたその時。
「うあああああああああ!」
マルクスの叫び声が森中に響いた。
フォルティナとミリィ、少し離れたところにいたジルも、声の方へ駆けつける!
「ま! ままま! ああああああああ!」
錯乱した様子で、マルクスが遠くから走ってくる姿が見えた。
恐らく、虫を探しているうちに、みんなより森の奥まで行ってしまったのだろう。
そして、そのマルクスの少し後ろには、牙が異常に発達したイノシシ……この大陸の各地に生息する魔獣が、荒々しく追いかけていた。
嘘……魔獣? なんで? どうして?
今まで出たことなんてなかったのに……なんで?
フォルティナも、恐怖で混乱した。
近くにいたジルも、青ざめた顔で固まっている。ミリィに至っては、その場にへたり込んでしまっていた。
そんな皆を見ているうちに、フォルティナの頭は冴えはじめる。
このままじゃ、みんなあの魔獣に食べられちゃう……!どうしよう? どうすれば……?
マルクスを追う魔獣が迫ってくる。もう、考えてる時間はない!
フォルティナは地面に落ちていた石を手に持ち、マルクス――いや、魔獣に向かって走り出した!
「おっ……! おい! ティナ! なにを!」
ジルが叫ぶ。
「ジル! ここはアタシがなんとかするから、ミリィとマルクスを村に!」
最後まで言い切ることはできなかった。
もう、時間がなかった。
ジルなら分かってくれる。そう信じて、フォルティナは石を魔獣に投げ、そのまま全力で駆け出した。
マルクスとすれ違いざま、振り返らずに叫ぶ!
「男には、後に引けない時があるんでしょ! 今がその時よ!」
その一言で、ジルにはすべてが伝わった。
ミリィを背負い、マルクスとともに森の外へ走る。
きっとこれで大丈夫……ジルなら、大人たちに助けを呼んでくれるはず……
なら、アタシのするべきことは――!
不思議だった。さっきまで恐怖で身体が動かなかったのに、
恐怖で固まっている皆の顔を見たら、自然と身体が動いていた。
アタシがなんとかするんだ!
「こっちよ、ブタさん!」
石をぶつけられたことで、魔獣の標的はマルクスからフォルティナに変わった。
攻撃を受けたフォルティナを、魔獣は脅威と認識したのだろう。
さあ……ティナ、走るのよ!
走って、走って、走りまくるのよ!
フォルティナは頭が良い方ではないが、村の子供たちの中では一番足が速かった。
体力も抜群で、畑仕事を手伝ってきたおかげで、スタミナには自信があった。
今は、考えるより走ることに集中する!
「ブヒュー! ブヒュー! ブルォオオオ!」
魔獣の唸り声がすぐ後ろから聞こえる。まだ追ってきてる!
でも、いくらなんでもずっとは持たない……
まずい……なにか……なんとかしないと……! そうだわ! イノシシは真っすぐ突進する性質がある……なら!
フォルティナは、岩や木を縫うようにジグザグに走る!
魔獣は障害物にぶつかることはないが、回避のために速度が落ちる!
作戦は成功――だが、その分走る距離は増え、疲れが溜まっていく。
いつまで走ればいいの?
もう足が痛い……苦しい……つらいよぉ……
恐怖が思考を染め、疲労が身体を重くしていく。そして――
「あっ……!」
石につまずき、勢いよく転倒した!
あちこちを擦りむいて、激しい痛みが走る!
立ち上がろうとするも、膝が震えて力が入らない。
恐怖に支配されて、呼吸も浅くなる……
まだ追ってきてるの? 恐る恐る後ろを振り返ると――
「ブルォォ!」
唸り声を上げながら、地面を足で踏み鳴らす魔獣がそこにいた!
今にも突進してきそうな気配……!
「あっち行ってよ……はぁ……はぁ……」
落ちている石を手に取るが、手が震えてまともに投げられない。
もはやこれまでか――
そう思った瞬間、涙があふれてきた。
「…………! ……………………!」
誰かの声が聞こえた。
魔獣のさらに向こう、森の中から人影が見える!
速い! 魔獣よりも速い!
あっという間に、魔獣の背後に迫る!
やっと助けが来た……! そう安心した、次の瞬間――
「こんのクソ豚ひき肉がァァ! ぶっ飛びやがれェェェェ!!」
怒号と共に、振り下ろされた斧が魔獣を吹き飛ばした!
その圧倒的な一撃に、魔獣は地面を転がり、ピクリとも動かない。
フォルティナは、呆然とその姿を見ながら思った。
あぁ……今度はゴリラの魔獣が現れた……と。
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