第19話 バエル・アルジェイド
持っていた番号のフィールドに向かうと、ブルーメと同じグループだった。
室内レース会場の四隅には、広めに設定された石畳でできたフィールドがあった。
場外の目印には、赤い光が体の腹あたりを四角く囲むように線が引かれていた。
アタシたちの相手は、あの人か……。
茶色い短髪に顎髭、そして、何もかもを諦めたような瞳――
この世のすべてを憎むような憎悪を宿したあの目が、フォルティナたち受験者一同に恐怖を植え付けてくる……。
「俺がお前らの担当冒険者……バエル・アルジェイドだ……」
冒険者が自己紹介すると、周りの受験者たちが驚いた様子で口に出す。
「バエル・アルジェイドだと……まさか、あの魔獣討伐を専門にしてBランクになった……バエルなのか?」
「あ〜? そうだな……そのバエルだ……今日はお前らに“現実”ってやつを教えに来てやったんだ……感謝しろ〜?」
喋り方に覇気がない……いや、話すこと自体に興味がないのかな? でも、あの目……なんであんな目をしてるの?
バエルの目は、まるでゴミを見るかのように受験者全員を見ていた……
「それじゃあ……早速だが、番号の若い順から試合をしていくぞ……まずは24番。壁にある好きな武器を取って、フィールドに入れ」
「……はい!」
若い男性がフィールドに入る……武器は持っていない! ということは……
「ふん! R.O.Dか? 良いだろう……ぶっ殺してやる!」
バエルはR.O.Dを使うと見るなり、殺気を全開にし始めた! フィールドの外にいるのに怖くて足がすくむ……なにかR.O.Dに恨みでもあるのだろうか? 明らかにR.O.Dを見た途端、雰囲気が変わった!
「試合開始だァ! 【ストーンバレット】!」
バエルがその言葉を発した途端、足元の石が1つに固まり岩になり……弾けた!
炸裂し、石礫が男性の頭や腹、足に食い込むぐらいの強さで当たる!
「ぐぇ!」
お腹に食らった一撃が一番重い! 男性はよろけていて、まともに立てていない! だが、バエルは続けて――
「【タイタンアーム!】」
散らばった石が一つに固まり、巨大な岩の腕になり……ブォンッ! と横に薙ぎ払うような挙動を取る!
つかさず、男性も魔法を展開する!
「まずい!【防御魔法!】」
半透明の壁で岩の塊の攻撃を受け止める!
だが――
「そんな生っちょろい魔法でェ! 耐えられる訳がァ! ねぇだろうがぁ!」
ミシミシッと岩の塊が城壁を破壊しようと押し込んでいる!
このままでは男性の城壁が壊れ、攻撃を受けてしまう!
男性は、攻撃が止まっている内に別の魔法を使用する!
「【ファイアランス!】」
何もない空間に、突如火の槍が現れバエルに向かって放たれる!
バエルは攻撃で出来た死角からの攻撃……これはさすがに当たるだろう! そう思ったが……
「【ストーンガード!】」
石がバエルの顔の前で1箇所に集まり、小さな壁が生成された!
火の槍はこの壁に当たって弾ける……
「オイオイ! 弾けて消えるぐらいの炎で? この俺を殺れるって本気で思ってんのか! アァ?」
そんな恫喝と共に、障壁が砕け、男性の体に岩の塊が勢いよくぶつかり……場外へと飛ばされる!
「ガっはっ!」
場外に飛ばされた男性は立てないようだ……恐らく左腕と左側の顔面の骨が折れているのだろう……その2箇所に岩の塊が強く! 強く当たっていたのを、他の受験者たちは確認していた……
「ほ〜ら? どしたどした? さっさと帰って来い……あ〜そうか、言い忘れてたな」
バエルは頭をガシガシと掻きむしりながら話し始める。
「場外に出たから失格じゃねぇのよ……もう戦えないと思ったら、その線から自分で出るか、相手に場外に出された場合はフィールド外に走るかで降参が認められる線なんだ。つまり、戻ればまだ戦えるぞ〜? 良かったな? ゴミクズ君? 【ストーンバレット!】」
場外で、もがき苦しむ男性に容赦無く追い討ちをかける!
生成された岩が男性の背中に勢い良く突き立てられ、さらに飛ばされる!
その一撃を受け、男性は完全に意識を失い、試験が終わる……
「チッ……もう終わりかよ……2つ魔法が使えるってことは、R.O.Dの性能は良かったはずなんだがなぁ? あぁ〜そっかそっか……」
バエルは意識のない男性に話し続けていた。
「良いR.O.Dを持ってても、使い手の性能が低かったってことに気づかなくてゴメンね〜! あは! アハハハハハハハハ!」
そう、両腕を広げながら天を仰ぎ見て嘲笑っていた……
悪魔だ……悪魔がいる……と会場の観客の声が聞こえた。
まさしく悪魔の所業だが……実力の差は歴然だった。
なぜなら、バエルは一歩もその場から動かず男性を倒したのだから……
「あんなのに、どうやって戦えばいいんだよ!」
受験者の1人、大柄な褐色肌の男性が錯乱し始める。無理もない、あそこまでの力を見せつけられれば戦意も消失するだろう……
だが悲しいかな、次の番号は……
「次……34番、上がれ?」
その成人男性の番号だった……
男性も覚悟を決め、フィールド内に上がる。
「俺だって、冒険者目指してんだ! 家族のためにも、やってやる!」
「おー! 凄い凄い、家族のために冒険者になるんだ? …………アホか? 家族のためなら、大工でも菓子職人でもなんでも良い。街でできる仕事でもやってろ! で? 武器は?」
「俺もR.O.Dで行く!」
男性の宣言を聞いたバエルは、小さく「どいつもこいつもR.O.D R.O.D…………クソが……」と呟いたのが、フォルティナには聞こえた。
やっぱりあの人、R.O.D関係で何かあったんだ……
「さあ! 試合開始だぁ!」
「うおおおお! 【メタルアーム!】」
男性はそう魔法を唱えるが、フォルティナにはなんの魔法か理解できない……
すると隣のブルーメが解説してくれた。
「あれは【硬化魔法】だよ! 魔法の発動は事前に設定した言葉で起動するの。あれは言葉通り、腕を硬くしたみたい!」
「そうなんだ! でも、岩相手じゃ厳しくない?」
「そう……だね……だから、さっき錯乱しかけてたんだと思うよ……」
つまり相性が悪いのか……確かに岩を飛ばす遠距離攻撃に加えて、岩自体の硬さもあるから……でも
「頑張れ! おじさ〜ん!」
相性が悪いことに気付きながらも戦いに向かった男性を、フォルティナは応援する。
男性もそんな応援に応えるように、
「くらいやがれぇ!」
連続で殴り出す! 連打! 連打! 連打! 止まることのない連打だった!
だが、バエルは興味なさげに岩の壁を生成して守りながら、欠伸をしていた……
退屈そうに岩を殴り続ける成人男性の連打を見ながら、何かを閃いたように一瞬目が大きく開く!
「面白いこと思いついた! 【ストーンガントレット!】」
バエルの両腕に岩が集まり出して……岩のガントレットを生成した!
「おじさんがさ! あまりにも惨めだからさぁ? 優しく慈悲深い俺が! おじさんと同じ土俵で戦ってやるよォ!」
岩の壁も解除し、男性と正面から殴り合う!
バエルは成人男性の連打をすべて余裕と言わんばかりに躱し、1発、また躱して1発……すべてカウンターで返す!
「ふがっ……」
「はははははは! ふがっ……! だってさ! 傑作だね? 豚じゃないんだからさぁ! 人間らしく鳴〜け〜よ〜!」
カウンターを立て続けに受けた男性から隙が生まれる……
今度はバエルが男性の腹を殴り続ける!
それは、男性が泣くまで殴り続けるつもりなのか、高笑いしながら殴り続けていた!
「ほらほら! 痛いだろ? 泣いていいんだぞ? ママ〜って泣けよ! オラ! 家族のために冒険者になる? 豚の鳴き声しか出せないのにか? せめて人間の鳴き声を出してから言ってみろよ! お前のガキも女も、豚より人間の方が良かったよ〜って言うぜ? だからさ〜泣〜け〜よ〜」
腹の次は顔面を何度も殴られ続けて……罵声を浴びせ続ける……
男性の健闘虚しく、とうとう心が折れ、涙を流した。
「ごめんなさい……ママ……くっ……ママッ……」
本人も相当悔しかったのだろう。唇を強く噛み締めながらそう呟いていた……
観客席にいた奥さんも、もう見ていられないと言った様子で、まだ赤ん坊の子を強く抱きしめながら涙を流した……
「見ろよ! 本当に泣き出したぞ! コイツやべぇな! 見た目だけは一丁前なおっさんのくせして、ママだってよ! あっははははは!」
そうして男性は赤線の外へ走り……降参が認められた……
ブルーメも他の受験者たちも、まだこの地獄のような現実が続くのかと意気消沈していた……
たった1人
手から血が滲み出るくらい、強く拳を握りしめていた無知で馬鹿なフォルティナを除いて……。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
また夕方に続きを更新します!
面白いと思って頂けたら評価、ブックマークをよろしくお願いします!




